アスカと慧


「こんなものかな、とりあえず」


 二人は受付に戻ってきた。


「この人数で旅館を回しているんですか?」


「そうだね、他にもいるといえばいるんだけど、基本はこのメンバーでやってるね」


 普通の旅館ではありえないが、このメンバーだからこそできる所業ということか。




 アスカは最後に自分について紹介を始めた。


「最後は私かな。と言いつつも特に紹介するところがないね。慧君と同じ大学に通う二年生ってことくらいかな」


「あの、ここで働いている人って人間以外ですけど、もしかしてアスカさんも・・・」


 慧の言葉を遮り、笑いながらアスカは言う。


「違う違う! 私はフツーの人間! いたいけな、かわいい女の子!」


「ソウナンデスネ」


 アスカはバイト時間中は茶髪の髪を上の方で縛っているのもあり、よく顔が見える。自分で言うだけあって、アスカは整った愛嬌のある顔をしている。


「ムムッ! 慧君はかわいい積極的な女子は苦手な奥手タイプかな」


「ソウデスネ」

 確かに顔はかわいいが、自分で言うだろうか・・・、と慧は思う。



「冗談冗談! 慧君緊張しっぱなしだからさ!」


 アスカは慧の様子を気にしてくれていたのだろうか。


 慧自身、緊張をしているが、態度に出していたつもりはなかったのだが。



「私についてダヨネ、うーん、ここで働いている人ってすごい人ばかりだから、なんかアピールポイントあるかなぁ」


 しばし真剣な眼差しで考え込む。


「・・・かわいいくらいかな」


 悪戯娘の顔をする。


「そのポジティブさは立派なアピールポイントですね・・・」




「そうだ! 慧君のことも教えてよ!」


「え、俺ですか?」


「うん、旅館で働く仲間なんだから、知りたいな」


 慧は言葉に詰まる。


 人付き合い苦手。


 愛嬌はない。


 アスカ以上に自分はここで働くために貢献できることが何も浮かばない。


「なんにもアピールできることがないですね・・・」


「アピールじゃなくてもいいよ! 趣味は?」


「趣味は、読書ですかね」


「随分おとなしい趣味だねぇ」


「静かな趣味好きなもんで」


「どんな小説読むの?」


「ファンタジーとか、ミステリーとか、推理小説も好きですね」


「ほう、まさにうちの旅館で起こるようなことを小説で読んできたわけだね」


 たしかに、と慧は思う。


 こんなファンタジーのような刺激的な日常を送ってしまったらファンタジー小説の見方が変わってしまいそうだ。


(ファンタジーが日常ドラマになってしまう・・・)


「あれよね、推理小説って、殺人事件が起きるやつよね。この旅館で事件が起きたりしてネェ~」

 アスカはニヤニヤと笑う。


「変なフラグ立てないでくださいよ!」


 こんなところで殺人など起きたら、ただの人間の自分は絶対生き残れないなと慧は思う。


(いやいや不謹慎すぎるか)


「他には何の趣味がある? 大人しい以外の趣味とか」


「う~ん・・・」


「楽器とかは?」


「それも大人しい趣味じゃないですか? 昔ピアノを習ってましたけど」


「ホントに⁉ いい事訊いたなぁ。これは女将さんに報告せねば!」

 目をギラギラさせたアスカに慧は内心焦った。



(まさか演奏してくれなんてことにはならないよね)

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