温泉と岩盤浴

「そうだ! 旅館だからお風呂紹介しなきゃね!」


 温泉は一階の客室へ上がる階段を通り過ぎた奥にある。


「ここが大浴場の入り口なんだ。今はお風呂閉まってるからちょうどいいね。慧君、特別に女湯見せてあげるよ!」


「え、女風呂?」


「興奮しちゃだめだよ?」


 アスカはニヒヒと笑った。


「しないですよ! 誰もいないお風呂で興奮なんて!」


「ささ! 行ってみよー!」


 慧は未知の領域、女湯に足を踏み入れた。




「ここが脱衣所だね。ここでおなご達は服を脱ぐわけダヨ。若者よ」


「だから興奮しないですって!」

 と言いつつも、慧は少しきょろきょろしてしまう。


(なんか、意識しちゃうな。あんなこと言われると。気持ち、いい香りする・・・? なんてね)


 そんな慧の様子を見て、アスカはニヤニヤしていた。




「ここからが本番! ここが大浴場でーす!」


 アスカは勢いよく大浴場の戸を開けた。


「おお!」


 床は石畳のようになっており、石で囲まれた浴槽。そこからはゆらゆらと湯気が立っている。


 浴槽の真ん中に、石が積み上げられた箇所からお湯が流れている。


 そしてお湯からは少し独特な香りがした。


「これってもしかして、温泉ですか?」


「そう! 天然温泉が湧いてるんだよ!」


「すっご!」


「シャワーがあって、浴室があって・・・」


 アスカは解説しながら、浴場の中にある扉を開ける。




「ここから外に行けて、露天風呂!」


 慧はアスカの後ろから露天風呂を覗いた。


 そこからの景色はやはり格別だった。


 左手には森林と奥に立派な高い山、右手の向こうには海が広がっている。


 緑と青の世界。


 絶妙なバランスで成り立っている。


「男湯はまた違うんですか?」


「基本は同じだけど、角度が少し違うかな。あっちの露天風呂は海がよく見えるよ」


 つまり男はこの緑と青の世界を見ることはできないということか。



「まぁ、定期的に男湯と女湯は入れ替えるんだけどね。だからどっちの景色も見れるよ!」


「あぁ、そうなんですね」


 男もこの浴場に足を踏み入れていることになる。


「まぁまぁ、そんながっかりしないで!」


「してないです!」


 二人は大浴場を後にする。


「岩盤浴もあるんだよ!」


 大浴場の入り口の奥にある階段を下りていく。


 ここからは旅館に地下になる。

「岩盤浴をするには受付で専用の着物を着てもらうの。大体温泉で体を洗ってからこれに着替えてここに来る人が多いね」


 緑と黄色の鮮やかな着物を見せられた。


 触り心地もさらさらとしていて良い。


 岩盤浴の室内は、薄暗く熱気をモワリと感じるほどの気温であった。


 サウナのように熱くないため、長くいることができる。


(体に負担がかかりにくいから年寄りも利用しやすいだろうな)


 照明にはろうそくの明かりのような揺らめくものが使われ、リラックスできる環境が演出されている。


「岩盤浴はサウナとは違う汗が出るらしいよ。お肌がつるつるになるんだよ~」


 アスカは嬉しそうに体をくねらせる。



 すると、慧はあるものを見つけた。


「タヌキが岩盤浴してる・・・」

 薄暗い空間に、ター坊が一匹横たわっていた。ター坊も専用の着物を身に着けている。


「ター坊は岩盤浴がお気に入りだからね!」




 二人はター坊を横目に岩盤浴を出る。


 アスカは近くの別の扉を開ける。


 開けた途端、ひんやりとした風が室内から逃げてきた。


「温めた体をここでクールダウンさせるの」


 水色の空間。


 照明で色が付いているのではない。


 この部屋は水色の石で囲まれている。


 中は涼しいと感じる温度である。


「この石に座って休憩するの」


 慧もアスカの隣に座る。


「ひんやりする」


 石はひやりとするほどの温度である。


「この石はね、温度をよく伝えるんだよ」


「ということは、この石自体が冷たいわけではないんですね」


「そう、この部屋の裏には地下水で満たされていて、低い水温がこの石に伝わって涼しくなってるの。天然のクーラーだね」


「だから地下にあるんですね」


 しかし温かい岩盤浴があり、天然温泉があり、すぐ近くに冷たい地下水が流れているなど、そんなことがあるのだろうか。


(ここは常識を超える旅館だったな)

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