ター坊


「タヌキ? タヌキが畑で野菜を収穫してる!」


 それはタヌキだった。タヌキが畑にいるのだ。


 後ろ足二本足で立ち上がり、せっせとミニトマトを前足で収穫している。


 そのタヌキには五本の尻尾があった。


 モフモフとした尻尾が五本揺れている。


 このタヌキも普通のタヌキではないことは明らかだ。


 恐らく妖怪。


 慧には尻尾がたくさん生えた狐がいたことを思い出す。


「九尾のキツネ的な?」


 それにしてはキュートな見た目である。



「ター坊って呼ばれてるんだよ!」

「まさか、あの子もここで働いてるんですか?」

 動物が働いていても、もう何の驚きもないが訊いてみる。


「働いてるというか、昔からこの場所に住み着いてるんだって」


「昔から? どのくらい前からこの旅館てあるんですか?」


「私も詳しい年数まではわからないんだけど、噂では数百年前からあるって聞いたことある」


「数百年前・・・結構前からあるってことは、ター坊もそのくらいから?」


「いると思うよ。私がバイト始めた時からはいるね」


「アスカさんはどのくらいここでバイトしてるんですか?」


「百五十年前くらいかな」


「えっ⁉ ほんとですか⁉」

 慧はアスカも人間ではないのかと驚いた。


 アスカは面白そうに声を上げて笑った。

「ウソ! 数年前から働いてるよ!」


「そうですよね。あぁびっくりした」


「慧君って面白いネ!」




「ター坊ありがとうね」


 津軽はとれたてのキュウリを一本渡した。


 タヌキは採れたてのキュウリを受け取り美味しそうにかじった。



 そして、

「タヌキが俺の顔を見ながらキュウリをかじっている・・・!」


 なぜかタヌキは慧の顔をじっと見ながらキュウリを食べている。


「横取りされると思ってるんじゃない?」


 アスカが楽しそうに慧をイジる。


「取らないよ!」


 慧はタヌキに伝える。


 しかしタヌキは無心でキュウリを食べている。慧の顔をじっとみながら。


「気に入られたみたいネ!」

 アスカが楽しそうに笑った。


「気に入られたのかなぁ」


 ター坊がおもむろに慧に自分が収穫したキュウリを渡した。


「あ、あぁ。ありがとう」


 ター坊は慧をじっと見つめた。


「食べてってことだね」


「わかるんですか?」


「まぁまぁ試しに」


 アスカに促されるまま慧はキュウリをかじる。


「パリッ!」


 新鮮なキュウリである証、良い音が鳴って割れた。


 瑞々しく、キュウリ本来の味が濃い。


「うわ、おいしい!」


 慧がそう言うと、ター坊は慧の足元を手ですりすりと撫でた。


「だから俺犬じゃないって!」


 畑にいたみんなが声を上げて笑った。



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