津軽

 旅館の裏庭から少し外れたところに、畑はあった。


 今は夏、ナス、キュウリ、トマト、ミニトマト、ピーマンなど様々な夏野菜がのびのびと背を伸ばしている。


 高く伸びたトウモロコシ畑の中で作業する人物を見つけた。


「あ、いたいた! 津軽さーん!」

 アスカは手を振りながら女性に近づいていく。


 女性のほうも気が付くと穏やかに手を振り返した。


 彼女はこの旅館に来た初日、慧が一番初めにあった人物である。


「津軽さんっていうんだよ」


 身長が女将のように小さく、頭にバンダナが印象的な人物であった。


「基本的に庭仕事、畑仕事を担当してくれている方だよ!」



 この広大な敷地をほとんど一人で管理している女性。木々の管理、花々の管理、野菜の管理、膨大な量である。それをこの小柄な体でこなすなど、明らかにただものではない。



「津軽さん、改めてよろしくお願いします」


 津軽はにこりと微笑み、ペコリとお辞儀した。

「こちらこそ、お願いしますね」


 口調から性格は丁寧、穏やか、おっとりという言葉がしっくりくる印象である。


 だからこそただものではない気がぐっと高まる。




「こんなに大きな敷地の管理をしてるんですか?」


「えぇ。私はこっちのほうが向いていましてね」


「津軽さん、慧君にちょっと仕事風景見せてくれませんか?」


「おほほ、見られていると緊張するねぇ」


 津軽は野菜の収穫を始めた。




「!」


 その作業に慧は驚愕した。


 津軽はおっとりした性格からは想像できないほど早く動いている。


 早すぎて津軽本人の姿が見えないほどである。


 まさに音速。


「・・・超人だ・・・!」


 慧の目はまん丸になっている。


「津軽さんの身体能力は常人離れしてるよね」


「常人離れというか、異次元のレベルで違う・・・」





「ふぅ、こんなものかな」


 津軽は小さく息を吐くと額のバンダナを取った。


 バンダナを脱ぐと、おでこにもう一つの目が現れた。


「三つ目・・・!」


 おでこの瞳は奇麗な翠色をしており、宝石のように輝いている。


「ミドリの目、初めて見た」


 彼女の早すぎる身のこなし、翠の目。


 彼女が人間でないことの証明。


 普通なら驚くだろうが、今日はすでにおかしな経験をしているので、慧は自然とその事実を受け入れている。


「その目は何か力があるんですか?」


 宝石のように輝く翠の目、ファンタジーの世界では確実に何か特別な力を持っている。彼女もそうに違いない。



 津軽はオホホと笑う。


「さぁ、どうかしら。わからないネェ」


 そう言ってバンダナを巻き、三つ目の瞳を隠した。



(見せたのに何も語ってはくれないのね)

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