旅館の裏庭


「そうだ、アスカちゃん。気温が上がらないうちに表で津軽さんに会ってきたらどうだろうね。今なら収穫作業をやっているだろうから」


「じゃあ慧君、表に行こう!」




 アスカは旅館裏口の扉から外へ出ていく。


 太陽は先ほどより高く上っており、まぶしさが増している。


 気温も高くなり、暑さを感じる。


「慧君、これ良かったら使って!」


 アスカはどこから持ってきたのか麦わら帽子をかぶり、慧にも同じものを渡した。


「直射日光が強いからね。日焼け予防!」


「ありがとうございます」


 慧は麦わら帽子をかぶった。


(かぶるの久しぶりだな。なんか懐かしい気分)




 旅館の裏側は庭と畑が広がっている。


 旅館の表側は花々が美しく管理されているが、裏側の庭は木々が生えており、その

先に広がる森林と繋がって見えるようになっていた。




「客室からはこっちの景色が見えるようになっているんですね」


 客室は旅館の二階三階にある。客室の大きな窓から見えるこの雄大な自然の景色は最大の癒しとなるだろう。



「運がいいと、珍しい生き物も見られるんだよ」


 珍しい生き物、現実で言えばニホンカモシカなどだろうが、ここは幽霊、妖怪、魔女がいる世界。珍しいとはいったい何なのだろうか。


「日本庭園みたいな感じではないんですね」


「割と自然に近い形になるように管理してるの。日本庭園って『ここから見たら奇麗に感じますよ』って計算されてるじゃない? それは確かに素敵だけど、『発見』が少ないんだよね。自然と触れ合って『その時の自分』が『たまたま』見た景色がとてもきれいに『感じる』、見る人それぞれがそれぞれの『奇麗』を感じる方が、私は好きなんだよね」




 計算されていない美しさ。


 設計した人間が思う美が必ずしも絶対ではない。


 自分が持った感覚を大切にしてほしいという旅館の考え方なのだろうか。





「確かに、そういう見方もありますね」


 そして遠くに大きな山がそびえたっている。


 美しい山だ。




(この美しさも、人によって違う美しさを意味するんだろうか)



 しばし二人はその景色を眺めた。


「まぁ、本音はこんなに素晴らしい景色があるんだから、手を加えるのなんてもったいないっていうことよ。時間と手間もかかるしね!」


 冗談っぽくそう言い、アスカは畑のある方へ進んでいった。

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