本音

 慧にとって誰かに心の底を見られているような気がするのは初めての経験である。


「フッ」


 小さく笑った。


 別にごまかす必要はないのだ。


 彼女の求める答えと自分の気持ちが同じ方向を向いていることがわかるから、ただ自分の言葉で伝えればよい。


 慧はアスカの目を見返す。


「俺、もう少し続けますよこのバイト。少なくとも一週間は」


「ホント?」


「えぇ、よく知らないからって理解せず、去るのは、なんか嫌です。自分が体験するこの一週間の中でこれからどうするかは決めていきたいです、第一・・・」


 慧は残る理由を述べる、とても単純で、幼稚で、しかし最も「やる」に相応しい理由。


「ここ、なんか面白そうだし」


 今までは面倒ごとに関わりたくないから、見ないふりしてきた。


 しかし、ここは面白そうだと感じる。話を聞いて、「もっと知りたい」と思った。


「ダヨネ。ここ相当面白いヨ!」


 アスカはウンウンと頷く。


「あと、さっき言ったこと取り消します。アスカさんの言った通り、このことは別に伝えてくれなくてよかったです。アスカさんからしたら、初めて会った俺がこの子旅館の秘密を言わないと信用するのは無理があるし、これで良かったんだと思います」


「そう? ありがとネ」


 アスカはペットボトルの中身を飲み干した。


「はぁ! 今日はお茶がおいしいね!」


 ビールを飲んだ親父のようなことを言うアスカ。


 慧は新たに思いついたことを訊く。


「一つ訊いても良いですか?」


「何?」


「もし俺がこの場所のことをほかの人に言ったらどうなります?」


 それを聞いてアスカはニヤリと笑った。


「言っても良いけど、無理だと思うよ」


「何でですか?」


「仮に慧君が、邪な気持ちでこの旅館を言いふらしたとするよね? まず世間のほとんどはそんな話信じないし、聴こうともしないよね? で、仮に興味を持ったすごーい変わった人がここを訪れようとしても、絶対にたどり着けないの。慧君自身も二度とここには来られなくなるかも、慧君が悪意を持ってそういうことをした場合に限るけどね」


「なぜですか?」


「そういう場所なの、ここは。普通は入ってこられない、もちろん例外もあるけどね・・・」


 そう聞いて慧はふと自分の家にこの場所のチラシが入ったことが気にかかった。


「でも俺の家にはこの場所のチラシが・・・」


「だから、そういう場所から来たそういうチラシよ。フツーの配達員のお兄さんお姉さんが運んでくれるのとは、わけが違うんだって。届くべき人のところにしか届かないし、ここには来れないの」


「じゃあ俺はその霊感みたいなのがあるってことですか?」


 アスカは腕を組んで考え込む。


「うーん、霊感もあるかもしれないけど、霊感だけじゃないと思うな。霊感ある人なんてすっごいたくさんいるし。だから、別の才能みたいなものかな」


 アスカは笑う。


「かっこよくいえば、慧君は選ばれたってことかな」


 選ばれた、つまり誰かに見られているということである。


 いったい誰が。


「怖くなった? やっぱり辞める?」


 アスカは再び慧の顔を覗き込んでくる。


 しかし「慧の答えなどとっくにわかっている」といった顔で、先ほどとは異なり、茶目っ気たっぷり、悪戯っ娘の眼がぎらぎらと輝いている。


「辞めないですよ」


 満足そうにアスカはウンウンと首を縦に振った。


「さぁ忙しくなるゾー! ファイトー!」

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