この旅館はね・・・

「ここ、なんか変ですよね。どういうところなんですか?」


 我ながらもっと聞き方があっただろうと慧は思った。怒られたりしないだろうかと不安になる。


 アスカはふっと息をつき間をおいてゆっくりと話し出した。


「・・・慧君、ここはね、普通の旅館じゃないんだ」


 知っていた。


 わかっていた。


 きっとそうだろうと思っていた答え。

 

 アスカは慧の言葉を待たずに付け加えた。


「この世にはいないとされているモノたちもいる旅館なんだ」


 答えは示された。


 考え続けても出なかった問いに対する答え。


 複雑に見えるも、実際は単純すぎる問題と答え。


 恐らく「数字の一の次は二である」ことと似たようなものなのだろう。


 なぜだろうかの答えが「そういうものなのだ」ということだ。


 慧はそれを受け入れた。


 一番しっくりきたからだ。




 しかし次に気になっていることは、


「なんで最初に言ってくれないんですか⁉」


 大切なことは言ってくれてもよいではないかと思った。


「だって、信じる? 『この旅館のお客様は人間じゃない方もいらっしゃいますよ』なんて、言って」


 アスカは淡々と慧の答えに答える。


「それは信じないですけど・・・、先に言っておいてほしかったですよ。お客さんが幽霊や妖怪なんて・・・」


 そこまで言って自分で「あれ?」と思った。


「慧君はさ、相手がよくわからないモノだったら拒絶する人・・・?」


 小声ながらハッキリとその言葉は慧の中に響いた。


「え?」


「あぁ、ごめん! 怒ってるわけじゃないの。実際初めて会った知らない人を信用するのは良くないと思うし・・・。でもね、分からないモノをそのままにして、誤解をするのってもっと良くないと思うの」


 アスカは両手の指を絡めながら言う。


「あたしはね、誰であっても旅館に癒しを求めて来てくださったお客様には、誰とかは関係ないと思ってるの。どんな方が来てもみんなが楽しい気持ちになって、幸せな気持ちになって、ここを去ってほしいと思ってる」


 彼女の言葉にハッとさせられた。ここに泊まりに来るものは皆同じ大切な存在。それは人も幽霊も関係ない、ということか。


 それが「普通」だから特に伝える必要もなかった。


「あの日、初めて会った時に言わなくて、ごめんね。どうしても無理だったら、今日でバイト終わりでいいから、女将さんには私から言っておくし」


 アスカは慧の顔を見つめる。


 そこにはいかなる感情も表情もない。


 ただ、その目は慧の顔、そこを通った先の心、その一点を捉えている。


 正面から一直線に向かい合ってくるアスカ。


 ごまかせない、全部見透かされる。


 慧にとって誰かに心の底を見られているような気がするのは初めての経験である。

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