静かな厨房

 広い食堂を慧はアスカと二人で片づけていく。


 客はあまりいないのですぐに片付いた。


 慧は宿泊客たちの食器を集め、お盆の上に乗せた。

「この食器は厨房にもっていけばいいんですよね?」


 慧は厨房に入っていこうとする。


 客の数は少ないが、食器の数が豊富にある。いっぺんに持とうとするとズシリと重さを感じた。


「そうだけど、私が持っていくよ」


 アスカはなにやら慌てたように慧のもとへ駆け寄ろうとする。


 しかし慧はそのまま厨房へ食器を持って入った。


 厨房も奇麗に整理整頓、清掃が行き届いているようで、衛生的かつ奇麗な造りだった。


 シルバーを基調とした内装はまるで新居のキッチンのようにピカピカで磨き上げられている。


 大きな冷蔵庫、冷凍庫が並んでいる。これなら食材を買いすぎても困ることは無いだろう。


 大きな流し台、コンロ台、広々とした調理スペース。


 料理の導線がしっかりと意識、計算されて設計されている。


 恐らく日本中の主夫、主婦がこんなところで料理がしてみたいと思うんだろうと慧は思った。


 祖母もそんなことを言っていたと思った。


(ま、フツーの家には広すぎるけどね。・・・ん?)


 慧は厨房全体を見渡した。


 奇麗な厨房。


 そこは別に良い。


 しかし、違和感を感じる。


 それが何なのかを理解するのに時間はかからなかった。


(静かすぎない?)


 慧のイメージでは、こういう旅館やホテルの厨房では、白い制服を着たシェフたちが大勢食事の時間帯では忙しそうにみんな働いている。


 実際慧が家族と訪れた旅行先の旅館では、そのような光景を何度も目にしたことがある。


 静かすぎるのだ、ここは。


 なぜ誰もいないのか。


(冷凍食品をレンジでチンしたのを出してるだけとか? なわけないよな)


 料理は確かに手が込んだものだった。器もしっかりと計算されて、料理がよりおいしく見えるように選ばれているのが、素人ながら慧にもよくわかった。


 加えて、レンジを使ったような音はしなかった。


 慧はその場に立ち、固まった。


 たまたまどこかに行っているような雰囲気ではない。


「あ、あのね。食器はそこの大きい流しに置いておいてくれればいいよ!」


 アスカが慧を追って厨房へ入ってくる。


「あぁ、はい」


 慧はアスカに言われるがまま食器を流しへ入れていく。


「さぁ、行こうか、まだまだ仕事があるよ!」


 アスカは慧の手を引いていく。


(ん?)


 厨房を出る直前、奥のほうに「何か」が「動いたような」気がした。


(気のせいかな)


 暑い夏によく見る陽炎のような感覚を感じた。


 その「何か」のぱっと見のフォルムが「人間ぽくない」ような気がした。

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