面接終わりの帰り道


 面接後、慧はすぐに旅館の外へ出た。

 

 自分の自転車のスタンドを蹴って跨った。


 面接は想像以上に緩いものだったが、疲れをドッと感じた。


 髪の毛をかき上げて、大きく息を吐いた。


(早く帰って休もう。明日もここに来ないといけないからな)



 慧がペダルに足をのせて漕ぎ出そうとしたその時、

「待ってー、慧くーん!」

 アスカが小走りで慧に向かってきた。



 いつの間にか着物から洋服へ姿を変えている。


 Tシャツにパンツスタイルの私服である。


 先ほどまでは髪を縛っていたが、今はほどいているので印象が少し異なる。



「あぁ、榊さん」

 慧は自転車から降りる。


「アスカでいいよ。むしろそう呼んで」


 アスカは鍵を取り出し、慧の横に置いてあった自転車の鍵穴に差し込んだ。


「あたしもちょうど終わったんだ。トンネル抜けた、そこまで一緒に行こう!」





 アスカは慧と並んで歩きだす。


 自転車を押しながらだからか、あまり歩くのは早くないのか、アスカはゆっくりと歩く。



 正直慧は家族以外の誰かと一緒に歩くのが好きではなかった。


 自分のペースで進めないこと、早く帰りたいのに帰れない状況に、慧は少しうんざりした。


 もちろんそんな思いを態度には一切出さず、話を合わせていく。




「慧君ってさ、この町の大学に通ってるよね?」


 アスカは唐突に訊いてきた。


「はい、そうですけど、何で知ってるんです?」


「まぁ、大学で見かけたことあるのよ。あたし二年生なんだ。慧君の一年上」


 アスカは何か含みのある笑みを浮かべた。




 慧はアスカのことを見たこともなかった。


 大きな大学ではないが、自分のことを見かけて、覚えている人間がどれほどいるだろうか、慧は不思議に思った。


 もちろん慧自身、目立つようなことは一切していないから人に顔が知られることは少ないはず。


 ましてアスカは一学年上の学生、部活やサークルに入っていない慧にとって交流をすることがない存在である。





 そんな慧の心情を気にする様子もなく、アスカは話だす。


「こういうバイトするのは初めて?」


「はい、バイト自体が初めてです」


「そっかぁ。気に入ってくれればいいなぁ」


 アスカは面白そうに笑った。






 トンネルを過ぎると、アスカは別れを告げた。


「あたしこっちだから。また明日ね」


「はい。よろしくお願いします」


「ごめんね、慧君。早く帰りたかったのに」

 アスカは肩をすくめた。




 慧は心の中で大きく動揺した。


 今までどんなにネガティブな感情も表には出してこなかったし、誰にも気が付かれたことがなかった。


多くの学校のクラスメートにも。


それが、今日あったばかりの人間にあっさりと見抜かれている。


「・・大丈夫ですよ」




 動揺がばれないように一言だけ返して、アスカと反対方向に進んだ。


「どうしてわかったんだろうか・・・」

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