旅館の女将登場


 慧は数分静かな空間で待った。



「はーい、お待たせ!」

 パタパタと女性が走ってきた。


 女性が常にニコニコと笑顔でいるので、慧は少し戸惑った。


「私は榊アスカっていいます。よろしくね!」

 そう言ってアスカはニコッとさらに笑った。


「はい、よろしくお願いします」


「そしてあの人が、うちの女将さん兼支配人でーす!」


 アスカは受付のほうを指した。



 慧は振り向く。


 そこにはアスカと同じく着物を着た女性がこちらに向かって歩いてきていた。




「あぁいらっしゃいませ」


 女性は微笑み、ゆっくりとお辞儀をした。

 そのしぐさは洗練されていて誠に上品だった。


「あ、よろしくお願いします」

 慧は立ち上がりお辞儀する。


「あらずいぶん大きいのねぇ」

 そう言って女将は笑った。


「というか女将さんが小さいんですよ~」

 アスカが笑って言う。


 女将は背が小さいというには身長が低すぎるほどに、実に小さかった。


 恐らく百センチ前後しかない。


 先ほど外で会った女性よりも小柄だった。


 しかしこの女性、どこか威厳のようなものを感じる。


 そのせいかなぜか大きくも見えるのが不思議だった。


 旅館の女将という肩書がそうさせるのだろうか。


「いやいや良かったよ、応募が来て」

「ですねぇ」

 女性二人は花が咲いたように笑いあう。



「そうそう。でね、仕事なんだけどね。色々聞かせてもらうね、慧君」

 女将はアスカの横に腰かけた。


「はい」

 慧は姿勢を正す。


 いくつかのやり取り、ほとんどが世間話であったが、面接が行われた。


 その後、女将は慧にこう告げた。


「一週間働いてみてほしい。その期間内に採用するか決めさせていただきたいの。同時に慧君自身にもこのバイトをやるかどうか、1週間働いてみてから決めてもらいたいんだ。もちろんその期間分のお給料は払うよ。それでいかがかしら?」


 それは慧にとって良い条件だった。


 少しやってみて、合わなければ一週間で辞めてしまえばいいのだ。


「はい、大丈夫です」


 女将はまたにこりと笑った。




「慧君来てくれてありがとうね。そうだ、最後に訊きたいことがあるんだ。一番大切なことだよ」


「はい、何でしょうか?」


「あなたは目に見えないもの、例えば・・・、幽霊なんかを信じますか?」


「・・・へ?」

 予期せぬ質問に戸惑ってしまった。




 この女将は何を言っているのだろう。


 冗談のつもりなんだろうか。


 女将の目を見る。


 その目は穏やかではあるものの、瞳の奥は鋭い何かが光っている、ように感じた。


 体に緊張が走る。


 曖昧な返事はできない、そう慧は思った。


 しかし、全く普段考え込まない分野の質問をされても何も意見は出てこない。


「そうですね、幽霊・・・見たことはないけれど、いればいい、いてもいいなと思います」


 結局こんな曖昧なことしか出てこなかった。


 この答えで不採用になったりするんだろうか。


「うん! だよね」


 女将はにこりと笑って頷いた。


「急なんだけど明日は来られるかい?」


「はい大丈夫です」


「じゃあよろしくお願いします」


 女将は立ち上がり、また丁寧で上品なお辞儀をした。


「は、はい、よろしくお願いします」


 慧も急いで立ち上がりお辞儀を返した。


 不思議な質問を最後に、面接は終わった。

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