第50話 中立
帝国暦517年12月、各地よりオスカー・ロッドフォードからの寝返りの打診があったとの報告を受ける。どの武将もその誘いに乗らず、俺に報告してくるあたり忠誠心の高さに安心する。ウーレアー要塞でその報告をユディットとカサンドラと共に受け取った。
「みな、敵の調略にのらず忠誠を見せてくれるとは喜ばしい事だな」
俺は報告を受け取って、カサンドラにそう言うと、彼女は複雑な表情となった。
「どうした?」
その表情が気になってカサンドラに訊ねた。すると彼女は俺に憐憫の眼差しを向ける。わかってないのですか?と言わんばかりの眼差しに心当たりが全くない。
「陛下、陛下は惜しみなく家臣に土地を下賜しますので、みな領地の運営に苦労しているのです。だから、オスカー・ロッドフォードに新たな領地を与えると言われても、それに喜んで飛びつくような家臣はおりません。歴代王朝を見ても、陛下ほど直轄領を持たぬ支配者はおりません。今後帝国を統一した場合にも、みな領地は辞退する事でしょう」
「ああ、そういうことか」
カサンドラに言われて納得した。俺という人間は山崎武則として日本で生きているのが本来の姿であり、ゲームの中であるこの世界での領土や財宝には興味がない。なにせ持ち出せないのだから。これがパチンコ店みたいに三店方式で現金化できるのであれば、もう少しどん欲になったかもしれないが、たぶんこのゲームを作った神様も風営法には勝てなかったのだろう。
「欲のない家臣には困ったものというべきか、寝首を搔くことが無いと安心するべきか悩ましいな」
「そういう陛下だからこそ、皆がついてくるというのもありますけれどもね。過去、褒美をケチって裏切られた君主は枚挙にいとまがありませんので。ローゼマリーも最近は公爵領を超える領地をどう運営したらいいのだろうとかつての公爵の家臣と頭を突き合わせて悩んでいるとか。もっとも、領民からは先代の公爵を超えた才女ともてはやされており、彼女の望みももう少しで叶いそうではありますけどね」
「飛び地ばかりで余計に大変だよなあ」
カルローネ公爵領も俺一人では抱えられず、キルンベルガー侯爵とバルツァー公爵の配下だった人物を頼って、ユディットとローゼマリーにも領地経営をお願いしている。
そう、ユディットもキルンベルガー侯爵家の歴史上最大の領地を獲得した当主となったのだ。なのに、そんなに嬉しそうじゃない。そんな彼女も俺に言う。
「いまやキルンベルガー侯爵家も親戚を総動員しても領地の経営がままならぬ。教育がなされた貴族の子女だけではどうにもならぬな。この状況ではたとえ子供が10人生まれようとも、後継者争いの心配とは縁遠いであろうな。なにせ、好きなだけ領地を選ぶことが出来るのだから」
「これからまだ増えるというのに、気の重くなる話だなあ」
「多分歴代の王朝でそんなことを悩んでいるのは旦那様くらいなもの」
「普通は領地が増えると嬉しいものですよ」
妻二人にそう言われてしまう。子孫の為にももっと領地を増やしておかないとな。子孫はまだいないけど。
「それはそうとカサンドラ、敵にやられてばかりというわけではないよな。こちらの調略はどの程度進んでいるのか?」
こちらも敵方に寝返りの工作を行っている。それによっては、後ろからオスカー・ロッドフォードを攻撃する事も可能だ。
「西部地域ではそれなりの感触があるとゴルドーニ伯爵から報告を受けております。南部の状況を見れば陛下についた方がよいという判断でしょうか。ただ、表立って反旗を翻すところまではいきません」
「こちらが優位な状況を見せなければならないか」
「はい。しかし、彼等のそういった姿勢がオスカー帝を牽制する事になりますので、それなりに意味はあるかと思います」
「敵に情報をわざと渡しているわけだ」
「はい。ただし、西部地域の貴族はどこから漏れたかわからないでしょうから、オスカー帝が無暗に兵をすすめれば、周囲の貴族たちは一方的な攻撃と目に映ることでしょう。流石に三方向から囲めば中央軍といえどももちこたえることは出来ません」
カサンドラの計略に感心するが、よくよく考えるとこちらに寝返る約束をした貴族を売っているわけだよなあ。流石にそれはどうなのだろう。
「しかし、こちらの味方につこうという貴族をオスカー帝に売るのはどうかと思うがな」
カサンドラは当然その質問がくるとわかっていたようで、直ぐに返答がある。
「そもそも勝ち馬にのりたいということで様子見する事が卑しいのです。決断力のない君主は多くの場合、当面の危険を回避しようとして中立を選ぶ。そしておおかたその君主は滅んでしまう。そう教えてくれたのは社長じゃないですか。旗を示さない彼らをどう扱おうと、彼らから文句を言われる筋合いはありません」
言われて思い出すが、マキャベリの『君主論』からの引用をカサンドラに教えたんだったな。戦争に於いて中立というのは敵対よりも信頼を失う。たしかに、何もしない連中に美味しいところだけを与えるわけにはいかないよな。
「そうだな。連中には餌となってもらうのが最良か」
俺はカサンドラの作戦に納得した。ユディットもそれは同じで
「我が軍も振り返れば中立などおらんかったな。ツァーベル伯爵との戦いからずっと敵か味方かだが、終わってみれば全員が味方となった。中立を示した者があったとしたら、それは敵よりも信頼が出来ぬものであるな」
と頷いている。
カサンドラの作戦は見事に功を奏し、オスカー・ロッドフォードが軍を動かす準備を始めたが、西部へ配置される兵士の数が予想よりも多くなった。諜報員からもたらされた情報では、東部への派兵は多くても12万人であるとの情報がもたらされる。最大で13万人を予想していたので1万人も減ってくれたのは良い事だ。これで戦力差は4万人。防衛側であるという有利さを加味すれば、勝てる可能性はかなり高くなった。
この報告を受けてユディットとカサンドラ、それとブリギッタと打ち合わせを行う。他の武将たちは守備位置で兵士を訓練中であり、作戦会議には呼んでいない。
「敵兵が1万人ほど少なくなるということで、作戦を見直しました」
カサンドラが地図を指さして、説明を開始する。
「敵がこちらの守備する各都市を包囲しながら進軍したとしても、この要塞に到達するには人手が足りません。なので、ウーレアー要塞にユディット様を置いておくのは勿体ないので、敵の輸送部隊を攻撃していただくことにします」
カサンドラによれば、この1万人の差で包囲網の形成が困難になり、一気にウーレアー要塞まで敵が到達する可能性が無くなったというのだ。仮に到達したとしても、それは偵察兵に毛が生えた程度の戦力でしかなく、軍師が1人居れば撃退できるとのこと。
そこでユディットには精鋭を率いてもらい、敵の輸送部隊を狙う役割を担ってもらう。物資を奪わずに燃やしてしまえばいいので、大人数はいらない。そこに俺が同行すれば、敵の位置が正確に把握できるので、百発百中で奇襲攻撃が出来るというわけだ。
念のためカサンドラも同行して、ウーレアー要塞はブリギッタが守る。勿論、戦える武将をウーレアー要塞には残していくので、ブリギッタのみの武力で守備する訳ではない。そして、疲弊した敵兵はジークフリートやヨーゼフ、カミルがメインで叩く。ローゼマリーのステータスですら、相手と戦わせるのは不安なので、エルマーは守備に徹して攻撃はさせない予定だ。
「今のペースですと、おそらく敵は年が明けて直ぐにこちらに攻撃を仕掛けてくる事でしょう。春の種まきまでには決着をつけたいはずです」
「それはこちらも同じだな。冬場の公共事業としての兵役はよいが、農業生産に影響するとなると話は変わってくる」
品種改良の結果が出るにはまだまだだ。なので、今は農民を徴兵して戦争を行うのは農閑期だけにしておきたい。ただ、品種改良の結果収穫高が上昇すると、農民の数を減らす必要があるので、そうなると失業対策が必要になる。
減らす必要があるというのは言いすぎか。ただ、生産量が増えれば農作物の価格は下落する。そうなれば領主は別の徴税を考えるだろう。農作物を売って換金することで収入としているので、価格の下落が起きれば領民に別の税を課すことになるだろう。下がった分だけもっと徴税した場合は、更なる価格の下落で結局収入が減るから意味ない。
食料自給率なんて100%が丁度良いのだが、その数値でぴたりといかないので、結局は領主の手腕で差が出る。地球の歴史を見れば農業革命から住民の都市への流入が起こり、それが産業革命へと繋がっていくのだが、はたしてこの世界が同じ歴史をたどるのかはわからない。作者もそこまでは描いていないしな。
さて、心配事がかなり飛躍してしまったが、今のところ種まきの時期に戦争はしたくない。
「兵は勝つことを貴び、久しきを貴ばずですね」
カサンドラは長期戦を避けるつもりだろう。俺の教えというか、孫武の言葉を借りればそうなる。それに、戦いが長引けば様子見をしている者達がどう動くかもわからない。
「長く戦っていればこちらもどこかに穴が出来るやもしれぬからな。敵将の有能さを見ればこちらの方がミスをする可能性は高い。そうした一つのミスが戦場全体の流れを変えてしまう事もある」
ユディットも長期戦をするつもりはないようで、全員の考え方が一致した。戦争が無ければ時間を稼げば国力の差が埋まるが、戦争をしながらとなるとその前提が崩れる。相手が攻めてくるのならば、素早くこれを撃退したい。
「それにしても、ユディットが運の流れみたいなものを考えていたとはね」
全て実力で解決するという考えだと思っていたので、ユディットのミスが流れを変えるという発言には驚いた。
「戦場を数多駆け抜ければ、自ずとそれに気づく。旦那様は私をなんだと思っているのだ」
「いや、馬鹿にしている訳ではなく、実力を鍛えれば全ての状況に打ち勝つという考え方だと思っていたからね。現に訓練は国内一行っているじゃないか。それなのに運も気にするのかと思ってね」
「勝敗を決するのは99%の努力と1%の運だと思う。運が悪ければ一騎討ちの最中に虻が顔の前を飛んで、刺してくることもあるだろう。そのような状況では実力の低いものにも負けることもある。今となってはその運をどう掴むかが悩み」
「幸福三説か」
幸福三説とは幸田露伴が『努力論』の中で主張したものであり、運を育てるためにはどうすればよいかというものだ。「
「旦那様、幸福三説とは何か?」
当然幸田露伴を知らないユディットは、幸福三説とは何かを訊いてくる。カサンドラにもこのことは話していないので、彼女も興味津々だ。俺は二人に幸福三説とは何かを説明した。するとユディットは共感するところがあるのか、深く頷いた。
「旦那様の言う事はわかった。一生の運を使い果たして勝利を掴んだ場合、次はもう幸運など訪れないということだな。そして、努力をしないものはそもそも運が育たないと」
「まあそういう事になるかな。ただし、運を測る方法を考え付いた人がいないので、これが本当かどうかは検証が終わってないぞ」
「いや、今の話だけで十分だ。体験からわかるが、今まで言葉に出来なかっただけの事。これからは概念が言葉となったので、以前よりも運を掴みやすくなったはず」
本当かなと思いカサンドラの方を見た。だが、彼女も納得しているようだった。
「賽子賭博でも流れを掴んで一気に勝つと、いつの間にか全く勝てない時が訪れます。だけど、ほどほどの勝ちでやめておくと、全く勝てないという事はなく、勝ち負けがふらふらと漂うようなイメージですよね。そして、勝ったお金は全て自分のものにせず、参加者に分配するとそれをまた賭けてくるので、結局は自分のものになるという」
カサンドラは賽子賭博でちょくちょく小遣い稼ぎをしている。接待麻雀みたいに部下がわざと負けるわけではなく、持って生まれた豪運で勝ちをつかみ取っているようだ。ウーレアー要塞攻略の時に初めてやったのだが、そこで博打にはまったとか。
「まあそんなところかな。ばくちであれば参加者の運の合計が100で、それを奪い合っていると思えばいい。全部奪ってしまうと運は0になってしまうが、90から99で留めておけばそれが長く続くというわけだ。ただし、わざと負けるような事をすると流れを失ってしまうのも事実。その加減が難しいからこそ、いままで完全に運をコントロール出来た人物はいないわけだ」
「生涯をかけての研究というわけだな」
ユディットは本気で運の流れを掴むための研究をするような雰囲気だ。それにカサンドラも乗り気である。それが博打ではなく戦争の為であれば大歓迎だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます