第49話 秘密
新皇帝となったオスカー・ロッドフォードは将兵に帰還すると告げた。急な展開に彼等も混乱するかと思ったが、よく訓練されているので表向きは目立った混乱なく引き上げていく。
一人残ったクリストファーが俺に話しかけてきた。
「ところで公王陛下、いくつか確認しておきたいのですが」
「何でしょうか」
思わずへりくだったが、俺の方が立場が上になったんだよな。
「まずは私の生活ですが、どの程度制限がかかるかな?」
「キルンベルガーブルグでアンジェリカと一緒に生活してもらいます。今まではアンジェリカとサディアスを監視しておりましたが、二人に逃亡の可能性が無くなったので四六時中の監視は解除。なので、陛下――――いや、カーニー殿もアンジェリカの屋敷内であれば自由に行動してください。ただし、キルンベルガーブルグを出る場合には事前に申請をしていただき、行き先や目的をこちらで確認して許可をします」
「ふむ、都市の中で生活する分には問題はないと。しかし、私の資産は全て帝国に置いてきた。仕事はどうする?」
「公職につけるわけにはいかないが、かといって庶民の仕事をさせるわけにもいかないので、国から毎月給付金を出しましょう。伯爵と同程度の生活が出来る金額とします。ああ、そういえばアンジェリカの爵位も決めないとな。伯爵でいいか?」
突然話を振られたアンジェリカが驚く。
「爵位、それも伯爵ですか?」
「不満か?」
「いえそういう訳ではなく、むしろ好待遇過ぎるかと」
「やっている仕事は大臣級なのだから、それ相応の地位を与える事に問題は無い。今までは人質としての扱いもあるから、爵位を与えるわけにもいかなかったが、今回の事でそれも解決した。サディアス殿と結婚するのも許可しておく」
「謹んでお受けいたします」
サディアスとの結婚と言ったら、即座に受け取った。正直だな。
「さて、話がすこしそれたが、これで待遇面は納得していただけたかな?」
クリストファーに向き直って、彼に確認をする。クリストファーは頷いた。
「それでは次だが」
「次?」
クリストファーが次と言ったので、俺はなんだろうと訊いてみた。
「いくつか確認したいことがあると言ったであろう。謎の爆発についてだが」
「ああ、あれね」
流石にクリストファーくらいの知力であれば、FAXのギフトに気づくだろう。偶然がそう何度も重なる訳が無い。
「我が軍もあの爆発の情報を必死で集めた。その結果、一般の兵士が扱えるようななんらかの秘密兵器であるという可能性は無いという結論に至った」
「それはまたどうして」
秘密兵器というのは火薬やそれを使った兵器のことだろう。そういうものではないという結論に至った経緯を知りたい。
「事前に仕掛けた痕跡がないからといえばいいか。火攻めにしろ水攻めにしろ、事前になんらかの工作を行った痕跡が残る。しかし、確認できた4回の大爆発でそういった痕跡が無い。ウーレアー要塞には侵入されたという報告は無かったし、カルローネ公爵もだまし討ちで暗殺しようとしたのに、それに対処する工作を出来る時間もなかった。バルツァー公爵だけは城になんらかの仕掛けをした可能性もあるが、兵器や薬品を開発して持ち込んだという情報が一切得られなかった」
正解だ。火薬であれば製造方法や製造場所は秘匿出来ても、運搬したという情報は漏れるだろう。それが無いのだから、その可能性は捨てるわけだ。
「では何だという分析結果になったのかな?」
「人智を超越した力という結論に至った」
それも正解だ。しかし、どうしてそれを俺に伝えるのだろうか?
「どうしてそんな話を?それに確認したいという事は何かな」
「陛下があの爆発を簡単に使わないのは、なんらかの制限があると推測される。例えば術者の寿命を削って爆発を起こしているとか、一度使うと次に使用するまで神力のようなパワーの回復に時間がかかるとか。そもそもあの爆発を起こす力を持っている可能性があるのが、陛下と二人の妃の誰かであろう。爆発が起こった時に、常にその三人がおりましたので。それで、オスカーは必ずその力を封じようとするはず。その対策はおありかな?」
「まず、あの爆発は偶然の産物。神が私に天下をとれと言っているようなもの。だから連発は出来ない。そもそも、あの力を自在に使えるのであれば、それを使って帝国を脅して帝位に就く。逆らうものは皆殺しに出来るのだから。という理由ではどうかな?だから封じようという対策を相手が立てたところで、元もと自由には使えないのだよ」
「なんらかの事情で隠しているのだろうが、私が伝えたかったのはそちらの切り札についても、調査を進めているという事だ。対策が思いつかないようであれば相談に乗ろうと思ったが、どうやらそれは不要らしい。まあたしかに、自由にあんな力を使えるのであれば、とっくに帝国全土を手中におさめているか。老婆心ながら言わせてもらえば、恐らくオスカーはあの爆発を無理矢理にでも使わせようとしてくるはずだ。短期間、それも一日に二度使った事例がないから、直ぐには使えないというのを確認してくるだろうな」
かなり真面目に分析されている。ただ、俺のギフトにクールタイムがあると勘違いしてくれているならば、そこに隙が生まれる事だろう。
「忠告感謝する。俺はアンジェリカもクリストファーも守ってみせる。そこは心配しなくていい。もう確認することが無ければ、アンジェリカと存分に話してくれ。直ぐにキルンベルガーブルグ行きの馬車も手配する。まあ、護衛兼監視は付くがね」
「承知した」
ここでクリストファーはアンジェリカを伴ってウーレアー要塞の方向に歩いていく。残ったユディットとカサンドラに先ほどの話を聞いてみる。
「流石に爆発については敵も気がついているよなあ。どうしようか」
俺の問いにカサンドラがこたえる。
「帝国の勢力を考えたら動員できる兵士はおそらく20万人が限界でしょう。ただし、それらは南部にも備えなければなりませんし、併合したばかりの西部でも、叛乱に目を光らせておかねばいつどうなるかわかりません。となれば、こちらに振り向けられるのは多くて13万人ですね。それに対してこちらが用意できる兵士は8万人ほど。その差を埋めるのが陛下の爆発と作戦になります」
「その数であれば、5万人程度の戦力差など将の能力でどうにでもなるのではないか?」
ユディットがそういうと、カサンドラは首を横に振った。
「オスカー・ロッドフォード帝をはじめ、敵陣営には優秀な武将が揃っております。それに対してこちらはユディット様とカミル、イェーガー卿、シュプリンガー卿、バルツァー卿しかとびぬけた才能の持ち主がおりません。質でも数でも負けております」
その言葉にユディットも納得した。
「エルマーやアメルハウザー、アインハルト、ホルツマンもとびぬけているとはいえんな。だが、カサンドラとブリギッタもおるではないか」
ユディットが遠くにいるブリギッタを指さす。しかし、カサンドラはその意見には賛成しなかった。
「私たちの仕事は計略となります。実際の戦闘では兵を率いて敵と斬り合うことは出来ません」
武力でみたらカサンドラとブリギッタは使い物にならない。彼女もそれは十分に理解している。どんなに計略を仕掛けようとも、敵兵が全滅せずに生き残って戦闘となった場合には、二人は足手まといにしかならない。
「それでは質と数の差をどう埋めるのか?」
「いかに大軍といえども、一度にこちらと戦えるのは限りがあります。四方を包囲したとしても、それは同じ。街中での喧嘩を考えてください。大勢に囲まれたとしても、同時に攻撃してくるのは精々が三人でしょう。つまり、その三人の攻撃を防いでいればよいのです。その間に他に隙が出来ればそこを叩く。また、敵が密集しているなら、そこを爆破してしまえばよいのです。あと6回の爆発で決着をつけるには、敵を引き付けて密集させる。クリストファー帝が言ったように、相手がこちらが連続で使えないと思っているのであれば、そういった演出をして一箇所に集めてしまいましょう」
「ふむ、確かにいかに大勢で囲んだとしても、全ての兵士が同時に攻撃できるわけではないな。それで、具体的にはどのように布陣するつもりか?」
ユディットの質問にカサンドラは地図が必要だという。そばに控えていた文官に直ぐに地図を用意させて、カサンドラが説明をはじめた。
「エルマーとシュプリンガー卿が一番前に出ておりますので、彼らが駐留している都市までを防衛ラインとします。それより先にある小さな村は諦めましょう。そして、その後ろにイェーガー卿、カミル、バルツァー卿、ユディット様を配置いたします。敵がエルマーかシュプリンガー卿を攻撃すれば、後ろに控えた部隊がこれを救援し、都市を無視してこちらに進んでくるようであれば、エルマーとシュプリンガー卿が後ろからこれを討つ」
「それだと、数で押されて分断された時の対応が出来ないのではないか?」
カサンドラの立てた計画にしてはざるな気がしたので口を挟んでみた。
「都市を抜けてから街道を封鎖し、こちらの救援を妨害しようとすれば、敵方もその補給線は伸びきってしまいます。その伸びきった補給線を叩いていけば、敵は戦争を継続できなくなることでしょう」
カサンドラの考えを聞いてユディットが頷いた。
「つまり、敢えて分断、包囲させることで敵の補給線を伸ばしてしまおうということか」
「はい。敵は優位だと思い込んでしまうでしょうが、実はそれこそが落とし穴。兵は詭道なり。故に能なるも不能を示し、用なるも不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれを備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれをみだし、卑にしてこれを驕らせ、いつにしてこれを労し、親にしてこれを離す。その無備を攻め、その不意に出ず。相手の思考の裏をかくことで勝利を掴みます。敵は飢えればイチかバチかでこちらに総攻撃を仕掛けるでしょうが、そこを社長に爆破してもらえば我々の勝利で終わります」
かさんどらの頭の中には既に勝利の青写真が出来上がっていた。あとはそれを粛々とこなすだけだ。
「それにしても、クリストファーが言っていたが、相手が俺の爆破の能力を完全に把握していなくて助かったな。勘違いしてくれているならそれに越したことはないし利用もできる」
「出来れば使いたくないですけどね」
とカサンドラが言うので、流石に彼女も多くの人を一瞬で殺してしまうのには気が引けるのかと思い、
「なに、大量の死者を出しているのは俺だからそう気負わなくていい」
と言ったら、一瞬ぽかんとなった。そして直ぐに俺の勘違いに気づく。
「あ、そういうことじゃなくて、帝国統一後もよからぬことを考える連中が出てくるでしょう。そう云う時の為にとっておきたいのです」
そう、カサンドラは統一後も戦いが起きる事を想定していたのだ。
「それはあるな。所詮玉座などダモクレスの剣が上からぶら下がっているようなもの。いつ刺されるかわからんしな」
「ローゼマリーの件もあるしな」
ユディットが笑いながら俺が刺された個所を指さす。
「あれだと爆発も間に合わないよ」
「二度とあのような事が起きないように、身辺警護は強化しましたけどね」
カサンドラが周囲に目配せすると、俺を警護するための兵士が頭を下げた。彼らは工作員が俺を襲ってきたら身を挺して守ってくれる兵士たちだ。危険手当がたっぷりでるのでかなりの人気職らしい。危険なのになあと思うが、彼等の判断基準は給金だとか。カミルとユディットが訓練しているので、いい加減なやつが紛れ込んでいることもないので、安心できる。
「よし、では方針も決まったことだし、後は敵を迎えうつ準備をするだけだな。しかし、敵が攻めて来なかったらどうするつもりだ?」
俺はカサンドラの思惑が外れた時のことを訊ねた。
「その時は国力の差が埋まるのを待ってこちらから攻めます。相手が時間を掛けるのであれば、内政を改革している我らに有利となることでしょう。まあ、オスカー・ロッドフォードほどの人物がこちらが力をつけるのを待ってくれるとも思えませんが」
「敵がどう出るにしろ、備えはあるという事で安心したよ。流石は我が軍の軍師殿だ」
「あんまり他人行儀にされると拗ねますよ」
余計な一言でカサンドラの機嫌が悪くなってしまった。こまってユディットの方を見ると、彼女は無言ながらも「自分でなんとかしなさい」と言っているように見えた。やれやれ、天下国家の運営の前に、家庭内すらうまく出来ないとはなあ、ゲームではこんなシチュエーションなかったぞと、心の中でゲームマスターに愚痴る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます