第48話 姉弟

 帝国暦517年9月、アンジェリカがウーレアー要塞に到着した。そして、クリストファーからもアンジェリカに会うためにウーレアー要塞に出向くと連絡があった。

 主だったメンバーを集めて、ウーレアー要塞にて評定を行う。


「さて、カーニー将軍がこちらに来るとの事だが」


 俺が参加者を見回しながら言うと、カサンドラから訂正が入る。


「現在皇帝を僭称しておりますので、対応の仕方次第では皇帝という名称で呼ぶべきでしょう」


 そう、クリストファーはゾンネ朝の皇室が保有していた玉璽を入手し、皇帝を名乗ったのである。カーニー朝の初代皇帝というわけだ。


「ハンコ一つで皇帝とはねえ。そんならこっちもハンコを沢山つくりましょう」


 とヨーゼフが言うとみんなの顔に笑みが浮かぶ。馬鹿にしている訳ではなく、それが本質であるということだ。南部で俺に負けた中央軍を率いて皇帝を名乗るのであれば、こちらも皇帝を名乗っても問題ないだろう。南北朝みたいになるかな。


「そうは言っても玉璽には歴史的な重みがあるからな。まあ、交渉の前に名称でこじれても仕方がない。皇帝で統一しようか」


 と俺が言うと、全員が納得した。


「でだ、今後の方針は相手の出方次第となるが、アンジェリカとサディアスがいるので、その命を保証する代わりに皇帝に退位していただきその位を禅譲してもらうか、二人の命は無いものとして戦うことになるかだな」


 ユディットが俺に質問をしてくる。


「交渉が決裂した場合、アンジェリカとサディアスの命はどうされるおつもりか?」


「殺すのはなあ。しかし、人質としての価値が無くなったからといって、相手に返却するのもない。クリストファー帝との決着がつくまでは今の通りだな」


 その返答にユディットは納得した。なお、アンジェリカはこの場にいない。クリストファーが会いに来るというのは伝えてあるが、その事前打ち合わせには参加はさていない。


「相手が降伏した場合はどうなりますか?」


 ローゼマリーから質問される。


「軍事的な権限は取り上げた上で、領地についてはそのままかな。ただ、クリストファー帝については公職から遠ざける。彼を担いで叛乱を企てる輩が出てくる可能性はあるから、死ぬまで監視することになるだろう」


「では、殺してしまうというのはどうでしょうか」


「そのつもりはない。アンジェリカに一生恨まれるだろうしね。彼女とサディアスと暮らしてもらうつもりだ。クリストファー帝の子供が出来たならば、その子には制限はかけるつもりもないしな」


 意外と命の価値は低いローゼマリーにちょっと引く。まあ、自分の命をかえりみずに俺を殺そうとするくらいだし、そういう価値観で育ってきたのだろう。

 ローゼマリーはそれ以上質問してくることは無かった。

 代わって、ジークフリートが質問をしてくる。


「交渉決裂で戦争となった場合、こちらは攻めるのか守るのか、どちらの選択となりますでしょうか」


 それについてはカサンドラにこたえさせる。


「不慣れな敵地で戦うのであれば、こちらからは攻めずに守るべきだと思います」


「しかし、それではいつまでたっても攻撃されるだけではないか」


「守っているあいだに西部に調略を仕掛けます。さらに、南部から兵を中央に進める姿勢を見せて相手を牽制し、隙が出来た地域からの侵攻を考えております。先制攻撃による先の先をとるよりも、相手に動いてもらう後の先というわけです。既に、西部の有力者たちには書簡を送っております。ただ、露骨に寝返りを要求するわけではなく、徐々に時間をかけてとなりますが。時間を掛ければ掛けるほど、こちらの国内が安定し、国力の差が埋まる予定です」


 肥沃で人口の多い中央と比べると、こちらは農業と商業で劣っている。正面からぶつかってしまっては、国力の差でこちらが最終的に負けてしまうだろう。しかし、内政改革が実現すれば国力は飛躍的に上昇する。ならば時間を稼ぐのも悪くないということだ。


「ただし」


 とカサンドラは続ける。


「守備一辺倒というわけではなく、少数精鋭によるかく乱攻撃は実施します。其そのおもむかざる所ところに出で、其そのおもわざる所ところに趨く。攻めて必ず取るは、其の守らざる所を攻むればなり。こうして、少数で動きよく敵の想定外の場所を攻めていれば、敵は疲弊することでしょう。ただし、大規模攻勢に出るにはこちらの国力が不足しております。伸びた補給線は必ず狙われ、痛い目に遭う事は必至」


「なるほど。ならばその少数の部隊はなにとぞお任せください」


 ジークフリートにカサンドラは頷き肯定する。


「いずれにせよ、クリストファー帝の出方次第か」


 俺がそう言って評定を締めくくった。

 そしてついにクリストファーがウーレアー要塞にやって来た。要塞の中で話し合いをするとなれば、相手の兵士を入れるわけにもいかないので、その事に相手側が難色を示す。それならばと天気が良いので要塞の城門から出て交渉をすることになった。

 城門の前にテーブルを置き、城門を背にして俺が座り、反対側にはクリストファーが座る。その後ろにはそれぞれの部下が護衛としてついている。クリストファーの遥か後方にはその他の兵士が待機しており、こちらの兵士は要塞の中に待機させている。

 挨拶もそこそこにアンジェリカをクリストファーに見せる。彼女は俺とクリストファーが対峙するテーブルのところに来て、俺の後ろに控える。


「ひさしいわね。息災でしたか?」


 アンジェリカの問いかけにクリストファーは応えない。ただただアンジェリカを見つめている。が、不意に言葉を発した。


「姉上、本当に姉上なのですか?」


「勿論。貴方のお尻にほくろが二個あることも知っております。それ以外にも何か兄弟しか知りえないことを質問しますか?」


「いえ、その情報だけで十分です。しかし、よくぞ御無事で。後宮の火災を見て諦めておりました」


「あの時偶然にも公王陛下が、あの時はまだ子爵だったかしら。そう、陛下が偶然にも現場に居合わせて、私と重傷で瀕死のサディアスを連れて逃げてくれたのです」


「では、デュカスとその一味を殺したというのは――――」


 クリストファーがスッと俺を見る。


「私ですよ、皇帝陛下」


 とやや慇懃に答えると、すんなり納得してくれた。特に腹を立てた様子もない。


「公王殿は何かと不思議な力をお持ちのようだが、あの事件も予測していたということか」


「まさか、神でもあるまいし。ただ、数日前に出会った警護の兵士が、正式な警護の兵士にしか渡されないというペンダントを見せてくれましてね。事件当日の兵士はそれを持っていなかったので、これはなにか策謀の臭いがするとわかったのですよ」


 本当は知っていたので予測とも違うのだが、それを今クリストファーに言ったところで信じてもらえるかもわからないし、小説の内容を知っているというアドバンテージを知らせる必要もない。


「まあ、そういうわけで、困っていたアンジェリカと瀕死のサディアス殿を助けたという訳だ」


「では、二人を返してもらおうか。下心なく助けたのであれば、二人の意思を尊重すべきだろう。それを人質にとるような真似をするのはどういった魂胆か」


 全くの善意じゃないからです。と正直には言えない。その代わり、アンジェリカに発言を許可して、彼女の口から本心を語ってもらう事にした。


「クリス、私はこのままこの国にとどまりたいの」


 その発言にクリストファーは驚愕した。


「姉上、その男に脅迫されているのですか?サディアスを人質に取られているからそういうのでしょう」


 だが、クリストファーの言葉にアンジェリカは首を横に振った。


「そうじゃないわ。この国は今までの帝国とは違う新しい価値観で動いているの。実力を正当に評価してくれるのよ」


「それなら俺だって古い帝国を打ち破り、新しい帝国をつくるために立ち上がりました。部下たちも出身ではなくその功績によって地位を与えております」


 クリストファーが反論すると、アンジェリカは彼の後方を指さした。


「今日クリスが連れてきた軍に女性はどれほどいますか?」


「女性が軍にいるはずがないでしょう」


「ほら、それこそが古い価値観だというのです。東方公国では女性でも実力があれば軍に在籍して、それなりの地位を与えられます」


 クリストファーはそれをユディットの事だと思ったようで、アンジェリカに反論する。


「それは公王の妃であるからでしょう」


 その言葉にユディットが怒気を纏ったのが背中から伝わってくる。ここはガス抜きだな。


「さて、そうまで言うならクリストファー帝の部下と一騎討ちをさせようではないか。ただし、戦場ではないので木剣か刃引きした剣を使ってとなるが」


「よかろう。フレッド・ヴィンセント中将を呼べ」


 クリストファーが一騎討ちを命じたのはフレッド・ヴィンセント中将だった。彼は猪突猛進タイプの武将で知力はそんなに高くない。高くないといっても80は超えていたはずだが。そんな彼が出てきたので鑑定をする。


フレッド・ヴィンセント中将

武力93/S

知力83/S

政治80/S

魅力88/S

健康100/S


 赤毛の大男で熊みたいだなと思ったが、武力をみたら熊でもいいかと思える。まあ、ユディットの敵ではないんだけど。

 直ぐに木剣が用意された。馬には乗らずに、我々の横で5分だけ戦うということになった。

 ユディットがヴィンセントをにらみつける。


「遺書は書いたか?」


 訊かれたヴィンセントは笑った。


「木剣で俺が殺せると思っているとは、とんだ自信家がいたもんだ。俺はそちらの部下じゃないから、気を遣って負けるなんてことは出来ないぜ」


 その言葉でユディットの怒りが更に沸騰する。こちらの陣営では皆いつ爆発するかとハラハラしながら見守っているのだが、ヴィンセントにはそれが伝わらないようだ。ユディットも身長では負けていないのだが、金属鎧を着ているとその下の筋肉が見えないので、どうしても女だと見下されてしまう。


「さあ始めようか」


 これ以上開始を引き延ばすと、こちらにもとばっちりが来そうなので、俺は一騎討ちを始めるよう合図をした。

 開始早々ユディットの巨体がヴィンセントの横をすり抜けて後ろに回る。ユディットの動きが早すぎて、ヴィンセントはそれに反応できずに直ぐに後ろを取られてしまった。

 かくいう俺も、ユディットが動く瞬間と、ヴィンセントの横をすり抜けるのは目で追えなかった。後ろに回って少し動きが遅くなって、そこで初めてユディットの姿が見えたのだ。

 そして、ユディットが見えたと思った瞬間、ヴィンセントの首にユディットの木剣が当たる音が聞こえた。

 首への一撃を加えるとユディットはヴィンセントと距離をとる。しかし、ヴィンセントは振り向く事無く仰向けに地面に倒れた。

 それを見てユディットは大きく息を吐く。


「皇帝陛下の家臣は木剣で死ぬようなやわな鍛え方をされているのか」


 ユディットの言葉でヴィンセントが死亡した事を悟る。武力93の武将を木剣の一撃で殺すとか、勝つとは思っていたが予想外の結末だ。

 この結果を受けてアンジェリカがクリストファーに問う。


「どうですか、これでも公王妃だから将軍の地位にあると言えますか?」


 その問いに答える前に、クリストファーがざわめく部下を一喝した。


「静まれ!今のは正式な一騎討ちの結果だ。異議は認めぬ!」


 中央軍はヴィンセント中将のかたき討ちと盛り上がりかけていたが、その一言で落ち着きを取り戻そうとしていた。

 そこにユディットが挑発をする。


「歯ごたえが無かったので、誰か他に戦おうという者があれば受けるが」


 正直、ここで敵の有能な人材を潰しておけるなら、可能な限り潰しておきたい。ユディットにそんな思いが伝わったのだろうか。実にいいタイミングで挑発をしてくれた。

 しかし、敵はクリストファーの指示に従って、ヴィンセント中将のかたき討ちをしようという者は出てこなかった。実に統率が取れている。

 敵方が落ち着いたところでアンジェリカがもう一度クリストファーに問う。


「もう一度問います。どうですか、これでも公王妃だから将軍の地位にあると言えますか?」


「いいえ。確かに彼女に実力はありました。しかし、それは公王妃の実力であり、姉上の実力ではありません」


「そうね。私には戦う力は無いわ。でも、今私はこの国の教育の仕組みをつくる仕事をしているの。それだって立派な実力でしょ。国には武官もいれば文官もいるわ。それぞれが得意な分野で国に尽くせばいいの」


 アンジェリカの仕事内容にクリストファーが目を丸くする。


「姉上が教育の仕組みを?」


「そうよ。この国では子供は男女関係なく教育することを目標としているの。役人の登用試験だって性別は関係ないわ。それに対してあなたの作った帝国はどうかしら?もし私に子供が出来て、それが女の子だったら、どこかの誰かと政略結婚するしかない未来なんて可哀想よ。力のある男性と結婚して子を産み、家を反映させるという考えがあってもいいと思うの。出産は女にしか出来ないことだから、それだって立派な生き方よ。でも、それ以外にも生きていく方法があった方がいい。役人にもなれるし、軍人にもなれる。学者や芸術家にだってなる事が出来るのよ。そういった仕組みを世界で初めて作るなんて、他の誰にもやらせたくはないの。ここに来る前にサディアスとも話し合ったわ。そうしたら彼、アンジェリカの好きなようにすればいいって言ってくれたわ」


「サディアスがですか……」


 クリストファーが失ってその人柄がガラリと変わるきっかけとなった二人が、俺の東方公国にいたいというのだから、クリストファーの心の中の葛藤は相当なものだろう。


「そういうわけですよ、皇帝陛下。アンジェリカには非常に重要な仕事を任せております。そして、彼女もそれにやりがいを感じている。それなのに陛下はアンジェリカを帝国につれて帰るおつもりですか」


 俺がそう訊くと、クリストファーは即答しなかった。少し待っても回答がないので、俺は交渉の席を立つことにした。


「交渉は決裂ですかね」


「待ってくれ」


 俺が椅子から立つ仕草を見せると、クリストファーは待ったをかける。


「何か?」


「余が退位して、姉上と東方公国で暮らすならば、命の保証はしてくれるのだな?」


「当然でございます。私は後世の歴史家によって卑怯者という評価をされたくありませんのでね」


「それ以外に条件はあるか?」


「いいえ。陛下が退位なさるのであれば、それ以上は望みません」


 これで帝国統一か。

 そう思ったが甘かった。


「わかった。余は退位して皇帝の座をオスカー・ロッドフォード上級大将に禅譲する」


「え?」


 突然の申し出に俺は目が点になる。

 そして同じく、クリストファーの後ろで目が点になった人物がいた。彼こそがそのオスカー・ロッドフォード上級大将だ。小説での彼は物語の終盤にクリストファーを裏切り、東部地域で叛乱を起こす。

 彼のステータスを鑑定すると、クリストファーよりも優秀だった。


オスカー・ロッドフォード上級大将

武力97/S

知力99/S

政治99/S

魅力99/S

健康100/S


 これが二代目の皇帝となるわけか。


「陛下、お戯れもほどほどに」


 オスカー・ロッドフォード上級大将が険しい顔でクリストファーに諫言するも、クリストファーはそれを受け流す。


「余は確かに新しい国を作ろうとした。しかし、それは姉上やサディアスを失うような国ならば作り変えてやろうという気持ちからのものだった。それが今、二人を失っていなかったのだから、行動する理由が根源から崩れたのだよ。だが、いままでつき従ってくれた将兵たちは、新しい帝国に対して希望を持っている。それをいまさら無しに出来るわけもない。だからこそ、家臣の中で一番優秀な卿に次の皇帝をまかせたいのだ。また、卿には皇帝となる野心があることも知っている」


「どうしてそれを」


 自分の野心が見抜かれていたと知って、ロッドフォード上級大将は驚きを隠せなかった。


「それくらいの目配せが出来なければ皇帝などつとまらぬよ。いつ誰に寝首を搔かれるかわらかんのだ。卿も常に周囲の人物は把握しておくように心掛けよ」


「承知いたしました!」


 とロッドフォードは頭を下げて、直ぐに顔を上げる。


「そういう事ではありませぬ!いままで陛下に従って戦い、命を落とした者達にヴァルハラでどう顔向けするおつもりですか」


「いいわけは出来ぬであろうな。しかし、あるかどうかわらかぬヴァルハラよりも、今こうして生きている世界で姉上とサディアスと暮らしたいのだ」


 身勝手なクリストファーの言葉にロッドフォードの怒りが爆発した。


「そういうことであれば、このロッドフォードが皇帝の座を引き継ぎましょう。しかし、この裏切り行為に対して、陛下の体に剣を突き立てるつもりで公国と戦い、攻め滅ぼすと思っていてください!」


「そういう事だ、公王陛下。私は折角姉上とサディアスと一緒に暮らせることになるのだ。国を滅ぼされるような事はしてくれるなよ」


 クリストファーにそう言われたが、突然のことで思考が追いつかない。

 これからどうしようか。

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