第46話 サルコリ侯爵

 サルコリ侯爵はペドローニ子爵領にある町に駐留していた。周辺の物資を吸い上げたため、俺たちが進軍していくと住民から食糧の支援を求められた。軍の数が住民よりも多いので、住民に配慮した徴発などで済むわけでもなく、あるものすべてを徴発していったようだ。蝗か、と言いたくなるような略奪ぶりであり、これでは民心は戻らないだろう。

 しかしそうまでしても、コルレアーニ伯爵とメコーニ伯爵が街道に封鎖をかけているため、他の地域からの物資の流入はなくなっており、一息付けただけという状況である。封鎖対象外の地域の貴族も自領が飢えてまでサルコリ侯爵に支援をするという訳にはいかない。

 ここでカサンドラは街道封鎖を実施した。ただし、向こうから出てくる非武装の者については通す。それを町の住人達にも伝わるように、立て看板と通行人に口で伝えた。


「カサンドラ、これだとサルコリ侯爵は当然こちらの封鎖を解除させようと出てくるんじゃないか」


 四方を囲んだために、こちらは兵を四分割している。ユディット、カミル、ジークフリート、ローゼマリーがそれぞれを率いて、街道を封鎖している状態だ。


 「敵はここに残っているのは3万程度ですが、皆士気は低い状態です。戦う気力の無いものたちの動きは悪いので、敵が出てきたら引く姿勢を見せて、追撃しようとして隊列が伸びきったところで、側面を伏兵で叩けばあっという間に壊滅させられるでしょう」


サルコリ侯爵軍

指揮官 サルコリ侯爵

副官 アルファーノ子爵

副官 ペドローニ子爵

兵士数 30,530人

歩兵  30,530人

訓練度 68

士気  15


 カサンドラの言うように、敵はこちらの封鎖を解除しようとして出てきたが、敵の動きに合わせて一度引くと、追撃の足取りが揃わずに隊列は長くなった。そのまま伏兵を潜ませているところまでおびき寄せ、側面から攻撃し、敵を分断して先頭を叩けば、後は退却していく。退却する兵士は追わない。彼らが生き残ったぶんだけ、消費する食糧が増えるのだから。

 一度伏兵による攻撃を受けた敵は、その後慎重になって町に籠城をすることになった。町の住人はその間にも続々と脱出をはかっており、兵士以外はもうほとんど残っていない状況だ。町の住人に扮した兵士も何人も逃げ出しており、戦闘と合わせて敵兵はその数を減らした。


サルコリ侯爵軍

指揮官 サルコリ侯爵

副官 アルファーノ子爵

副官 ペドローニ子爵

兵士数 25,422人

歩兵  25,422人

訓練度 68

士気  13


 しかし、籠城する敵に対してこちらから攻めるのは愚の骨頂であり、かといって兵糧攻めにするにも時間が掛かる。次の一手はどうなのかとカサンドラに訊ねてみた。


「次はどうるんだ?このまま兵糧攻めでもよいが、時間が掛かるのではないか」


「毒を使ってみようかと思います」


 意外な単語が出たので驚いた。


「毒か。銅と硫黄を使って毒ガスを発生させるのは古来より使われる手だが、風通しの良い町に使ったところで効果は薄いんじゃないか」


「いえ、毒ガスではなく、毒薬を使用いたします」


「それを敵兵の口に入れるくらいなら、直接攻撃した方が早いのではないか」


 カサンドラの意図がわからない。毒薬を相手の口にねじ込むならば攻撃した方が手っ取り早いだろう。どうやって毒薬を使うのだろうか、全く想像が出来ない。


「商人を装って物資を町に届けます。その中の食糧に毒を混ぜておきます。敵は空腹ですので直ぐにでも食べてしまうでしょうから、効果は絶大だと思いますよ」


「しかし、街道はこちらが封鎖しているというのに、どうやって商人を送り込むのを不審に思わせないつもりだ?」


「賄賂を渡して通過させてもらったといえば相手も信用することでしょう。それに、喉から手が出るほど欲しい物資を持ってきたとなれば、その誘惑には勝てないでしょう。砂漠で水を見つけたならば、兎にも角にも口にしてしまうようなものです」


 カサンドラの説明に納得がいった。商人に扮して持ち込んだ食糧に毒を入れておけば敵はそれを食うか。と思ったところで、重要な事を思い出す。


「その食糧を町の住民が食べれば、彼等も毒で死んでしまうのではないか?」


「御心配なく。住民から生活できない程の物資を徴発するような連中が、食糧を住民に分け与えるようなことはいたしません」


「言われてみればその通りか」


「では早速」


 カサンドラの指示で商人に扮した兵士達が、毒入りの食糧を持って町へと向かった。物資を売った兵士が戻ってきてから半日が過ぎると、敵兵の数がガクンと減った。


サルコリ侯爵軍

指揮官 サルコリ侯爵

副官 アルファーノ子爵

副官 ペドローニ子爵

兵士数 19,143人

歩兵  19,143人

訓練度 68

士気  9


 士気はついに1桁まで下落。兵士も包囲を開始した時と比べると2/3まで減少している。

 敵の数を確認して俺がおどろいた表情をしていると、カサンドラがニヤリと笑う。


「どうですか、社長」


「敵の兵士数が2万を割った。それに、士気がガタ落ちだ」


「そうですか。しかし、ここで攻めては敵も最後の力を振り絞って、必死に抵抗することでしょう。なので、逃げ道を作っておきます」


「逃げ道か」


 どのような事をするのだろうかと思ったら、カサンドラは兵士達を集めて町へ大声で投降を呼びかける事を指示した。さらには、サルコリ侯爵、それに副官のアルファーノ子爵とペドローニ子爵の首を持ってきた者には、腹いっぱいの食事を約束させるという内容のものだった。


「これで追い詰められた敵兵の必死さはサルコリ侯爵に向かう事でしょう。こちらの兵を損耗することなく、敵を討つ事が出来ます。人の兵を屈するも、戦うにあらざるなり。人の城を抜くも、攻むるにあらざるなり。人の国をやぶるも、久しきにあらざるなり。必ずまったきを以って天下に争う。敵と戦わず、籠城する町へ攻撃をせず、長期の戦いを避けて短期で勝負を決める。いかがでしょうか」


 満面の笑みを浮かべるカサンドラを見て、俺は後頭部を搔いた。


「やれやれ、これではまたユディットに歯ごたえが無いと言われてしまうな」


「社長の兵はこの後に控えるカーニー将軍との戦いの為のもの。ここでむやみに数を減らす訳にはまいりません」


「そうなんだけど、アンジェリカとサディアスを使って、彼と戦わない事が出来ればそれが一番なんだよなあ」


 そのための人質なわけだし。


「どうでしょうかね。私はカーニー将軍の性格がわかりませんので、判断は出来ませんが」


 カサンドラはクリストファーの事は俺の小説の知識しかないため、判断をすることは無かった。出来れば戦いたくは無いが、はたしてどうなる事だろうか。


「まあ、今は目の前のサルコリ侯爵だな。敵に動きはあるだろうか」


「きっとありますよ」


 カサンドラに指示された兵士達が一斉に大声で敵に呼びかける。町の入り口で街道からの侵入を防ぐために配置された兵士の一人がこちらに向かって走り出す。それを呼び水に、武器を捨ててこちらに走ってくる者が続々と出現した。ただ、空腹のせいかフラフラで、あまり早くはない。


「戻れ、お前ら戻らんか!」


 と叫ぶ兵士もいたが、後ろから来た兵士に後頭部を殴られると、そのまま前のめりに地面に倒れて動かなくなった。生き残るために必死な兵士達は、自分が逃げるのを邪魔する者を敵と認識したようだ。

 となると、サルコリ侯爵を討ち取って食事にありつこうという者が多数現れるのにも期待が出来るな。


「敵がどんどん逃げ出してきたな。こうなると逃げ遅れる事を嫌ってみんな我先にと逃げ出してくるだろう。あとは、サルコリ侯爵を討とうとする奴が出てくれると良いが」


 敵の方を見ながら、横にいるカサンドラに話しかける。


「全ての逃げ道をふさぐことで全滅を狙うことも出来ますが、敢えて逃げ道を作っておくことで、全力の敵と戦う事を避ける。社長に教えてもらったことを実践しているだけですよ。それに、逃げた後万が一サルコリ侯爵が我々に勝った場合を考えたら、自分の手で始末しようという考えも出るんじゃないですかね。食事という餌も、目の前にぶら下がっているわけですし。それにしても、カルローネ公爵領を餌に二虎競食の計を仕掛けなくて良かったと思います。サルコリ侯爵がこれほどまでに愚かだったので、我々が様子見している間に、カーニー将軍に全て持って行かれてしまったでしょうね」


「そうだな。まあ、その場合はサルコリ侯爵とカーニー将軍の軍事同盟は成立しなかっただろうから、この状況は作り出せなかっただろうけど。でも、サルコリ侯爵の失敗を見ると、カーニー将軍に手玉にとられていただろうね」


 小説でも南部は大した抵抗も出来ずに征服されていた。遷都した西部と、アドルフのいる東部に比べると、印象が薄くて強者が居なかったのだ。たぶん、作者が考えるのが面倒だったんじゃないかな。物語を盛り上げる要素も必要なかったし。

 それから1日が経過すると、町の中から高価な服を着た人物を縛って連れてくる連中が出てきた。確認するとサルコリ侯爵とペドローニ子爵を捕まえて来たのだという。もう一人の副官であるアルファーノ子爵は、戦闘の最中に死亡したとのこと。

 それはシステムで確認できたので、本当の事だとわかっている。

 サルコリ侯爵とペドローニ子爵はカミルによって首をはねられた。生かしておいてもいいかなと思ったが、ユディットとカサンドラが殺しておくべきだと言うので、それに従った形だ。

 戦闘が終了したので、四方に分かれていた部隊を集結させた。ローゼマリー以外の三人が不満そうな顔をしている。


「もっと戦いたかった?」


「はい」


 三人が声を揃えて返事をする。まったく、これだから脳筋どもは。そう思っていると、カサンドラが苦笑した。

 

 南部はこれで全て俺に従うことになった。中央集権化をはかるために、軍事については国家管理としたが、南部を見る事が出来る状況にはないので、結局三人の伯爵に全て丸投げしたので、実質的には軍の支配は変わっていない。

 コルレアーニ伯爵とメコーニ伯爵、それにゴルドーニ伯爵をカルローネ公爵領に呼んで、この地も統治するようにと言ったが、コルレアーニ伯爵とメコーニ伯爵はサルコリ侯爵の領地を得て、そこの統治で手一杯になるからいらないと言われ、ゴルドーニ伯爵も自領の復旧が終わっていないからと辞退してきた。


「まったく、どうして俺の家臣たちは欲がないんだ」


 俺が三人を前にしてそう言うと、


「東方の方々も、領地の増加速度が早すぎて、新たな領地の下賜を断っていると聞きました。我らにも孤児を教育しているノウハウを教示していただき、早いところ役人の数を増やしたいのです。陛下の軍事的才能が、人材が育つ速度を越えて領地を増やすのが問題なのです」


 とゴルドーニ伯爵に言われてしまった。

 領地を増やす速度が速すぎるのが問題と言われてもなあ。

 そういえば、小説ではあまり内政についての描写が無かったな。戦闘や政争ばかりが描写されており、クリストファーは今の俺のような悩みは無かったように思う。


「ジークフリート、ローゼマリー、カミル。ここからは非公式な話になるけど、だれかこの土地が欲しいという者はあるか?」


 三人にも訊いてみたが、全員が首を横に振った。


「帝国東北部と南部の領地を貰ってどうしろというのですか」


 とジークフリートが言えば、


「私もイェーガー卿と同じ地域に領地がありますので、南部をいただきましてもどうしようもございません」


 とローゼマリーも言う。


「婚約者と離れ離れになりたくないです」


 とカミルにも泣きつかれて、俺はこの土地を下賜するのを諦めた。


「そうだ、ヨーゼフとエルナの出産祝いとして、この土地を与えてしまおうか」


 俺が思いついたことを口にすると、ユディットが嫌そうな顔をする。


「姉上から苦情を言われるのは私になるが」


「それも駄目か…………」


 いいアイデアだと思ったが、ユディットに反対されては諦めよう。


「わかった、わかった。ここは直轄領としようか。後々功績があった者に与えよう」


 観念して直轄領とすることを決めると、カサンドラが苦笑しながら


「まだ、帝国には陛下の支配が及んでいない土地が半分も残っております。そちらについてもどうするか考えておきませんと、皇帝となられた時に同じ悩みをいたしますよ」


 と言ってきた。ゲームみたいに家臣を置かないというのが出来ればよいけど、それで勝手に統治してくれるわけでもないからなあ。さらに増えるであろう領地に頭を悩ませつつも、南部を平定していよいよ次は中央のクリストファーとの決戦だなと、そちらに考えを巡らせた。

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