第45話 ラピーネ将軍戦
カサンドラはサルコリ侯爵への奇襲について説明をしてくれる。
「サルコリ侯爵が動員した兵士は、彼の領地のほぼ全力です。それはカーニー将軍との軍事同盟による中央軍の侵攻が無くなったことと、南部の諸侯が様子見をしているという安心感によるものです。しかし、それは永遠に続くものではありません。砂上の楼閣です」
「兵の形は水に
と言うと、カサンドラは頷いた。
「実を避けて虚を撃つ。兵に
カサンドラの計略がわかった。領地を空にして出陣したサルコリ侯爵に対し、他の貴族がサルコリ侯爵領を攻撃するというわけだ。水が高いところから低いところに流れるように、軍は弱いところを集中して攻める。守りが空となったサルコリ侯爵領であれば、今なら切り取り放題というわけだ。
まして、サルコリ侯爵が俺を攻める大義名分は無い。となれば、そのサルコリ侯爵を懲らしめ、俺を助けるという大義名分を得られると。この機会を見逃すようでは大貴族は務まらない。
サルコリ侯爵にとってはまさしく思いもよらぬ奇襲攻撃となるわけだ。
「しかし、よく話をまとめる事が出来たな」
カサンドラは毎日一緒にいたので、どうやってコルレアーニ伯爵とメコーニ伯爵を説得したのだろうか。その答えはイヴァーノだった。
「ゴルドーニ伯爵が社長の人徳をお二人に説明してくれました。一緒にカルローネ公爵に殺されそうになったので、ゴルドーニ伯爵としても恨みがあったのでしょう。それに、社長が南部に領土的な野心を持っていないことも説得に一役買ったと連絡を受けております」
「ああ、イヴァーノが活躍してくれたのか。それでは褒美に領地を与えようか」
「それだと懲罰になってしまいますね」
カサンドラがそう言って笑う。
カサンドラの策にユディットも感心した。
「見事な策であるな。本拠地を敵に落とされたとあっては、糧秣の補充もままならぬであろうな。私が指揮をするのであれば、どこかに一点突破をかけるところだがサルコリ侯爵はどう動くか」
「私の予想では、サルコリ侯爵は本気で旧カルローネ公爵領を狙っているわけではないので、自分の領地を取り戻そうとするでしょう。しかし、ラピーネ将軍はそうはならずに、こちらと戦うことになるかと」
「そうなれば、ラピーネ将軍の補給はどうなる?」
「敵は物資を現地調達するしかなくなります。しかし、領地支配の正統性を訴えている軍が、物資を徴発略奪するとあっては、民心は得られず離れていくことでしょう。兵士達も多くは一般の民ですから、そのような姿を見せれば逃げ出す者が後を絶たないかと。愛民は煩わさるべきなりと言いますが、民の事を考えなさすぎるのも問題です」
「なるほど。それに、村から略奪したところで、一万人と馬の腹を満たせるほどの物は出てこぬか。それなのに評判を落とすとなれば民の心は離れてゆき、兵も逃げ出すか。ラピーネの性格では怒鳴り散らすくらいが関の山だろうな」
「卒、いまだ
嫌がらせにやる気を見せるカサンドラ。兵は詭道なりというが、他人を騙そうとしてばかりいれば、それは性格が悪くもなるか。
なるべく相手とぶつかるまでの時間を稼ごうと、ゆっくりと進軍しているとコルレアーニ伯爵とメコーニ伯爵がサルコリ侯爵領を攻撃したという知らせが入った。サルコリ侯爵の軍が迫っている近隣の村には退避命令を出してある。持てない物資については焼却するように命じており、敵が食糧を得る事は出来ないようにしている。勿論畑の作物も全て焼かせた。その代わり今年一年無税とし、食糧の援助も約束している。
そして、サルコリ侯爵の寄り子たちも敵わぬとみて寝返りを申し出ているという情報が入る。それが敵の補給を更に悪化させており、サルコリ侯爵は旧カルローネ公爵領を諦めて自領へと戻っていった。
こちらに残ったラピーネ将軍の部隊を監視させている斥候の話では、敵は食うに困って馬を潰して腹の足しにしている状況になったようだ。
「頃合いですね」
カサンドラが時間稼ぎをやめて、敵を討つよう決断をした。ユディットとカミルとローゼマリーが鉄騎兵で先行した。既に馬を失い、更に空腹の軍隊を相手にするのであるから、たとえ敵が10倍いたとしても負ける気はしない。
―― 戦闘フェーズに移行します ――
システムが戦闘開始を告げる。
カルローネ公爵軍
指揮官 ラピーネ将軍
副官 ガンビーノ千人隊長
兵士数 3,253人
歩兵 3,253人
訓練度 87
士気 3
訓練度が高いのは元々公爵軍としてビシャジャ砦を守っていたからだろうか。しかし、士気が一桁というのは中々見ないな。そう言えば最初は1万人くらいいたのが、1/3まで減少しているのだから相当逃げ出したのだろう。
「どうですか?」
カサンドラが敵の情勢を訊ねてきた。
「士気はガタ落ちだ。これなら初撃でさらにビビって逃げ出すことだろうな」
「逃げたとしても戻る所の無い者達ですから、そのまま野盗になってしまうでしょう。なので、追撃して根絶やしにするように命じておきましたが」
「珍しいな。追撃はあまりしてこなかったが」
「待ち伏せや罠を仕掛けられる危険性がかなり低いので、それならば、野盗となるのを阻止した方がよいかと。こちらの兵士が一人三人の敵を倒せばおしまいですので、そんなに時間もかからないでしょうね。逃げるにしても空腹でろくに動けないと思いますし」
そう言うとカサンドラは地図に目を通す。
「地図を見てどうした?」
「ラピーネ将軍を討った後で、サルコリ侯爵をどうやって追い詰めようかと考えておりました。空腹とはいえ大軍を抱えておりますので、コルレアーニ伯爵とメコーニ伯爵それにこちらに寝返った貴族たちの為にも、後ろから相手を攻撃します」
「ユディットたちにラピーネ将軍をまかせて、俺たちはサルコリ侯爵を追うか」
先行している部隊だけでラピーネ将軍を討てるだろうから、俺たちはこのままサルコリ侯爵を追いかけたほうが早く追いつくことができるだろう。
「はい。しかし、敵は街道を使わずに攻めてきたので、退却ルートがどうなるかは検討しておかないと」
「そういえばそうだったな。手近な大きな町を目指すのじゃないか。補給をするのであればそれが一番だ。それに、こちらの領地に近いところの貴族はまだ寝返っていないのだろう」
コルレアーニ伯爵とメコーニ伯爵に寝返った貴族は主にこちらの領地とは反対がの貴族たちだ。サルコリ侯爵が大軍を率いている近くでは、寝返りするのは難しいだろうな。真っ先に自分が狙われる危険性があるのだから。
「敵の逃げ込んだ街を包囲しつつ、周囲の貴族に調略をかけてこちらに寝返るようにしてみます。町への物資の流入を止める事が出来れば、相手は干上がりますから。およそ兵を用うる法は、国を全うするを上となし、国を破るはこれに次ぐ。この故に百戦百勝は善の善なるものにあらず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。さっさと諦めて降伏してくれればよいのですが」
「疾く戦えば則ち存し、疾く戦わざれば則ち亡ぶ者を死地と為す。追い詰められて後が無い、死地では敵は全力を出す。窮鼠猫を嚙むというやつだな。死に物狂いにさせないようにしないと」
「全く逃げ場のない状態にしないで、逃げ道を作ってあげます。まあ、その逃げ道に向かう時にサルコリ侯爵がそれを邪魔して、敵同士で争うようなことになるのでしょうけど」
カサンドラの頭の中では、既に勝利へのシナリオがある様で何より。勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む。この時点でサルコリ侯爵と戦わずして勝つ方法を考えて居るので、こちらが負けるようなことは無い。
逆に、サルコリ侯爵はラピーネ将軍に乗せられて、勝ち筋が見えてない状態でこちらに攻撃を仕掛けて来たので、足元をすくわれて苦境に立たされているという訳だ。
「そろそろユディットたちが敵と接触するころかな」
戦場を俯瞰してみると、こちらと敵の部隊が接近していた。そして、初撃を加えると敵は半減した。鉄騎兵の突撃にたいして、備えの無い歩兵で迎え撃つ。尚且つ、空腹で最低の士気となれば当然の結果か。なお、副官のガンビーノ千人隊長も初撃で討ち取る事が出来た。
「どうですか?」
あまり心配している様子の無いカサンドラに結果を伝える。
「敵は半減したよ。それに副官も討ち取った。それに対してこちらの被害はなしだ。次で勝負が決まるだろうね」
と思っていたら、ラピーネ将軍から一騎討ちの申し込みが来た。
―― ラピーネ将軍から一騎討ちを申し込まれました。ユディットに受けさせますか? ――
ラピーネ将軍の武力は94だったはず。ユディットならば楽勝の相手だ。ここは勿論一騎討ちを受ける。
―― ユディットに一騎討ちを受けさせました ――
残念ながら遠すぎて、二人の戦いは見えない。
「カサンドラ、敵が一騎討ちを申し込んで来た」
「もはやそれしかありませんものね。でも、カミルどころかローゼマリーでも勝てるのですよね」
「ローゼマリーはどうかなあ」
と会話をしていたら、ユディットの勝利が伝えられる。
―― 一騎討ちに勝利しました ――
―― 戦闘に勝利しました ――
「あ、一騎討ちが終わったよ。ユディットがラピーネ将軍を討ちとったみたいだ」
では予定通り、こちらはこのままサルコリ侯爵を追いましょうか。あちらも直ぐに戻ってくる事でしょう。
足の遅い歩兵を率いてサルコリ侯爵を追っていると、出撃していたユディットたちが帰って来た。勝ったというのにユディットの顔には不満が現れている。
「おかえり。なんか不満そうだけど、なにかあった?」
そう訊いてみると、ユディットはカサンドラの方を見る。
「軍師殿の作戦が完璧すぎて、戦う前に敵が弱体化しており歯ごたえがないのだ。将としては喜ばしい事なのかもしれぬが、武人としてはもっと実力の拮抗した相手と戦って勝利したいという気持ちがある」
ユディットの言葉にカミルが大きく頷いた。脳筋の二人ならどうなるか。では、ローゼマリーはどうなのかと思い、彼女の方を見ると苦笑いしているのが見えた。ローゼマリーはまだあちらに行ってはいないようだ。
ユディットに作戦が完璧すぎると言われたカサンドラは、ユディットに
「これからサルコリ侯爵を追うことになりますが、侯爵と戦う時も相手を弱らせますので、歯ごたえはないかと思います。陛下に完璧な勝利を献上するのが私の役目ですので」
と慇懃な態度で言う。
「軍師殿が敵にいなくて良かったと本心から思う。出会った時から並々ならぬものは感じていたが、どう戦っても勝てる気がせぬ」
ユディットも知力が高いので、いままでのカサンドラのやり方を学んでいるから、他のところにいけば十分有能な軍師となるのだろうけど、カサンドラには及ばない。これにブリギッタを加えて、クリストファーと戦うための準備をしてきたのだ。
「それも、将軍の武勇があればこそです。いかに作戦を立てようとも、最後に戦うのは武力によるものですから。非力な私では最後の詰めができないのです」
「天は二物を与えずか」
ユディットが天を仰ぐ。なかなか複数の才能を与えられたものはいないのだが、ユディットとクリストファーは別格だ。彼女は自分の才能に気づいていない。まあ、カサンドラが優秀過ぎて、それと比較してしまうからなのだが。
「ところで、結末を聞いてないんだけど」
俺はユディットに結末を訊ねる。まあ知って入るが、そうとは言えないので周囲の者たちに怪しまれないようにそうした。
「最初の突撃で敵は壊滅状態になった。方向転換をしてとどめを刺そうとしたらラピーネ将軍から一騎討ちを申し込まれたのだ。直ぐに受けて、一撃でその首を飛ばしてやったからな」
「そうか。あれだけ馬鹿にされたのだから文句の一言も言ってやりたかったがなあ。それだけが残念だったよ」
「首を持って来るのでもよいが」
「いや、見たくもないからいい」
生首を眺める趣味は無いので遠慮した。
こうして俺たちは隊列を整えると、サルコリ侯爵を追った。
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