第44話 サルコリ侯爵の侵攻
帝国暦517年5月、カルローネ公爵領を支配下に置いたが、それに納得しない者がいた。それがラピーネ将軍と南部の大貴族サルコリ侯爵であった。アイーダのはなしによれば、サルコリ侯爵はカルローネ公爵の親戚なのだという。カルローネ公爵が俺たちに囚われたことを知ったラピーネ将軍が、サルコリ侯爵を頼ってそちらに軍を置いたのである。
「状況はどうかな?」
俺はカサンドラに現在置かれている状況を訊ねた。
「サルコリ侯爵以外の南部諸侯は様子見をしております。元々カルローネ公爵に恩があるわけでもないですから、ここで軍を動かして我々と対立しようという者はおりません。ただ、サルコリ侯爵は宿敵であるはずのカーニー将軍と軍事同盟を結成して、我々を挟撃しようとしているみたいです」
「なんとも面倒な」
俺がため息をつくと、カサンドラは続ける。
「ただ、カーニー将軍の感触は良くないようです。彼からしたらこちらとサルコリ侯爵で争って、弱ったところを叩くのが最善ですからゴルドーニ伯爵とカルローネ公爵を攻めていた部隊も、我々によって甚大な被害を被っているので、再編するにしても時間が必要でしょう。ならば、最低限として国境線を固めてこちらには出てこないのではないでしょうか」
「まあ、そうだとしても、全軍でサルコリ侯爵と戦う訳にはいかず、カーニー将軍への備えもしないとか」
「はい」
とカサンドラが頷いた。
現在旧カルローネ公爵領には俺たちが滞在しているが、イヴァーノとサヴィーニは自領へと帰っている。アイーダはジークフリートが居るのでこの場に残った。後見人といっても、実際にはサヴィーニがイヴァーノを補佐するので、常駐する必要はないのだ。
「ウーレアー要塞の方はどうなっている?」
「そちらは当初の予定通り、ある程度の領地を奪い取ったところで進軍を止めております。中央軍も三正面での戦いは難しいとみえて、奪還の動きはありません」
「ならば、この機会にサルコリ侯爵を攻略して南部一帯を勢力下に置くか。様子見している諸侯も、サルコリ侯爵が倒れたら、こちらになびくだろう」
「カーニー将軍の方になびかぬように、ゴルドーニ伯爵に調略をお願いしております。身分の保証と、カルローネ公爵領の割譲を餌にしておりますので、成功することでしょう」
カルローネ公爵領の割譲は俺たちにとっても都合がよい。領土が増えたがカルローネ公爵の家臣たちが使えないため、領地の経営が難しいのだ。まあ、そんな事はおくびにも出さすに交渉をするのだけど。
イヴァーノとサヴィーニも戦争で家臣が戦死したため、ゴルドーニ伯爵領の立て直しに忙しく、とてもではないが新規の領地はいらないと断って来た。いらないなら、必死で押し付けろと言って南部諸侯との交渉を任せている。
公国の家臣たちにしても、ウーレアー要塞から西の領地を獲得しており、ここで南部の領地を得たところで手が回らないのが目に見えている。戦略シミュレーションゲームの領土拡大のペースが速いと領地経営が人材難で進まないというのがそのまま表れてきているな。
ここで、アイーダが調略の状況を説明してくれる。
「弟からの情報では、救援に来た陛下を暗殺しようとしたカルローネ公爵には同情すべき余地は無いということで、最低でも中立の密約を得たとのことです。彼らも一筋縄ではいかぬ貴族ですから、状況次第でどうなるかはわかりませんが」
「ということは、こちらが有利になれば中立ではなくなるということかな?」
「はい。少しでも手柄を立てたという事実が欲しくて、急いで参戦してくる事でしょう。南部も過去に何度も領地争いが起こっており、サルコリ侯爵も他の貴族から信頼されているわけではありません。むしろ、この機会に追い落とそうという方が強いでしょう。まして、カルローネ公爵の仇を討たねばという貴族はおりません。サルコリ侯爵もカルローネ公爵領の支配が狙いでしょう」
なお、カルローネ公爵は既に死亡している。ビアンカへの罰として、手が無くなったカルローネ公爵の身の回りの世話を申し付けたが、
「キルンベルガー侯爵家の娘として育ち、カルローネ公爵夫人として生きてきた私が、いまさら公爵の身の回りの世話など出来ないでしょう」
といって何もしなかった。結果、カルローネ公爵は糞尿にまみれ、宿便が出なくなったところで餓死した。誰も食事を与えなかったから当然か。
ビアンカは修道院送りとなり、エルナに管理させるためキルンベルガーブルグへと送った。エルナからは子育てが忙しいという苦情の手紙が来たが、ユディットが無視していいというので無視してある。
顔を合わせた時が怖い。
若干話はそれたが、カルローネ公爵家は跡継ぎが居なくなったため、親戚筋のサルコリ侯爵が出張って来たというわけだ。皇帝の権威があるのであれば、そういった領地の跡継ぎは皇帝が決めるのだが、リュフィエ将軍によってゾンネ朝が終わってしまったため、力が強い者が支配するということになっている。力が秩序を形成しているのだ。だから、親戚だとか言ったところで、領地を継承できる理由にはならない。
カルローネ公爵の寄り子だった貴族たちは、カルローネ公爵がその権限を全て俺に移譲するという宣言をしたため、俺に従うことになっている。一部反発してサルコリ侯爵に同調する姿勢を見せた者達がいたが、ジークフリートとカミルに命じて直ぐに討伐させた。
それを見た他の寄り子たちは俺に忠誠を誓うと言って、人質を差し出してくる者まででた。流石にそれは断ったが。
そして、サルコリ侯爵の侵攻に備えるため、こちらも兵士の補充を行っている。一番は鉄騎兵の補充だ。見込みのある兵士をユディットが鉄騎兵になれるように訓練をしている。それ以外の新規で募った兵士は叛乱鎮圧をしていない時間に、ジークフリートとカミルが訓練している。
役人も人材不足解消のために、住民に広く募集を掛けた。年齢性別に関係なく募集したことで、読み書き計算が出来る女性が集まって来た。商売人の妻や娘という人たちが多い。育児休暇制度を宣伝した効果だろうな。
孤児たちの教育については、公国から教育資料を取り寄せ、教育を終えた孤児たちを教師として招聘した。そう、招聘である。
南部の孤児たちにも努力すれば報われるというのを見せたかったのだ。まあ、この教育の結果が出るのはかなり先になるだろう。ただ、南部諸侯に領地を割譲しても、孤児たちは俺の方で引き取って教育を継続するつもりだ。折角教育した人材までくれてやるつもりはない。
そんな感じで内政を進めていたが、サルコリ侯爵がそれを坐して見逃してくれるわけもなく、大軍を率いて領地の境界にやってきたとの知らせを受けた。
「5万の軍勢でサルコリ侯爵とラピーネ将軍の連合軍が領地の境界にやってきました。既にいくつかの村は攻略されております」
「随分と大人数で来たなあ」
俺は頭を掻いてユディットを見た。彼女は不敵な笑みを浮かべる。待ってましたと言わんばかりだ。
カルローネ公爵領を占領してから一か月、砦の建設が間に合わないので街道に簡易の関所を設置して、敵の侵攻に備えていたが、平地を利用して道の無いところを敵は攻めてきた。
ちらりとカサンドラを見ると、彼女は俺の視線に気づいた。
「兵多しといえども、またなんぞ勝敗に益せんや。勝は為すべきものなり。敵おおしといえども、闘うことなからむべし」
「そう言うからには、カサンドラには作戦があるということか」
カサンドラが自信をもってそう言うのだから、きちんとした勝利への道筋があるということだろう。敵の数が多くても、それを活かせない方法とはどんなものか。
「はい。実を避けて虚を撃つ。兵に常勢なく、水に常形なしですね」
「ではそのお手並みを拝見といこうか」
こちらもサルコリ侯爵に対峙するため兵を出す。が、それはわざとゆっくりと進軍するようにカサンドラから指示が出る。
言われた通りにすると、システムがサルコリ侯爵の領地に近い貴族の裏切りを伝えてくる。
―― アナスタージ男爵がサルコリ侯爵に寝返りました ――
「カサンドラ、アナスタージ男爵が敵に寝返ったぞ」
俺がそう伝えるとカサンドラはフフッと笑った。
「社長、全ては計画通りです」
「そ、そうなのか」
「はい」
カサンドラが笑った意味がその日の夜になるとわかった。
―― アナスタージ男爵が火計に成功しました ――
―― 敵の兵糧を焼き80を焼失させました。火計により500人の兵士を倒しました ――
どうやらアナスタージ男爵は裏切ったふりをして敵の懐に入り込んでいたようだ。そして、夜になると敵陣に火を放った。兵糧と兵士を焼いてくれたようだ。そして直ぐに敵陣を離脱してこちらに逃げてくる。
「社長、どうですか」
カサンドラに訊かれたので
「成功だよ。敵の兵糧と兵士を焼いてくれた」
と教えた。カサンドラは満足そうにうなずく。
「これで本当にこちらから裏切者が出たとしても、敵はまたアナスタージ男爵のように工作をするのではないかと疑心暗鬼になることでしょう。それに、5万もの兵を動かしているのに兵糧が焼かれたとなれば、食糧に困って逃亡する兵士が続出するはずです。はたして、こちらとぶつかるまでにどれだけの兵士が残っていることか」
「それにしても、よくアナスタージ男爵がこの作戦に同意してくれたな」
「社長の人徳ですね」
「人徳?」
カサンドラのいう人徳に心当たりがないので、どういうことかと訊いた。
「社長は南部に兵を率いてゴルドーニ伯爵領を解放し、カルローネ公爵を助けました。ゴルドーニ伯爵にはなんら見返りを求めず、その領地を全て伯爵に返しております。また、カルローネ公爵は救援にきた社長を用済みと見るや暗殺を企てました。それを返り討ちにしたのですから、なんら侵略の意図があったという訳ではありません。そして、統治することになったカルローネ公爵領では善政をしいておりますので、平民から貴族に至るまで社長の人徳を目の当たりにしているのです」
「そういうことか」
俺は納得した。情けは人の為ならずだな。それにしても、アナスタージ男爵の手際は見事だった。それがちょっと疑問だ。
「アナスタージ男爵は手際が良すぎじゃないか。彼はカルローネ公爵の工作担当だったとか?」
「いいえ。こちらの工作員を貸し出しました。しかし、裏切ったと見せかけるのは男爵でないと出来ませんし、彼の社長への忠誠のなせるものかと」
「なるほどね。流石はカサンドラだ。戦う前に準備は整っていたわけだ」
「勝兵は先ず勝ちてしかる後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いてしかる後に勝ちを求む。数に頼って戦を仕掛けたサルコリ侯爵に、準備をしていた我々が負けるはずがありません」
グッとこぶしを握るカサンドラ。しかし、兵糧を焼いたとはいえ敵はまだまだその数が多い。サルコリ侯爵の領地から兵糧を輸送してくれば、再び勢いを取り戻すのではないだろうか。
俺と同じ疑問をユディットも思っていた。
「軍師殿、敵の兵はまだまだ多い。それを叩くとなると、こちらもただ正面からぶつかるだけという訳にはいかないぞ」
「はい。南部は平地が多く戦いは兵士の数で決まる事が多いです。地形をうまく利用して戦うというのは不向きですね。高陵には向かうことなかれ、丘を背にするはむかうことなかれと言いますが、そのような土地がありませんので、こちらが優位に立てる場所がありません」
「では、用兵で敵の一部を誘い出し、そこを囲んで叩くようなことになるか?訓練は十分に行き届いているから、指示通りに動くことは可能だぞ」
ユディットが訓練の成果を強調する。実際に訓練度は高いので、指揮官の指示通りに素早く動くことが出来る。うちの軍隊は損耗が少ないので、戦いに慣れたベテランが多い。そこに多少の新人を加えたとしても、動きはベテランが示した手本に習うので、そこそこであればすぐに動けるようになる。そこに、ユディットの武力と知力補正が加わるので、訓練度の上昇が早いのだ。
ユディットの言葉にカサンドラがニヤリと笑った。
「もう少し、相手に揺さぶりをかけます」
「揺さぶりをかける?それは奇襲をかけるということか?」
ユディットの質問にカサンドラは頷いてこたえる。
「ただし、奇襲をかけるのは我等ではありません」
「我等ではないだと?」
ユディットが驚くのを見たカサンドラは満足そうだ。なんか、カサンドラが性格の悪い孔明みたいになりそうで心配だな。
「カサンドラ、詳しい作戦を聞こうか」
俺がそう言うと、カサンドラはうやうやしく頭を下げた。
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