第43話 カルローネ公爵家

 護衛を含めて百人でカルローニへ到着した。カルローニは元々の市街が城壁でおおわれ、そこに入りきれないものたちがその外側にさらに街を作っていた。


「発展に城壁の建設が追い付かないんですよ」


 と案内してくれる兵士が説明してくれる。たしかに、建設途中の新しい城壁が見えるが、さらにその外に人々が生活しているのが見えた。

 城門を抜けると、中の街は外よりも活気があった。


「城壁内は土地が限られており、裕福でないと土地を買えません。なので、この中は金持ちが多くて、高級品がよく売れるのです」


 と、先程の案内が教えてくれる。


「それにしても違いすぎやしないか?」


 と訊いてみると、


「戦争で食品の価格が上がったんですけど、ここの人たちは気にしてませんからね。貧しい者たちは大変でしょうけど。まあ、陛下のお陰で敵を追っ払うことが出来ましたから、価格もそのうち戻ることでしょう」


 という答えが帰ってきた。なるほど、戦争によるインフレが起きていたのか。

 そうこうしているうちに、カルローネ公爵の居城へと到着した。南部一の豪華な城は城壁が一面白の石で作られており、それが太陽の光を反射して輝いていた。


「これより先、武器の所持は出来ませんので、ここでお預かりいたします」


 といわれたので、近衛隊をここに残すことにした。


「万が一、敵がここで工作員を使って破壊工作をした場合に備えて、近衛隊には武器を持たせておきたい。城内に入らず、ここで待機する分には武器を持っていても問題ないだろう?」


 と訊いたら、それでよいと言われた。近衛隊をグーテンベルクにまかせ、俺、ユディット、カサンドラ、カミル、ジークフリート、ローゼマリー、アイーダ、イヴァーノで城内に入る。


「ビアンカ様が御呼びですので、まずはそちらに」


 と言われて違和感を感じる。なので、ユディットにそれを訊いてみた。


「普通なら一番位の高い公爵に挨拶をしてからじゃないのか?」


「うむ、そうであると思ったが、姉上がこんな常識の無いことをするとは信じられぬ」


 ユディットも不思議に思っているようだ。ただ、それに文句をいう程でもないというので、先にユディットの姉であるビアンカに会うことにした。

 ビアンカが親しい者を呼んだときだけ使うという、小さなサロンに案内され、そこで対面することになった。

 ビアンカの第一印象はユディットの20年後だなというものだった。ユディット、エルナ、そしてビアンカと三姉妹は皆同じ顔立ちをしており、説明を受けなくとも血が繋がっているのがわかる。

 まあ、ビアンカとユディットは歳が離れているので、親子と思われそうであるが。そのビアンカがこちらに頭を下げた。


「遠路はるばるお疲れさまでした。また、救援の要請に応えていただき、感謝しております」


 こちらも一通りお決まりの挨拶をしたところで、ビアンカとユディットの家族の会話となる。


「お久しぶりでございます、姉上」


「エルナに子供が生まれたそうね」


「はい。まだ生まれたばかりなので、ほんの少ししか見せてもらえていませんが、エルナ姉上に似ておりました」


「あれだけ陛下の子を産むと言っていた子が、わからないものね」


「そうですね。人生どうなるかわからぬもの。先のことなど予想通りに行くことは希です」


「それは貴女にもいえるわね。貴女が生まれてすぐに私が嫁いだから、顔を会わせたのはそんなに多くないけど、あれほど結婚したくないと言っていたのに、結婚してしまったじゃない」


 ビアンカはそういうと、俺を値踏みするように見てきた。ユディットは過去の自分を恥じる。


「その事に触れられると、忸怩たる思いがいたします」


「女は結婚で人生が決まるものよ。嫁ぎ先の家と命運を共にする。だからこそ――――」


 というところでビアンカは言葉を切った。そして大きく深呼吸する。


「姉上、女の生き方は結婚だけではないと示すことが我が使命だと思っております」


 ユディットは力強くそういうと、ビアンカは少し困ったような顔を見せた。俺はその意味がこの時はわからなかった。


「それで命を落とすことになったとしても後悔はないの?」


「その時は天命ではなかったと思います」


「わかったわ。今後、貴女の生き方を見せてもらいます」


 そうビアンカが言ったところで、案内人が公爵が待っているからと、俺たちに退室を促してきた。それにしたがい、ビアンカと別れて公爵の待つ謁見の間へと向かう。

 荘厳な扉が見えてきて、ここが謁見の間だと説明を受ける。扉の前に立つ兵士が我々の武器を預かると言ってきたところで、システムがセント開始を告げる。


―― 戦闘フェーズに移行します ――


 ここで?

 と不思議に思ったが、すぐさま公爵のはかりごとであるとわかった。ユディットとカサンドラに小声で相談する。


「おそらく部屋のなかには俺たちを殺すための兵士が配置されている。ここで引き返すか?」


 それを聞いたふたりは一瞬驚いたが、ユディットはフッと笑う。


「外から見ると、兵を配置しても精々百人が良いところ。ならば、我等ならば問題はないだろう」


 それを受けてカサンドラも


「公爵領を手に入れる好機ですね」


 と微笑んだ。ふたりがそういうのならばと、俺は覚悟を決める。全員が武器を渡して中に入るとなると、外から扉を閉められた。そして、室内には既に刀身をむき出しに構える兵士が多数。俺は彼らを鑑定したが、武力が80を越えるような者は居なかった。それにひと安心する。


「さて、救援のお礼と聞いていたが、南部ではお礼をするのに武器を構えるのかな?」


 俺の質問に中央の豪華な椅子に座る男性がニヤリと笑った。位置的にカルローネ公爵だと思うが、念のため鑑定したらやはり本人だった。


「敵兵を追い払うのに他国の軍を使い、自軍の消耗を抑え、尚且つその援軍の指揮官が領主であれば、それを倒して領土を増やす。実に良い策だとは思わんかね?」


「最初からそのつもりでこちらに救援を願い出たのか?」


 俺は質問した。


「援軍を領主自ら指揮していると聞き、今回の策を思い立ったのだよ。我自ら機に臨みて変を制すという事だな。ゴルドーニ家と東部が手に入るのだから、悪い策ではないだろう」


 公爵は自分の策に酔っているようで、仕草が芝居がかっている。そんな公爵の仕草を鼻で笑い飛ばした。


「ならば、我等もこれはカルローネ公爵領を手に入れる好機という事ですな」


 俺にそういわれて、公爵はムッとした顔になる。そこに若い男ふたりが進み出た。


「父上、アーベラインを討った方に東部の土地を与えるという事で間違いないですよね」


「うむ」


 どうやらふたりは公爵の息子たちで、俺の首を取った方が東部の支配者になるという約束のようだ。さて、ここまでで話は終わりにしよう。俺は右足で強く床を踏み鳴らす。

 それを合図にユディットとカミルとジークフリートが近くの兵士に飛びかかった。通常の人間であればまだ間合いの外の距離から、一気に襲いかかられたので敵は対応できない。ユディットは拳で敵の顎を砕くと、彼の手にしていた剣を奪い、隣の兵士を斬り殺す。そして、再び剣を奪うとそれを俺の横にいるローゼマリーに投げて寄越した。


「バルツァー卿、守れ!」


「はい!」


 ローゼマリーが俺とカサンドラ、それにアイーダとイヴァーノを守るため剣を構えた。ただ、前に出ている三人が次々に敵を倒すため、こちらにやってくる敵兵はいない。


「これが南部の盟主を騙る者のすることですか!」


 アイーダがカルローネ公爵を睨むが、公爵は馬鹿にしたように笑うだけだった。そんなアイーダに言葉をかける。


「すぐに家臣たちがかたをつける。そのときもあの馬鹿にしたような笑いをしていられるか見ものだ」


「この人数を相手に何を言っているのですか」


 アイーダが取り乱して強い口調となる。


「この程度の人数で俺たちをどうにかできると思っているのかと思いましたが、貴女も今まで我々の戦いぶりを見てきてそのような事を言うのですか?」


 俺がアイーダ問うと、彼女は落ち着きを取り戻した。


「そうでした。どうもいままでの常識にとらわれていて、天下の猛将の強さを忘れておりました」


 その猛将が誰を指すのかわからないが、多分ジークフリートのことだろうな。アイーダは俺に謝罪すると、弟を守るように身を呈する。

 そんなやり取りをしている間にも、三人は順調に敵を減らしていく。


「日頃の一人でやる百人抜き訓練と比べると、三人いるので手応えが無いですね」


 カミルがユディットにそう言った。命がかかっているので、手応えが無い方がいいのに、この子は何を言ってるんだ。


「弓があったら危なかったが、剣だけならば大したことは無かったな。ただ、数打ちのなまくらなので、すぐに壊れるのが難点だ」


 ユディットが言うように、剣はすぐにダメになってしまい、何度も新しく奪ったものに交換している。


「貴様ら、何をっている。敵はあれだけしかおらんのだぞ!」


 カルローネ公爵の息子の一人がそう叫ぶ。しかし、三人の実力には遠く及ばない兵士らは、どうにも出来ずにただ死体の山を築くだけであった。


「ならば自分でなんとかしてみせよ!」


 ユディットが息子のところへと跳躍する。突然目の前にやってきたユディットに息子は何も出来ない。


「カルロ!」


 公爵が叫ぶが息子は動くことが出来ない。そこにユディットが剣を一閃すると、床に首がゴロンゴロンと転がった。遅れて首から上を失った身体がドサッと倒れる。

 敵がそれを見て固まっているが、ユディットは直ぐに次の動作に移った。もう一人の息子の前に移動する。


「叔母上、助け――――」


 剣を投げ捨て命乞いをした甥を、ユディットはためらいもなく斬る。


「エドモンド!!!」


 公爵のさけびに反応するかのように、エドモンドと呼ばれた息子の体は前のめりに床に倒れた。公爵が怒りで拳を強く握りしめて命令する。


「誰でも良い、息子の仇を取れ!」


 が、兵士たちはカミルとジークフリートによってほぼ全員が倒されていた。公爵の命令を聞く部下はもういない。

 余裕の笑みが無くなった公爵のところに全員で進み出る。公爵は椅子を立って逃げようとするが、逃げ道はどこにもなく、壁に追い詰められて観念した。


「領地はくれてやる。命だけは助けてくれ」


 無様に泣きながら土下座する姿を晒す公爵。それを見たユディットが俺に訊いてくる。


「陛下、こう申しておるがどうされる?」


「んー、カサンドラに訊いてみようか」


 俺はカサンドラに意見を求めた。


「我々の兵を消耗させないのであれば、カルローネ公爵領を空白地にして、中央軍と南部の諸侯で奪い合う状況をつくりますか」


 カサンドラの意見には含みがあった。なので、俺はそれを訊ねる。


「軍師殿はあまりその策に乗り気ではないように思えるが」


「はい。それをすればこの地は戦禍によって多くの孤児を生み出すことでしょう。私としては同じ境遇の子供たちを自分の手で作りたくはありません。しかし、陛下の為であればと思います」


「そう言われるとなあ。我々のがこの地を占領したとして、南部の諸侯と中央軍に対抗できると思うか?」


「はい。ゴルドーニ伯爵家が味方に付いている以上、東部との連絡、補給に問題はありません。ですから、十分に戦えると思っております」


 カサンドラとしては最善ではないが、次善としてこちらを選んでもらいたいのが伝わって来た。


「この地を空白地にして奪い合わせるのは、我々の大義名分に反する行為だな。よし、ではこの地を占領して支配下としようか」


 忌々しそうにこちらを見ている公爵を睥睨して言ってやった。ユディットはそれだけでは我慢が出来ずに、


「落とし前として、手首から先を切り落としてやる」


 と言って剣で公爵の両手を切断してしまった。


「ぎゃあああああ」


 叫ぶ公爵の口に布を突っ込み黙らせると、閉められた扉を開けるように表の兵士に命令した。

 そして扉が開けられると、兵士たちは無残な公爵の姿を見てぎょっとした。その時、公爵は布を口から吐き出して


「兵士を集めよ。こ奴らを討て!」


 と命じた。兵士は直ぐに走って行く。そして、異常を知らせる鐘が鳴らされた。


「社長、戦闘は終了していないのですよね?」


 カサンドラが俺に訊いてくる。それでそういえば、システムが戦闘終了を告げてこないなと思い出した。


「ああ。そうだな」


「申し訳ありませんが、一回爆発を使ってもらう事になるかもしれません」


 カサンドラが申し訳なさそうにいうので、状況を俯瞰してみる。

 すると公爵の居城に向かって城壁内の兵士が集まってきて、城の前に整列した。その数およそ5千。


「かたまっている今がチャンスだな」


 俺は直ぐにFAXを使用する。

 爆炎の明かりが窓から入ってきて、直後に爆発音がここまで聞こえて来た。しかし、システムの都合上こちらはノーダメージだ。公爵は状況が把握できずに何があったのかと外を見たがっている。

 ユディットは俺が何をしたか理解したようで、


「どの程度の勢力であったか?」


 と訊いてきた。


「5千。住民の被害を考えてギリギリのところを狙ったから、50人くらい討ち漏らしがある」


「50ならば問題にならぬな。しかし、貴重な回数を1回消費してしまったな」


「この領地と交換なら上出来だよ」


 確かに1回FAX使ったのは予定外だけど、南部を支配できるのなら安いものだ。

 そんな会話を理解できないカルローネ公爵は


「何を言っている。今に我が兵士達がここになだれ込んでくる。そうなれば貴様らなど」


 と強がって見せる。が、面倒くさいので相手にしなかった。ユディットが一発殴ると公爵は気絶して大人しくなる。


「城門の外の近衛と合流して、ビシャジャ砦付近に駐留している部隊をここに招き入れよう。ラピーネ将軍が戻ってくる前に防衛体勢を整えたい」


 俺がそう言うとユディットがビアンカの身柄拘束を求めて来た。


「姉上の身柄も拘束すべきだ。まあ、放置しておいたとして何が出来る訳でもないがな」


 言われてみればと思い、ビアンカを拘束しに向かう。先ほどのサロンに行くと、ビアンカはまだそこにいた。そしてユディットを見て驚く。


「生きていたのね」


「そう言われるという事は、何があるのか知っていたのですね」


 ユディットに睨まれると、ビアンカは頷いた。


「貴女に死んでほしくはなかったけど、主人が決めた事に逆らえるわけないじゃない。せめて死ぬ前に会話をと思って、先に会う事にしたのよ。でも、どうして生きていられたのかしら。他の兵士は?」


「答える義務はないが、兵士の質が悪かったと言っておきましょう。さあ、同行ねがいます」


 そう言われるとビアンカは素直に従った。手首から先を無くし、気を失っている公爵を一瞥だけして、


「息子たちは?」


 とユディットに訊ねた。


「斬りました」


「そう…………」


 ユディットによって息子たちが殺された事がわかったが、ビアンカは取り乱すこともなく黙ってついてくる。

 居城から出ると、外は爆発によって大混乱となっていた。我々の姿を見ても向かってくる兵士はいない。生き残った兵士はどこかに消えてしまい、どこに逃げたらよいのかわからない住民たちが右往左往していた。

 その中を抜けて街の城門までやって来て、グーテンベルクたちと合流する。なお、門番は状況が把握できず、俺たちが公爵と夫人を救出してきたと勘違いして敬礼してくれた。


「陛下、ご無事で?」


「グーテンベルク、直ぐにビシャジャ砦付近に駐留している兵士を呼んできてくれ。細かい事情は後で話すが、公爵が俺たちを暗殺しようとしたのを返り討ちにして、公爵領を手に入れた」


「なんと!では直ぐに行ってまいります」


 グーテンベルクは数騎の部下を連れてビシャジャ砦へと向かった。残った近衛たちはカミルの指揮で俺たちの護衛をする。


―― 戦闘に勝利しました ――


 ここでシステムが勝利を告げた。これで一安心だ。しかし、カルローネ公爵領を統治するという頭の痛い問題が発生してしまった。

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