第41話 ウィルキンソン准将戦
ゴルドーニ伯爵領の奪還が完了したので、いよいよカルローネ公爵領へと向かう。イヴァーノの元には昔の家臣や寄り子が集まり、兵士の数は1万を超えた。こちらと合わせて2万となったが、中央軍がカルローネ公爵領に派遣した軍隊は5万以上だとか。正直よく今まで持ちこたえていると思う。
「ここを越えればカルローネ公爵領になります」
アイーダに言われて領地の境界を越えた。南部は平地が殆どであり、険しい山がないので進むのが楽である。が、それは敵にとっても同じ事であり、攻め込まれるのはあっという間のことだっただろう。
カルローネ公爵領に入って最初の町は、既に中央軍によって占領されていた。まずはそこでの解放するための戦いとなった。町の手前に陣をはり、武将を集めて作戦会議を開く。
町の規模は3万人くらいであり、城壁や城門はない。ただ、町に入るところにバリケードが設置されているくらいだ。
「市街戦となれば、住民にも被害が出るか」
俺はカサンドラを見た。
「相手は8千の軍で町に立て籠っておりますから、このままでは市街戦は避けられないでしょう。挑発して誘い出すか、住民の被害を気にせずに町を攻めるか。もしくは住民を避難させるように要請を出してみるかでしょうか」
カサンドラのあげた三つの選択肢では、住民の避難を要請するのが一番ましかと思う。
「あちらの指揮官はウィルキンソン准将といったかな。話が通じる相手であればよいが。とりあえずは住民の避難要請を出してみるか。市街戦になる場合にこちらの取る作戦はどうなるか?」
「手っ取り早いのは町に火を放つ事でしょうか。相手は逃げ場がないので、火で焼かれるのを待てばよいかと。ただし、住民にも多大な被害が出る事でしょう。時間を掛けるのであれば兵糧攻めもありますが、目的がカルローネ公爵の救援ということで、あまり時間はかけられないかと」
「どちらにしても住民にも被害が出るか」
ここで恨みを買うのも得策ではない。なんとかしてそれを避ける方法は無いものかとカサンドラに考えてもらう事にした。
「それでは、相手を引きずり出すことにしましょうか」
「挑発には乗ってこないと思うが」
どうせクリストファーの部下はみんな知力が高いので、こちらの挑発には乗ってこないだろう。それをどうするというのか。俺はカサンドラに訊ねた。
「我々が囮となるのです。まずは、ゴルドーニ伯爵軍とイェーガー卿の部隊をここに残しておきます。そして、陛下と瑠璃将軍、それと私が少数の兵で町を迂回して兵を進めるのです。敵はこのチャンスを逃すまいと町から兵を出してくるはず。こちらは敵兵が町からでたならば反転してそれを迎えうてばよいのです。我が軍の訓練度ならば、反転もスムーズに行く事でしょう」
なるほどと思った。が、相手が乗ってこなかった場合はどうなるのだろうか。それをカサンドラに訊ねた。
「もしも相手が俺たちを追いかけて来なければどうするのか?」
「その時はこちらに残った兵を使って町に攻撃をかける姿勢をとります。この数ですから敵はこちらに防御を集中させるでしょうから、我々が逆方向から町に侵入しやすくなるかと。夜陰に乗じて反転すれば成功すると思います」
「偽撃転殺の計か」
偽撃転殺の計は曹操が失敗しているので、どうも使いたくはないんだよな。失敗というか、読まれていたと言うべきか。
「ユディット、反転して敵と戦うか、町になだれ込むのに最低限必要な兵士はどの程度か?」
相手を誘い出すために、可能な限り兵士の数は減らしたい。
「陛下が居れば百人でも十分でしょうが、2千が現実的なところかと。敵は最大で8千ですが、それを全部出すことは町を放棄することになりますので」
ユディットの最後の言葉が気になる。
「カサンドラ、敵が全ての兵で俺たちを追撃すると思うか?」
「私が敵の将であればそうします。ここで陛下を討ち取る事が出来れば、町の一つなど安い代償でしょう。町を失ったとしても、この先にある仲間に合流できればそれでよいわけですし。ただし、負けた時の代償として、自分の逃げ道が無くなるので、相手のウィルキンソン准将がこれを選択出来るのかはわかりません」
カサンドラの意見を聞いたうえで、もう一度ユディットに確認する。
「軍師はそう言っているがどうする?2千で大丈夫か?」
「ええ。最後は陛下にお願いすることになるかと思いますが、敵が8千で追撃してきたとしても2千で大丈夫です」
ユディットは俺のFAXが最後の切り札だと考えているようだ。たしかに、これを使えば兵力差をひっくり返す事が出来る。ならば決まりか。町を迂回して進む案を採用した。
「社長、自分も連れていってください」
カミルが進言したので、それを承認するとローゼマリーもついてくるという。ローゼマリーはもう少し成長してからが良いのだが、このメンバーと一緒なら大丈夫かなと判断して、一緒に連れていく事にした。
「そんなわけで、イェーガー卿あとは頼んだ。敵が見事に釣られて出てきたら、町を攻め落としてくれ。駄目なら三日三晩攻撃するふりをして相手の精神を削る」
「承知いたしました。義弟殿と協力して必ずや町を落としてみせます」
こうして俺は町を迂回して進む姿勢を見せた。すると、町を通過して半日ほどでシステムが
―― 戦闘フェーズに移行します ――
と告げて来た。
「さて、動いてきたぞ」
カサンドラとユディットは俺からの情報で緊張する。
「こちらにとって一番悪い展開ですね」
カサンドラがこちらを見る。ユディットは笑ってみせた。
「住民に被害が出なかったのを喜ぶべきであろう。なに、勝てばよいだけだ」
男前な妻にちょっと惚れ直す。
カーニー軍
指揮官 ウィルキンソン准将
副官 エアリー大佐
副官 ブレアム中佐
副官 ヒューズ中佐
兵士数 8,105人
騎兵 500人
弓兵 600人
歩兵 7,005人
訓練度 90
士気 76
結局敵は全戦力をこちらに投入してきたのだ。
「敵はまず騎兵を先行させるでしょうから、瑠璃将軍とカミルは鉄騎兵でそれを叩いてください。その間にこちらは罠を仕掛けるとの、陣地を構築いたします」
カサンドラから指示が出た。直ぐにユディットとカミルとローゼマリーが方向転換して迎撃に向かう。こちらの鉄騎兵は千人いるので数の上では有利。二人の武力を考えれば負ける要素は無い。
「カサンドラ、罠はどうするんだ?」
「落とし穴を設置します」
落とし穴は時間的に大規模な物は出来ないが、敵の動きを止めるには十分だ。そして、掘った時に出るその土を使って塁を築く。
直ぐにユディットが敵の騎兵を壊滅させて帰って来た。
「敵の騎兵部隊を指揮する者を斬ってやったぞ」
ユディットが斬ったのはブレアム中佐。多分武力は80後半のはず。だから苦労するような相手ではない。カミルは手柄を立てられずに悔しさが滲む。
「俺なんてまだまだですね」
と落ち込むカミルの肩をポンポンと叩き、労を労う。
「そんな事無いさ。カミルが居る事で敵はユディットに集中する事が出来なかったんだ。たまたま敵部隊のトップがユディットに近かっただけだよ」
「次こそは見ていてください」
「期待している」
そんなやり取りをしていると、敵が三つに別れて進むのがわかった。平坦な街道ではあるが、左右に森があり、街道はそれを切り拓いてつくられてきた。だから、左右には森があり、そこに敵が入ってしまうと、システム上俺はそれを見る事が出来なくなる。なので、直ぐに敵の動きをカサンドラに伝える。
「敵は三つに別れてくる。真っ直ぐ進んでくるのが主力だ。それを道から外れて森に入ったのがふたつ。森に入ったのはそれぞれ2千。左右から挟み込むのか、回り込むのかはわからないがな」
それを聞いたカサンドラは直ぐに火計を提案してくる。
「風向きからして南の森に火を放ちましょう。そうすれば森に入った敵の半分を倒すことが出来ます」
「そうだな」
すぐさま準備をして南側の森に火を放った。火はいい感じに燃え広がり、敵を焼き払ってくれる。この辺はゲームと一緒なら知力も関係しているはずだ。火計での敵への打撃は知力に比例して大きくなる。
正直、部隊を分けずに真っ直ぐ来られた方がこちらの被害は大きかっただろう。火が2千人を焼き払ってくれたので、敵は当初の70%まで減ってくれた。
「うまく南側の敵を焼き払ってくれたな。これで敵がどう動くかだが」
「風向きが変わってくれたら北側も焼きますけどね」
カサンドラは風向きを見るが、先ほどから変わっていない。北側の敵とは戦わなければならなそうだ。
「森に伏兵を潜ませることをしていたら、この火計は使えなかったな。流石は軍師殿だ」
ユディットがカサンドラを褒める。
「こちらの戦いは鉄騎兵を軸に組み立てますので、森に入るとその機動力をみすみす放棄することになります。それに、敵が森を通過しなければ、こちらの本陣が手薄になりますしね」
カサンドラは胸を張った。とはいえ、敵はまだこちらの三倍近くいる。北側の森と街道から来る部隊の二正面に備えなければならない。カサンドラが次の指示を出した。
「バルツァー卿、バイシャ卿は北側に備えてください。瑠璃将軍は敵の主力に。時間を稼げばイェーガー卿が敵を後ろから攻撃してくれることでしょう」
敵は町を放棄してこちらを追撃してきた。なので、ジークフリートが敵に追いつくのは可能。そうなれば数は圧倒的にこちらが優位。敵も死に物狂いで向かってくるだろうけど、その初撃を防げれば勝利が見える。実際にジークフリートが敵を追いかけて町を出ているのは俯瞰してわかっている。
部隊を千ずつに分けて正面と北側に配置して、敵の攻撃を待つ。
敵主力はこちらの落とし穴にひっかかるが、時間が無かったので落とし穴が小さく、そんなに被害が出ていない。ただし、落とし穴を警戒して進みが遅くなった。
北側の敵はまだこちらに姿を見せない。
「敵の弓兵の射程に入りそうだな」
敵が落とし穴ゾーンを抜けたので、こちらを射程にとらえられそうになっている。矢の撃ち合いとなれば、数の少ないこちらが不利。
「騎兵で弓兵を潰すにしても、先頭の歩兵を倒してその後ろにいる弓兵まではたどり着けるとして、その後は数に押される」
ユディットは半分に分けた鉄騎兵では数が足りないと言ってきた。
「カミルとバルツァー卿を正面にまわしましょう。北側の敵は陛下と私に任せてもらい、正面を叩きます」
カサンドラはそう決断をした。同じ兵士であっても武力によってその威力は変化する。俺とカサンドラが指揮する部隊はカミルたちが指揮する時よりも攻撃力が落ちる。そして、鉄騎兵もいなくなる。
北側の敵が後ろに回り込もうとして大回りしてくれているならよいが、側面を突こうとしているならかなり危険だ。まあ、最悪FAXで吹っ飛ばすことになるだろう。
そうした保険があるため、カサンドラもそう決断したのだ。
ユディットがカミルとローゼマリーを従えて、鉄騎兵で敵に突撃する。その間も俺は北側の敵が出てこないかをずっと確認する。
ユディットが前に出たことで、敵は歩みを止めて戦闘に備えることになった。そのおかげでジークフリートが敵に接触する時間が早まる。
敵の弓兵が矢を放つが、ユディットは山なりの矢が降り注ぐ前にそこをかけぬけ、敵の最前列と接触してその数を削り始めた。先頭の歩兵を突き抜け、弓兵たちを葬る。その時、こちらの遥か後方に回り込んだ敵が森を抜けて出現した。目視ではわからないくらいの距離だ。
「カサンドラ、敵は森を抜けて大きく後ろに回り込んだ。側面からは来ない」
おそらくは、森の中に入ってこちらを確認することが出来ずに後ろに行き過ぎたのだろう。それか、最初からこちらを逃がすつもりがなく、大回りして挟む作戦だったのか。いずれにしても助かった。
「わかりました。挟まれる前にこちらもユディット様に合流しましょう。その方が勝てる確率があがります」
直ぐに指示をだして軍をユディットの方に進めた。後ろに下がる事が出来ない敵も前に出てくるので、大混戦となってしまうが、カサンドラがユディットとカミルに敵の指揮官であるウィルキンソン准将を狙うように指示を出した。縦列陣で一点突破をはかる。
そうしているうちにジークフリートの部隊先頭が敵の後部まで到達した。そこでも戦闘が始まり、敵は二正面の戦いとなる。
こうなってはウィルキンソン准将は勝ち目がない事を悟り、最後の賭けとして一騎討ちを申し込んで来た。
「我が名はウィリアム・ウィルキンソン。敵の指揮官殿に一騎討ちを申し込む」
そう言われるが、指揮官の俺としては一騎討ちをするつもりはない。断ろうと思っていたらユディットが受けた。
「よかろう。東方公国の将軍としてその一騎討ちを受けた」
二人の間で一騎討ちの合意が取れて、一騎討ちが開始される。
なお、ウィルキンソン准将のステータスも素晴らしかった。
ウィリアム・ウィルキンソン准将
武力90/S
知力86/S
政治88/S
魅力90/S
健康99/S
こんなのがゴロゴロしているのだから、ゲームバランスがどう考えてもおかしい。ただ、それを敢えて困難なキャラクターでクリアーするのが、やりこみゲーマーとしての楽しみではあるのだが。
ただ、このステータスではユディットに敵う訳もなく、一撃で討ち取られて一騎討ちが終了した。
こちらの後ろに回り込んだ部隊は、ウィルキンソン准将が討ち取られたことを知ると降伏してきた。これによって戦闘が終了した。
この戦いでローゼマリーが更に武力が伸びた。
ローゼマリー・バルツァー・バイシャ 16歳
武力86/S
知力89/S
政治65/A
魅力90/S
健康80/S
忠誠100
他は育ち切った感じでもうステータスが上昇しない。まあ、経験値をもっと稼げば上昇もあるのだろうけど。
「少し兵士を失ったか」
途中で補充がきかない鉄騎兵が減ったのは痛い。今までが順調だったせいで勘違いしていたが、これが通常なのだと認識する。
「敵の指揮官の能力が今までよりも遥かに有能ですから、東部を統一した時の様にはいきませんね」
カサンドラが損耗状況を確認しながらこたえる。
「いや、むしろそれだけの相手と戦いながら、この程度の損耗で済んでいるのだから、軍師殿が優秀なのだよ」
ユディットがカサンドラを褒めると、カサンドラが照れて顔を隠した。
「社長から聞いた兵法に従っているだけです」
そんな彼女たちに、カルローネ公爵の主力と戦っている敵はおそらくもっと有能だと言うのはやめておいた。
このあとジークフリートの部隊の残りと、イヴァーノの部隊と合流して再び進軍を開始した。
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