第40話 ゴルドーネ奪還

 ヘストン中将が率いていた中央軍は約束通りこちらの配下に入った。

 が、これで戦闘終了とはならなかった。アレオッティ男爵が残っているからである。主家を裏切り敵方についたが、その敵方が主家が連れてきた俺たちに敗れてしまったのである。退却しようにもここが自領なので、逃げ場はない。


「バルツァー卿、1,000の兵を与えるのでアレオッティ男爵の軍を倒してくるように。敵の4倍の兵力があれば大丈夫だよな?」


「お任せください。しかし、いくら何でも兵力差があり過ぎではないでしょうか」


「用兵というものは、十なれば即ちこれを囲み、五なれば即ちこれを攻め、倍すれば即ちこれを分かち、敵すれば即ちよくこれと戦い、少なければ即ちよくこれを逃れ、しかざれば即ちよくこれを避く。故に小敵の堅けんは大敵のきんなりだよ。敵よりも常に多い兵を用意して優位に戦いを進める。まあ、十倍だとバルツァー卿にはまだ指揮するのは早そうなので、今回は1,000としたけど」


「そういうことであれば、承知いたしました」


 俺はローゼマリーに経験値を稼がせるため、彼女に部隊を率いることを命じた。直ぐに彼女は歩兵を1,000人連れてアレオッティ男爵の陣を目指して進む。


「道を開けろ!手出しはするな!」


 中央軍の残った副官たちが、自軍の兵士達にこちらの邪魔をしないように命令を出してくれた。中央軍が避けるところをローゼマリーは進んでいく。

 部隊の先頭が交戦状態となったとき、アレオッティ男爵は自分だけ逃げようと、部隊の最後尾から逃走をはかった。

 ローゼマリーはすぐにそれに気づいて追いかけようとする。


「逃げるのか、卑怯者め!」


 ローゼマリーの言葉に敵兵も男爵の逃走にきづく。こうなると、命をかけるのが馬鹿らしくなり、兵士たちは次々と武器をおいて降参した。

 守るもののいなくなったアレオッティ男爵はローゼマリーに捕まる。そして、こちらに連れてこられた。


―― 戦闘に勝利しました ――


 ここで戦闘が終わる。

 そして、後処理が始まった。中央軍は残った副官たちとの話し合いで、身代金が取れそうなのは捕虜として、他の一般兵はこちらに寝返るか、処刑するかを選ばせることにした。なにせ、返すにしても人数が多いので管理が大変だし、へたにこちらで盗賊にでもなられたら大変だ。

 その二択であれば誰もが寝返るのを選ぶ。結果的にこちらの兵力が倍増することとなった。

 さて、次はアレオッティ男爵である。こちらの兵力は地元民なのでみんな帰らせた。残ったのは男爵の家臣と本人。まあ家臣はいいとして、男爵の処理だな。縛られたアレオッティ男爵が引きずり出される。

 が、その前にやっておくことがあった。


「さて、イヴァーノ殿、アイーダ殿。伯爵家はどちらが継ぐかな?未成年であるイヴァーノ殿は一般的には継ぐことが出来ないが」


 そう姉弟に訊ねる。

 アイーダが俺に


「今決めなければだめでしょうか?」


 と質問してきたので、俺は首肯した。


「アレオッティ男爵の処分を決めるのに、主家の当主がいないのは問題だろう。誰に男爵を処罰する権限があるというのかね」


「そうですね。では、弟が当主で成人するまでは私が後見人でもよろしいでしょうか」


「それでよいなら。形として俺が任じるとなるがね」


 すぐにイヴァーノを伯爵とし、アイーダを後見人とする宣言を出す。そしてアレオッティ男爵の処分を決めさせることになった。


「陛下のご意見は?」


 アイーダに訊かれたが、俺は特には無い。


「好きなようにすればよい。俺は別に男爵に恨みも無ければ、状況を見るに自分が生き残るためにはそうせざるを得なかったとも思える。ただ、裏切られたそなたたちにとっては事情は違うだろう」


 俺の考えを伝えると、アイーダはちょっとむきになる。


「では、陛下は自分を裏切った人間を許せるというのですか?」


「場合によるな。それこそアレオッティ男爵を捕えたバルツァー卿は父の仇である俺を暗殺しようとした。実際にさされて暫く安静にするような怪我を負わされたが、今ではこうして爵位を与えてそばに置いている。父の仇を討つという理由に正当性があるから許したわけだ」


「陛下、その話はちょっと……」


 俺の話にローゼマリーが困った顔をした。彼女は暗殺したことを後悔しており、俺がその話をすると顔をしかめるのだった。

 アイーダは俺に実例を出されて困る。


「誰もが陛下みたいに寛大な心をもっている訳ではございません。私がアレオッティ男爵を処刑するという判断を下しても、世間はそれを批難しないことでしょう」


 アイーダは縛られているアレオッティ男爵を睥睨した。


「勿論俺も批難するような事はしない。決定権はそちらにある」


 俺がアイーダを止めようともしないので、一時は俺の言葉に期待を持っていたアレオッティ男爵の顔が青ざめる。


「では、アレオッティ男爵のしょ――――」


「姉上、待ってください」


 アイーダがアレオッティ男爵への処分を言おうとした時、イヴァーノがそれを止めた。


「イヴァーノ、何だというのです?」


 良いところで流れを切られたアイーダは、怒りの滲む眼差しでイヴァーノを睨んだ。


「アレオッティ男爵の行動にも理解できるところもあるのではないでしょうか」


「何を言っているの?貴方が売られて命がなくなっていたかもしれないというのに」


「でも、それはゴルドーニ伯爵家が寄り子を守れなかったせいでもあるのではないでしょうか。多くの家臣を死なせてしまい、領地を統治する能力を失った我々に責任が無いとは言えません。陛下のお言葉を聞いてそう考えました」


「何を言っているの。この男は我々を敵に売った裏切者。そんな者に情状酌量の余地などあるはずがないわ」


 兄弟喧嘩が始まりそうな雰囲気に、俺はサヴィーニに小声で訊く。


「いつもこんな感じなのか?」


「そんな事はありませんよ。イヴァーノ坊ちゃんがこうも強く自分の意見を言った事なんてありませんでしたね。成長されたようで」


「ならば、アイーダ殿も弟の成長を喜ぶべきでは?」


「親は子の、姉は弟の成長を認めたがらないものです。年下というのは一生年下ですからね」


「貴殿もその口か?」


「うちの親なんて、未だに寝るときはお腹を出すんじゃないよなんて言うくらいですから。そんなわけで、アイーダ様が折れることも無いでしょうな」


 などという会話をしていたらこっちに飛び火してきた。


「陛下、弟に後見人の言う事を聞くように言ってください」


「陛下、後見人は私の意見を尊重するように言ってください」


 二人にそう迫られて困る。ふと見れば、アレオッティ男爵がすがるようにこちらを見ている。どうしたものかと思案して、考え付いた答えを言ってみた。


「アレオッティ男爵については情状酌量すべき部分もあり、今回は赦すが次に裏切るような行動を見せた場合は処刑ということでどうかな?その監査にはアイーダ殿が指揮を執ればよいではないか」


「妙案ですな」


 サヴィーニが賛同してくれたことで、この案が二人に受け入れられた。これによりアレオッティ男爵は生きのびる事ができ、再び忠誠を誓う事になった。


「これで弱ければ裏切ってもよいという認識が出来たので、今後は常に強い領地を作っていく必要が出来たな」


 俺がイヴァーノに笑って言うと、


「はい。それが出来なかったから父は殺されました。自分の代ではそうならないようにしていきます。しかし、姉の婚約者であるイェーガー卿が居れば、どこにも負ける気はしませんけど」


 と返された。


「イェーガー卿は俺の家臣だぞ」


「はい。だからこそ、陛下は私たちがピンチに陥れば手を差し伸べてくださることでしょう。私は生涯陛下に忠誠を誓いますので、私も陛下の家臣です」


「乱世に天下を望まないのか」


「はい。今回の事で己の器がわかりました。自主独立の道を選べば待っているのは滅亡です。ならば誰につくかですが、陛下につくことが一番良い結果となるでしょう。カルローネ公爵は南部の名士を自称しておりますが、今回のカーニー将軍の攻撃で助けてくれることはしてくれませんでした。自領も攻められていますが、やはりそれでも何かしらの援助をしてくれないとなれば、彼の下につくことは出来ません。それに、カーニー将軍は既存の貴族勢力の排除を宣言しておりますから、我々を受け入れてくれる余地はないでしょう。アレオッティ男爵ではないですが、生き残る為にはどの選択をするべきかということですね」


 イヴァーノは思っていることを包み隠さず話してくれた。ステータスは目を引くものは無かったが、忠誠心があるのでよしとしよう。それに、優秀な姉が手に入ったので、こちらとしてはそれで十分だ。


「中央軍8千はゴルドーニ伯爵軍として再編させる。それをサヴィーニに指揮させて、伯爵は用兵を学ぶように。いくら俺が助けに来るとはいっても、それまでに滅ぼされてしまっては遅いからな」


「承知いたしました」


 まずはゴルドーニ伯爵領を奪還する事にした。カルローネ公爵の救援に向かおうにも、旧ゴルドーニ伯爵領にいる中央軍を排除しなければ挟撃される恐れがある。

 ここでゴルドーニ伯爵家復活を大々的に宣言し、アイーダとイヴァーノというみこしを担いで伯爵家の居城があったゴルドーネを目指すことにした。どのみちカルローネ公爵領に行くには通過する道程である。

 復活を宣言したイヴァーノの元には敵も味方も集まって来た。味方はゴルドーニ伯爵が討たれて散り散りになっていた者が再集結したのだ。敵はヘストン中将の仇を討つというよりも、クリストファーの命令でゴルドーニ伯爵家を倒す目的でやってくる。そのため非常に冷静でこちらの挑発には乗ってこない。また、数的不利であれば攻撃を仕掛けてこないので、敢えてこちらの軍を分散して相手の攻撃を誘った。


「敵兵がこの先の平原で待ち構えております」


 斥候から敵を発見したとの報告を受ける。現在俺はユディットとカサンドラとカミルを入れた2千人の部隊で一番先頭に立っている。その後ろにアイーダとイヴァーノが控えており、最後尾をジークフリートが守っている。

 隊列は長くなっており、そして敢えて俺たちとアイーダとイヴァーノ部隊の感覚を広げている。敵はそれを察知しており、俺たちを早く叩こうとして攻撃を仕掛けて来た。そのほとんどはこちらの倍である4千の兵士を揃えての攻撃であった。

 こちらは俺が戦場を俯瞰できることを利用し、数的不利を情報で補い、敵の弱い個所を鉄騎兵で攻撃し、崩れた所に歩兵で襲い掛かるという戦法でそれを撃退してきた。

 度重なる戦闘でローゼマリーのステータスが伸びる。やはり教育よりも戦闘の方が効率が良い。


ローゼマリー・バルツァー・バイシャ 16歳

武力81/S

知力89/S

政治65/A

魅力90/S

健康80/S

忠誠100


「これで何度目だったかな?」


 俺は戦闘の回数を隣にいるカサンドラに訊ねた。


「4回ですね。毎回こちらの倍の数を揃えて攻撃してくるのですが、中央軍はどれだけの兵士を南部に送り込んで来たのでしょうか」


 カサンドラが戦闘を振り返る。たしかに、アレオッティ男爵領での戦いから、こちらが相手にした兵士の数は3万に迫る勢いだ。俺たちが南部に到着する前の戦闘で戦死や怪我をした兵士も含めるとかなりの数になるだろう。


「リュフィエ将軍が居なくなった西部にも攻勢を仕掛けているというのに、南部にもこれだけの兵士を送り込めるのは、中央の経済規模と肥沃な大地のお陰だろうね。まあ、現地で調達した兵士もいるんだろうけど」


 小説の設定では帝国の中央部が最も経済発展をしており、農業にも適しているのだ。だからこそ皇帝がそこにいた。クリストファーはこの状況でもウーレアー要塞を起点として中央に攻撃を仕掛ければ、それに対応する部隊を東部に派遣できる力は持っているだろう。


「兵法は一に曰くたく、二に曰く量、三に曰く数、四に曰く称、五に曰く勝。地は度を生じ、度は量を生じ、量は数を生じ、数は称を生じ、称は勝を生ず。故に勝兵はいつを以てしゅをはかるがごとく、敗兵はしゅを以ていつをはかるがごとしですね」


 カサンドラは以前、俺が教えた孫氏の兵法の一説を諳んじる。


「そうだ。国土の広さが物量を決め、民の数、兵士の数を決め、勝敗を決める。多く持っている方が勝つのだから、中央は押さえるべきなんだよ」


「ブリギッタたちは上手くやってくれるでしょうか」


「大丈夫だろう。ブリギッタもカサンドラに劣らず賢い子だよ。付けた武将も能力は問題ない。相手の度を削りこちらのものにすれば、量と数の差は埋められる」


 遠くにいるブリギッタの事を考え、ウーレアー要塞の方向を見た。


 4回目の戦闘を最後に、中央軍はゴルドーニ伯爵領を諦めてカルローネ公爵領を攻めている部隊と合流した。その結果、ゴルドーネまでの道のりで戦闘は無くなった。街は無血開城され、再びゴルドーニ伯爵家の所有となった。

 ここでアイーダとイヴァーノとはお別れかと思ったが、二人はついてくるという。


「我が領から逃げ出した兵士がカルローネ公爵領に向かいました。これを追撃せねばカルローネ公爵に申し訳が立ちません」


 とイヴァーノが言えば、


「婚約者と一緒に行きます。それに弟が行くのであれば後見人の私も行くべきでしょう」


 とアイーダも同道を求めた。サヴィーニが止めてくださいと目で訴えてきたが、二人の意見を尊重して同道を認めた。

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