第39話 イヴァーノ・ゴルドーニ
帝国暦517年3月、ウーレアー要塞攻略の先発隊として、俺とユディットとカサンドラ、それにカミルとジークフリートにエルマーとブリギッタが出発した。これにアイーダも同行している。計画ではウーレアー要塞をFAXで攻撃して占領。そこにエルマーとブリギッタを配置して、残りのメンバーは何かしてゴルドーニ伯爵領へと向かう事になっている。
大規模な中央攻撃部隊は来月の出発となる。糧秣や武器の準備やらなにやらの準備に時間がかかるからだ。先発隊は1万5千の軍勢。後発は6万を予定している。
「これだけの兵でウーレアー要塞を攻略する事など可能なのでしょうか。それに、ここで損耗しては南部救援の兵が減ってしまいます」
そう心配するエルマーにカサンドラが説明をする。
「ウーレアー要塞では一度大爆発が起こっています。あそこに祭壇を設置し、神に祈りをささげてもう一度奇跡を願えば大丈夫」
その説明にエルマーとブリギッタは納得がいかないようで、カサンドラがおかしくなったのではないかと心配する。
「あのねカサンドラ、最近眠れないとかそういったことは無いかしら?」
「変な宗教にのめりこんでいるようであれば、その教団を潰してくるぞ」
ふたりの心配にカサンドラは笑顔で応える。
「社長も承認してくれた作戦よ。大丈夫、うまくいくから」
それを聞いた俺が首肯すると、ふたりはそれ以上は何も言わなかった。一夜城に到着し、休憩をとった翌日、ウーレアー要塞の前に行って祭壇を作る。
―― 戦闘フェーズに移行します ――
システムが戦闘開始を告げる。敵は俺たちが祭壇を作る様子を要塞の中から見ているだけだった。要塞に立て籠もる兵士数はおよそ5千。この数で外に出てくるような事はしないだろうな。おそらくはクリストファーにこちらが攻めてきた事を伝え、その後の指示を待つつもりだろう。
まあ、指示が来るまでにはここは俺たちの物になっているわけなんだが。
祭壇が完成したところでカサンドラとユディットと三人で儀式っぽいことをして、FAXを使用する。
再びウーレアー要塞で大爆発が起きると、俺たち三人以外はみんな天を仰いで神に祈った。
「あと七回か」
俺が小声でつぶやくと、ウーレアー要塞の城壁が音を立てて崩れる。
「あれ?」
「度重なる爆発で、城壁がもたなかったようですね」
カサンドラがそう言うと、ユディットは
「修繕費がかさむな」
と現実的な事を言った。それで俺は修繕費の事に頭が行く。すると、ゲームマスターの声が聞こえた。
「城壁の修繕費は5,000,000,000ゾンだ。きりが良いだろう、直すかい?」
「高いな」
俺は文句を言いながら、今の予算を確認する。
アーベライン伯爵領 517年3月
人口 1,823,945人
農業 3,202
工業 411
商業 4,196
民心 80
予算 6,000,122,080ゾン
兵糧 365
「丁度大規模な遠征に備えて兵糧を買いこんだところだったんだよな。っていうか、こういうのって普通は毎月の予算で少しずつ使うものじゃないか?」
「そこはゲーム的な処理だから諦めな。方針を決定したら予算分が一気に引かれるんだよ」
確かに築城するときってそういった処理がされていたな。ここは諦めるしかないか。防衛拠点のウーレアー要塞に城壁が無いのでは話にならない。
「わかったそれで」
アーベライン伯爵領 517年3月
人口 1,823,945人
農業 3,202
工業 411
商業 5,196
民心 89
予算 1,000,122,080ゾン
兵糧 365
俺が承認すると予算が減った代わりに商業が一気に1,000も上昇した。
「商業の数値が跳ね上がったんだけど」
「ああ、それは国家予算をふんだんに使えば、景気が良くなるから当然だよ。経済学でやっただろう」
なるほどそういう事かと納得した。これならば、追加の出費さえ無ければ税収で予算は回復するだろう。ここで5千の兵をブリギッタに預けて、要塞の城壁の修繕を命じた。
そして俺たちは南下してゴルドーニ伯爵領を目指す。こちらの領内では特に問題もおこらずに、国境を越えてゴルドーニ伯爵の寄り子であるアレオッティ男爵領へと入る事が出来た。
アレオッティ男爵には事前に領地の通過を通告済みであり、なんのトラブルもないだろうと思っていたらそうでもなかった。軍の前に一台の馬車が止まり、行く手を遮る格好になる。
「アレオッティ男爵家の馬車でございます。ただ、乗っているのは少年と護衛の者で、少年はイヴァーノ・ゴルドーニと名乗っておりました。陛下への面会を望んでおりますがいかがいたしましょうか」
部下から報告を受ける。俺は直ぐにアイーダを呼び、イヴァーノ・ゴルドーニという少年を知っているかを訊ねる。
「それは弟です。しかし、弟がこんなところまで来ているとは」
弟であることはアイーダに確認できた。しかし、伯爵の息子がここまで我々を迎えに来るものだろうかと疑問に思う。まあ面会してみればわかるかと思い、面会を許可した。直ぐに少年と護衛が連れて来られる。
「閣下、お初にお目にかかります。ゴルドーニ伯爵家の長男、イヴァーノ・ゴルドーニです」
イヴァーノと挨拶をしおえると、アイーダがイヴァーノに取り乱した様子で質問をする。
「どうしてイヴァーノがここに?お父様はどうされたの?」
「お父様はカーニー将軍の配下ヘストン中将となのる武将が率いる軍に討たれました。ゴルドーニ伯爵家は敗北したのです」
「そんな……」
アイーダはショックで言葉が出ない。それとは別のところに俺の思考はあった。クリストファーが軍組織の改革をするのは小説であるのだが、その通りに階級に将官をつくって部下を任命したのである。なので、佐官や尉官もあるのだろう。なんかちょっと嬉しい。いや、これは小説の読者としての感想だな。自分の命がかかっているのだから、効率的な組織の運用をされては困る。
なお、ヘストン中将はクリストファーの軍では上位に入る能力を持っている。それと戦えば負けるのも納得だ。
そんなことを考えていたら、アイーダの強い口調が耳に入ってきた。
「サヴィーニ、貴方が居ながらお父様を守れなかったのですか!」
サヴィーニという名前に俺は驚いた。目の前のイヴァーノの護衛は五守聖最後の一人、オルランド・サヴィーニか。念のため鑑定をしたら本人だった。
オルランド・サヴィーニ 31歳
武力84/A
知力78/A
政治79/A
魅力81/A
健康83/A
アドルフ・ミュラー五守聖の一人。
まあなんというか、器用貧乏というのが適切なステータスだ。適性が全てAで80付近に固まっている。しかし、何かに特化した武将と比較するとそこそこだよねっていう評価にしかならない。ヘストンと戦うとなれば、勝ち筋は見えてこないな。
たしか、小説ではサヴィーニは主家がクリストファーに滅ぼされて、その復讐に燃えてアドルフの配下に加わったはずだ。今回アイーダとイヴァーノが存命なので、俺の配下に加えるのは難しいかな。
そんなサヴィーニがアイーダに頭を下げる。
「申し訳ございません」
それに対してイヴァーノがアイーダとサヴィーニの間に立ってサヴィーニを庇う。
「姉上、サヴィーニを責めるのは間違っております。敵は我らよりもはるかに上手。僕をこうして逃がしてくれただけでも褒めるべきでしょう」
それでもアイーダは何かを言いたそうにしていたが、雰囲気がこれ以上悪くなるのを避けたかったので、イヴァーノのに面会の目的を訊ねた。
「それで、ゴルドーニ伯爵のご子息がどのような要件かな?」
「実は、姉が使者として伺った陛下のところに身を寄せさせてもらえないかというお願いです。既にゴルドーニ伯爵家は滅ぼされてしまいましたが、いつか父の仇を取るために今は恥を忍んで他家に身を寄せ、機会を窺おうと」
「受け入れるのはやぶさかではないが、救援が出来なくなったので今から部下の義父の仇を討つことに目的が変わった。同道するか?」
その質問にアイーダは
「イヴァーノ、貴方は陛下の聖恩に感謝して、公国へと逃れなさい。同道は私で十分です」
とイヴァーノを逃がそうとした。しかし、イヴァーノはそれに従わない。
「それは出来ません。父の仇を討つというのであれば、私も行きます!」
姉妹で行く行かないの押し問答となったが、サヴィーニが危なくなったらイヴァーノを連れて逃げるということで、同道することが決まった。
そうと決まったので俺が条件をだす。
「これで仇が討てたばあいに、領地の経営はまたゴルドーニ伯爵家で行うという事でいいかな?」
「それでは条件が良すぎはしませんかな?」
俺の出した条件にサヴィーニが不信感をあらわにする。こちらにとってメリットが無いので、後からどんな条件が出てくるのかと心配なのだろう。
そんな彼に俺は肩をすくめて見せた。
「こちらも東部を統一したばかりで、今の国内ですら統治するのに必要な人材が足りないんだ。うちの家臣たちはみんなもう領地は要らないっていうくらいだからね。扱いきれない領地を持ったところで意味はない。まあ、ゴルドーニ伯爵家が俺の庇護下に入るって形を貰えればいいかな。特に何かを強制するつもりもない。カーニー将軍と戦う時には一緒に戦ってほしいってくらいだけど、それも無理にとは言わないよ」
元々カサンドラの考えていたのは南部との提携だ。ここを支配下に置いたところで、こちらは上手く運営する事は出来ない。歴史戦略シミュレーションゲームで、領地が増えると人材が不足して、前線にしか武将を配置出来ない状況と同じなのである。
「そう言われましても……」
「なに、うちの忠臣の妻の実家を助けるだけだ。それが理由でいいだろう」
「はあ」
サヴィーニを何とか納得させた。同じ内容をアイーダとイヴァーノにも話して、領地奪還の後は俺の家臣という形をとるが、特には要求を出さない事を約束した。カサンドラが何も反対しなかったので、これで正解なのだろう。
話がまとまったところで、アレオッティ男爵領を抜けていこうと軍を動かすと、斥候からの緊急の連絡が来た。
「申し上げます。前方にアレオッティ男爵とカーニー将軍の軍旗が確認されました」
俺はその報告を受けてイヴァーノを見た。
「はて、これはどういうことか?」
「いや、私の方もなにがなんだか」
困惑するイヴァーノの横で、サヴィーニが怒りをあらわにする。
「アレオッティ男爵はイヴァーノ様を敵に売ったのです。でなければ、敵の軍旗と一緒にいる意味がわかりません」
「そのようだな」
ユディットが頷く。そして、軍に戦闘態勢をとるように指示を出した。
―― 戦闘フェーズに移行します ――
システムも戦闘開始を告げた。間違いなく敵対しているということだ。
カーニー軍
指揮官 ヘストン中将
副官 アップルトン大佐
副官 ガイル大佐
副官 サムソン中佐
副官 シャーロック中佐
副官 モットレイ少佐
兵士数 9,658人
歩兵 7,158人
騎兵 1,500人
弓兵 1,000人
訓練度 89
士気 86
アレオッティ男爵軍
指揮官 アレオッティ男爵
兵士数 280人
歩兵 280人
訓練度 51
士気 60
敵の兵士の数はこちらとほぼ同じ。訓練度と士気も高くて、いままでの相手とは全然違う。それに指揮官と副官の能力値も高くて、武力は全員が85以上だったはずだ。一番高いヘストン中将は90を超えていたと記憶している。
それと比較するとアレオッティ男爵軍のなんと貧弱なことか。これを見たら主家を裏切って生き残ろうとするのも当然か。
「正面切って戦うとなると、こちらの被害も大きくなりそうだね」
俺はカサンドラの方を見た。
「一騎討ちに持ち込めれば被害が少なくて済みますが、相手の目的次第でしょうか」
カサンドラの思いが通じたのか、ヘストン中将が副官を引き連れてこちらに少数でやって来て、交渉を要求してきた。我が軍も俺とユディットとカサンドラが前に出て交渉に応じる。念のためすぐ後ろにはジークフリートやカミル、それにイヴァーノたちが控えている。なお、アレオッティ男爵はこちらに来なかった。
ジークフリートにも引けを取らぬ見事な体躯の男が一番前に出てくる。彼がヘストン中将のようだ。
「私はカーニー将軍からこの部隊をあずかった責任者である中将のヘストン。我々の目的はゴルドーニ伯爵のご子息であるイヴァーノ殿を捕らえる事。後ろにいる彼を引き渡していただければ、無駄な戦闘はしなくて良いと思っておる」
ヘストン中将に言われて俺は後ろを見た。不安そうにこちらを見るイヴァーノと、剣に手をかけたサヴィーニ。俺の判断に緊張をしているようだな。
「我が家臣の義弟を差し出せと。大行は細謹を顧みずというが、これは細謹と云えるのかな?」
カサンドラの方を見ると、彼女ははっきりと答える。
「それは細謹ではございません。この要求を呑めば五徳悉く道を外すこととなるでしょう。徳を失ったものは君子では無くなります。古来より君子に三楽ありと言われており、一家の者が無事であること、天にも人にも恥じるところのないこと、天下の英才を教育することは王となるよりも楽しいと言われております。家臣の義弟ともなれば家族も同然、またイヴァーノ殿には天賦の才がありますので、これを教育する事も君子の楽しみ。それを手放して王となったところで、犬猫に至るまで衆生の心は付いてこないでしょう」
カサンドラの言を受けてヘストン中将の方に向き直る。
「ということだ、ヘストン中将。こちらはイヴァーノ殿を差し出すつもりはない」
「では、一戦交えるということでよろしいか?」
俺に要求を断られたヘストン中将はこちらをぎろりと睨んで来た。ユディットやジークフリートが居なかったら泣いて土下座しているところだな。ここでヘストン中将たちを鑑定する。
ヘストン中将
武力95/S
知力89/S
政治90/S
魅力91/S
健康100/S
アップルトン大佐
武力89/S
知力87/S
政治82/S
魅力80/S
健康100/S
ガイル大佐
武力88/S
知力89/S
政治87/S
魅力88/S
健康100/S
サムソン中佐
武力85/S
知力89/S
政治82/S
魅力81/S
健康100/S
シャーロック中佐
武力86/S
知力88/S
政治87/S
魅力86/S
健康100/S
モットレイ少佐
武力85/S
知力85/S
政治87/S
魅力86/S
健康100/S
全員が申し分ないステータスだった。知っていたけど。これと戦うのは骨が折れる。なので一騎討ちを提案した。しかも、代表三人での勝負だ。どうせ仲間にならない連中なら、ここで一人でも多く討ち取っておきたい。
「こんなところでお互い四つになって戦うのは愚の骨頂。代表をそれぞれ三人だして、一騎討ちをするというのはどうかな?自信が無ければ断ってもよいが」
俺の最後の一言に、ヘストン中将は見事に引っかかった。
「自信が無いとはだれにものを言っているのか。これだから東部の田舎者は世間を知らぬと言われるのだ」
「そんなに自信があるならば、イヴァーノ殿の身柄だけではなく、お互いの軍を賭けようじゃないか。こちらが負けたら全員そちらの軍門に下るが、そちらもその条件でよいかな?」
「後で約束をたがえる事の無いようにな!」
―― 敵が一騎討ちを受けました ――
システムが一騎討ちの開始を認める。これで何があっても約束は守られるというわけだ。
こちらはユディット、ジークフリート、カミルの三人が出る。敵はヘストン中将、アップルトン大佐、ガイル大佐だ。カミルがヘストン中将と戦わなければ3連勝というわけだ。
「俺はあのヘストンという奴とやりたい。義弟殿を渡せと抜かした奴はこの手で討ち取らんと気が済まぬゆえ」
ジークフリートの申し出を認め、相手が最初にガイル大佐を出してきたので、それにカミルをぶつけることにした。
「我が槍の錆としてくれよう。怖ければ負けを認めて逃げても良いぞ」
ガイル大佐に挑発されるが、カミルは落ち着いている。
「お気遣い無用。始めましょう」
お互いに距離を取り、馬上で槍を構える。ガイル大佐の方が先に動き、カミルはそれを見てから馬を走らせた。
ガイル大佐が槍を突き出すとカミルはそれを打ち払い、隙が出来た一瞬を見逃さずに、相手の喉へと穂先を突き立てた。馬の背中から落ちたガイル大佐は誰の目から見ても死亡したのは明らかだった。
カミルの勝利を見て敵陣からどよめきが起きる。それもそのはず、武力値88ともなればそうそういるものではない。クリストファーの軍ではそれなりの数はいるが、敵として戦った事は少ないはずだ。
一騎討ちをすると決まった時に、敵陣ではどこか和んだ雰囲気となった気がしたが、気のせいではなくて兵士は何もしなくても戦闘に勝利できると考えていたのだろう。
こちらに帰って来たカミルを労う。
「御苦労」
「いや、歯ごたえが無くて特には。考えていたよりも相手は弱いのかもしれませんね」
慢心しているカミルに苦言を呈す。
「それは違うぞ。一騎討ちであれば個人の武力によるが、兵を動かすとなれば膂力だけでは優劣を決める事は出来ない。お互い1万の兵を率いてカサンドラと戦って勝てると思うか?」
俺に言われカミルは考えを改めた。
「確かにその通りでした。ただ、槍を合わせただけで強弱を判断するのは早計でした」
「まあ、勝利は評価する。さっさとバルツァー卿のところに行ってやれ。心配そうに見つめていたぞ」
「はい」
カミルはローゼマリーのところに戻る。それを見届けると、ユディットが大剣を手に馬にまたがった。
「カミルが一撃で決めたとあっては負けていられぬな」
ニコニコしながら大剣を素振りするユディットを見て、絶対に夫婦喧嘩はしないと決めた。
そんなユディットの対戦相手はアップルトン大佐。武力の差は10もあるので目をつぶっていても勝てる相手だ。安心してユディットを送り出す。
ユディットとアップルトン大佐は向かい合うと、相手がユディットを見て馬鹿にしてくる。
「なんだ俺の対戦相手は女か」
昔のユディットならば、ここで頭にきて怒りをぶつけていただろうが、今はそんな事はなく相手の言葉を受け流した。
「刃が当たれば振るったのが男であろうが女であろうが命を刈り取る。油断されるのは勝手だが、あまり歯ごたえが無いような真似はしてくれるな」
「はっ、相手の実力もわからずに大言を吐くとはな。俺は戦場では女でも容赦はしない。腕の一本で済むとか思うなよ」
そんなやり取りがあって、相手はユディットをなめてかかるかと思ったらそんなことは無かった。金属鎧で身を固めて、ハルバードを構える姿には隙が無かった。
「行くぞ!」
ユディットが先に駆け出す。アップルトン大佐はそれを受けて駆けだした。リーチはハルバードを持つアップルトン大佐の方が長く、先に攻撃態勢に入る。襲い掛かるハルバードをユディットは大剣で受けるかと思ったら、
「ふんっっっ!!!」
と気合を入れて大剣を振るった。大剣から放たれる銀光が尾を引き、その軌道を周囲の者に見せた時、ハルバードが真っ二つに切れた。返す刀をアップルトン大佐に叩き込むと、彼の体が文字通り横真一文字に斬られて上下が泣き別れとなる。
「相手の実力がわからないとはこういう事だな」
仰向けになって地面に転がっているアップルトン大佐の上半身にユディットが話しかけるが返答は無い。
ユディットは正面に視線を移してヘストン中将を見る。
「さて、これで我が軍の勝利は決まってしまったが、ここで終わりでは興醒めであろう。ヘストン中将殿がこの後イェーガー卿と戦い、勝った場合は私とカミルがその後戦おうではないか。三人抜きをすればそちらの勝利でよいが」
その言葉にヘストン中将はハッとなる。
「イェーガー卿といえば、ウーレアー要塞でバシュラール将軍との一騎討ちに勝利した武将ではないか。そんな男とここで戦えるとは。言っておくが俺はバシュラール将軍よりも強いぞ。まあよかろう、その条件受けた」
ヘストン中将はユディットの出した条件を承諾した。彼の言うように武力値を見るとバシュラール将軍よりも強い。それが自信になっているのだろう。
こちらに帰って来たユディットに俺は小声で話す。
「どうしてあんな条件を出したんだ?」
「そうでもしないとイェーガー卿が戦う機会を失ってしまうからです。此度の出征は彼の家族を救うためという大義名分があるので、イェーガー卿にも手柄を立てさせるべきかと」
カサンドラもユディットに同意した。なるほどそういう事かと納得し、ジークフリートを見ればアイーダと何やら話をしている。そして、折角勝利したのに勝負を続行する事になってしまったイヴァーノとサヴィーニは不安な顔をしている。そんなふたりを俺の隣へと呼んだ。
「イヴァーノ殿、貴殿の義兄は帝国一の猛将だ。その姿を目に出来るチャンス、見逃さぬようにな。おそらく勝負は一瞬だ」
「我が軍が一切歯が立たなかったあのヘストン中将を相手にしてもですか?」
「勿論だ。宰相がそばに置いていた国士無双と呼ばれたリュフィエ将軍よりも強いぞ。残念ながらもう戦う機会が無いので証明は出来ないがな」
「あの、リュフィエ将軍よりも」
まあ、それは嘘なのだが死んでしまったリュフィエ将軍と強さを比較する事は出来ないので、そういう事にしておく。俺たちが会話をしていると、ジークフリートがやって来た。
「それでは陛下、行ってまいります」
「期待している」
そう言ってジークフリートを送り出した。
「バシュラールを倒すとはなかなかの腕前のようだな」
「貴殿もその実力、ひしひしと伝わってくるぞ。そのハルバードにどれだけの血を吸わせて来たことか、想像に難くない」
「嬉しいことを言ってくれる。今俺は将であることよりも、一人の男として貴殿と戦えることにワクワクしてきた。職務を忘れるほどにな」
「それはこちらも一緒。妻の実父のかたき討ちと言いながらも、こうして戦える事が嬉しい」
ジークフリートの一騎討ちはどうしてこうなるのか。好敵手と戦う少年漫画の主人公みたいだ。そんなおしゃべりタイムがおわっていよいよ一騎討ちとなる。お互いの武器はハルバード。それを構えて向き合う。
「行くぞ!」
ヘストン中将が叫ぶと
「来い!」
とジークフリートが応える。距離が詰まり、二人のハルバードがぶつかると、ヘストン中将のハルバードが宙に舞った。直後、彼の首も宙に舞う。一騎討ちの勝負はこちらの完全勝利で幕を閉じた。
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