4章

第38話 アイーダ・ゴルドーニ

 帝国暦517年3月、そろそろ動こうかと思っていたところで、ユディットとエルナの姉ビアンカが、嫁ぎ先のカルローネ公爵がクリストファーに攻められているので助けてほしいと手紙を送ってきた。

 この半年の帝国内の情勢を説明すると、リュフィエ将軍がクリストファー・カーニーが謀反を起こそうとしていると言って、自ら指揮する軍を中央にすすめた。しかし、クリストファー・カーニーの軍はこれを撃退して両者は中央と西部の境界線でにらみ合いとなる。

 リュフィエ将軍が出陣している隙に、マクレ財務大臣は自分の娘を宰相ルフェーブルに紹介。ルフェーブルは眉目秀麗、見目麗しいこの娘を大層気に入り、三番目の妻に迎えようとするが、娘はリュフィエにも好かれており、リュフィエはマクレに娘と結婚させてくれと言っていたのだ。

 リュフィエがクリストファーとの戦いから帰ってきて、いよいよ結婚かという時にマクレは宰相に娘をよこせと言われていると告げ口をする。リュフィエは激怒してルフェーブルのところに乗り込むが、ルフェーブルに「たかが女一人くらい諦めろ」と言われ、怒りに任せてその場でルフェーブルを殺害した。そして自分が皇帝の守護者となることを宣言。空いた宰相の座にはマクレが就任した。

 マクレはこれで狙い通り、皇帝を傀儡としていたルフェーブルを排除出来たので、皇帝が復権できると考えていた。ところが、生来の乱暴者であるリュフィエは皇帝の名を借りてやりたい放題となる。部下の妻や娘を差し出させるわ、国庫に影響が出るほど毎日宴会を繰り返す。ついには自分が皇帝であると宣言し、ガブリイル2世を弑逆してしまった。

 ここにゾンネ朝は終わりをつげる。が、マクレは亡き皇帝ガブリイル2世の仇をうつために、妻や娘を取られた者たちを集めて密かにリュフィエ暗殺計画を立案した。暗殺といっても武力に長けたリュフィエは、不意打ちしたとしても倒せないので、酒に酔わせたところで、追加の酒に毒を混ぜて毒殺を計画した。ただし、毒の効き目が弱かった時のことを考えて、毒が回ったところを更に襲撃するという二段構えの計画を立てたのである。

 この計画が成功してリュフィエもすぐにルフェーブルの後を追った。こうして西部地域はリュフィエの部下たちと中央から異動した貴族による群雄割拠となっていた。

 クリストファーがこの状況を見逃すわけもなく、混乱している西部に侵攻を開始した。それと同時に南部にも軍をすすめる。東部はウーレアー要塞を押さえているので、後回しでもよいと判断したのだろう。今のところこちらへの攻撃はない。

 そういった状況なので、最低限の兵士しか駐留しておらず、さらにウーレアー要塞の後方にはまともな軍が居ないので、そこを狙おうと思っていたのだ。ローゼマリーに刺された傷も癒えたので、俺の体が遠征に耐えられるようになったというのも理由だ。

 折角ウーレアー要塞を攻略しようと思っていた所に舞い込んで来た救援要請。ユディットの姉とあっては無視することも出来ずに、俺は今後の対応をユディットとカサンドラと協議していた。


「ウーレアー要塞を奪還して、そこを足掛かりに中央に攻め込もうと思っていたのだが、義姉殿の要請を無視することは出来ないか」


「ビアンカ姉上は南部でも東方公国と領地を接していない。ゴルドーニ伯爵の領地を通らねばならぬので、我らが軍を派遣するとなると交渉をせねばならぬ」


 ユディットは救援には行かない理由を探してきた。それに対してカサンドラは救援する方を選ぶ。


「私は救援するべきかと思います。そしてカルローネ公爵以外の南部貴族を助ける事が出来れば、カーニー将軍の軍を東と南から包囲することができます」


「掎角之勢か。南部に鹿の足を捕えさせ、こちらは角を捕る。うまくいけば確かに優位な状況を作り出せるな。しかし、ユディットの言うように他家の領地を軍隊が通るとなると交渉が難しいぞ」


「それについてですが、我が諜報部からの情報ではゴルドーニ伯爵はカーニー将軍に直ぐにでも敗北しそうな状況とのこと。我々がウーレアー要塞を落としてから南に軍を進めていく頃には、ゴルドーニ伯爵の領地はカーニー将軍の勢力下となっている事でしょう」


 ここでユディットがカサンドラに訊ねた。


「ウーレアー要塞を落とせば、その向こうはまともな軍もおらず、領地は獲りたい放題だが。それをみすみす見逃す手はなかろう?」


「なので、軍を二手に分けようと思います。我々はカルローネ公爵の救援に向かう事になりますので、ウーレアー要塞の守備と周辺の攻撃はイェーガー卿、シュプリンガー卿、エルマーに任せる事になるかと」


 その策を聞いて俺は小説の内容を思い出す。クリストファーは正面切って戦おうとせずに、わざとこちらを中央の奥深くまで誘い込み、伸びきった補給線を狙うことだろう。そうならないためのブレーキ役が必要だ。


「その三人だと、敵の領地の奥まで攻め込み、補給線が伸びきったところを狙われそうだな。それに、縦深防御を使われると、敵地で孤立する恐れもある。それを止めるための軍師が必要じゃないかな」


「縦深防御?」


 縦深防御はこの世界ではまだ使われていない。そのため、そんな言葉もなくユディットもカサンドラも知らないので、俺は縦深防御の説明をする。


「通常の防御戦略では、全ての兵士を前線に配置している。この場合、その前線が攻撃側に破られた場合、残りの防御側の部隊は側面を晒し、包囲され、弱い補給線を敵にさらすことになるよね。これに対して、縦深防御では防御側が兵士を広く展開する必要がある。例えば、守るべき要塞や町。部隊は前線とその後方に配置する。攻撃側は、防御が強固でない前線を容易に突破することができるけど、前進するたびに抵抗に遭遇する。より奥まで進軍するにつれ攻撃側の側面は弱体化し、その結果、前進は停止し攻撃側は防御側に包囲される危険が生じるってわけ」


「しかし、それでは最初は領地を敵に奪われてしまうではないか」


「そう。ユディットの言うようにこのドクトリンは領地を敵に取られることを前提にしている。でも、最終的に敵を倒せるなら、それは取り戻せるからね。元々領地を持ってなかったカーニー将軍なら思い入れも少ないし、領地を餌にすることくらいやるだろうね」


 小説では、アドルフにわざと中央を攻めさせ、奥深くまで誘い込んだところで殲滅している。クリストファーは相手が領土拡大の誘惑には抗えない心理をよくわかっている。


「旦那様は随分とカーニー将軍にお詳しい。最近頭角を現してきた者をよくご存じだ」


 ユディットは俺がどうしてクリストファーのことを詳しく知っているのか疑問なのだろう。まあ、俺が逆の立場でも怪しいと思う。ただ、カサンドラと違って本当のことを言えば、親兄弟を見殺しにしたことや、キルンベルガー侯爵の暗殺も止められたことなど色々と責められそうだ。なので、すこしだけ嘘を混ぜることにした。


「とある神がカーニー将軍を皇帝にするという歴史を作ろうとしていて、それと敵対する神が皇帝になるのを阻止しようとしている。敵対する神は使徒として、とある男に爆発を使える能力ととある神が描く歴史を事前に教えているとしたら、俺がカーニー将軍の事を詳しく知っていても不思議はないよね。いや、不思議な現象なんだけど」


 俺の説明に理解が追い付かないのか、ユディットは目を丸くして固まった。取り合えずユディットが再起動するのを待つ。1分経たずに彼女が再び口を開いた。


「にわかには信じられませんが、それならば納得もいく。が、そうであれば旦那様は我が父やご自身のご尊父の命を救う事も出来たのでは?」


 想定していた質問が来た。俺は落ち着いて返答する。


「俺を使徒とした神は、カーニー将軍が皇帝となるのを防ぐことが目的なので、彼の情報以外はその未来を教えてくれないんだよ。わかっていれば領内のマヤ教徒だって叛乱を起こす前に叩けたし、コースフェルトらの叛乱だって未然に防げた。あとは、ローゼマリーの暗殺もか。教えてもらえない事の方が多いんだよ」


 マヤ教徒の叛乱は小説にあったが、コースフェルトの叛乱とローゼマリーの暗殺未遂は小説にはない出来事だ。だから俺も予測できなかった。しかし、発生した事態に俺が事前に対処出来なかった事実を列挙すると、ユディットも俺の言うことを信じるしかない。


「たしかに、ローゼマリーの一件は命の危険もあったのに、それをわざわざ回避せずに受けるのは理屈に合わない。もしや、その神は旦那様以外にも使徒がいるのではないでしょうか。だから、旦那様が亡くなったとしても問題ないという風に思っているはず」


「なるほど。他に使徒がいる可能性はあるなあ」


 ユディットの考察に頷く。まあ、俺を含めて使徒なんていないのはわかっているが、そういう事だと思ってくれるなら都合がよい。


「わかってくれたか。それで話を戻すと、カーニー将軍はこちらの戦線を長く伸ばして、弱いところが出来たらそこを狙うつもりだ。だからこそ、攻めすぎないことが重要になるんだ。しかし、まったく攻めないというわけではない。相手が攻めてきたらこちらが縦深防御をしてやろう。ウーレアー要塞を起点に各所に防衛のための部隊をおいて、領地を取り返しに来た相手を叩く。そのためにも領地を先に奪っておくことは必要だ」


「確かに。しかし、それでは三人だけでは足りないのではないかな?」


「アメルハウザーやアインハルト、シュタルケ、グーテンベルクにホルツマンも出すか。カルローネ公爵の救援にはカミルとローゼマリーがいれば十分だろうし。何せユディットとカサンドラがいてくれるのだから、考えられる最高の布陣だものな」


 俺が持ち上げると二人はニコニコとなる。妻が機嫌が良いのは良い事だ。

 結局、軍を二手に分けてもなんとかなりそうなのと、南部の行軍で許可を取る必要がなさそうなので、カサンドラの案でいくことになった。翌日、キルンベルガーブルグにいる家臣を集めて、昨日決めた方針を伝える。

 一番驚いたのはブリギッタだった。


「第二軍師ですか」


「そうだ」


「軍師なんてやったこと無いです」


 ブリギッタは軍師を辞退しそうな勢いである。


「わかっているよ。ただ、作戦の内容から各武将が攻めすぎるのを止める必要があるから。そこで、権限の強い軍師を攻め過ぎないブリギッタに任命したわけだ。他の者だと引き際を間違えそうなのでね」


 ユディットもブリギッタを説得しようとする。


「作戦の成否は引き際だ。それを冷静に見極められる者にしか軍師は任せられない。そなたが辞退するのならば仕方ないが、エルマーをはじめとした武将が敵地で孤立する恐れもある。それでも良いのか?」


「そこでエルマーの名前を出されたら、断れるわけないじゃないですか。第二軍師を承ります」


 こうしてブリギッタは第二軍師を引き受けることとなった。

 その後エルナとヨーゼフによる出産報告が行われる。生まれたのは男の子であり、エルナに似ているという報告を先に受けている。子供はまだ生まれたばかりなので、育児室で大切に育てられており、家族以外が面会することは出来ない。正直出産後のエルナが報告に来ることはないと思ってそれを言ったのだが、本人がどうしてもというので認める事にした。


「陛下のお陰で無事に男児を出産する事が出来ました」


 エルナに礼を言われる。


「何もしてないけど」


「いえ、ヨーゼフがどこにも出征しなかった事こそ、出産に気を遣ってのことでしょう。お陰で出産に立ち会ってもらう事が出来、初めての出産ですが不安もありませんでした」


「あ、うん」


 ちょっと歯切れが悪いのは、出征させなかったのは俺がローゼマリーに刺された傷が癒えるのを待っていたという理由だからである。まあ感謝されているならそれでいいか。


「ヨーゼフに似て武力に長け、エルナに似て美貌と知性を持ってくれたらいいな」


「陛下、逆だったらと思うと怖くなって毎日神様に祈ってるんですぜ」


 ヨーゼフがそう言うとみんなが爆笑する。まあ、逆だった時は目も当てられないな。


「兄貴も早く結婚して子供を作った方がいいぜ」


「うるさい。お前に俺の将来の心配をされる日が来るとはな」


 ヨーゼフに言われてジークフリートが苦笑した。それを見てまたも笑いが起きる。

 その笑いが収まったのを見て、エルナの体調を気遣い、短めで報告を済ませて解散するかという時に、門番から慌てて報告が入る。


「陛下、城門の前にゴルドーニ伯爵の使いと申す女性がやって来ております。アイーダ・ゴルドーニと名乗っておりますが、いかがいたしましょうか。乗っている馬車はゴルドーニ家のもので間違いありませんが」


「ゴルドーニ家からの使者か」


 どうすべきか悩んでいると、エルナが門番に聞き返す。


「今、アイーダと言いましたか?」


「はい」


 門番に確認をしたところでエルナは俺の方を見た。


「陛下、アイーダ・ゴルドーニといえばゴルドーニ伯爵の娘で、一緒に後宮に入っていた女性。先帝の崩御で実家に帰っていたはずです。その彼女が使者としてやって来たということは、陛下が南部地域を統治なさる大義名分を得られるよい機会かと。是非お会いになって話を聞くべきです。無理な要求であれば断っても問題ないでしょうし」


 この時期にゴルドーニ伯爵家が俺に使者を送ってくるとなれば、窮地を救ってほしいという話であろう。どんな条件を提示してくるのかは興味がある。そして、使者が伯爵の娘だとすると政略結婚かなにかの話だろうか。それにしても、本人が来るというのは珍しいし、先触れがないのは状況がかなりひっ迫しているからだろう。


「よし、通せ。エルナはもう少し付き合ってもらえるか」


「陛下のお願いであれば」


 直ぐに通された女性は艶のある長い黒髪をした絶世の美女だった。鑑定の結果は本物。


アイーダ・ゴルドーニ 26歳(491年5月生まれ)

武力31/C

知力82/S

政治74/A

魅力100/S

健康90/S


「謁見の許可ありがとうございます」


「ゴルドーニ伯爵とは国境を接する友人ですから、その使者殿とあっては無下には出来ない。それで、急ぎの要件とは如何なものかな?」


「お恥ずかしながら、我がゴルドーニ伯爵家はカーニー将軍の猛攻に晒され、既に命運は風前の灯火となっております。そこで陛下に助力をいただきたいと」


 アイーダの要求は思った通りであった。窮地であることを隠そうともしないのは、交渉に不慣れなのか隠すのを諦めたか、どちらなのだろう。


「助力か」


 俺はカサンドラの方を見た。阿吽の呼吸でカサンドラはすかさず俺に助言をする。


「陛下、友人からの願いであれば助力をすることは当然。しかし、国家を運営する陛下は私人ではありませんので、友人を助ける事が国益となる事を民は求めます。それが無ければ税を取り立てることに納得をしないでしょう」


「なるほど。軍師殿の言う事ももっともであるな。さて、使者殿。我が国益となるような条件は何かあるかな?」


俺とカサンドラのコンビネーションプレイで、アイーダに救助の見返りが何なのかを訊ねる。訊ねられたアイーダは一瞬躊躇してから、意を決して条件を話した。


「父は私を陛下に差し出すと申しておりました」


 アイーダは自分の身体が見返りだと言う。


「確かにそなたは美人ではあるが、それと国益が結びつかない。その条件でゴルドーニ伯爵を助けたとあっては、後世の歴史家によって美女に目がくらんだ暗愚な王として評価されるだろうな」


 ここでカサンドラとアイコンタクトをとる。カサンドラは領地を条件と引き出す目的なので、その断り方でオッケーと目で話してきた。

 俺に断られたことでアイーダの表情は一気に暗くなる。が、そんな彼女に助け船が出た。船をこぎ出したのは意外な事にジークフリートだった。


「陛下、困っている友人を見捨てたとあっては、やはり陛下の評価が下がるのではないでしょうか」


 意外な申し出に俺は困ってカサンドラを見た。カサンドラは頷く事でジークフリートの意見を承知しろと伝えてくる。俺はそれに従った。


「イェーガー卿の言うとおりだ。あまりに国益を考えたため、困った友人を見捨てるところであった。使者殿、東方公国の公王としてゴルドーニ伯爵の救援を約束しよう」


 その言葉でアイーダの表情が一気に明るくなる。そこに、エルナが前に出て発言の許可を求めて来た。


「陛下」


「許す」


「ありがとうございます。ここにいるアイーダは先帝の寵愛を受けた後宮の仲間。彼女の美貌は南部一と言われております。その彼女の申し出を断ったとあっては、彼女の評判に瑕をつけてしまうことでしょう。どうでしょうか、ここは家臣の誰かと結婚してもらい、その実家を助けるという筋書きならば、陛下もアイーダも評価を落とすような事はないかと」


 エルナがそう言ってアイーダの隣へと歩いていく。そしてアイーダに挨拶をした。


「久しぶりね」


「エルナ妃」


「もう妃じゃないわ。お互いにね。そこの大男、ジークフリート・イェーガー伯爵はどうやら貴女に気があるらしいわ。おもいっきり利用してあげなさい」


 エルナに言われてジークフリートが焦る。


「いや、気が有るという訳ではなく、困った人を助けるのが道理というか…………」


「そう、じゃあカミルとでも結婚させる?」


 エルナが意地悪くジークフリートを攻めると、ジークフリートは俺に土下座した。


「陛下、アイーダ殿と結婚の許可を!」


「んんん?」


 あまりの展開に俺はまたカサンドラを見た。彼女はニヤリと笑うと


「陛下、桃李もの言わざれども下自ずからみちを成すと申します。エルナの言うように家臣の妻の実家の為に兵を動かしたとなれば、陛下の人徳は人口に膾炙かいしゃされることでしょう。それが人を集め国益となります」


 と助言してきた。彼女はエルナともアイコンタクトをしているのが見えた。すべては筋書き通りか。ここは勢いがあるうちにアイーダに納得させてしまおうと、俺は直ぐにアイーダに訊ねた。


「わかった。使者殿もそれでよいかな?イェーガー卿は伯爵であり、家格は釣り合うと思うが」


「聖恩に感謝申し上げます」


 まさかの救援要請が通って、アイーダはこちらのアイコンタクトに気づいた様子はない。一緒についてきた者達と喜び合っている。ジークフリートもニコニコしている。

 ジークフリートには結婚の条件として、ゴルドーニ伯爵の救援を成功させることを課した。今は婚約までで止めさせている。後は二人の話し合いでということで、他の者も含めて退席させた。残ったのはユディットとカサンドラにエルナである。


「うまくいきましたね。エルナ様の申し出が功を奏したかたちになりました」


 カサンドラがエルナを褒める。エルナは当然という顔だ。


「ユディットが嫉妬でアイーダを斬り殺しそうだったから、イェーガー卿のひとめぼれには助けられたわ」


「嫉妬などしておりませぬ!」


「あらあら、一言も発せずにじっと我慢していたのは、口を開いたら感情を抑えきれないからでしょう。あなたってば子供の頃からそうだったじゃない」


「私もユディット様が何を言い出すかひやひやでした」


 カサンドラがエルナの意見に同調すると、ユディットの声はいよいよ大きくなった。


「私は旦那様があの女の色香に惑わされぬかが心配であったのだ。婀娜な姿態は古来より男を惑わし、名君を暗君へと変えて来た」


「私は社長を信じてますからね」


 カサンドラにそう言われると、ユディットも言い返す。


「当然だ!」


「あらあら、妹君はどうは見えないのだけど」


 エルナに茶化されて、ユディットは矛先をエルナに変えた。


「姉上、そろそろ授乳の時間でしょう!ややこのところに戻られるべきかと」


 女三人寄れば姦しいとはよくいったものだ。エルナが退室すると、ユディットが俺に迫る。


「それで、旦那様はあのアイーダとかいう女に心が動かなかったのですか?」


「美女なら間に合っているからね」


 そう言ってユディットに口付けすると、彼女の機嫌が直ったのだが、今度はカサンドラがそれを見て不機嫌になり、彼女にも口付けを要求された。

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