第37話 十年不晩

 帝国暦516年11月、北部の叛乱を鎮圧したカミルたちが戻ってきた。カミルからの報告を聞くため、俺をはじめとして主だったメンバーが集まっている。


「コースフェルト子爵を首魁とする北部の叛乱を鎮圧してまいりました」


「御苦労」


 カミルにねぎらいの言葉をかける。


「早速だが、叛乱を起こした貴族の土地が余っているので、褒美で与えようと思うのだが」


 俺の言葉にカミルとグーテンベルクは顔をしかめた。


「嫌なのか?」


 俺の問いにカミルが恐る恐る答える。


「光栄なことですが、統治出来るだけの能力がありません。今いただいている領地ですらやっとなのに、あの広さとなると」


「なるほど。では、元々の領地はうまく経営出来ていたグーテンベルク卿ならば、領地を増やしても問題はないよな?」


 俺はグーテンベルクに話をふった。すると、グーテンベルクは慌てる。


「ありがたいことですが、男爵として治めるにはちょっと広すぎるかなと」


「つまり陞爵しろと?」


「いやいや、そうではなくて、男爵家程度の持っている家臣ですと、その領地を治めるのが難しいのです。人を増やすにしても、今は人材の取り合いですから。それに、私が陞爵した場合は指揮官と爵位が同じになるので、指揮系統に問題が出るのではないでしょうか」


 グーテンベルクの言う事も尤もなので、こちらも多少折れることにした。


「では、グーテンベルク卿にもう一つ男爵位を授けよう。子供は二人いたよな。どちらでもよいから新しい男爵位を継げるようにしておくので、ザクサー男爵の領地をどちらかに任せるように。そうすれば後継者争いの心配もなくなるだろう。最初の3年は国庫への納付は免除するから」


 その条件を提示すると、グーテンベルクは喜んだ。


「ありがたき幸せ。必ずや領地を発展させます」


 アーベライン家のように俺以外みんな死んでしまっていたら、後継者争いなんていうものは無いのだが、ユディットの家のように兄弟がいると必ず後継者争いはついてまわる。その問題が解決するのだから、グーテンベルクが飛びつかないわけがない。


「さて、グーテンベルク卿の褒美は決まったから、次はバイシャ卿の褒美か」


 俺は再びカミルを見た。カミルは両手を前にしてぶんぶんと振った。


「陞爵したばかりですし、家名もいただきました。これ以上望む物はないのですが――――」


 とそこでカミルは何かに気付いたようだった。


「そうだ、バルツァー卿を陞爵することをお願い致します」


 カミルのお願いに俺は苦笑した。


「それはこの後予定していたので、卿への褒美とは出来ないな」


 そこでカサンドラが助け舟を出した。


「陛下、バイシャ卿への褒美は何も今すぐという必要もないでしょう。今回の仕事に見合ったものを後程下賜するということでよろしいのでは」


「それもそうだな。よし、バイシャ卿には後程こちらから褒美を連絡する」


「承知いたしました」


 カミルは頭を下げて後ろに下がった。そして、予告通りローゼマリーの褒美の話となる。ゲームマスターに聞いていたように、ローゼマリーはステータスが上昇し、武力が60を超えたのでこれからの活躍が期待できる。裏切らないように忠誠をあげておきたいので、褒美を沢山取らせようと思う。


「バルツァー卿、此度の戦で卿の活躍はバイシャ卿より報告を受けた。その活躍を評価して男爵へと陞爵させる。それと、グーテンベルク卿に与えた以外の領地全てを卿に与えよう」


「えっ?」


 俺の出した褒美にローゼマリーは固まった。慌ててカミルが小声でローゼマリーに礼をするように言うが、当然みんなに聞こえており和やかな空気になる。


「し、失礼いたしました。ありがたきひゃあせ」


 幸せと言うべき処を嚙んでしまい、変な言葉になったことでローゼマリーが顔を真っ赤にして頭を下げた。隣のユディットが肩を震わせて笑うのを必死にこらえているのが目の端に映る。


「将軍、バルツァー卿は見事に驍武を示したと思うが、何か言う事はあるかな?」


 俺がユディットに訊ねると、彼女は深呼吸で息を整えてから話し始めた。


「そうですね、いきなりあの広大な土地を領地としたときに、うまく経営出来るのかという不安はあります」


「それならば、公爵の家来であった者達を呼び戻すのはどうかな?イェーガー卿に仕えるのを良しとせずに去っていった者達も多かっただろう。バルツァー卿であれば彼らも戻ってくるのではないかな?」


 俺とユディットの会話にローゼマリーが口を挟んでくる。


「陛下、その私の元に元公爵家の者達があつまり、それもゆかりの地を統治する事に危機感はないのでしょうか?」


 その質問に俺は質問で返す。


「それは俺を裏切るつもりがあるという事かな?」


「そうではありませんが、立場が逆であれば私はそのような判断をすることは出来ません。私が再び父の仇を討とうとすることを懸念します」


「君子報仇、十年不晩という言葉がある」


「くんしほうきゅう、じゅうねんふばん?」


 聞き慣れない言葉にローゼマリーが不思議そうな顔をした。


「徳のある者が復讐をするのであれば、十年後であっても遅くはないという意味だ。今公爵家の者達が集結して卿を旗頭に叛乱を起こしたとして、民はやっと訪れた平和を乱すと思い、その叛乱を支持しないだろう。民心は得られない。そのような者達が国を興したとして、長続きすると思うか?」


「いいえ」


 ローゼマリーは俺の言葉をかしこまって聞く。


「では、今ではなく10年の後に俺が悪政をしき、卿が領地で善政をしいていたならば、民はどちらに味方するであろうか?」


「それは私のほうです」


「そうだ。だから、10年後に自分の徳が俺よりも高いと思えば、いつでも仇討ちに来るがよい。そのためには、領地で善政をしく必要があるし、俺もそうならないように善政をしくつもりだ。まあ、自分自身への戒めでもあるな。再びバルツァー卿に命を狙われたときに、カミルがどちらにつくか興味はあるが」


 ちらりとカミルを見ると、カミルは慌てる。


「へ、陛下、それはどういうことでしょうか?」


「俺の口から説明するのも悪いし、軍師殿から説明させようか」


 カサンドラに合図を送ると、カサンドラは待ってましたとばかりにカミルとローゼマリーの仲睦まじい様子の報告書を読み上げる。カミルとローゼマリーの顔が紅葉したようになった。俺が彼らの立場なら、明日から登城を拒否するレベルの恥ずかしさだな。


「ということで、バイシャ卿への褒美はバルツァー卿との結婚の許可といたしますか?」


 カサンドラは最後にそう締めくくる。

 結婚を許可するという感覚に違和感を覚えた。


「愛する二人が結婚するのに俺の許可が必要か?」


 カサンドラに聞くと、微妙な顔をされた。そしてユディットから


「陛下の近衛ともなれば、結婚相手も相応の者を求められます。バルツァー卿ならば問題はありませんが、形式的ではありますが陛下が許可を出す必要があります。身分のある者は恋心だけで結婚をするわけにはゆかぬのです」


 と説明された。なんと面倒な事かと思ったが、泉鏡花の『愛と婚姻』にある「結婚を以て愛の大成したるものとなすは、大いなるあやまりなるかな」という文を思い出した。


「婚姻は愛のためにせずして社会のためにす、か。まあ、それでも結婚したいというのであれば許可をするが?」


 俺はカミルとローゼマリーを交互に見た。カミルは帰宅した主人に尻尾を振る犬のように喜び


「ありがとうございます!」


 と言ったが、対照的にローゼマリーの表情は梅雨の空かというように暗かった。


「バルツァー卿は不満でもあるか?」


 俺の問いに、カミルの感情は天から地に落ち、なんならマントルを突き抜けるかという勢いで急落する。黙っているローゼマリーに、周囲の空気が重たくなったので、俺は再び問いかける。


「職場の上司としての好意と、恋愛感情としての好意が別であるというのであれば、今のうちに正直に申すがよい。カミルにはあきらめさせる」


「いえ、そうではなく私の我儘です」


 ローゼマリーは慌てて否定した。


「我儘?」


「はい。私の願いはバルツァー家の再興。バイシャ卿と結婚すればその家名を名のならなければなりません。陛下が先ほどおっしゃったように婚姻は愛の為にせずに、社会の為にすること。妻の役割は夫の家に入り子を産むことです。そうなれば、バルツァー家はなくなってしまいます。私はその決断が出来ないのです。でも、私の窮地に駆けつけてくれた、白馬の王子様みたいな人と結婚はしたいのも事実です」


 そこで俺は提案をしてみた。


「カミルがバルツァー家に婿入りしたらどうかな?」


 俺がカミルに訊ねると、カミルは大きく首を横に振る。


「社長からいただいたバイシャの家名は失いたくありません。子供に継がせて子々孫々まで残したいですよ」


 大切にしてくれるのはありがたいが、好きな人とどっちを取るのかと言われたら、好きな人と答えるであろう俺にはそれが理解できない。どう諭すべきかと悩んでいたらカサンドラが助け舟を出してくれた。


「瑠璃将軍はアーベラインとキルンベルガーの両方を名乗っております。バルツァー卿もそうすればよいでしょう。そして、子を二人以上生めばそのどちらかにバルツァー家を継がせればよいのです」


 ユディットも頷いた。


「我が子にもキルンベルガー家を継がせるつもりだ。まあ、帝国の再統一までは子を成すような余裕は無いがな。バルツァー卿も統一までは同衾出来ぬぞ。正直、姉上が羨ましくもあるが、我が使命は女としての生き方は家に入り子を育てることだけではないと天下に知らしめることだと思っておる。子を産みたければもっと陛下のために戦果をあげることだな。そうすれば統一が早くなる」


「ということでいいかな?カミル」


 ローゼマリーはそれで良さそうなので、カミルにも訊いてみた。男が興奮する順番で一盗二婢三妾四妓五妻というのがあるので、性欲だけを満たすのであればやりようはある。というのを言うのは憚られたので黙っていた。まあ、この世界は戦争をしていると性欲が抑えられるので、カミルは常に戦場に出しておこうか。

 俺の心配をよそに、カミルは即答した。


「はい」


 結婚問題が解決したので、領地の話に戻る。


「さて、じゃあバルツァー卿の領地も3年は国庫への納付は免除ということにしようか。辞めた人間を引き戻すのにも時間がかかるから、年内は直轄地としておき、来年から正式にバルツァー領とする。男爵領としては規模が大きいから、直ぐに陞爵出来るような活躍を期待ているからね、バルツァー卿。いや、バルツァー・バイシャ卿と呼ぶべきかな?」


「はい」


「10年後を楽しみにしているから」


 俺はわざと意地悪くそういうと、ローゼマリーは頭を下げる。


「そもそも、自分が君子といえるような人物になっているかもわかりませんが」


「そこはカミルと一緒に善政をしいてもらわないとね」


 ここで、叛乱鎮圧の報告が終わり、先月の採用試験の話になる。ブリギッタが状況を説明した。


「採点が終了し、合格者には通知を出しております。正式採用は1月からとなりますが、事前の研修もありますので12月から勤務が始まります」


「合格者数はどのようになったか?」


「全土で203人です。今後は今回出題されたものが出回るので、受験生も対策を練ってくるのでもう少し人数が増えるかと」


 国内の役人の多くを入れ替えたいと思っていたが、合格人数を聞くとそれが全然達成できない事がわかった。不正をはたらく役人や、計算も出来ないのに貴族の子供というだけで役人になっている連中を一掃しないと国富を蝕まれてしまうので、今回の合格者が少なかった理由を確認しておきたい。


「孤児たちの教育も数を増やしたのでもう少し人数が増えるかと思ったがな」


「孤児については年齢が受験条件に未達の者もおりますから、来年になればまた受験可能年齢に到達した子達が合格するでしょう。ところで」


「ところで?」


 上目遣いに俺を見てくるブリギッタに、よからぬ気配を感じた。


「こうして採用試験も無事に終了いたしましたし、教育機関の姿とそれを運用するための法律の作成が出来ましたので、私にも家名をいただきたいのですが」


 どうやらブリギッタはカミルが俺から家名をもらったので、自分達も貰いたいと思っていたようだ。ただ、畏れ多くて言い出せなかったと。こうして仕事で結果を残せたので、この機会にお願いをしてきたわけだ。


「家名か、そうだなあ」


 東方公国にちなんだ家名がいいかなと思い、あれこれと考えてみる。


「オストとコロコロのどちらがいいかな?」


 思いついた家名を二つまで絞り、どちらが良いかとブリギッタに訊いてみた。


「コロコロですか?」


 ブリギッタがコロコロという家名を提案したことで怪訝な顔をする。が、コロコロとは薬師如来のマントラであり、オノマトペではない。カミルの家名は薬師如来のサンスクリット語から取っているので、ブリギッタにはマントラの方を提案してみたのだ。ユディットは瑠璃将軍だし、カサンドラには瑠璃の指輪をプレゼントしている。日本人なら薬師寺っていう苗字でも良かったかもしれないけど。


「オストは異国の言葉で東を意味する。コロコロは東方を守護する神が人々の病を治す時に手をかざすのを意味している」


 神ではなく仏なのだが、それは説明が面倒なので神としておいた。


「オストで!」


「コロコロもいいと思うよ」


「オストで!!」


 ブリギッタにコロコロは強く否定されてしまった。カミルのバイシャはヴァイスみたいでこの世界の姓として馴染むけど、コロコロは流石に無理だったか。まあ仕方がない。

 そういうわけで、ブリギッタとエルマーはこの日からオストを名乗るようになった。


帝国暦516年11月、各キャラクターステータス

マクシミリアン・アーベライン 16歳

武力23/C

知力39(+41)/C

政治37(+43)/C

魅力70/B

健康96/C


ユディット・キルンベルガー・アーベライン 21歳

武力99/S

知力95/S

政治88/S

魅力99/S

健康100/S

忠誠100


ジークフリート・イェーガー 25歳

武力99/S

知力76/A

政治75/A

魅力97/S

健康100/S

忠誠100


ヨーゼフ・シュプリンガー 22歳

武力98/S

知力56/B

政治42/C

魅力74/B

健康100/S

忠誠100


エルマー・オスト 18歳

武力84/A

知力60/B

政治41/B

魅力66/A

健康100/B

忠誠100


カミル・バイシャ 18歳

武力95/S

知力54/C

政治45/C

魅力82/A

健康100/A

忠誠100


カサンドラ・アーベライン 16歳

武力52/B

知力99/S

政治96/S

魅力95/S

健康100/A

忠誠100


ブリギッタ・オスト 16歳

武力20/C

知力92/S

政治98/S

魅力86/A

健康100/A

忠誠100


アントン・ホルツマン 37歳

武力76/A

知力62/A

政治47/B

魅力68/A

健康97/A

忠誠100


エルナ・シュプリンガー 23歳

武力21/B

知力88/S

政治74/A

魅力94/S

健康70/A

忠誠78


エッカルト・ドナウアー 30歳

武力48/B

知力82/A

政治81/A

魅力61/A

健康100/A

忠誠76


クラウス・アインハルト 31歳

武力83/A

知力62/A

政治53/B

魅力66/A

健康100/A

忠誠87


ローゼマリー・バルツァー・バイシャ 16歳

武力65/S

知力89/S

政治63/A

魅力87/S

健康82/S

忠誠100



アーベライン伯爵領 516年11月

人口 1,713,008人

農業 3,123

工業 404

商業 4,120

民心 79

予算 6,115,314,250ゾン

兵糧 125

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