第34話 大義名分
帝国暦516年9月、中央集権化をはかるために、兵士は全て公王である俺が統べることと、役人の任官も全て公王が行う事として通知を出した。
それを実現するために、急ぎ翌月実施する役人の採用試験の御布令を出した。試験問題はブリギッタとアンジェリカを中心に作らせたものだ。これ以降は役人は試験を受けて合格しなければ採用しない。
役人の任命は貴族の特権であり、家を継ぐことの出来ない次男以下の定番の就職先であった。それが試験となったので、貴族からの陳情が多数上がってくる事となった。
ユディットもキルンベルガー家の譜代からの陳情があり、あまりの数の多さにげんなりとなっていた。夫婦揃っての昼食でその話となった。
「旦那様、キルンベルガー家の譜代も性根を叩き直さないとなりませぬ」
「その様子だと今日もまた陳情があったのかな?」
ユディットはこくんと頷いた。
「試験に合格しないような能力の者を仕えさせようとしているのかと叱責しても、あちらも必死で色々と言い訳をしてくる有り様。中には試験問題を教えてほしいと抜かす者まで出るしまつ」
それを聞いたカサンドラが苦笑いをする。
「ブリギッタにも試験問題を教えてほしいというのは来てると報告を受けています。ブリギッタが試験問題を漏らさないので、今度はなんとかしてアンジェリカから聞き出そうとしたみたいですが、アンジェリカの警護を突破しようとすれば、間者と間違われて殺される可能性もあるので、遠巻きに見ているだけだとか報告がありました」
「アンジェリカに接触すれば命の危険があるしな。それに、試験問題を入手したと言って貴族に詐欺を働く者も出たとか。なんとかならぬか?」
ユディットに訊かれて、少し考えるとアイデアが浮かんだ。
「模擬試験をやろうか」
「「模擬試験?」」
ユディットとカサンドラの声がハモる。
「試験問題と類似の問題で試験を実施する。初めての試験でどんな問題が出るのかわからなくて、皆が不安になっているなら、こういう問題が出題されるというのを示せばいい。詐欺の連中に金を持って行かれるくらいなら、公式の我々が模擬試験を実施して試験料をいただこうじゃないか。まあ、試験会場のキルンベルガーブルグ以外は模擬試験問題の配布が間に合わないだろうけどね」
試験はキルンベルガーブルグ、アーベンラインブルグ、ツァーベルブルグ、バルツァーブルグの四ケ所で実施される。試験問題はキルンベルガーブルグで作成印刷をして各試験会場に運び込むため、それなりの時間が掛かるのだ。模擬試験についても同様なので、今回はキルンベルガーブルグのみで模擬試験を行うことになる。
「なるほど、一度作った試験問題から類似の問題を作るのであればそんなに時間はかからぬか」
「計算と読み書きについてはね。歴史や法律については少し違う角度から見た問題に変更すればいいかな」
今回は下級役人の採用試験なので、歴史と法律については配点は低く設定してある。昇進試験においては過去の歴史や法律の知識は重要視する予定だが、まずは役人として最低限必要な能力の確認試験としたのだ。なので、必死に試験問題を知ろうとしている貴族は、無駄な努力をしているわけだ。貴族の子女であれば基本的な教養として身に着けているものなのだから。
まあ、そんな最低限の知識もないようなやからをふるい落とすための試験なのだが。縁故採用で能力もないのに大きな顔をしている役人を一掃する。無能な奴は有能な奴の足を引っ張るので、いないよりも尚悪い。
善は急げと、ブリギッタとアンジェリカを呼び、直ぐに模擬試験の作成を命じることにした。
呼ばれてやって来たブリギッタとアンジェリカは酷く疲れた様子だった。
「お呼びでしょうか」
頭を下げる二人に楽にするように言う。
「二人ともしっかりと休みは取っているか?」
ブラック企業のサラリーマンのような、今にも過労で倒れそうな二人を見て心配になり聞いてみたが、それが良くなかった。ブリギッタの不満が爆発する。
「役人の採用試験の作成が終わって、やっと教員採用試験に取り掛かったところで急な呼び出し。褒美か特別休暇のお話以外は聞きたくありません!エルマーとの後朝の別れだって、湯浴みする暇もないから臭い服を渡すことになっているんですよ。エルマーは私の匂いが強く感じられて嬉しいって言ってくれてますけど。まさか、追加の仕事をお命じになるわけではございませんよね?」
ブリギッタの剣幕に困ってカサンドラを見たが、自分で何とかしてと目線で言われてしまった。
「アンジェリカの意見はどうかな?」
俺はブリギッタとの話し合いを諦め、アンジェリカに話をふった。
「最近はサディアスの体調も良くなって、私が帰るまで起きて待っていてくれるんですよ。疲れを取るためにハーブティーを用意していてくれて。それなのに私ったら、週一日ある貴重な休みを寝て過ごすものだから、全然サディアスとの時間が取れなくて。うふふ」
自棄になって変な笑いを始めるアンジェリカ。これではとても仕事を追加で頼むのは無理だと判断して、試験問題を見ながら俺とカサンドラとユディットで模擬試験の問題を作ることとなった。
なお、ブリギッタとアンジェリカには強制的に1日休暇を取るように命令した。エルナに二人を手伝わせようかとも思ったが、妊婦なのに国内の城塞の修理の手配をさせており、ヨーゼフとエルナからお腹の子に何かあったら謀反を起こすと言われてそちらも諦めた。
エッカルトならと思ったが、毎週増員して欲しいという書簡が送られてきているのを思い出して、そちらも諦めた。本当に人材が居ないことを痛感する。
試験の日まであまり時間がないので、直ぐに模擬試験の問題を作成して模擬試験の実施を通達した。試験会場には多くの受験者が訪れて、収支は大きくプラスとなった。そもそも、公王である俺と、その妃二人で問題を作成しているので、人件費は掛かっていない。印刷代はかかったにしても、場所は俺の所有する建物で行ったので、そちらも無料だ。
後は、貴族への対策として役人登用試験のための私塾を開設することを勧めた。私塾で受験生から金をとって教育し、塾の教員を子女にやらせれば役人とならなくても仕事はあるだろうというものである。これで利益に目ざとい一部の貴族は我先にと私塾を開設することとなった。
子供に自信の無い貴族たちは、そういった他の貴族が開設した私塾に子供を通わせることになる。採用試験は必要数が集まるまでは半年に一度の予定で、その後は年一回の予定となっている。人数が安定したら欠員分の補充しかしない予定なので、今のうちが合格者数が多いのだ。
役人の登用と併せて改革を行った統帥権の一本化も最初は貴族から大反対にあった。妥協案として、爵位に応じて私兵の所有を認めた。それとは別に、国軍に昇格した兵士たちの地方の指揮権は、領主に預けることとしたのである。ただし、どちらも定期的に見直しをするとした。
現実問題として、領主が指揮をしなかった場合に、指揮を出来るものが居ないのである。恩着せがましく、指揮をそのままにとは言ったが、いらないと言われたらとても困る。
それと、領主も指揮を与えるので国軍に入隊してもらっている。国軍に所属していない者が指揮を執るというのもおかしな話であるから、ここは当然の処置だ。
軍の改革をしていくなかで、行わなければならないのが街道の整備である。部隊の素早い配置転換をするために、街道の整備は国家の事業とした。それに合わせて各貴族が徴収していた通行税は廃止した。これにも反対意見が多かったが、軍を維持する費用が減っているのに、今までと同じ税を取るのはおかしいだろうと言って意見を取り合わなかった。
実は、通行税の廃止には商業の活性化という目的があった。今までは商人が領地を通過する際に、持っている商品の10%前後を通行税として徴収していたのである。それが当然販売価格に転嫁されており、住民はかなり高額な商品を買わされていたのである。通行税を廃止して、その代わりに消費税――わかりにくいので販売税といているが――を課すことにした。
ベッカーに意見を聞いたら大賛成であったが、商人が大賛成するということは、当然大反対する者もおり、軍事統帥権と税の自主権の一部を取り上げられた貴族から不満が噴出した。その一部は武力で叛乱を決行する。一部というのはバルツァー公爵の寄り子だった者達であり、それが連合を組んで叛乱を起こしたのだ。
彼らはツァーベル伯爵の寄り子たちにも呼応するように働きかけている。
俺はカミルを呼んで、鎮圧に向かわせることにした。カミルと共に副官のローゼマリーもやってくる。
「カミル、反乱を起こした貴族たちの鎮圧を命じる。5千の兵を以てそれらを全て鎮圧せよ」
「反乱を起こした貴族の処遇はどうしますか?」
「当主は処刑。その他は連座させる必要はない。が、当主と一緒にこちらに反旗を翻すようであれば、赦すつもりはない」
叛乱を起こしたのが元々バルツァー公爵の寄り子であった貴族ということもあり、ローゼマリーの顔色は良くない。どうするべきか悩んでいるのが良くわかる。それを見たユディットがローゼマリーに問う。
「バルツァー卿、驍武を示せるか?」
「瑠璃将軍のように巍巍蕩蕩とは行きませぬが、結果をもって忠誠を示します」
額に汗を浮かべ、苦しそうに答弁するローゼマリーに、ユディットは地母神のような慈愛に満ちた表情を向ける。
「私もかつて我が兄を討った時に、散々悩み苦しんだ。別のやり方でも忠誠を示すことは出来る。カミルを遣わすのはそなたへの嫌がらせではなく、適任者がカミルというだけのこと。副官の任を一度解き、叛乱の鎮圧後に戻すことも出来るが。口さがない者達は何をしてもバルツァー卿が手心を加えたというであろうしな」
ユディットの言うように、カミルが適任者なのだ。バルツァー公爵の領地の多くを与えたジークフリートは、慣れない領地経営で四苦八苦しており、討伐という言い訳に喜んで飛びついてしまう事だろう。そうなると、余計に領地経営がおろそかになるので、ジークフリートに叛乱を鎮圧させることは避けたのだ。ヨーゼフはエルナがいるのであまりキルンベルガーブルグから遠いところにやりづらい。エルマーはウーレアー要塞の備えとして派遣してしまっている。
結局、盗賊退治をしているカミルが簡単に動かせる武将として残ったのだ。
そんな事情からカミルを選定し、事情が事情だけにローゼマリーは外れてもよいとした。しかし、ローゼマリーはユディットの提案を断った。
「おそらくは、そうした陰口がついてまわると思います。だからこそ、叛乱を起こした者達を私の手で討たせてもらえませんでしょうか。今回の叛乱に加わらなかった者も、私という存在があれば公爵家を復興できると考えているかもしれません。そういった者達に私が公爵家とは別物であり、公王に忠誠を誓っていると示したいのです」
ユディットはローゼマリーの決断を尊重した。
「これ以上は何も言わぬ。結果を以て己が主張を証明せよ」
「承知。聖恩に感謝いたします」
二人のやり取りが終わったところで、俺は改めてカミルに指示を出す。
「そういうわけで、特段の手心を加える必要はない。こちらは出た結果を公正に評価するので、そのつもりで。バイシャ卿がバルツァー卿に手心を加えたのがわかったら、卿の評価を下げる事とするからな」
「承知いたしました」
ここでカサンドラが大義名分をカミルに説明する。
「今回の叛乱に大義名分はありません。公王が税を下げて民の生活を改善し、役人も出自にとらわれず、その能力をもって採用するとしたことこそが大義名分であり、それに反意を示すことは民をないがしろにしております。大義名分無き叛乱には民心はついては来ずに、自らの身を亡ぼす事でしょう。旗には『経世済民』と書いて掲げなさい。世を
これはカサンドラとユディットと三人で話し合った東方公国の国是であり、今後他の地方を手中におさめる時の大義名分である。今の領主の悪政から民を救う事を掲げて、戦争の正当性を主張するためのものだ。
役人の採用もその一環として位置付けており、これは科挙の歴史と同じである。
こうして、カミルとローゼマリーは北部の叛乱討伐に出発した。
帝国暦516年9月、各キャラクターステータス
マクシミリアン・アーベライン 16歳
武力23/C
知力39(+41)/C
政治37(+43)/C
魅力66/B
健康94/C
ユディット・キルンベルガー・アーベライン 21歳
武力99/S
知力95/S
政治85/S
魅力99/S
健康100/S
忠誠100
ジークフリート・イェーガー 25歳
武力99/S
知力76/A
政治75/A
魅力97/S
健康100/S
忠誠100
ヨーゼフ・シュプリンガー 22歳
武力98/S
知力56/B
政治42/C
魅力74/B
健康100/S
忠誠100
エルマー 18歳
武力84/A
知力60/B
政治41/B
魅力66/A
健康96/B
忠誠100
カミル 18歳
武力94/S
知力54/C
政治45/C
魅力82/A
健康100/A
忠誠100
カサンドラ・アーベライン 16歳
武力52/B
知力99/S
政治96/S
魅力95/S
健康97/A
忠誠100
ブリギッタ 16歳
武力20/C
知力92/S
政治98/S
魅力86/A
健康100/A
忠誠100
アントン・ホルツマン 37歳
武力76/A
知力62/A
政治47/B
魅力68/A
健康97/A
忠誠100
エルナ・シュプリンガー 23歳
武力21/B
知力88/S
政治74/A
魅力94/S
健康70/A
忠誠70
エッカルト・ドナウアー 30歳
武力48/B
知力82/A
政治81/A
魅力61/A
健康100/A
忠誠72
クラウス・アインハルト 30歳
武力83/A
知力62/A
政治53/B
魅力66/A
健康100/A
忠誠83
ローゼマリー・バルツァー 16歳
武力42/S
知力89/S
政治62/A
魅力85/S
健康78/S
忠誠92
アーベライン伯爵領 516年7月(旧バルツァー公爵領叛乱後)
人口 1,613,549人
農業 3,003
工業 371
商業 4,001
民心 84
予算 9,174,225,954ゾン
兵糧 121
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