第33話 暗殺未遂

 帝国暦516年8月、バルツァー公爵を下しキルンベルガーブルグに凱旋した。東部に残る独立系貴族に敵対か恭順かを問うと、すべての貴族が恭順の意を示して俺の配下となった。そこで俺は東部地域を統一して新たな国家を樹立することを宣言する。国家の名前は『東方公国』。公国としたのは皇帝への忠誠があることを示すため。俺は公王を名乗り皇帝には礼を尽くす。諸国の王を統べるのが皇帝という建前は崩さない。

 国家のイメージカラーは青。ゾンネ朝を示す旗が黄色で東方の俺が青というのは図らずも五行説にちなんでしまったようだな。なお、イメージカラーは青といっても実際には瑠璃色を採用している。

 皇帝には形式として建国を報告する使者を送っているが、帝国の端から端なので、未だ正式な許可は届いていない。

 しかし、その許可を待たずに建国の祝いの儀を開催した。


「みんなのお陰でここまで来れた。これからもよろしく頼む」


 短い挨拶をすると、そこから宴が始まった。

 まずはカミルに姓を下賜する。本来はユディットが決めるはずであったが、東部地域統一の記念に俺から下賜することとなった。

 俺の前にカミルを呼ぶ。


「カミルにバイシャの姓を与える。これからはそれを名乗るように。それと、旗に瑠璃色を使用することを認める。瑠璃照耀の活躍を期待しているぞ」


「ありがたき幸せ!」


 そこからカミルは人目もはばからずに号泣して、みんなの注目を集めた。長い付き合いのエルマーとブリギッタはもらい泣きである。ふと横を見ると、カサンドラも目じりを指で拭っていた。

 カミルが泣き止むのをまって、次に陞爵と叙爵にうつる。

 ジークフリートとヨーゼフは伯爵に陞爵し、さらには将軍の称号を与えた。領地はそれぞれバルツァー公爵領とツァーベル伯爵領へと移封。流石に全部はやれないので、その一部を領地として与えた。どうせすぐに帝国中央部に出ていく予定なので、来年には再び移封していることだろう。尚、男爵位についてはそのままにしておき、子供が複数生まれた場合は伯爵位の他に男爵位も継がせることが出来るとした。

 カミルにエルマーとブリギッタも子爵へと陞爵させたが、こちらは領地をこれ以上与えても経営出来なそうなので、領地は与えずに報奨金を授与することとした。

 次にエルナの叙爵。これは子爵位を与えた。これでシュプリンガー家は子供が三人までは全員が貴族となれることになった。俺からの出産祝いだな。まだ生まれてないけど。

 ユディットには将軍の地位を与えるのだが、特別に瑠璃将軍という称号を与えた。まだ完成はしていないが、瑠璃色の鎧を発注しており、完成したらそれを纏って戦場に出てもらう予定だ。

 ユディットには将軍の地位と鎧を贈ることにしたが、カサンドラはどうしようかと悩んだ。何も贈らないと拗ねるだろうけど、既に軍師の地位についており、公王妃としての地位があるのに爵位を与えるのもおかしい。

 ということで、ラピスラズリの指輪を贈ることにして、今日の為に用意していたのだ。


「カサンドラ、こっちに」


「はい」


 俺の招きに応えてカサンドラが来る。彼女の手を取るとその細い指に青く光るラピスラズリの指輪をはめた。カサンドラはうっとりと指輪を見つめて頬を朱色に染める。


「ん?」


 俺はカサンドラの様子が不思議であった。


「結婚式の指輪交換ってこんな感じなのかなと思ったら、嬉しくなってしまいました」


「喪があけたらかなぁ」


 チラリとユディットのほうを見たら、ユディットが自分の左手の薬指を右手で指差す。私にもアピールだな。

 カサンドラが終わると、あとは東部の貴族たちによる挨拶が始まった。みんな俺に名前を覚えてもらいたいので、色々とあの手この手で印象を残そうとする。


「公王、この度は即位おめでとうございます。我がクレンク家の女は代々安産多産であります。側室にいかがでしょうか?」


 などと、娘を挨拶につれてきた貴族は、ユディットとカサンドラに睨まれて、ほうほうのていで逃げていった。怯えた顔の娘は可哀想だったな。

 挨拶に来た貴族の中にシュタルケ卿がいた。


「公王様、統一おめでとうございます」


「おお、シュタルケ卿か。領地はどうだ?足りないか?」


「いやいや、広すぎて管理が出来ません。部下たちにも分け与えましたが、それでもまだ代官を置けない町があります」


 領地の話になったときに、シュタルケ卿の顔に疲れが見えた。周りからは羨ましいと絶賛されるほどの領地を得たが、扱いきれずに困っていたのだ。防衛戦で活躍した兵士達に騎士爵を与えて村の管理を任せたが、村の数が多くて配分しきれなかったとも聞く。あまり活躍していない兵士を騎士に任命するのもはばかられ、自分で管理しているので書類に忙殺されているのだとか。


「そうか。もっと活躍してくれたらさらなる領地を与えるのだから、今の領地程度で疲れていては身がもたないぞ」


「その時は金を褒美として下さい」


 シュタルケ卿は苦笑いして下がった。

 その後も挨拶が続き、それが終わると酒と食事を出しての宴となった。そして、それに余興として楽器による演奏が出る。

 俺と同じくらいの年齢に見える、綺麗な長い銀髪の少女の琵琶による演奏が始まった。琵琶の音色にあわせた美しい歌声が、その容姿と相まってファンタジー小説に出てくる妖精のように見える。

 演奏が終わったので、素晴らしい演奏に何か褒美を出そうと思い、奏者の少女に訊ねた。


「素晴らしい演奏であった。何か褒美を取らせようと思うが、遠慮なく申してみよ」


 すると、少女は緊張した面持ちで


「拝顔の栄を得ましてこれ以上は望むべきもございませんが、お許しいただけるのであればこの琵琶に銘をいただき、それを書いてはいただけませんでしょうか」


 と願い出た。

 俺はそれを了承し、筆を持ってこさせた。


「ん-、国名にちなんで『東風』と名付けようか。温かみのある音にぴったりだと思う」


 そう決めて琵琶を彼女から受け取り筆で書こうとした時であった。


「父の仇!」


 彼女が持っていた撥のさい尻の部分が外れて、短い刃が見えた。


「うぉっ!?」


 慌てて体をひねって躱そうとするが、悲しいかな武力23では躱すことは出来なかった。


「熱いっっ」


 刃が腹部に刺さると痛いという感覚はなく、代わりに熱いと感じた。


「社長!」


「マクシミリアン様!」


 カミルとユディットが慌てて少女に飛びかかったのが見える。二人とも慌てて人前の呼び方じゃないななんて考えるだけの余裕はあった。

 ユディットがカミルよりもわずかに早く少女の体を俺から引き離した。


「殺すなよ」


 そう命令して、カミルの肩を借りて俺は退出する。


 それから一週間が経った。

 この間、ユディット、カサンドラだけと相談して、俺の死亡情報を流して暗殺の背景を探らせていたのだ。カミルやエルマーとブリギッタにも死亡と伝えたため、周囲の人間は三人の落ち込みを見て本当に死んだと思ってくれた。

 そして、死んだのならば葬式を執り行う必要があるが、建国して直ぐに俺が死んでしまっては国体が揺らぎかねないので、死亡は暫くの間は対外的には隠すようにとカサンドラから指示を出させた。

 なので、俺の死体に会えるのは妻たちだけの特権であるという言い訳で、他の誰とも会わなくて済むようにしたのである。そうはいっても、カミルたちの気落ちした姿を見た者達の口に戸はたれられず、俺が死んだという噂はあっという間に広まった。

 そうしてわかったことは、暗殺をはかった少女はバルツァー公爵の娘のローゼマリー。彼女をそそのかしたのはバルツァー公爵の家臣であった男だが、その男にはローゼマリーを余興に送り込むだけの力はなかった。

 その男を取り調べて発覚したのは、男に接触したのがキルンベルガー侯爵家の家臣であるオーノルトバッハ男爵であるということ。オーノルトバッハ男爵は俺の死亡情報を掴むと、直ぐにユディットに謁見して、ユディットがキルンベルガー家当主として公王となるべきだと提言してきた。その時に嬉しそうな顔で謁見したので、ユディットの怒りに触れて今は投獄されている。

 それで、そのオーノルトバッハ男爵が取り調べの際に白状した仲間についても、カミルとエルマーが捕縛に向かっていた。二人にはそういう仕事を与えないと殉死してしまいそうだったので、俺の仇をとるんだとカサンドラに説得してもらったのだ。

 それで、そのカミルとエルマーに追われた連中は、ユディットの説得を諦めてエルナにすり寄っていこうとしたが、ヨーゼフによって全員が捕らえられたのであった。

 事件の背景がわかり、犯人たちが捕まったところで俺は姿を現して、実行犯も含めての検分に臨むこととなった。検分を行う広場には、主だった家臣たちと縛られた犯人たちが集まっていた。

 俺が姿を現した時、カミルとエルマーは魂が抜けたようにその場に倒れこんだ。縛られて連れてこられた犯人たちも、死んだと思っていた俺が生きていたのに驚く。


「生き返った訳ではなく、死んでなかったのだからそんなに驚く事はないだろう」


 笑顔で言ってみたが、誰も笑ってくれない。カサンドラが俺の横で


「カミルとエルマーには別で事情を説明してくださいね」


 と二人の方を見ながら言った。理解が追い付かず思考が停止して固まっている二人をみると、罪悪感からカサンドラの提言に頷いた。まあ、この作戦をカサンドラと一緒に考えたので、彼女にも責任はあるのだが、俺から説明しないとおさまりがつかないだろうな。


「これが終わったら、二人は残るように」


「はい」


 とだけ二人は返事をした。


「ではまず、実行犯のローゼマリーからいこうか。無罪!」


 俺が無罪を告げるとどよめきが起きる。


「社長、それは……」


 再起動したカミルが何かを言おうとしたが、俺はそれを手で制止する。


「父の仇を討つために、乗り込んで来た根性を評価する。この中に俺が敵に討たれたとして、同じような事を出来る者がどれだけいるか?」


 そう訊ねると、カミルとエルマーは自分達ならやると言ってきた。


「そうだろうな。だから俺はカミルとエルマーの事は評価している。だったら、ローゼマリーを同じく評価してもおかしくはないだろう」


 と言ってみたものの、本当はローゼマリーをこちらに取り込みたいというのが本音だ。彼女を鑑定した結果わかったのは、高い潜在能力が有るという事だ。


ローゼマリー・バルツァー 16歳

武力35/S

知力89/S

政治62/A

魅力85/S

健康70/S


 武力は今は低いが適性がSである。それに、武力35だといっても俺よりも高い。彼女の武力が低いのは女だからという理由で、小さいころから剣を持たせてもらえなかったからだろうと思う。この世界はつくづくもったいないと思う。有能な女性が女性であるという理由だけで目が出ないのだ。


「さて、ローゼマリー・バルツァーに問う。暗殺未遂については無罪とするが、何か質問はあるか?それとも、この前の演奏の褒美を別のものにするか?銘を入れなかったので今なら変更してもよいが」


「本当に許して下さるのですか?」


 ローゼマリーは俺の問いには答えず、逆に質問をしてきた。


「勿論。ただしもう一度俺の命を狙った場合は容赦はしない」


「にわかには信じられません。命を狙ったものを許すなど」


「そうは言ってもなあ。実際に俺と戦ったツァーベル伯爵の寄り子だって今や俺の家臣となっている。天下を狙おうとすれば、それだけ命のやり取りをするわけで、一度そうしたからといって殺していたら、俺が天下を取った時に今いる家臣だけでこの帝国を統治しなきゃならないんだぞ。一々殺していられないじゃないか。それに、金で雇われた暗殺者ならともかく、親の仇をうつためにこうしてやって来たという根性は本当に評価している」


 俺の言葉にローゼマリーは下を向いて黙ってしまった。

 どうしたものかと思案していると、突然彼女がしゃべり始めた。


「褒美をいただけるのでしたら、バルツァー家の存続を保証していただけませんでしょうか。今は母と私だけしかおりませんが、再興させる機会を失いたくはないのです」


 あまり欲のない願いに肩透かしを食らった気分になる。それならばと、条件をさらに付けてやる。


「元から家を取り潰すつもりもないので、それは褒美とは言えなぬ。なので、ローゼマリー嬢に準男爵の爵位を与える。これからはバイシャ卿の元で手柄を立てよ。それ次第では陞爵や領地の下賜も約束しよう」


「聖恩に感謝いたします」


 ローゼマリーは涙を流した。周囲はそれを見てホッとした雰囲気となる。暗殺未遂の実行犯に対して俺がこの場での打ち首を命じても不思議ではない状況だったので、皆が俺の出す判決を待って緊張していたのだ。

 緩んだ雰囲気はオーノルトバッハ男爵たちも一緒だった。ローゼマリーが許されたのだから、自分達もきつい罰はないだろうと思ったのだろう。だが、俺は自分達は陰に隠れて、年端もゆかぬ少女に暗殺をそそのかした卑怯者たちを許すつもりは無かった。


「で、オーノルトバッハ男爵及びその協力者たちは全員死罪で」


「えっ???」


 俺の出した判決にオーノルトバッハ男爵が固まる。


「公王様、それはいったい何故でしょうかっっっ!!!」


 オーノルトバッハ男爵が叫んだ。そんな彼を睥睨して理由を告げる。


「だって、ローゼマリーは俺が親の仇なのだから、暗殺しようとする事情は理解できるけど、卿らは別に敵対もしていないのに俺を排除しようとしたのだろう。加えて我が妃である瑠璃将軍を操ろうとまで画策していたわけだ。酌量すべき情状がない」


 俺の判決にユディットが頷いた。


「公王、この場合は族誅すべきかと思うが」


 ユディットの提案にカサンドラが加わる。


「過去の歴史に照らせば、三族すべてが対象となります。直ぐにでも衛士を派遣いたしましょうか?公王暗殺計画立案について責譲しなければ、真似をする者も後を絶たないでしょう」


 それを受けて俺はオーノルトバッハ男爵たちに問う。


「さて、我が妃たちがこう申しておるが、今から毒を用意させる。自らをれを服すれば三族の罪は赦そうと思う。卿らも最後は矜持を見せよ」


 オーノルトバッハ男爵は泣きながら赦しを請う。


「公王陛下、何卒お慈悲を!何卒!何卒!」


「慈悲なら示したではないか。家族を守るため、罪を一身に受けよ。ローゼマリーの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいが、まずは先に毒を飲め」


 俺の言葉を聞いてオーノルトバッハ男爵は気絶し、その場にし尿を垂れ流す。俺はその様子を見てため息をついた。


「情けない。さて、他の者で自ら毒を服すという意思がある者はおるか?」


 そう訊ねたが、全員が泣き叫びながら赦しを請うだけであった。このままでは時間の無駄なので、全員を連れていき、首を刎ねるように命令した。

 彼らが居なくなった後、カサンドラが俺に訊く。


「本当に族誅されるご決断をされますか?」


「いや、そこまではやらないよ。我が臣民をそんなに処刑していったら国力が弱る。それに、将来的には法をキチンと整備して、犯した罪の罰は当人だけに償わせるようにしようと思う。家族であっても罰を受ける事は禁止したい」


 俺の考えにユディットが疑問を呈す。


「それでは抑止力にならぬのでは?家族にも累が及ぶと考えて思いとどまることもあるのではなかろうか」


「それならば本人の死罪で十分だよ。死罪になるとわかっていても犯罪を犯すような奴は計算が出来ないから、家族に迷惑がかかるとあっても犯罪を犯すだろうね」


「言われてみれば、今回のオーノルトバッハも過去の歴史で族誅があったことを知っていて当然なのに、それでも旦那様の暗殺を計画したのは、家族のことは考えられなかったわけだな」


「そういうこと」


 という夫婦の会話にカミルが割って入ってくる。


「社長、生きているなら俺にも教えてください。あとを追うつもりになったじゃないですか」


「あー、それはカミルは顔に出るから、俺が生きていると知ったら今回のような捕物が出来なかったと思うよ。カミルの絶望した姿を見て、オーノルトバッハたちは成功したと思ってユディットを口説き落とそうとしたのだろうから」


「それはそうなのですが、しかし納得がいきません」


「カミルとエルマーには済まなかったと思っている。あれ、そう言えばエルマーはどこに?」


 俺はそこで初めてエルマーが居なくなったのに気付いた。


「エルマーはブリギッタに社長が生きていることを伝えに行きました。ブリギッタも怒ると思いますよ」


 カミルは口吻を尖らせてそうこたえた。


「まいったなあ」


 俺は後頭部を手でかきむしると、カサンドラの方をみた。目が合った瞬間にカサンドラは目を逸らす。これは都合が悪いから、ブリギッタには俺から説明しろということだな。俺は諦めて、ブリギッタにも怒られることを覚悟した。


「まあ、それはそれとして、カミルはバルツァー準男爵を教育するように。暫くは戦争もなくて、国内の反乱の鎮圧か、盗賊の討伐くらいだろうけど」


「わかりました。この令嬢がどれほどのものかはわかりませんが、鍛えてみましょう。それにしても、戦争は無いのですか?」


「刺された傷が治らないと、遠征するのも危ないだろ。血は止まっているが、無理に動くと傷口が開くこともあるそうだ」


 そう、刺された傷のせいで俺が戦争に出ていくことが出来なくなった。そうなると、ウーレアー要塞の攻略が止まるので、そこを越えて家臣たちに戦いをまかせるという事が出来ないのである。

 アドルフの東部統一に比べれば、かなり早く統一が出来たので、ここで少し休むのもありか。内政が追い付いていないというのもあるしな。

 そう考えていると、ブリギッタがエルマーと一緒にやってきて、俺とカサンドラに怒りはじめたので、内政を手伝うという条件で赦してもらった。

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