第32話 バルツァー公爵戦決着

 帝国暦516年7月、俺たちはマゴラ城に陣取りバルツァー公爵が出てくるのを待ち構えた。人数が多すぎると撤退に時間がかかるので、マゴラ城に残したのは2千の兵だけであった。

 こちらがマゴラ城を押さえて通行を制限したことで、バルツァー公爵側はこれより後ろの状況を確認することが出来なくなった。大きく迂回すればよいかもしれないが、時間が重要な情報において迂回はその情報の鮮度を落とす。

 その鮮度の落ちた情報で間違った判断をしてくれると助かるのだが。

 午前の訓練が終わり、昼食とその後のティータイムを堪能していた所、


「社長、バルツァー公爵が3万の兵を率いて、こちらにむけて公都を出発したそうです」


 カサンドラが間者からの報告を告げた。


「やっと動いてきたか。遅かったな」


「こちらの動きを見極めていたようです。公都で迎え撃とうとしたら、こちらが動かないのでしびれを切らして向こうからやって来たみたいですね」


「これに形すれば敵必ずこれに従い、これに予うれば敵必ずこれを取る。利を以て之を動かし、卒を以て之を待つ。思惑通りに動いてくれたか」


 俺とカサンドラのやり取りを聞いてユディットがわからなかったことを質問してきた。


「旦那様、今のお話はどういった事であるか?」


「これに形すれば敵必ずこれに従いとは、こうすれば敵はこう動くということであり、これに予うれば敵必ずこれを取るとは、餌をちらつかせれば食いつくっていうことかな。つまり、こちらが少数でマゴラ城に駐留しているという情報を与えてやることで、敵はここを攻めるつもりになった訳だ。そこには俺とユディットがいるので、討ち取れば東部を統一出来るっていう餌が見ているので、バルツァー公爵としては食いつくしかないよね」


 それを聞いてユディットが膝を打つ。


「納得がいった。空城の計を使うためにはバルツァー公爵が出てこねばならぬが、その状況を作り出すために兵士数を減らして、旦那様と我が身を餌としたわけだな。バルツァー公爵としても、伯爵と侯爵を討つための武将がいないので、自ら大軍を率いるしかないと」


「そう。そのためにジークフリートとエルマーに別方向から攻めさせて、相手の武将を分散させている。今の敵の陣営では3万の大軍を指揮できるような武将は余ってないんだ。利を以て之を動かし、卒を以て之を待つは餌をちらつかせておびき出して、とっておきの作戦で待ち構えるってことだね」


「つくづく、旦那様とカサンドラが敵でなくて良かったと思う。自分がバルツァー公爵であっても、彼と同じような判断をしたことであろう。それが罠であるとも気づかずに」


 ユディットに褒められたカサンドラはかしこまる。


「私は社長に教えてもらったことを実行しているだけです。社長がどこの書物でこの知識を得たのかもわからないですし」


 流石にその書物は孫氏の兵法書だとは言えず、俺は笑ってごまかした。


「さて、ここからはうまく撤退する振りを出来るようにさらに訓練だな。一度バルツァー公爵側の城門の外で戦って逃げるのに、余裕をもって逃げては相手を騙せないから」


 カサンドラが頷いた。


「その訓練についてはもう一度カミルに指示をだします。それと、シュプリンガー卿には回り込みする準備をするように指示を出します。私の方は別でやることもありますし」


「別の事?」


 ユディットがカサンドラに訊ねた。


「はい。空城と気づいた敵が城を素通りして追いかけてくるかもしれませんので、キルンベルガー侯爵領側の道に罠を仕掛けます。そこで敵の直ぐに追撃しようとする意志を挫こうかと」


「なるほど、そうすれば敵はこの城に全軍で入って、一度休息をとることになるというわけだな」


「はい。城が空であることに気づいて直ぐに追撃してくることを想定し、それを諦めさせるわけです。それが夜であれば、罠も発見しにくいので尚良いのですが。ここで時間を稼がないとシュプリンガー卿が反対側に出て、敵の退路を塞ぐのが失敗してしまいます。まあ、それでもバルツァー公爵さえ討てれば最低限の目標は達成できますが」


 そこでユディットは顎に手を当てる。


「討ち漏らした兵が公都に辿り着けば、そこでまたバルツァー公爵の後継者との防衛戦になるな。ここで3万を叩いておけば、相手側はまともに戦えなくなるだろう。そうなれば公都を捨てて逃げたところで、逃走先で急遽徴兵して訓練もままならぬ兵など、何万とあっても脅威ではないからな」


「明修桟道、暗渡陳倉。こちらが城に籠っていると思わせておきながら、別動隊を相手の背後に回り込ませてこれを討つ。回り込めさえすれば兵数の差は問題にならない」


 と、俺は両手を軍に例えて、自分の顔の前で衝突させた。明修桟道、暗渡陳倉とは漢の初代皇帝劉邦に仕えた韓信が、関中にいる項羽側の武将章邯を攻撃した際に使った計略で、簡単に言えば奇襲攻撃のことである。相手にこちらの本体が攻めて来ないと思わせて、別動隊を使って奇襲攻撃をしたという故事にちなんだ言葉である。


「マゴラ城へと続く道は道幅が狭く、一度に大勢で通ることは出来ませんからね。兵士が何人いようが、実際に矛を交えるのは先頭にいる者だけ。守る際には非常に有利ですが、城から打って出るとなると狭さがかえって邪魔となりますね」


 カサンドラが自分の手で俺の手を挟んで、道幅が狭いというのを表現した。

 すると、ユディットがカサンドラが挟んでいない方の俺の手を取り、グッと掴んで放さない。


「我が部隊はなるべく城外での初戦において、敵の進軍を足止めする必要があるな。まあ、その備えはしてあるが」


 そう、ユディットの言うように備えはしてある。敵の進軍を邪魔するように道に凹凸をつくったのだ。これにより、進軍速度が落ちた処を弓兵で攻撃する予定だ。

 俺たちの話が終わって、午後は兵士達についにバルツァー公爵が動いたことを告げ、戦闘に備えるように指示を出した。

 それから一週間がたち、遂にバルツァー公爵の軍がこちらの攻撃範囲へとやって来た。


―― 戦闘フェーズに移行します ――


 システムが戦闘開始を告げる。


バルツァー公爵軍

総大将 デニス・バルツァー公爵

副官 カール・バルツァー子爵

副官 アーブラハム・バルツァー準男爵

兵士数 30,006人

歩兵  23,006人

騎兵  2000人

攻城兵 5000人

訓練度 48

士気  41


 副官もバルツァーの姓ということは、子供か親戚だろうか。


キルンベルガー侯爵軍

総大将 ユディット・キルンベルガー・アーベライン

兵士数 1,000人

弓兵  1,000人

訓練度 98

士気  100


キルンベルガー侯爵軍

指揮官 マクシミリアン・アーベライン

軍師 カサンドラ・アーベライン

副官 カミル

兵士数 1,062人

歩兵  1,062人

訓練度 98

士気  100


 こちらは二手に分かれている。城外に出て迎撃するのがユディットの部隊。城内に残っているのが俺の部隊である。俺の部隊は城壁に旗を立てて、大声でユディットに声援を送る役割を持っている。城内には俺たちがいるぞと相手に示すという目的だ。

 敵の先頭が弓の射程圏内に入ったのでユディットが攻撃を開始した。ただでさえ進みにくいのに加えて、訓練不足から相手は中々ユディットの部隊に接近出来ない。矢が当たり倒れた者がさらに邪魔となって後続の者達を阻むので、敵は倒れた味方を回収する作業が発生した。その回収作業中もこちらは休むことなく攻撃をするので、相手側の兵士数がどんどん減っていく。

 俺はそれを城壁の上からカサンドラ、カミルと眺めていた。


「これでは侯爵閣下だけで勝利してしまいそうですね」


 カミルが残念そうにそう呟いた。カサンドラがそんなカミルを窘める。


「カミル、よく考えてみなさい。相手は3万人もいるのだから、こちらの矢が先に尽きるでしょう。ユディット様だけで勝利するには条件が整っていないわ」


 そんなやり取りを聞いて、カミルの知力の適性がもう少し高ければなあという思いでカミルを見た。


「社長、今俺の事を馬鹿だと思ったでしょう」


 カミルは察したようだ。俺は手をひらひらとさせて違うとアピールしたが、実際にはカミルの言う通りだ。せめてエルマーと同じく適性がBだったらなあと思う。でも、よくよく考えてみたらエルマーの知力もそんなには高くない。二人にはもう少し知力をあげるようなカリキュラムを与えるべきだったな。


「まあそんなところだ」


「ええっ!否定しないんですか」


「ぶふっ」


 俺とカミルのやり取りにカサンドラが噴き出した。

 そうやっている間にも、敵はどんどん兵士数を減らしていき、一旦後退して距離をとった。その隙にユディットの部隊は矢を回収しに行く。精密な射撃には再利用は無理だが、適当に撃つ分には回収した矢で十分だからだ。これでもう少しは敵の攻撃を防ぐことが出来るだろう。

 結局その日は新たに攻撃をしてくることは無かった。そして翌日も相手に動きは無かった。

 さらに翌日、昼頃になると敵側がやっと動いた。先頭集団が木の板を掲げて進んで来たのだ。板は上からの山なりの矢は防ぐが、正面からの攻撃を防ぐことは出来ず、射抜かれた者達が倒れていった。が、前の兵士が倒れると後ろの兵士が板を持ち、前に出てくる。そして、その後ろの者達が死者怪我人を後方へと運んだ。

 板を持った兵士が凹凸部に到達すると板を地面に置いて、通りやすい道を作った。

 しかし、当然ながら板の無くなった兵士は矢で射抜かれる。そんな損耗を気にせずに次々と敵兵が板を持って押し寄せて来た。

 こうなると流石にユディットも敵を止めることはできず、夕方には城に引くこととなった。

 ユディットの退却を城壁の上から見ていたカサンドラは笑顔を浮かべる。


「時間は完璧ですね。さあ、かがり火の準備を」


 カサンドラの指示により城壁と城門の前でかがり火をたく。そこに退却してきたユディットたちがやって来たので、大急ぎで別の門から一斉に退却した。勿論、かがり火はそのままだし、城壁の上には旗もたててある。

 退却途中でカサンドラが訊いてきた。


「社長、敵の動きはどうですか?」


「城の前で止まっているな。開けたままの城門には不審な点しかないから、簡単に中に突入は出来ないのも当然だな」


 戦場を俯瞰して見る能力で把握した結果を教えた。カサンドラは満足そうにうなずく。


「おそらく敵はこの後、先遣隊を城内に送り込んで、罠が無いかどうかを探る事でしょう。安全が確認できるのはおそらく夜中でしょうから、そのまま大人しく城内にとどまってくれたらよいのですが」


「でも、罠の効果もみたいんだろう?」


 俺は意地悪な笑みを浮かべると、カサンドラも同じように意地悪な笑みを浮かべた。


「折角準備したものですから、使わないと勿体無いじゃないですか」


 そう話しながら予定の地点まで退却をして、敵の動きを待った。

 やはり夜中になると敵の本体が城内に侵入する。そこから2千ほどの兵士がこちらの城門から出てくるのがわかった。敵を警戒して火をたく事が出来ずに、星明りのみの暗闇の中で俺はカサンドラに耳打ちする。


「カサンドラ、やはり追撃の部隊が送られてきたぞ」


「さて、設置した罠はどの程度の威力を発揮してくれますかね」


 カサンドラの期待通り、敵は罠にはまりその数を減らした。


「まずは釘罠のゾーンで200人くらい減ったな」


「暗闇だと威力は絶大ですね」


 釘罠とは、板に釘を打ち付けて地面に設置したものである。これを踏めば釘が足に刺さり兵士の動きを止められるのだ。さらに、刺さった釘から破傷風となることもあって、兵士は死なないけれど使い物になならくなる。

 そして、怪我した兵士を後方に運ぶために人員を割くことになるので、こちらに向かってくる敵は大きく数を減らすことになる。


「次は落とし穴か」


 そう、釘罠を越えると落とし穴が待っているのだ。暗闇では地面の不自然さがわからず、敵は落とし穴に落ちてくれた。


「どうですか?」


「落とし穴に落ちて50人減ったね。そこで足を止めて引き返すことにしたみたいだ。夜の追撃は危険だと認識したようだね」


「それでは、いよいよ爆発ですか?」


 カサンドラの期待を裏切ることになったが、俺はそれを否定した。


「いや、相手の人数が多すぎて、後方の兵士が城に入りきっていないみたいだ。このままでは討ち漏らすことになるからまだ使えないね。それに、そろそろヨーゼフの回り込みが完了する。今夜は寝て明日に備えようか」


「わかりました」


 寝ると決めて俺たちは寝る事にした。ユディットは部隊の指揮を執るために、殿で追撃に備えている。俺から追撃は無いよと教えられないため、斥候がもどってくるまでは備えていることになるだろう。

 そして翌朝、目が覚めたのでマップを確認してみると、バルツァー公爵の軍は全員が城内に入っていた。

 一瞬、ヨーゼフの方へ敵が出てきたが、交戦する事を止めて城内に戻るのが見える。包囲が間に合ってよかった。

 それが確認できたので急いでユディットとカサンドラを呼んだ。二人がやって来たところで俺はギフトを使用することをシステムに告げる。


―― ギフトを使用します。範囲を設定してください ――


 システムに従い、範囲をマゴラ城に設定する。


―― ギフトを使用します ――


 そう告げられた後、マゴラ城に爆炎が上がり、少し遅れて爆音がやって来た。


―― 戦闘に勝利しました ――


「旦那様、あの爆発は」


「バルツァー公爵の軍を全て吹っ飛ばした。敵兵で生存している者はゼロだ。直ぐに出発してヨーゼフと合流し、一気に公都を落とす」


「承知」


 ユディットは俺の指示を聞いて兵士のところに戻った。残ったカサンドラが俺の方を心配そうに見ていることに気が付いた。


「どうかした?」


「3万の兵士を一瞬で屠ったことで、社長が辛くないのかなと思いまして」


 カサンドラは俺の精神を心配してくれていたようだ。ただ、俺としてはどこか敵兵の死体が目の前にあるわけではなく、システムから数字として伝えられるだけなので、ウーレアー要塞の時のような辛さはない。二回目で慣れたのかもしれないけど。


「大丈夫、慣れたのかな。それに、これから天下を取るためにもっと多くの命を奪う事になるのだし、この程度で気分を悪くしていたら、何も成すことが出来ないまま終わってしまうよ。俺も強くならないとね」


「社長が大丈夫ならそれ以上私の言う事はありません。次はいよいよ公都ですね」


「ああ。そこを落とせば東部地域は俺たちのものだ。小説の歴史よりもかなり早いな。カサンドラのお陰だよ」


 そういってカサンドラの頭をぽんぽんと撫でた。


「早く天下を統一しないと、社長の子供を作れないじゃないですか。何十年もかけていたら、私おばあちゃんになっちゃいますからね」


「そうだよなあ。来年の今頃には皇帝となって天下に号令をかけていたいよなあ」


「そうなれるよう、努力しますね」


 そう言ったカサンドラは俺の手を取って、進軍の準備を始めている部隊の方へと歩き始めた。


 そして、ヨーゼフと合流してそのまま公都まで向かったが、公都までの道中は何事もなかった。公都に到着すると、敵側は無条件降伏を申し出てくる。どうしたのかと思ったら、俺がFAXで倒した軍にいたのはバルツァー公爵とその息子たちだったようで、バルツァー公爵家には家督を継げる男児が居なくなってしまったとのこと。他の家臣たちはジークフリートとエルマーによって戦場に釘付けにされており、公都に戻ってきて防衛することも出来なかったというわけだ。

 これで、東部地域の巨大な勢力は俺だけとなった。


帝国暦516年7月、各キャラクターステータス

マクシミリアン・アーベライン 16歳

武力23/C

知力38(+42)/C

政治36(+44)/C

魅力66/B

健康93/C


ユディット・キルンベルガー・アーベライン 21歳

武力99/S

知力95/S

政治83/S

魅力99/S

健康98/S

忠誠100


ジークフリート・イェーガー 25歳

武力99/S

知力76/A

政治74/A

魅力97/S

健康98/S

忠誠100


ヨーゼフ・シュプリンガー 22歳

武力98/S

知力56/B

政治42/C

魅力74/B

健康98/S

忠誠100


エルマー 18歳

武力84/A

知力60/B

政治41/B

魅力66/A

健康94/B

忠誠100


カミル 18歳

武力94/S

知力54/C

政治45/C

魅力82/A

健康97/A

忠誠100


カサンドラ・アーベライン 16歳

武力52/B

知力99/S

政治96/S

魅力95/S

健康94/A

忠誠100


ブリギッタ 15歳

武力20/C

知力92/S

政治98/S

魅力86/A

健康100/A

忠誠100


アントン・ホルツマン 36歳

武力76/A

知力62/A

政治47/B

魅力68/A

健康95/A

忠誠100


エルナ・シュプリンガー 23歳

武力21/B

知力83/S

政治71/A

魅力94/S

健康70/A

忠誠68


エッカルト・ドナウアー 30歳

武力48/B

知力82/A

政治81/A

魅力61/A

健康100/A

忠誠70


クラウス・アインハルト 30歳

武力83/A

知力62/A

政治53/B

魅力66/A

健康100/A

忠誠81


アーベライン伯爵領 516年7月(バルツァー公爵領吸収)

人口 1,723,638人

農業 3,123

工業 404

商業 4,120

民心 65

予算 10,975,314,862ゾン

兵糧 162

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