第31話 マゴラ城攻略

 帝国暦516年6月、シュタルケ子爵と砦で別れてから、部隊を二つに分けた。俺、ユディット、カサンドラ、カミルの部隊と、ヨーゼフの部隊である。こちらは2千とし、ヨーゼフの方は砦の守備兵を再編して5千とした。

 俺たちがバルツァー公爵領を荒らしまわって、ヨーゼフがひっそりと後をついてくるようにしている。

 このままだと敵の主力をぶつけられそうなので、こちらの動きに合わせてジークフリートとエルマーにもバルツァー公爵領に攻め込ませた。

 エルマーはキルンベルガーブルグでブリギッタに会ってからの出陣となったので、ジークフリートに少し遅れることとなった。エルマーというより、ブリギッタに息抜きをさせてあげたかったので、それについては後悔はしていない。

 さて、俺たちの部隊の話に戻れば、順調という言葉以外に見当たらない。人数を考えると攻城戦はむいていないので、もっぱら野戦で敵と戦っている。バルツァー公爵側に武力の高い武将がいないため、野戦であれば数の不利はない。さらに、カサンドラが使える落とし穴や火計で先に相手の兵数を減らしているので、ずっと危なげない戦いが出来ていた。

 ここまでの状況となっているが、バルツァー公爵は公都に引きこもって徴兵した兵士の訓練をしていると、間者からの報告がある。三方向からの侵略を受けて、どこにどの程度の兵士を派遣するか決めかねているのではと思えた。

 そして、俺たちはバルツァー公爵の公都の少し手前のマゴラ城までやって来た。明日にはいよいよそのマゴラ城にお目にかかれる。ここで、カサンドラからの要求があり、ユディットと三人で打合せをする。


「この先のマゴラ城で空城の計を使いましょう」


 カサンドラが地図上のマゴラ城を指さす。城というよりも関所に近い。両脇の山の間を通る道の上に城があり、迂回して通ろうとするとかなり遠くまでいかなければならない。なので、ヨーゼフを迂回させて包囲してやれば、二方向を封じられるので相手の逃げ道はない。四方向へと出られる城よりも少ない人員で包囲が可能だ。

 ただ、問題はどうやってマゴラ城を落とすかだ。天然の要害となっている城に駐留するのは5千の軍。それを真正面から攻略するとなると、こちらの被害は大きくなるだろう。しかし、ここでFAXを使うのも避けたい。

 俺はカサンドラに問う。


「それで、この城をどうやって落とすつもりなのかな?おそらく相手は無理して城外に出てくるようなことはしないと思うが」


「マゴラ城を守るウルブリヒ子爵は男尊女卑の観念に凝り固まった人物です。そこでユディット様が一騎討ちを申し込めば誘いに乗ってくる事でしょう。ただし、圧倒的に有利な状況では誘い出すのも難しいので、連日城門の前で挑発を行いましょう」


 それを聞いたユディットはのってきた。


「うむ、それが良いな。女に挑まれて逃げるのかとこちらの兵士達がはやし立てれば、そういう奴は我慢できずに出てくる事だろう。今のうちから挑発する文言を考えさせておこう」


 この挑発というのはゲームでも特定の武将が使う事が出来た。成功の判定には知力の差が関係しているという噂であったが、それが真実かどうかは明かされてはいなかった。でも、感覚としては知力の高い武将が、知力の低い武将を挑発すると成功することが多かった。挑発に成功すると、挑発された側は挑発した武将を追いかけることになる。それが籠城している武将だった場合には、城門を開け放って出てきてくれるのだ。

 ウルブリヒ子爵のステータスは知らないが、ゲームでも印象に残らない程度であったので、多分低いと思う。今のユディットならば問題なく挑発出来るはずだ。そして、一騎討ちとなればユディットに敵うはずもない。今のユディットを倒そうと思えば、ヨーゼフでは確実性がないのでジークフリートかリュフィエをぶつけないとならない。いや、ジークフリートであれば、10回に1回はユディットが勝つだろう。

 というわけで、一騎討ちに持ち込めれば勝つのは確定するので、作戦は挑発の成功に掛かっている。

 ここで俺はカミルを呼ぶ。


「お呼びですか?」


「うん。カミルの意見を聞いておきたくてね。カミルが女に勝負を挑まれて逃げるのかって言われたらどう思うかな?」


 俺が質問すると、カミルはユディットとカサンドラを交互に見た。そして肩をすくめて


「武功では侯爵閣下におよびませんし、智慧では軍師殿におよびません。悔しくはありますが、当然のことと受け止めます」


 と言った。


「ありがとう。つまりは、ユディットの武勇を聞いていれば、単純な挑発では乗ってこないっていうことか」


「なんのことですか?」


 カミルには作戦を話していなかったので、不思議そうな顔をするのも当然か。ここで俺はカミルにウルブリヒ子爵を挑発して、ユディットとの一騎討ちに持ち込もうとしていることを伝えた。

 カミルはそれで納得がいったようだ。


「ははあ、そういう事だったんですね」


「そうだ。予備知識無しで聞いてみたが、貴重な意見を聞けて良かったよ。ウルブリヒ子爵はそんなに有能な人物ではないと思うが、挑発を完璧なものにするためには、もう一押し何かが欲しいな。カミルだったら我慢できないような暴言って何かあるか?」


 ウルブリヒ子爵の情報として、男尊女卑の考えに凝り固まっているというのを教えた。するとカミルは少し考える。


「そうだ、ウルブリヒ子爵の名前を女にして連呼してやりましょう」


「おお、それは面白そうだな。カサンドラ、ウルブリヒ子爵の名前はわかるか?」


「ガブリエル・ウルブリヒですね。女性名だとガブリエーレ、ガブリエラ辺りでしょうか。フロイラインやマドモアゼルってつけて呼ぶのも良いかも知れませんね」


 カサンドラはノリノリで挑発する内容を考えていた。それにユディットものる。


「ウルブリヒのために、女性用の服を用意するのも良いかもしれぬな」


「作戦名『ガブリエーレちゃん』で行こうか」


 俺の提案した作戦名に一同大爆笑。


「社長、俺だったら絶対にぶっ殺すって頭に血がのぼります」


 腹を抱えながらカミルが言うと、ユディットも


「これを言われて黙っていては武人の名折れ。兵士達には必ずちゃん付けで叫ぶように命令しよう」


 と目じりを指で押さえながら言う。


「それでは、明日マゴラ城を目に入れましたら作戦決行です」


 カサンドラがそうまとめてその日は解散となった。

 翌日、マゴラ城の目の前までやってくると、システムが戦闘開始を告げる。


―― 戦闘フェーズに移行します ――


 戦闘フェーズに移行しても、予想通りウルブリヒ子爵は城門を硬く閉ざして出てくることは無かった。それなので、まずはユディットが単騎城門へと進み出て、一騎討ちの申し込みをする。


「我が名はユディット・キルンベルガー・アーベライン。マゴラ城の障塞主であるガブリエル・ウルブリヒ殿に一騎討ちを申し入れる」


 ユディットの一騎討ちの申し込みに対して、城内からは一本の矢が飛んできただけであった。矢には文がついておらず、単に威嚇として放たれただけのようだ。あんなものではユディットに傷をつけられない。

 と思っていたら、矢はユディットの遥か手前で地面に落ちた。まともな弓兵がいないのだろうと推測される。

 暫く待っても、言葉も矢も返ってこないので、ユディットは諦めてこちらの陣地へと戻ってきた。


「なんの反応も示さないこと対牛弾琴の如きだな。それでは軍師殿の作戦を実行するとしようか」


 今いる兵士を12班に分けて1日2回、1時間ずつ24時間休みなくウルブリヒ子爵を挑発する事とした。

 早速最初の班が挑発を始める。


「腰抜けウルブリヒ!」


「女の侯爵閣下に一騎討ちを挑まれて逃げるのか!」


「ガブリエルなんて男の名前はもったいない。ガブリエーレとでも名乗ればいい!」


「ガブリエーレちゃんのお洋服を用意してきたぞー!!」


 そんな風に挑発をしていたら、マゴラ城から矢が雨あられと飛んできた。が、兵士たちは十分な距離を取っているため、矢が当たって死傷するようなことは無かった。

 それから休むことなく、夜中も大声で挑発を繰り返す。

 翌日になると矢ではなく石が飛んでくるようになったのは、矢を使い果たしたか、無くなりそうなので節約しているかなのだろう。だが、その石も夕方には飛んでこなくなった。


「もう少しなんですけどね」


 思いのほかウルブリヒ子爵が乗ってこないので、カサンドラが悔しそうにマゴラ城の方を見る。


「そうだなあ、誰か音楽の才能がある者に命じて、ガブリエーレちゃん音頭でも即興でつくらせようか」


「音頭?」


 うっかり音頭という単語を使ってしまったが、この世界には音頭がないので伝わらず、カサンドラが困った顔をした。


「即興で曲を作らせて、城の前で歌ってやろうじゃないか。そうだ、焚火を囲んでみんなで歌おう」


 そう決めて早速楽器を扱える兵士を募った。数名が名乗り出てきたので、その者達に即興で曲を作りそれにウルブリヒ子爵を馬鹿にする歌詞をつけるように命じた。勿論褒美は出す。


「あの、本当に曲を作るだけで村をひとついただけるのでしょうか?」


 兵士の一人がそう訊いてきた。


「勿論だとも。それでウルブリヒ子爵をおびき出すことが出来れば、正面から城を落とすよりも遥かに被害が少なくて済む。その功績からしたら村ひとつは正当な対価だろう」


 村ひとつというのは騎士でもかなりの功績を納めた者と同じ扱いであるので、一般の兵士からしたら信じられなかったのだろう。俺の言質を取った事で安心して作業に入る。

 そして出来上がったのは単調な曲だが、それ故に他の兵士も直ぐに覚えられるようなものであった。小学生が友達を馬鹿にするときに変な節をつけて歌っているようなあれと一緒なのだが。

 その歌を楽器に合わせてみんなで歌う。

 夜のとばりが降りて暗くなったところに、焚火の明かりが周囲を照らす。その火で肉を焼きながら、焼けるのを待っている時間に歌を歌い、肉が焼ければ酒を飲んで肉をくらい歌をうたう。当番の班でない兵士らも肉と酒につられて集まってきて、ウルブリヒ子爵を馬鹿にする歌の大合唱となった。

 さて、そろそろ寝ようかと思っていたらシステムが挑発成功を伝えてきた。


―― ウルブリヒ子爵はユディットの挑発にかかりました ――


 そして城門が突然開いた。


「我が名はガブリエル・ウルブリヒ。ユディット・キルンベルガー・アーベライン侯爵、一騎討ちを受けてたとうではないか。女の貴様如きに馬鹿にされては名折れ」


 城門から出てきた鎧を身に纏い馬に乗った男がそう叫んだ。暗くて顔はよく見えないが、あれがウルブリヒ子爵か。鑑定してみると大したことないステータスだった。


ガブリエル・ウルブリヒ子爵

武力72/A

知力38/B

政治32/C

魅力52/B

健康99/A


 むしろよくこれで直ぐに挑発に乗らなかったな。

 城門から出てきたウルブリヒ子爵を見て、ユディットがニヤリと笑ったのだが、それは獲物を見つけた猛禽類のような雰囲気だった。


「ふん、今頃となってのこのこと出てくるような奴が名折れと口にするとはな。生きて帰れたならばもう一度辞書で言葉の意味を調べるがよい」


 ユディットが更に挑発をすると、ウルブリヒ子爵は馬に乗って突進してきた。


―― 一騎討ちを開始します ――


 ユディットとウルブリヒ子爵の一騎討ちが始まった。

 ユディットは突進してくるウルブリヒ子爵を焚火の周辺で待ち構える。お互いの槍が攻撃範囲に入ろうかというところでウルブリヒ子爵は絶叫した。


「死ねえええええ」


 お互いに槍を突き出すが、ウルブリヒ子爵の槍はユディットに簡単に躱され、ユディットの槍はウルブリヒ子爵の体を貫いた。馬は止まれずにそのままユディットの横を走り抜けるが、子爵の体は槍がささりその場に残る。

 ユディットは子爵が刺さったままの槍を片手で頭上に掲げて勝利を宣言した。


「敵将、ウルブリヒ子爵討ち取ったり!!!」


 こちらの陣営から喝采がわく。

 みんなが勝利にわいているなか、俺は我が妻の膂力にちょっと引いていた。一緒に寝たら寝返りで殺される可能性があるな。


―― 戦闘に勝利しました ――


 一騎討ちで敵の指揮官を倒したので、マゴラ城は我が軍に降伏した。捕虜を連れたまま空城の計を実行するのは難しそうなので、逃げたい奴らは逃がしてやり、こちらに加わりたい奴らは味方に加えた。

 その結果、兵士の殆どが味方となった。徴兵されてきた農民兵は戻ったところで、指揮官を見殺しにしたとか言われて処罰されるのがわかっており、それならば、こちらの味方となってバルツァー公爵を倒した方が生き残ることが出来る可能性が高いかららしい。

 結果として7千まで軍が膨れ上がった。そして、味方にならずに逃げていった連中が、マゴラ城の陥落を伝えて、バルツァー公爵が出てくる事だろう。

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