第29話 妊娠

 帝国暦516年5月、キルンベルガーブルグを新たな拠点とすることを決定し、エルマーとブリギッタを呼び寄せることとした。過去のわだかまりがあるものの、エルマーの代わりとしてアメルハウザーを旧ツァーベル伯爵領に派遣して防衛に当たらせることを決定した。ツァーベル伯爵の家臣だった連中と喧嘩にならないといいがという不安が残るが、バルツァー公爵との戦いにはエルマーの力が必要なので仕方がない。

 アメルハウザーを呼び出して、ユディットから旧ツァーベル伯爵領行きを告げる。


「アメルハウザー卿、卿にはツァーベルブルグに赴いてもらい、今いるエルマーに変わって周囲の諸侯に睨みをきかせてもらいたい」


「私がですか」


 アメルハウザーはユディットの命令に驚いた。


「権限はエルマーと同じく領主代行。我が夫の留守を頼む、駄目か?」


 ユディットのお願いビームでアメルハウザーは簡単に倒せた。


「ご下命賜ります」


 ツァーベルブルグ行きを承知したのである。まあ、伯爵の領主代行ともなれば大出世で間違いない。誰もが二つ返事で受けるものだ。ただし、先の侵攻の直後という条件が加わると、皆が二つ返事となるかは疑問ではあるが。

 ユディットもそのことを心配して口にする。


「アメルハウザー卿、過去の事があるので中々最初はうまくいかぬと思うが、なるべく我慢をして欲しい。今、我らの絆に亀裂が入れば、そこを奸智に長けたバルツァーにつかれかねない」


 ユディットの言葉にアメルハウザーはにかっと白い歯を見せて笑った。


「なに、私も歳をとりまして気が長くなりましたからな。侯爵閣下のご期待に沿えることでしょう」


 嫌な役割を引き受けてもらって助かった。

 本当は侯爵家の血筋であるエルナを送って、その補佐をアメルハウザーにお願いしたかったのだが、彼だけを送ると決定したのにはわけがある。エルナが妊娠したことが判ったのだ。勿論相手はヨーゼフ。それでふたりは急遽結婚する事になった。いわゆる授かり婚っていうやつだ。そんなわけで、妊娠初期の女性に長旅をさせる訳にもいかなくなった。

 それと、エルナとヨーゼフの結婚についても、キルンベルガー侯爵の喪に服すというのがあるので、結婚式は執り行わない。身内で集まって神に報告して終わりだ。

 身内の前で愛を誓った後に、エルナは愛おしそうにお腹を撫でて


「皇太子を生むことは叶わなかったが、愛する人の子供を生める方が何倍も素晴らしい人生だ。わかるか、ユディット」


 とユディットにも子作りを促した。ユディットもエルナの腹を撫でて


「我が身はいまだ領土拡大に必要故、もうしばらく先になりそうです」


 と返事をした。

 そんなユディットの返事を聞いて、エルナは俺の方を見るとふふんと鼻で笑う。


「あのユディットが将来的には子供を作りたいと思うようになるとは、伯爵閣下はどのような魔法をつかったのかな?」


 そう言われてユディットとの初対面の時を思い出した。よくあそこからここまでになったものだな。確かに、過去を知っている人からしたら魔法のようなものか。


「魔法ではなく、愛ですよ。義姉殿」


 俺が愛と言ったらユディットが顔を真っ赤にして俯いてしまった。出来ればこの先も、こういった未通女っぽさを失わないでもらいたい。

 そんなユディットを見てエルナがケラケラと笑ったので、ユディットが俺をポカポカと殴って来た。それを見て参加者が爆笑する。ただ一人、カサンドラを除いて。

 カサンドラは目で『後で私を構ってください』と訴えていた。ちょっと怒りの感情が見えたので、首肯で応えておく。

 そうして、結婚の報告は終了した。

 ジークフリートはバルツァー公爵に備えているので呼び寄せるわけにもいかなかったので、ヨーゼフが書簡で報告を送っていた。

 めでたい話であるし、俺にとっても都合が良かった。エルナには内政を担ってもらいたかったのだが、ヨーゼフと一緒にいたいというので、ずっと戦争に参加していた。正式にユディットの家臣となったので、命令で強制的に内政をさせることも出来たが、後々に禍根を残す可能性もあって悩んでいたが、そこに妊娠の知らせだ。それを理由にヨーゼフと軍事行動を共にするのは止めさせることが出来たのだ。

 ツァーベルブルグに送るにしても、ヨーゼフと一緒がいいと言ってきたに違いない。それを認めるとブリギッタとエルマーが自分達もと言い出しかねないので、そうなる前に妊娠してくれて本当によかった。


 尚、呼び寄せたブリギッタには当然アンジェリカがついて来ることになっており、そのためサディアスも一緒にキルンベルガーブルグに来ることになる。

 そして今、ユディットとカサンドラと三人でバルツァー公爵と戦っている部隊の増援についての話し合いをしている。


「バルツァー公爵の兵士数は総動員で10万人程度でしょう。ですが、今の時期に総動員をかければ、農業生産に影響します。なので、そこまではやってこないでしょう。現在は戦争の為に3万人ほどが動員されております。このまま戦っても十分に勝てる見込みはありますが、時間とこちらの消耗を考えると真正面からぶつかるのは得策とは言えません」


 カサンドラが広げた地図を指さしながら状況を説明してくれる。3万人の動員といっても、ジークフリートの方へ配置されている兵士もいれば、戦闘の起こっていないキルンベルガー侯爵領との境界に配置されている兵士もいる。実際に戦闘をしているのは1万人程度であり、それなので守備に徹しているこちらのシュタルケ子爵の防衛部隊も5千人と数では劣っているが、今のところは守り切れている。


「得策ではないというのであれば、他に策があるというのか?」


 ユディットの質問にカサンドラはこちらを見てきた。訴えるような目線は、俺のギフトを使えばということだろう。俺はギフトの事をユディットに打ち明ける決意をした。


「ユディット、実はいままで黙っていたが、ウーレアー要塞での爆発は俺が神から与えられた能力なんだ」


 そういうと、ユディットには驚く様子がなかった。なので、拍子抜けしてしまう。


「知っていた?」


 そう訊ねると、ユディットは首を振って否定する。


「確信は持ててはおりませんでしたが、あの場での当然爆発が起こるという自信を持った采配ですから、なにかしら特殊な能力があると考えるのが普通でしょう。神へ祈りをささげる事で爆発を起こしたのかと予想しておりましたので、驚愕するほどではありませんでした」


「黙っていてすまない。あまり知られたくないものだったので」


「旦那様の事情もわかります。あのような能力を持っていることを他人に話せば、敵対する貴族は何としてでも殺そうとするでしょう。いや、場合によっては父も旦那様の命を狙っていたかもしれぬか。まあ、カサンドラには伝えてあったと知っては、嫉妬もいたしますが」


 拗ねるように俺を見るユディットにデレっとしたら、カサンドラが咳ばらいをした。

 妻同士仲良くしてもらいたいものだ。


「それで、あの爆発があと9回使えるのだが、それだけの回数で帝国を統一するとなると、無駄撃ちはできないんだ」


 俺はここが小説の世界だというのは言わなかった。それを言うと、マヤ教徒との戦いに於いて父親を見殺しにしたことを責められる気がしたからである。そして、俺の説明をカサンドラが補足してくれる。


「直近で使用する予定はバルツァー公爵との戦いで一回、ウーレアー要塞の奪還で一回の予定です。有限のため、それ以外は通常の軍隊で対応します。その一回、バルツァー公爵を倒すために使用するのが空城の計を用いるものです」


「空城の計?」


 ユディットがカサンドラに空城の計の説明を求める。


「はい。まずはユディット様と社長で公爵領に侵入しバルツァー公爵をおびき寄せます。そして、公爵との交戦後に一度近くの砦か城に退却します。そこで城門を開け放つと相手は警戒して直ぐには城に攻め込まないと思います。そうして相手に警戒させている隙にさらに後方に撤退します。相手が空城だと気づいて城に入ったところで、別動隊を呼び寄せて城を包囲します。そこで社長の爆発で一網打尽にすれば、こちらの兵士の損耗を限りなく抑えることができます」


 本来、空城の計といえば逃げる時間を稼ぐためのものである。だが、カサンドラの考えた空城の計は逃げる時間を稼ぐことに加えて、包囲するための別動隊の移動時間を確保する目的ももっていた。そしてなにより一網打尽にするために、MAPの一箇所に敵兵を集めるという作戦である。そのために、俺とユディット、相手から奪い取った城という撒き餌を用意する。

 敵からしたら、俺たちに落とされた城を奪還出来るのだから、城を無視して追撃するような事はないだろう。そこに落とし穴があるとも知らずに、奪還した城で勝どきをあげたりするはずだ。そこに襲い掛かる爆風。天国から地獄へというのがリアルに地獄送りなわけだ。

 カサンドラの性格がねじ曲がらないかが心配だな。

 そんなカサンドラの作戦を聞いてユディットが考え込む。


「まずは我らである程度公爵領を切り取り、敵の本体をおびき出さねばならぬのか。少数でとなると難しいが?」


「ジークフリート殿と、エルマーの部隊にツァーベル伯爵領から公爵領への攻撃を敢行させて、敵の兵力を分散させましょう。既に敵側には有能な武将がおりませんので、二人なら十分な戦果を挙げるはずです。そして、ヨーゼフ殿は別動隊として、城の包囲をするための兵士を率いてもらいます。こちらは目立ってはまずいので、戦場からは離れた場所に待機となります。お二人には私とカミルが同行いたしますので、少数でも敵に苦戦することは無いと思います。ただ、問題はウーレアー要塞のクリストファー・カーニーの部隊の動きでしょうか」


 そろそろリュフィエが動いてもいい頃なのだが、相手が遠すぎて状況が伝わってこないのだ。クリストファーも目立って西方に対しての部隊を配置する訳にはいかないだろう。一応わかっている範囲では旧帝都に主力を置いているとのことなので、東部に攻めてくる気配はない。

 ウーレアー要塞の駐留部隊だけで攻めてくる可能性はゼロではないが、それでは占領までは出来ないので、可能性は低いと思っている。ただ、ルドルフをユディットが討つという小説とは違う歴史となったので、無警戒という訳にはいかないだろうというのがカサンドラの意見だ。


「警戒しないわけにはいかぬな。であれば、どの程度兵力があればよいか?」


 ユディットがカサンドラに訊ねる。


「ウーレアー要塞の駐留軍はおよそ1万人と情報がありました。ですが、相手が要塞から出てくるのであれば、2千もあれば足りるでしょう。防衛用の陣地を構築する必要はありますが」


「それでは陣地を構築しているところを攻撃されたらひとたまりもないな」


「ですから、それについては一夜城の築城をしようと思います」


「一夜城?」


 ユディットが聞き慣れぬ言葉に怪訝な表情を見せた。


「はい。予め材料を準備しておき現地で組み立てるため、相手からしたら一夜にして城が出来たように思えるところから、一夜城と命名いたしました。実際には防壁を組み立てて、その内側で堀を掘ったり、土塁を作っていきますので、一夜で城が出来るわけではございません」


 2千人規模が駐留する城砦ともなれば、当然一日で出来るような代物ではない。それを相手の要塞の前に建設するとなると、指をくわえて見ているとはならないだろう。当然妨害しようと打って出てくる。そうなると、こちらの被害が大きくなるので、そうならないためにも一瞬で防壁をつくりだいのだ。

 まあ、ウーレアー要塞の前は見通しの良い平原なので、本当に目と鼻の先という訳にはいかない。2キロくらい離れた場所に、川が流れているのでそれを利用して築城する計画だとカサンドラが話す。


「それであれば敵の斥候に見つかる前に物資を運び込めるか」


「はい。それに夜であれば要塞の城壁からでは見えない事でしょう。一度防壁さえ築いてしまえば、敵は渡河と防壁に行く手を阻まれますので、容易に攻めてくる事は出来ません。どのみち、バルツァー公爵を倒した後は、直ぐにウーレアー要塞の奪還に動きますので、一夜城を丁寧に作る必要はないのです。カーニー将軍に東部に出てくる意思を持たせないのが目的ですので」


 そう、直ぐにウーレアー要塞を奪還するつもりなので、わざわざ丁寧に城を作る必要はない。そのための人材と資金は、ウーレアー要塞の修復にあてたい。なにせ前回の爆発でボロボロになっているところに、更に次回もFAXを使って攻撃をするのだ。城壁が崩壊しないかが心配である。


「わかった。物資と人の手配は残る姉上にお願いしよう。妊娠しているとはいえ、体を激しく動かすようなことではないし、遅くまでやらねばならぬほどの緊急性もないはずだ」


 ユディットはそう言うと命令書に署名していく。話し合いが終わった後で秘書官にその命令書を渡して、エルナに届けさるように手配をした。

 こうして方針が決まり、俺たちはブリギッタやエルマーの到着を待たずにシュタルケ子爵の応援に向かった。

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