第23話 アプト男爵との再戦
アプト男爵に攻められている砦に到着すると、エルマーとブリギッタが走って駆け付けて来た。
「お迎えにいけず申し訳ございません」
頭を下げるエルマーに苦笑いする。
「迎えに来ていたら誰がここの砦を守るんだ?」
「そうでした」
そんなやり取りをして周囲のみんなが笑った。そう、それくらいに砦の中は雰囲気がよく、攻め手を欠いているアプト男爵が何もしてこないので、毎日訓練に明け暮れていたとのことだ。
しかし、このままにらみ合いを続けていたら、他の領が滅ぼされてここが孤立してしまう。早めに決着をつけておきたい。なので、カサンドラに考えさせた作戦をみんなに伝える。
「オットーから受け取った長弓を持ってきた。弓兵の部隊はユディットに任せるから、この長弓を使って敵を攻撃してほしい。ただ、今の敵の距離では長弓でも届かないから、俺が砦の城門の前に出て敵を誘い出す。敵が射程に入ったら狙いをつけずに面での攻撃を仕掛けてほしい。それでも敵が迫ってくるようであれば、外にいる部隊で戦うし、逃げるようであれば全軍で追撃する」
長弓は元々配備したくて製作を工房に依頼していた。それが今になったわけだ。そして、敵は今までの攻撃でこちらの射程を短いと認識している。なので、囮として俺が旧来の弓の射程付近まで出ることで、相手に弓による攻撃は同士討ちの可能性があるからやってこないと思わせて誘い出すのだ。
長弓を手にしたユディットは恍惚の表情となる。
「道中でも試してみましたが、今までの弓と違ってかなり射程が長いので敵が近づく前に全滅させられそうです」
そんな彼女をみて、エルナが俺を睨む。育て方を間違えましたね、責任をとって彼女を引き取ります。そう目で訴える。するとエルナは当然とばかりに頷いた。
エルナとの言葉の無いやり取りはさておき、長身のユディットが長弓を持っても、普通の弓にしか見えないな。背の低いカサンドラでは引くことも出来ないであろう大きさだというのに。
恍惚の表情を続けるユディットに、ヨーゼフが話しかける。
「アプト男爵には当てないでくれよな。俺の手柄が無くなっちまう」
「そうであったな、それではヨーゼフ殿が姉上に活躍を見せる場がなくなってしまうからな」
ユディットにエルナとの関係を茶化されて、ヨーゼフは柄にもなく顔を赤くして小さくなった。その様子を見てジークフリートがため息をつく。
そして、話題にのぼったエルナが俺の前に出てきた。
「子爵、私も前に出るぞ」
その発言に俺は面食らった。カサンドラは軍師として最前線で戦うことになると知って、エルナも前に出たいと言ってきたらしいのだが、ユディットになんとか説得してもらい、彼女の長弓の威力を隣で確認することで納得してもらった。
エルナの説得も終わりいよいよというところで、エルマーとブリギッタがかしこまった様子で俺の前に進み出た。
「それでは軍の指揮権をお返しいたします」
エルマーはうやうやしく俺の前で片膝をついて頭を垂れる。その隣にはブリギッタが同じように頭を垂れた姿勢でいる。
「うむ。では軍師殿の作戦通り歩兵部隊は俺と一緒に前に出るぞ」
俺が部隊にいることが伝わるように、アーベライン家の紋章が描かれた旗を高々と掲げて城門から出る。こちらの動きが伝わると敵軍もあわただしく陣形を組むのが見えた。陣形といっても横一列に並んだだけだが。訓練度が低いため、それ以上の複雑な陣形は無理なのだろう。
先頭は槍を持った歩兵たちだ。矢を警戒していないため、盾を持った兵士たちは後ろに控えている。これはカサンドラの作戦が上手くはまったか。
そしてその敵が一直線にこちらに向かってくるのが見えた。そして長弓の射程に入ったところでこちらの背後から一斉に矢が降り注ぐ。狙いをつけているわけではないので、敵に当たらず地面に突き刺さるものもあるが、それなりに敵に当たったのが見えた。
混乱する敵を目の当たりにしていたら、直ぐに第二射が彼らに襲い掛かっていった。盾を持った兵士を前に出そうにも、訓練度の低さと混乱でそれが出来ていない。それどころか、盾を持った兵士は自分の身を守りながら勝手に撤退していく。
ツァーベル伯爵軍
指揮官 アプト男爵
副官 バール準男爵
兵士数 1,609人
歩兵 1,609人
攻城兵 0人
訓練度 38
士気 20
その結果、敵の兵士は矢が当たった人数よりも減る結果となった。それでも進んでくればこちらと乱戦となり、矢は飛んでこなくなるのだが、士気も20まで下がっていては前に進む気概を持った兵士はほとんどいない。
そんな彼らは恐怖が伝播して我先に逃げようとするが、前列にいる兵士は後列が邪魔になり逃げられない。後列が何故邪魔になるかといえば、最後尾にいるアプト男爵たちが逃げないように押しとどめているのが見えた。
戦線が崩壊するのも時間の問題だな。
「そろそろ頃合いでしょうか」
カサンドラに言われて敵の人数を確認すると、1,043人まで減っているのがわかった。そこから敵がさらに減るのを待つ。
敵兵が1,000人を切ったところで俺は長弓での攻撃を止めさせるよう合図を出し、歩兵たちに突撃命令を出した。
「突撃せよ。目標は敵の大将アプト男爵の首だ」
「待ってました」
俺の命令にヨーゼフが一番早く反応する。馬に乗っての単騎駆けだ。我が軍で馬に乗っているのはヨーゼフとジークフリートのみ。なので、ヨーゼフが突出してしまうと、それについていけるのはジークフリートのみなのである。
そのジークフリートは俺の方をみて苦笑いをした。それに対して俺が頷くと、ヨーゼフの後を追うように馬を走らせた。
「諸君、グズグズしているとあの二人に手柄を全部持って行かれるぞ!」
俺の発破に兵士たちが反応して、雄たけびを上げながら敵陣へと走り始める。
俺とカサンドラは彼らがあげる土煙を見ながら、悠々と前に歩き始めた。俺たちが敵陣に到着する頃には、全ての決着がついていることだろう。
先頭のヨーゼフが背中を見せる敵の最前列に到達して、手に持っている大剣を一振りすると、敵兵の首が二つ宙に舞った。
「雑魚はどけ!アプト男爵の首、ヨーゼフ・シュプリンガーがもらい受ける!」
ヨーゼフの八面六臂の活躍を見ていると、鬼神というのがいるのであれば、こういう奴なのだろうと思える。敵兵たちは恐怖で立ち向かう事が出来ずに、ただひたすらに逃げようとするだけだ。冷静に考えられれば、一人を大勢で取り囲んでしまえば、たとえどんなに強くても討ち取る事が出来るのだが、その際に必ず出る死者に自分がなりたくないので、戦う事よりも逃げる事を選択するのだ。
そして、ヨーゼフがまっすぐ進んでいき、討ち漏らした連中をジークフリートが手あたり次第斬り殺す。そこに後続の歩兵が追い付いて一方的な蹂躙が始まった。
「血の臭いがここまで来るのか」
鼻に血の臭いが勝手に入ってくる。錆びた鉄に不快さを加えた気持ち悪さがある。戦場での大規模な戦闘に直接参加するのは初めてだ。ウーレアー要塞の時は血の臭いすら焼き付くしたので、こうした臭いは無かった。ましてや、ゲームをプレイしている時は臭いなどない。
「うぇっ」
隣ではやはり臭いに耐えられず、カサンドラがえずいた。
「大丈夫か?」
「きついですね」
青ざめた顔で口元を抑えるカサンドラ。
「無理しなくていいぞ」
辛ければ砦に戻ってもいいとゼスチャーで示すが、カサンドラはそれを拒否した。
「いいえ。自分が考えた作戦で兵士達が戦っているのに、その場所に居られないなどとあっては申し訳が立ちません。じきに慣れると思います」
カサンドラの様子を見ながら、歩みを少し遅らせる。その間にも、ヨーゼフは敵の最後尾まで到達し、いよいよアプト男爵をその攻撃範囲に捉える。多くの敵兵は倒れるか逃げ去ったため、ヨーゼフが男爵に接敵するのがよく見えた。
さらには、本来であれば彼を守備する精鋭の兵士達がいるのであろうが、今はその精鋭たちは逃げようとする兵士を戦場にとどまらせようと広がっており、守備は手薄になっていた。
「アプト男爵とお見受けした。俺の剣の錆となってもうらうぜ!」
ヨーゼフから男爵を守ろうと、数名の兵士がその前に立ちはだかるが、鎧袖一触にも値せずにあっという間に黄泉路を歩くこととなった。
「退却だぁぁぁ」
ここにきてアプト男爵はやっと逃げるという選択をしたが、時すでに遅し。後ろを向いた隙にヨーゼフによって首を刎ねられた。
「敵将、討ち取ったりいいいいいいぃぃぃぃ!!!」
ヨーゼフの叫び声が戦場に響き渡る。
それを聞いて敵の副官であるバール準男爵はこちらに降伏の意を示した。
―― 戦闘に勝利しました ――
システムが戦闘の終結を知らせる。
ひとまずここで敵の武装解除をして、細かいことは砦で話すこととした。相手方の徴兵された農民兵は捕虜にするのも大変なので、そのまま自分の家に帰らせる。バール準男爵やアプト男爵の家来たちは捕虜となってもらった。
俺の兵士達は戦場で戦利品集めの時間を与える。これは歩兵だけだと不公平なので、弓兵を呼び寄せてから一斉にスタートさせた。
そういえば戦場での戦利品集めと同じくらいよくある、戦場での娼婦の扱いってどうなっているのだろうか?ゲームではそんな描写は無かったが、実際の世界だとそうもいかないだろう。
俺はその疑問をジークフリートに訊いてみた。
「戦争ともなれば性欲どころではないでしょう。それに、どこに娼婦のために兵糧を運ぶ余裕が有るというのですか。現地調達しようにも、こんな何もない平野に娼館だけがあるわけでもありませんからな」
との事だ。
ここはあくまでもゲームを元にした世界なので、ゲームでの兵糧や軍資金には娼婦の頭数を反映させることはない。で、その状況に理屈をあわせるために、戦争中は性欲がなくなるという設定なのだろう。理解した。
そして、砦に戻ってこれからバール準男爵と交渉かという時に、システムが通知してきた。
―― カミルが指揮官バルテン子爵を討ち取りました ――
―― グーテンベルク男爵領に攻め込んできたツァーベル伯爵軍を撃退しました ――
「あっ」
思わぬ知らせに変な声が出てしまった。みんなが心配して俺を見る。
「ちょっと、交渉前にカサンドラと打ち合わせがしたい」
と言って、集まっていた人達に一度さがってもらい、カサンドラだけ部屋に残ってもらった。
「社長、どうされました?」
「カミルが敵将を討ち取って、ツァーベル伯爵の軍を撃退したとの情報が来た」
「えええっっ!!」
カサンドラも大きな声で驚く。ゲームでもあったが、武力差が大きいと一度の突撃で敵将を討ち取ることもあった。内部の確率計算がどうなっているのかは不明だが、感覚として武力差が30以上あると発生したと記憶している。
「カミルが手こずるようであれば、爆発のギフトを使用しなければならないかと思っていたが、これで一回節約することが出来たな」
「はい。このままいけばギフトを使用せずに、守備の兵士まで前線に送り込んでしまったツァーベル伯爵の領地を好き勝手に切り取る事ができますね。出来ればバルツァー公爵と戦うまではギフトを使ってもらいたくありません。手札を切るべきところは考えておりますので」
「勿論そのつもりだ。残り9回ともなると、おいそれとは使えないからなあ。それにしても、バルツァー公爵と戦う時にはギフトを使用するつもりなのか」
カサンドラがそこまで先を考えている事に驚いた。これから戦うことになるだろうけど、どうやって戦うべきかはその時に考えればと思っていたが、彼女の頭の中では既にそこまで組み立てられているわけだ。
「東部地域の統一で兵力を消耗してしまえば、クリストファー・カーニーと戦うための兵力が足りなくなります。かといって、ギフトをぽんぽん使用していけば、やはり彼と戦う時に手札が少なくなりますので、どうするべきかと考えた結果が、東部を統一するために後一回だけ、最大の障害となるであろうバルツァー公爵との一戦で使用するという結論に至りました」
「優秀で助かるよ。それで話を元に戻すけど、これからカミルはどうしようか?激水の疾やくして石を漂よわすに至るは勢なり。鷙鳥の疾やくして毀折に至るは節なり。勢いを得た今こそ積極的に動くべきではないか?」
カサンドラに感謝の意味を込めて笑顔を向ける。彼女も微笑み返してくると、カミルの今後を説明してくれる。
「グーテンベルク男爵の隣の領地に、男爵と一緒に応援にいってもらうのが良いでしょう。ツァーベル伯爵の軍と戦うのに、数的不利を補うには捕虜をこちらの軍にひきいれればよろしいかと」
「卒は善くしてこれを養う。これを敵に勝ちてその強を益すとうか。すぐにカミルに指令書を送るとしよう」
以前、教育としてカサンドラに教えた孫子の兵法を覚えていて、それを実践してきたか。本当に優秀で助かる。
カサンドラとの話が終わり、バール準男爵との交渉に戻る。バール準男爵にもこちらの軍に加わるように話したところ、彼は寝返ることをよしとしなかったが、捕虜となった者たちについては意思確認をして、それを望むならそれでよいと言われた。
その結果、捕虜は全員こちらの軍に入ることになった。残念ながら、目立って優秀な人材は居なかった。
帝国暦516年2月末、中原逐鹿の宴に参加する準備は着々と進んで行く。
帝国暦516年2月、各キャラクターステータス
マクシミリアン・アーベライン 16歳
武力23/C
知力34(+46)/C
政治32(+48)/C
魅力60/B
健康91/C
ユディット・キルンベルガー 21歳
武力89/S
知力73/S
政治72/S
魅力87/S
健康99/S
忠誠100
ジークフリート・イェーガー 25歳
武力99/S
知力74/A
政治71/A
魅力97/S
健康99/S
忠誠100
ヨーゼフ・シュプリンガー 21歳
武力98/S
知力54/B
政治42/C
魅力72/B
健康99/S
忠誠100
エルマー 18歳
武力82/A
知力58/B
政治41/B
魅力65/A
健康96/B
忠誠100
カミル 18歳
武力92/S
知力52/C
政治41/C
魅力79/A
健康99/A
忠誠100
カサンドラ 16歳
武力52/B
知力98/S
政治96/S
魅力95/S
健康98/A
忠誠100
ブリギッタ 15歳
武力20/C
知力91/S
政治98/S
魅力83/A
健康98/A
忠誠100
アントン・ホルツマン 36歳
武力73/A
知力62/A
政治47/B
魅力68/A
健康94/A
忠誠100
エルナ 22歳
武力21/B
知力83/S
政治71/A
魅力94/S
健康89/A
忠誠31
アーベライン子爵領 516年2月
人口 16,038人
農業 183
工業 80
商業 220
民心 76
予算 492,669,422ゾン
兵糧 180
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます