第22話 独立勢力

 帝国暦516年2月3日、システムの情報により帝都から領地への帰還途中にキルンベルガー侯爵が亡くなったことがわかった。小説通りの展開であれば、この後準備を整えていたバルツァー公爵とその同盟貴族がキルンベルガー侯爵家とその寄り子に直ぐに戦争を仕掛けてくるはずだ。ツァーベル伯爵領に送り込んでいた密偵からの情報では、兵糧を買い集める動きが以前からあったということで、戦争は間違いなく起きるであろう。

 なお、小説ではアドルフはツァーベル伯爵を打ち破って伯爵領を支配下に置く。そして、そこを足掛かりにしてバルツァー公爵と戦う力を得て、最終的にはバルツァー公爵を倒して東部を支配下に置くことになるのだ。

 この条件が成立した背景には、ウーレアー要塞での一騎討ちで東部の優秀な武将たちが、ことごとく死んでしまった事がある。今はまさしくその状況であり、さらに小説では登場しない武将たちが俺の配下にいてくれる。ここで気掛かりなのは、アドルフは直ぐに対処できたが、俺はエルナを帝都に迎えにいったせいで領地にいないという差異。俺がまだ領地に到着するには時間がかかるので、留守を任せているエルマーとブリギッタにはカサンドラからの指示が出ているが、想定外の事態が起こった場合、二人が対応できるかどうかは未知数だ。

 領地へ向かう隊列は二台の馬車と、ジークフリートとヨーゼフがそれぞれ馬に乗っており、残りは徒歩となっている。そのためそんなに速度を早めることは出来ない。それに、いまだ怪我が癒えずに危険な状態のサディアスもいる。馬車で寝かせているとはいっても、振動をあまりあたえて死なれては困る。

 先頭を行く馬車にはエルナ、アンジェリカ、サディアスが乗っており、その後をついていく馬車には俺とカサンドラが乗っている。ユディットは兵士として扱ってほしいというので徒歩だ。

 そんな馬車の中で俺はカサンドラにキルンベルガー侯爵が亡くなった事を伝える。


「カサンドラ、どうやらキルンベルガー侯爵が亡くなったようだ。今俺が独立勢力になったという情報が伝えられた。独立勢力ということはつまり、寄り親であるキルンベルガー侯爵家との縁が切れたということだろう。それで、侯爵が亡くなったと考えたのだが」


「おそらくその通りだと思います。ユディット様から注意を促してもらったのに歴史は変わりませんでしたか」


 カサンドラは侯爵が亡くなった事というよりも、侯爵が亡くなる運命が変わらなかった事にショックを受けたようだった。未来が変わらないとなると、この帝国はクリストファーによって再統一されることになるからだ。

 だが、俺はそれは心配していなかった。何故なら、本来死んでいるはずのアンジェリカとサディアスが今ここにいるからだ。


「心配しなくていい。アンジェリカもサディアスも死ぬ運命から逃れたわけだし、侯爵が亡くなったことで本来の東部統一の流れに乗ったと考えられるだろう」


「そうですね。想定通りでした。急いで領地に戻りましょう。ツァーベル伯爵はこの前の雪辱を晴らそうとこちらの領土を窺っていますから、その対応をしないと」


 先程のショックを受けていたカサンドラから、普段の彼女に戻った。


「領地に戻るまであと3週間ほどの予定だけど、それまでエルマーとブリギッタは持ちこたえることが出来るだろうか?」


「二人なら大丈夫だと思います。それに、マルコさんもいますから」


 マルコは実戦での指揮経験が浅い二人の指導役として、砦に常駐してもらっている。それに、キルンベルガー侯爵が暗殺されたという情報は、それがツァーベル伯爵に伝わるまでどんなに早くても1週間程度はかかるだろう。それから軍を動かすとなるとさらに時間がかかる。軍を直ぐ攻め込めるように領地の境界付近に配置していれば、今度はそこに伝令を出すのに時間がかかる。

 小説ではツァーベル伯爵が攻め込んで来るのは2月の中旬だったはずだ。情報の伝達速度からして妥当である。だから多分、今回も同じくらいになるだろう。

 あとは速度を速められないので、足止めをくらうようなトラブルがないことを祈るばかりだ。剣と魔法のファンタジー世界ではないので、魔獣とかが襲ってくることはないし、武装した兵士の一団に襲い掛かってくる盗賊団も出てこない。

 そして通過する領地の貴族たちも、ウーレアー要塞陥落で名前が売れたアーベライン子爵家の紋章が入った馬車にちょっかいを出してくる事はなかった。今のところはだが。キルンベルガー侯爵が暗殺されて家が分裂するような事態が知れ渡れば、敵対する貴族たちがどう出てくるかわからないので、早いところそういった領地は抜けてしまいたい。

 それから二週間は何事もなく進むことができたが、領地までもう少しというところでキルンベルガー侯爵の元寄り子たちの領地で戦争が一斉に起きる。彼らも多くは兄弟で争い後継者が決まらぬキルンベルガー侯爵家のどちらにつくかを決めかねており、また早めに恭順の意を示した家も内紛で救援を送れぬ寄り親に助けてもらえないで、結局独立勢力と変わりない状態であった。


―― グラーツ子爵がアルホフ男爵領に攻め込みました ――

―― シンケル男爵がヘルムート男爵領に攻め込みました ――


 とそんな感じで次々とシステムの音声が流れてくる。

 時を同じくして、領地から俺のところに侯爵死亡の知らせを持った兵士が馬でやって来た。一応驚いたふりをしてみせ、その後エルナも交えて兵士から伝えられた情報を話す。


「侯爵閣下が暗殺された。長男のルドルフ様は犯人は次男のディートリッヒ様であると主張し、軍を差し向けたようだが、とらえることは出来なかったようだ。結果、兄弟でお互いを犯人と言いながら後継者争いをしているとのこと」


「結局我が文は父の命を救えなかったか」


 ユディットはある程度覚悟していたようで、それほどの驚きは見せなかった。それに対してエルナは顔が青ざめている。


「ディートリッヒはそんな大それた事を出来るような子ではないのに」


「姉上、犯人はルドルフ兄上です」


 ユディットの言葉にエルナの目付きが険しくなる。


「ユディット、どうしてそんな事が断言できるの?ひょっとして、あなたこうなることを知っていたの?」


 ユディットは頷いた。


「はい。マクシミリアン様から情報をいただき、帝都に発つ前に父上に警戒するよう文を出しました。しかし、その甲斐もなく。この暗殺の背後にはバルツァー公爵がおります。ですので、ルドルフとバルツァーを討ち仇をとろうと思っております」


「正気?ルドルフはともかく、バルツァー公爵とどうやって戦うの?アーベライン子爵はお父様の寄り子なのよ。バルツァー公爵とことを構えるなんて実力不足でしょ!」


 エルナはそう言うと、俺の方をキッと睨んできた。


「子爵、貴方はユディットに何を吹き込んだの?この子がバルツァー公爵と戦えば命を落とすことなんてわかるでしょ」


「エルナ様、我々は本気ですよ。この帝国を再び統一しようとしているのに、バルツァー公爵ごときで躓くわけにはいきません」


「統一とか公爵ごときとか大言壮語を吐くのもほどほどにせぬか」


「お言葉ですが、私はカサンドラたちのような戦災孤児をこれ以上生み出さないように、この国での戦争を終結させるつもりです。たしかに難しいことでしょうが、本気でそれを目指しております」


 エルナに負けないくらいきつく言い返す。彼女はジッと俺を品定めするように見つめてきた。そしてフッと笑った。


「今にして思えば、後宮で策謀が張り巡らされているとはいえ、あそこに手勢を率いて武器を持って乗り込むなど、後の事を考えたら到底出来る事ではないな。しかし、現帝国を打倒するというのであれば、その行動にも納得がいく。だが、戦力差を考えるとかなり困難ではないのか?」


「寡兵で敵を討ち破るのは骨が折れますが、幸い優秀な部下たちに恵まれておりましてね」


そうは言ってみたものの、帝国領土統一となれば今の家臣団では全然人材が足りない。領土が広がり複数の戦場が同時に発生した場合、対処できるだけの人材を揃えなければクリストファーに勝つことはできない。まあ、そのための人質という保険を手に入れたというのは大きいな。

 東部地域だけであれば、アドルフでも支配地域と出来たので、今の状態でへまをしなければ俺も同じ事が出来ると思っているが、それだけではアドルフの二の舞となる。そこから更に支配地域を広げるためには、アドルフが失敗した人材不足を乗り越えなければならないのだ。

 そんな俺の心配を感じ取れなかったエルナは


「それでは我が父の仇を討つのを見せてもらおうか。妹ばかりに手柄を立てられるのは癪だが、なんの力もない私は見届けるくらいしか出来ぬからな」


 と侯爵領の方向を向いて悲しそうに笑う。

 侯爵暗殺の情報を伝え終わったところで、また領地に向かって進む。


―― ツァーベル伯爵がアーベライン子爵領に攻め込みました ――


 そして、遂に俺のところにも敵が攻め込んできた。当然ながら、ここからエルマーたちに指示は出せない。ただ、戦場を俯瞰することは出来るようだ。


ツァーベル伯爵軍

指揮官 アプト男爵

副官  バール準男爵

兵士数 2,356人

歩兵  2,056人

攻城兵 300人

訓練度 38

士気  37


 指揮官はまたアプト男爵か。人数は前回よりも多いけど、無理して集めたと見えて訓練度と士気はかなり低い。攻城兵を連れてきたのは城門の破壊のためか。ゲームでの攻城兵という兵種は攻城兵器を扱う兵士という意味である。これがいると城門や城壁を破壊することが出来るので、歩兵ではしごをかけて壁を乗り越えるのと比較すると、城を制圧しやすい。


アーベライン子爵軍

指揮官 エルマー

副官  ブリギッタ

副官  マルコ

兵士数 1,009人

歩兵  505人

弓兵  504人

訓練度 86

士気  92


 それにたいして我が軍は人数では劣るものの、訓練度と士気はかなり高い。領内の資金に余裕があったおかげで常備軍の比率が高く、訓練に時間をかけることができたのだ。その訓練のおかげで今回は弓兵を500人ほど用意出来ている。

 戦場をずっと俯瞰していると俺が何も出来なくなるので、そこからは気にはなるものの俯瞰するのをやめた。

 そして戦争開始翌日、再び両軍の状況を確認してみると


ツァーベル伯爵軍

指揮官 アプト男爵

副官  バール準男爵

兵士数 1,928人

歩兵  1,896人

攻城兵 32人

訓練度 38

士気  28



アーベライン子爵軍

指揮官 エルマー

副官  ブリギッタ

副官  マルコ

兵士数 999人

歩兵  499人

弓兵  500人

訓練度 86

士気  92


 ツァーベル伯爵軍を400人以上削っていた。そして味方の損害は10人ほど。敵の攻城兵の減り方を見ると、おそらくは無理な突撃をしてきたのだろう。護衛につけた歩兵もごっそり削ったし、上出来ではないだろうか。残った攻城兵の数では砦の城門破壊は困難だろう。

 その翌日からは数字の動きは無くなった。敵は出方を悩んで様子見に徹しているのだろう。攻城兵か工兵がもっといればトンネルを掘って、地下道から侵入するという手段も使えるのだが、32人ではどうにもならない。トンネルを掘るのに何年かかるのかというレベルだ。

 こうして状況が膠着しているうちに、俺は領地に辿り着くことができた。

 領地に入るとアーベンラインブルグに到着する前に、最初の町でオットーが俺を待ち構えていた。侯爵暗殺を伝えてくれた兵士に、戻ってオットーにこの町で集めた兵士と共に俺たちを待つように伝えるように命令したからだ。

 ここで人員を役割ごとに振り分ける。


「カミルは応援要請のあった隣のグーテンベルク男爵の応援に向かえ。500人の兵士をつけるが、牽制程度でも構わない。オットーはエルナ様とアンジェリカ殿と怪我人を連れてアーベラインブルグに向かえ。他は俺とともにエルマーとブリギッタが守っている砦に向かう」


 カミルを応援に向かわせるのは、グーテンベルク男爵が落とされるとこちらの守らなければならない防衛線がながくなるので、それを防ぐためだ。戦争の準備をしていた俺たちとは違い、グーテンベルク男爵や他の貴族は虚を突かれた状態で、防衛の準備が整っていない。だから援助が必要なのだ。俺の狙いとしてはアプト男爵を破って逆侵攻をかけ、防衛のための兵士まで前線に送ってしまったツァーベル伯爵の領地を蹂躙するというのがある。蹂躙といっても後々は自分の領地となるので、兵糧や武器などを奪って戦争を出来なくする程度にしておくつもりだが。 

 皆が俺の指示に従うが、エルナだけは違った。


「私も砦に向かう」


「姉上!」


 ユディットが困った顔をしてエルナを見たが、エルナはそれを全く気にもしない。


「子爵の配下は粒ぞろいであろう。ならば私ひとりくらい守れるのではないか?どうであるか、ヨーゼフ」


「お任せください」


 エルナはいつの間にかヨーゼフを手なづけていた。エルナに指名されてなんだか誇らしげにしている。ひょっとしてエルナも優秀なステータスなんじゃないかと思い彼女を鑑定してみた。


エルナ 22歳

武力21/B

知力82/S

政治71/A

魅力94/S

健康89/A

キルンベルガー侯爵の二女で、ユディットの姉。皇帝の妃として後宮に入ることで姓は無くなった。小説の設定ではデュカスの部下に殺される。


 武力は低かったが、知力は高いし政治も文官として使用したいレベルだ。このまま戦場に連れていってしまうよりも、アーベラインブルグで文官として手腕を発揮してもらいたい。ただ、性格的に俺の言う事を聞かないだろうけど。

 今ここで彼女と言い合いをする時間がもったいないので、俺は彼女が砦に向かうことを承諾した。

 エルナとのやり取りはここまでとして、次にカサンドラと一緒にカミルに指示を出す。


「カミルを応援に出す目的は、グーテンベルク男爵領を陥落させないためだ。だから、男爵が倒されない程度にツァーベル伯爵の軍を牽制してくれればいい。攻撃しても一撃離脱で相手と正面切ってぶつかる必要はないからな」


「わかりました」


「カミル、ツァーベル伯爵の軍と戦う時は、背後や側面から攻撃するようにして。グーテンベルク男爵を囮に使うつもりでいいのよ。実際に相手の目標はグーテンベルク男爵なんだから。それと、数の不利を補うために、出来れば夜襲にして欲しいの。兵士の訓練度を考えれば夜襲も十分に成功するわ。昼間はグーテンベルク男爵を相手して、夜はこちらの相手をするとなれば、敵は疲弊して本来の能力を発揮できないからね」


 尚、グーテンベルク男爵領の戦いを俯瞰することは出来ない。何故なら相手はこちらの支配下ではないからだ。カミルを派遣することで俯瞰することが出来るようにはなるが、カミルに指示を出せないためあまり意味がない。ファクシミリのギフトでもあれば、遠く離れていても細かい指示はだせただろうけど、今となってはファクシミリのFAXよりも、燃料気化爆弾のFAXの方が良かったと思えるので、ファクシミリのギフトがなくても残念ではない。

 それと、グーテンベルク男爵領に攻め込んできたツァーベル伯爵軍の兵士数は、グーテンベルク男爵からの書状によって把握してある。その数およそ3,000人。システムでの情報と違って正確性に欠ける。しかし、今はこれしか情報がないため、これが正しいと仮定してカサンドラと一緒に作戦を考えたのだ。


「敵はまさか我らが応援を出せるとは思っていないだろうから、奇襲攻撃は十分に成果をあげてくれるはずだからね」


 カサンドラに念を押されてカミルは頷いた。カミルの知力ではちょっと心配なのだが、今は応援に割ける人材がカミルしかいないのだ。ジークフリートとヨーゼフは小説でも砦から反撃に転じて、ツァーベル伯爵の軍を次々と倒していく。いまここで彼らのどちらかをグーテンベルク男爵の応援に派遣した時に、小説と違う流れがどう影響するのかわからないので、消去法でカミルとなるのだ。それに、知力は低いが武力は91もある。東部地域でカミルが敵わないのはジークフリートとヨーゼフくらいなものだ。なので、十分にその役目をはたしてくれることだろう。


 こうして俺はカミルを送り出し、オットーにくれぐれもアンジェリカとサディアスに逃げられないようにと念をおしてから、他のメンバーと一緒にエルマーとブリギッタが守備する砦に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る