第21話 後宮での策謀

 帝国暦516年1月末日、遂に作品での大きなイベントの日を迎えた。西部から帰還したクリストファー・カーニーが後宮に姉を迎えに行く日である。前日、彼が旧帝都に到着したことは確認してある。このままいけば小説のとおり本日後宮に出向くはずだ。はやる気持ちを抑えきれないクリストファーは、9時にサディアス・キッドマンと共に後宮に到着することになっている。なので、俺たちは9時30分を目指して移動する。連れていくのは総勢20名。多すぎても指示が通らないのと、俺がクリストファーを暗殺するのを目撃される可能性を下げるためだ。

 尚、作品では1年の日数と1日の時間は地球と同じである。作者が新たな設定を考えるのが面倒だったのかもしれないが、俺としては新しく覚えることが無いので助かっている。

 そして予定通り9時31分に後宮に到着した。時間の確認はシステムの時刻表示があるので、正確に把握できている。ゲームマスターに確認したところ、なんでも戦場を俯瞰して見ることが出来る能力に付随するものだとのこと。腕時計の無いこの世界では非常にありがたい。

 門に立つ兵士を見ると、この前とは違っていた。これも予定通りデュカスの配下の者に切り替わっている。パッと見て30人くらいはいる。俺は部下たちとそのまま門をくぐろうとしたが、兵士達によって行く手を阻まれた。


「これより先は立ち入りは二名まで、武器はここで全てあずかりとさせてもらう」


 と想定通りの口上が出てきた。俺はそんな口上を笑い飛ばす。


「それは正規の警護としての要求か?」


 俺の言葉に兵士達は不思議そうな顔をした。


「我々が正規でなくて何が正規だというのか」


「正規の警護兵であるならば、任務につく際にその証明であるペンダントを身につけるはずだ。それを見せてもらおうか」


 俺が言った事を兵士たちは理解出来ないで困惑している。デュカスから聞いていないのだろう。ここぞとばかりに畳みかける。


「さて、貴様ら正規の警護ではないのに、自分達がさも正規の警護だと言い張るのは何かの陰謀であろう。ならば、ひっ捕らえてしかるべき場所に突き出してやろう」


「何を!我らはデュカス様の命によりここを警護しておる。突き出す場所などあるものか」


「なるほど、首謀者はデュカスという者であるのか」


「デュカス様を知らぬとはとんだ田舎者であるな。後宮に侵入しようとした罪でこの場で斬り殺してくれる」


 その言葉で相手の30人程度が全員武器を持ってこちらに向けてくる。


―― 戦闘フェーズに移行します ――


 システムが戦闘開始を告げる。


「子爵殿どうされますか?」


 ジークフリートが俺に訊いてきたので、


「勿論やっつけるぞ」


 と命令した。なにせ、システムが戦闘開始と言っているのに、ここから交渉する余地などないのだ。

 ヨーゼフが嬉々として返事をする。


「流石、大将。そう来なくっちゃ」


 そんなヨーゼフとは対照的に、ユディットは吃驚して躊躇している。


「よろしいのか?」


「こうして武器を向けられたのだ。遠慮することは無い。それに、内部で何やら怪しい動きがありそうなのでな。この状況で急遽警護の兵士を取り換えるなど、陰謀以外の何があるというのか?」


 俺の言葉を聞いてというよりも、ヨーゼフたちが先に切り込んで戦闘が開始したので、ユディットは渋々ながらも弓に矢をつがえた。そして、手を放すと矢は後ろの方の敵兵の頭部を射抜いた。乱戦となっている場所を避けたとはいえ、この状況でよく正確に射撃できるものだ。

 そして、ユディットが避けた乱戦となっている場所では、ジークフリート、ヨーゼフ、カミルが大活躍をする。特にヨーゼフは声が大きくて目立つ。


「うおりゃあああああ!!!」


 気迫のこもった一撃で確実に敵兵の命を刈り取っていく。人数的にはこちらの方が不利であったが、所詮は一般兵の集まりなので、この程度の人数差であればものともしない。三人は次々と死体を作り上げていった。

 デュカスの命令なのか、敵は一人も逃げ出すことがなかったが、その結果として全員が討ち取られることとなった。対してこちらの被害はゼロ。まあ、ジークフリートとヨーゼフが振り回す武器に当たるのが怖いので、みんな後ろの方で見ていたからというのが大きい。それと、飛び道具を持っているのがユディットだけだったというのがある。そして、戦闘では役に立たない俺とカサンドラは矢筒を持っているだけだ。これをユディットに渡すことで戦闘に参加している。


「門を守る兵士は片付きましたな」


 ジークフリートの言葉にうなずき、後宮に入るように促す。先頭をジークフリートとヨーゼフが進み、それに数名の兵士が続く。真ん中付近に俺とカサンドラがいて、それをカミルが守ってくれている。最後尾はユディットだ。縦一列となって後宮の中央付近まで進むと怒号と悲鳴が聞こえてくる。


「カーニーを探せ!最優先だ!」


「目撃者も始末するんだ!」


「きゃああああああああ」


「助けて」


 デュカスの部下たちが手当たり次第に目撃者を斬り殺して、血眼になってクリストファーを探しているところだった。

 戦場を俯瞰してみるが、クリストファー・カーニーが表示される事は無かった。


「しまった、遅かったか」


 俺は舌打ちした。伏兵などの隠れている敵は斥候などを使わなければ表示されない。それが機能しているせいで逃げたクリストファー・カーニーの位置取りがつかめない。小説でも女装した場所が詳しく書かれている事はなかったしな。

 俺の表情を見てカサンドラも察した。そっと耳打ちしてくる。


「後宮すべてを爆破しますか?」


 実に悪魔的で魅力的な提案だった。しかし、それをすればエルナをはじめとした無関係な人々も巻き込まれる。兵士であればたとえ徴兵されたのだとしても、こちらを殺す可能性があるので殺すことにも躊躇は無いが、無関係の非戦闘員を巻き込む形での燃料気化爆弾使用は流石に倫理的に出来ない。

 チラリと見たカサンドラの表情に峰岸さんが重なるが、彼女の命を救うために非戦闘員まで殺していいのかという葛藤が続く。額に汗の滲む俺を見てカサンドラは提案を変えてくれた。


「無理して使用なさらずとも、私が必ず社長を皇帝にして差し上げます。ここでクリストファー・カーニーが始末出来なかったとして、それは敗北ではありません」


「ありがとう。でも、探すのは諦めない。敵を掃討しつつクリストファーを探す。クリストファーの顔は俺しか知らないから、難しいけどね」


 クリストファーの髪は金糸という表現がぴったりの美しい金髪だ。しかし、この世界に金髪など沢山おり、後宮でもよく見かける。金髪の女を全て捕まえてこいなどと、デュカスの部下と戦いながらでは難しい。なお、マップに表示されている敵兵はおおよそ50人くらい。大人数の部隊どうしの戦闘とは違い、個人個人が味方は青、敵は赤で表示されている。そして、非戦闘員は白だ。ゲームにはこう云った市街戦がなかったので、新鮮だなという感想がわく。この状況でそんな感想をもつなと言われそうだが。


「後宮を荒らす賊を討伐せよ!ヨーゼフはエルナ様の安全を確保せよ!」


 俺が声高らかに命令すると、戦闘のジークフリートとヨーゼフが走り出した。前方にいる兵士達もそれに続く。カミルとユディットは俺とカサンドラのそばを離れない。が、ユディットは弓で遠くの敵も射抜く。その腕前は三十三間堂の通し矢に参加しても問題ないくらいだと思う。

 ジークフリートたちがかなり離れてしまったせいで、側面から敵兵が押し寄せてくるが、ユディットの矢をかいくぐり近づけるものはいなかった。所詮は50人程度の敵のうちの10人である。

 と思っていたら、矢筒が空になったタイミングで、カサンドラが次の矢筒を渡す隙にひとりが接敵してきた。手に持っているのはサーベルである。そこにカミルが立ちふさがった。


「貴様らああああ」


 絶叫に近い雄たけびをあげる敵をカミルの槍が貫く。


「まったく、どうしてこいつらはこんな短い武器しか持っていないんでしょうね」


 事もなげに敵を倒したカミルが疑問を口にした。


「それは、入り口で武器を取り上げているからという安心感があるからよ」


 とカサンドラが答える。


「でもね、私たちみたいに武器を持ってやってくる敵を想定していなかったから、私たちの前にはなすすべもなく倒れるだけ」


「何が目的なんだ?」


「これだけ大袈裟な作戦をするとなると、よっぽどの貴人の暗殺でしょうね。暗殺する側もそれなりの権力があるとは思うけど」


 カサンドラは冷静に状況を説明した。俺から事前に聞いているのでその説明は正しいし、説得力があるのでカミルも素直に受け取り感心している。


「流石は我が軍の軍師殿。これだけの状況からそれだけの推察が出来るとは。路地裏で一緒にいた頃からは想像できないよ」


「カミルだって武器を持って迫ってくる敵に怯みもしないなんて、随分と成長したわね」


 そういってお互いに微笑む。いつもながらに仲が良い。

 戦闘が始まってから10分で、殆どの敵は片付いた。マップではこちらから距離を取った敵が3人確認できた。が、距離が離れているため追うような事はせずに、こちらの被害状況を確認することにした。


「死傷者はあるか?」


 俺の問いにジークフリートが答える。


「おりません。こちらの武器は槍でしたので、相手の攻撃が届くことはありませんでした」


 よく訓練された兵士を選抜して連れてきたが、ここまで圧勝だとは予想もしなかった。そしてヨーゼフがエルナを連れてきた。


「よくぞ御無事で」


「このヨーゼフの活躍により、近づく者は全て動かなくなった。これ程の武勇の者は帝都でも見かけなかったわ。褒美を取らせたいところだけど、今の私には何の権限も財産もないのが口惜しい」


 そう褒められたヨーゼフはデレデレなので、褒美はいらないんじゃないかと思う。その後もエルナがヨーゼフを褒めちぎるのが続いていたが、兵士の一人が遠くに上がった煙と炎に気が付いた。


「誰かが火を放ちました!」


 そう言われて見た方角は、残った敵兵が逃げた方向だった。連中が証拠隠滅のために後宮に火を放ったのだろう。


「火の手がまわる前に逃げるぞ」


 と言ったところでシステムの音声が流れる。


―― クリストファー・カーニーが戦場から離脱しました ――

―― デュカスの部隊が戦場から離脱しました ――

―― 戦闘に勝利しました ――


 おお、隠れている敵兵が戦場から離脱しても知らせてくれるのか。などと感心したが、直ぐにこちらも離脱しなければと思い出す。戦闘に勝利はしたが、炎に巻かれて焼け死んでしまっては元も子もない。

 そうして走り出そうとしたその時、俺たちの目の前に美しい金髪の女性が立ちはだかる。


「賊を退治してくれた方達とお見受け致します」


 そう言ってきた女性には見覚えがあった。この女性こそこのイベントでの悲劇のヒロインであるクリストファー・カーニーの姉、アンジェリカだ。小説の挿絵と全く一緒なので直ぐにわかった。

 本来はここで死んでいるはずのアンジェリカがどうして?

 その疑問は彼女の次の言葉を聞いて解決した。


「サディアス、賊に襲われて怪我をしている人がいるのです。新手があらわれる前に保護していただけませんでしょうか。もう、自分では動けないくらい酷い怪我を負っていて」


 なんと、サディアスがまだ生きているらしかった。こうなると、有能なサディアスだけでも始末しようかと考えていると、カサンドラが耳打ちしてくる。


「サディアスといえばカーニー将軍の腹心にして幼なじみ。そして、その助けを求めてくるのはアンジェリカではないでしょうか。ならば彼らの身柄を確保するべきです。後々、人質として使うことも出来るでしょう。ここは恩をうる形で領地まで連れていきましょう」


 カサンドラの提案になるほどと頷いた。


「わかりました。怪我人のところへ案内してください」


 俺の言葉にアンジェリカは安堵の表情を見せた。すぐに俺たちをサディアスのもとに案内してくれる。案内された先には倒れている赤毛の男が見えた。

 念のためその男に鑑定をしてみる。


サディアス・キッドマン 22歳

武力96(-90)/S

知力92/S

政治95/S

魅力91/S

健康8/S

クリストファー・カーニーの幼なじみ。クリストファーと共に西部の貴族連合の乱を鎮圧し、その功績により男爵位を与えられる。小説では後宮でデュカスの策にはまり、クリストファーを逃がすために単身で敵の前に立ちふさがり殺される。


 説明に小説ではとついているということは、今ならサディアスは助かるということか。健康が8しかないので早めに手当てをしないと危ないな。

 それと、武力は怪我によるマイナス補正が入っていた。これなら身柄を確保した後に脱走されることもないか。

 すぐに止血をさせて、近くの建物の扉を取り外して担架代わりにし、サディアスを乗せて運ぶ。そこからは一直線にタウンハウスを目指した。

 タウンハウスまでの道のりは邪魔するものはなかった。おそらく今頃はクリストファーが部下たちを引き連れて後宮に戻ったに違いない。本来なら、そこで変わり果てた姿のサディアスとアンジェリカを見つけるのだが、火の勢いは風によって増すばかりで、途中振り替えると後宮は煙と炎に包まれていた。

 この火災は小説には出てこない。俺たちの乱入という小説にはない行動により、デュカスの部下が小説の歴史とは違う動きをした結果だ。この後どうなるかわからないが、衛兵のいなくなった帝都であれば脱出は簡単だろう。アンジェリカには賊の残党の人数がわからないので、直ぐに帝都を離れたいと説明して動けないサディアスを馬車に乗せてしまうことで、躊躇う彼女を無理やり帝都から連れ出すことに成功した。

 幸か不幸か、FAXの使用を一回節約することが出来た。


 後日帝都にはなっておいた密偵からの報告で、部下を引き連れて戻ってきたクリストファーは、サディアスとアンジェリカの遺体を見つける事が出来ず、身元の判別が出来なかった焼死体の中のどれかであると結論付けたとわかった。首謀者のデュカスは何者かによって彼の部下たちと一緒に殺されたが、その相手が俺たちであるというところまではたどり着けず、捜索を継続しているとも報告があった。こちらは敵対勢力というよりも、事件の真相を確認したいという思いからであるらしい。

 その捜索のためクリストファーは西部の遷都した帝都には移動せず、旧帝都に部下たちを招集しているのだが、こちらは小説と同じ流れである。デュカスの殺害こそなくなりはしたが、最愛の姉と幼なじみを同時に失ったクリストファーは傾いた帝国にとどめをさそうと、宰相の目の届かない旧帝都を拠点として勢力を伸ばすはずだ。

 さて、そうなると俺の方も動かなければならないか。領地をあけるために侯爵に危険を知らせたのがどう転ぶかわからないが、このまま侯爵が元気で存命となると下剋上はちと難しいな。

 そう道中で考えていたところ、システムの音声が流れる。


―― 寄り親のキルンベルガー侯爵が亡くなり、独立勢力となりました ――


 結局小説の歴史は変わらず、キルンベルガー侯爵が亡くなった。


1月末時点ステータス


マクシミリアン・アーベライン 16歳

武力23/C

知力33(+47)/C

政治32(+48)/C

魅力58/B

健康95/C


ユディット・キルンベルガー 21歳

武力84/S

知力71/S

政治72/S

魅力87/S

健康100/S

忠誠100


ジークフリート・イェーガー 25歳

武力99/S

知力74/A

政治71/A

魅力97/S

健康100/S

忠誠100


ヨーゼフ・シュプリンガー 21歳

武力98/S

知力54/B

政治42/C

魅力69/B

健康100/S

忠誠100


エルマー 18歳

武力81/A

知力58/B

政治41/B

魅力64/A

健康100/B

忠誠100


カミル 18歳

武力91/S

知力50/C

政治41/C

魅力79/A

健康100/A

忠誠100


カサンドラ 16歳

武力52/B

知力97/S

政治96/S

魅力95/S

健康99/A

忠誠100


ブリギッタ 15歳

武力20/C

知力91/S

政治98/S

魅力83/A

健康100/A

忠誠100


アントン・ホルツマン 36歳

武力73/A

知力62/A

政治47/B

魅力68/A

健康96/A

忠誠100


アーベライン子爵領 516年1月

人口 16,022人

農業 183

工業 80

商業 220

民心 76

予算 494,788,306ゾン

兵糧 200

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