第18話 告白
ユディットには自分の天幕に帰ってもらい、護衛もその場で待つように命じて、天幕から少し離れた場所でカサンドラと二人で話すことになる。頭上には星が輝いており、その星明りでみるカサンドラの顔は俺の初恋の峰岸さんそのものであった。峰岸さんとこうして星空を一緒に眺める事が出来ていたら、自分の人生はどうなっていただろうかと考えてしまう。
そんなことを考えていると話が進まないので、カサンドラに目的を訊いてみた。
「何かな?」
「ぶしつけな事をお伺いいたしますが、社長は誰なのですか?」
カサンドラの質問の意図がわからず、自分の名前を言い返す。
「マクシミリアン・アーベラインだけど」
「それはわかっております。しかし、私が今まで見てきた社長は常人とは思えないような、先を見通す力をもっているのです。そういった能力が生来のものであれば、領地にある記録にも残るのでしょうが、どの記録を読んでもそのような能力への言及がないのです。それどころか、非常に申し訳ございませんが、社長のことは酷く能力が低いと記録されております」
カサンドラの質問にドキッとした。知力の高いカサンドラは俺のもっている異常さに気が付いたわけだ。今まで黙っていたがこれを正直に話そうか悩む。今回の戦争の前までならば黙っていただろうが、ギフトが非常に有効であり、なおかつ回数制限があるとなると、優秀な彼女の頭脳で使いどころを決めてもらいたい。
悩んだ末、カサンドラには本当のことを話すことに決めた。
「実はカサンドラの言うように俺はマクシミリアン・アーベラインであって、マクシミリアン・アーベラインではない。別の世界にいた別人の魂がマクシミリアン・アーベラインにのりうつったと言えばわかるかな?」
「のりうつったというのであればわかります。社長が私たちを拾ってくれたあたりから、記録にあるような無能な領主の息子という感じはなくなっているので」
流石はカサンドラだ。俺のゲームスタート時期をしっかり当てている。
「しかし、それだけでは未来を見通す能力の説明にはなっておりませんが」
「この世界は、もといた世界で書かれた物語の中だとしたら、俺が帝国の歴史を知っているのも納得出来るだろう。歴史の流れはその小説の通りになっているのだから」
「ここが小説の中の世界ですか――」
カサンドラは俺に告げられた事実に絶句する。
「だから、マヤ教徒の叛乱軍が攻めてくるのもわかったし、アプト男爵が攻めてくるのもわかっていた。そして、ジークフリートがバシュラール将軍を討ち取ることもね」
「では、ギレス殿がバシュラール将軍に負けることもわかっていたのですか?」
「もちろんだよ。だからあれだけ強気で賭け金を積み上げることが出来たんだ」
俺の言葉にカサンドラはハッとする。
「では、社長の父上であるアーベライン子爵様がボリバルに討たれることも…………」
俺はうなずくことで肯定を示した。カサンドラは子犬が飼い主にすがるような表情で俺をみてきた。
「社長なら止めることも出来たのではないですか。どうして?」
「俺がこの世界に来たのには訳があるんだ。俺は帝国の領土を統一しないと、元の世界の俺が死ぬ。それに、カサンドラによく似た女の人と、その子供もね」
「その私に似た人は社長の夫人ですか?子供はお二人の?」
「いや、そうじゃないよ。学校、俺のいた世界では子供たちが通う学舎があるんだけど、そこで同じ教室で学んだだけなんだ。子供は彼女の子供ではあるが、俺の子供ではないよ」
「どうして、その人と社長が死にそうになっているのかわからないのですが」
それは俺もわからない。運命のいたずらといえばそれまでなのだが、実際に自殺しようと飛び降りた彼女の下に偶然俺が通り掛かっただけなのだからそれ以外に言い様もない。
「それについては俺もわからないんだ。本当に偶然そうなっただけなのだから。ただ、俺が帝国を統一出来ずに死ねばみんな死んでしまい、統一すれば神が助けてくれるという条件でこの世界にやって来た。だから、父を助けようと思えば助けられたのかもしれないが、それをすると当主の座は回ってこないので、帝国を統一するのが不可能になったというわけだ。さらに言えば、俺は父を殺したわけでもないし、やりようによっては死なずに済んだのだから、彼の死については責任は感じていない」
まあ、ぶっちゃけダミアンが死んだのは作者のせいであるしな。
「それでは、社長が私たちを拾ってくれたのは……」
そう質問してきたカサンドラは小刻みに震えていた。答えを聞くのが怖いのだろう。
「アーベンラインブルグの治安の問題はなんとかしたいというのと、優秀な人材を発掘したかったのと、有能な人材を育てたかったという三つの理由からだよ」
俺の答えにカサンドラは少しホッとしたようだった。どの辺を心配していたのだろうか?
「治安と有能な人材を育てることはわかりますが、優秀な人材の発掘はよくわかりません。育てるのと発掘はどう違うのですか?」
その質問に答える前に、俺は大きく深呼吸をした。
「俺がこの世界にくるにあたっていくかの特典を与えられている。その一つに人間の鑑定という能力があるんだ。見た人間の現在の能力値と、文官と武官のどちらに適性があるかというようなね。それで優秀な人材が子供たちの中にいないかを見てみたんだよ」
「それで、その結果どうだったのですか?」
「特に優秀だったのが文官候補としてはカサンドラとブリギッタ、武官候補だとエルマーとカミルだったわけだ。ただ、潜在的に優秀な能力を持っていなくても、しっかりと教育して独り立ちできるようにしたと思うよ。他の子たちだってそうだろう」
「どうして無償に近い状態で教育してくださったのでしょうか?」
「有能な人材が増えれば、領内の商業や産業が盛んになるからね。実際に計算が出来る子たちが育ってくれたおかげで、ベッカー商会も人材不足に悩まず大きくなったろう。領地を発展させるための先行投資だよ。お陰で税収があがっただろう。だから善意だというわけではないんだ。」
ベッカー商会は派遣された子供たちの能力をみて、成人後は正式に雇い入れをしてくれている。多くの子供たちがそこで働いており、ブルーノも読み書きと計算が出来る人材を豊富に抱えたことで、物凄い勢いで商売を広げているのである。おかげで税収があがってウハウハなわけだ。
「失望したかな?それとも軽蔑か?」
自嘲気味にカサンドラに訊ねると、彼女は首を横に振った。
「統一を狙う領主としては正しい行動だと思います。それに、私たちが救われた事実もかわりません。てっきり、私たちもその物語でそういう役割をしているのかと思って」
「実は俺も含めて物語には登場していないんだ。アーベライン子爵家はボリバルによって滅ぼされたとなっているだけで、俺の死亡理由なんてわかっていない。領軍で物語に登場しているのはジークフリートとヨーゼフだけだよ」
「えっ!じゃあユディット様も?」
「彼女も物語には登場しない。ただ、彼女の能力を鑑定した時に、暗殺されたという設定だと知ったけどね。彼女も侯爵家の滅亡まで表舞台には出てこない人物なんだ」
カサンドラが吃驚した。
「えーっっ!!侯爵家が滅びるのですか?」
「そうだけど。物語のとおりに歴史が進むのであれば、今中央軍にいるクリストファー・カーニーという軍人が新しい王朝を打ち立てて皇帝に即位するんだ。彼は今西部に派遣されているけど、この後将軍に出世して帝国内の各勢力を次々と倒していくことになる。東部はいまのようにまとまらずに貴族同士で戦争をして、クリストファー・カーニーと戦う前にジークフリートとヨーゼフが本来仕えるべき人物の台頭に対抗する力を失ってしまうんだ。まあ、その人物も最終的には滅ぼされるんだけど。それに、彼自身の能力が高いのに加えて、若くて優秀な部下がたくさんついてくるからね」
「あの、ジークフリートとヨーゼフはどうなってしまうのですか?」
「戦いに敗れて死ぬ」
「彼らの主君は今どこに?」
「エルミッシュの町で役人をしているよ。ほら、アドルフっていただろう。彼だよ」
「そんな凄い人物だったのですか?」
「いや、彼は人柄だけが取り柄だ。それでも俺よりもかなりましだが」
「社長はそんなに」
カサンドラは恐る恐る俺に質問する。
「そうだよ。ここの世界に来るにあたってかなりのハンディを背負わされた。知識は持ってきたけど、それをうまく使おうとすれば思考にもやがかかるし、体を鍛えても全然強くならないだろ」
カサンドラも思い当たる処があった様で、こくこくと頷いた。
「では、社長が統一するなんてかなり難しいのではないでしょうか?」
「それで、俺には他にも特典が与えられたんだ。一つは戦場を俯瞰してみる事が出来る能力。戦争をおこなっている地域に展開している部隊を上空から見られると思ってほしい」
「アプト男爵を打ち破った時に感じた違和感はそれだったのですね。私が状況を確認するために兵を出すと提案したら、社長は伝令だけでよいと言ったのにはそういう訳が」
「その通りだよ。あの時はまだこうして伝えるつもりはなかったから、失言をしてしまったと思ったんだ」
「他にはどのような能力があるのでしょうか?」
「ウーレアー要塞を爆破した能力だ」
爆発の能力を伝えると、カサンドラの顔に怖れが見えた。
「あれですか。あまりにも兵を準備するタイミングが的確なので、そうだとは思っておりましたが。あの爆発を使えるのであれば、帝国統一は可能ではないでしょうか」
「それが、あと9回しか使えないんだ。だから、ここぞという時にだけ使うようにしたい。無制限に使用できるのであれば、とっくにやっているよ」
と言ってみたが、爆死して転がっていた死体を思い出して失言を後悔した。
「実はあの爆発を見た時に、社長は本当は神様なんじゃないかって思ったんです。元々未来を正確に予想していたのですが、それが聖職者や予言者だからかなと思っていましたが、爆発はそういった人達にはない能力だったから。それで、この能力を使った社長が天に帰るんじゃないかと考えたらとても不安になって、それで天幕に伺ったのが先ほどなんです」
「確かに人知を超えた能力は持っているけど、神というわけではないね。だから天に帰るのは死んだときか。まあ、天ではなくて元の世界に帰って、そこで土に還るのだけど」
同じかえるという発音で紛らわしいな。こちらの世界で死ぬと、向こうの世界でも死ぬので二度死ぬことになるので、こういう表現になるしかない。
「でも、どうしてそんな秘密を私に打ち明けくださったのですか?」
「さっき言ったように、俺の能力は極端に低いから、誰かの手助けが無いと帝国統一をすることが出来ないんだ。それで、一番信頼しているカサンドラにだけ打ち明けようと思ったんだよ。それに、俺の異常さに気が付いていたのもカサンドラだけだしね」
それを聞いたカサンドラは一瞬嬉しそうな顔をしたが、直ぐに今度は不信感をあらわにする。
「それでは先ほどのユディット様とのやり取りはなんだったのですか?てっきり、夜のお相手として呼びつけたのかと思いましたが」
そう言われて俺はそう言われてみればそう見えるよなあと考え、恥ずかしさから後頭部を指でガシガシと搔く。
「非常に誤解を受けるシチュエーションだったけど、あれはユディットが自ら俺のところに来たんだよ。今回の戦争を振り返っての話をしていただけだから、やましい事なんてこれっぽちもないよ」
「この際だから訊いておきたいのですが、社長はユディット様のことをどう思っているのですか?」
「彼女の事は優秀な家臣だと思っているよ。表向きは婚約者だけどね」
「女性としては?」
「美人だと思うよ、性格がちょっとキツイから結婚したら大変だろうけどね。こんな戦乱の世の中じゃなければ、社交界で輝いていたかもしれないね」
「そういう事じゃないんです。好きか嫌いかなんですよ」
「んー、恋愛感情はないね」
「それでは結婚はしないんですか?」
「侯爵家が滅んだ場合、正当な後継者を主張するために彼女を利用することになるだろうから、結婚はするんじゃないかな。でも、彼女も言っていたように子作りするってことは無いと思う。それに、彼女が妊娠したら有能な武将が一人へるじゃないか。ユディットも今は武功を立てることを目標にしているから、妊娠して戦場に出られないような事態は避けたいはずだ」
割と最低な事を言っている気もするけど、これが本音だ。ユディットのような美人と子作り出来るというのは魅力的かもしれないが、自分の命がかかっているので今は武将として使うことしか考えていない。
そんな俺の考えを伝えたら、カサンドラは凄く微妙な顔をした。その後必死の形相で質問される。
「社長は私の事もそういう風に見ているのですか?夜伽をさせようとかいう気持ちにはなりませんか?」
そう訴えるカサンドラにどうしても峰岸さんが重なる。今までは考えないようにしていたが、カサンドラから言われると我慢していたものが溢れ出す。
「なる。でも、それをしてしまったらそういう目的で雇っていたみたいになるから、理性で抑えつけていた。それに、カサンドラが無理に俺に体を差し出す必要なんてない」
「無理じゃないです。私、社長の事が好きなんです!この身を全て捧げるくらいに!」
「え?」
思わぬカサンドラからの告白に面食らう。カサンドラが俺の事を好き?全くの不意打ちに思考がおいつかない。俺がタジタジになっていると、カサンドラが追い打ちをかけてくる。
「身分の差があるから、愛人でも構いません。ずっと、社長のおそばにおいてください。それと、出来れば社長の子供を作ることをお許しいただきたいのです。私が社長から愛された証として」
女性から告白された事がない俺としては凄く嬉しいんだけど、同時にカサンドラの愛がかなり重たい。これから俺の野望の為に使い潰すのなら最適かもしれないが、もうとっくに単なるゲームと割り切れるような関係じゃない。
そこに加えてカサンドラの俺への恋心となると、これ以上彼女を戦争に巻き込むのは良くない。峰岸さんとカサンドラを天秤にかける葛藤が胸を焼く。
結局俺の出した結論は
「5年だけ、あと5年だけは俺の統一のために手伝ってほしい。その期間だけはカサンドラには夜伽をお願いはしない。今はこれだけで」
そういって、カサンドラの唇に俺の唇を優しく触れさせた。カサンドラは最初こそ驚いて目を丸くしたが、すぐに目をつぶると、俺の後頭部に手をまわして自分の方に強く引き寄せた。
夜の静寂は邪魔をするものがいない事を物語る。二人だけの時間を堪能し、カサンドラが名残惜しそうに俺の後頭部にまわした手を側頭部へとゆっくり移動させ、耳、頬と触ってから自分の元に引き寄せた。
「あっ、私ったらなんてはしたない事を」
「いや、いいんだ。それよりも、絶対に俺より先に死なないでほしい。どんなに危険な場面でも、俺のために命を投げ出すようなことはしないでくれ。カサンドラが先に亡くなったら俺も生きてはいけない」
「それは私もですよ。絶対に社長を死なせはしませんから」
そう言うと、お互いに見つめあってプッと吹き出す。それから、しばらく星空を眺めて明日の移動に備えるため、別れて天幕に帰ることになった。早く寝ないとと思っても興奮して全く眠れず、翌日の体調は最悪だった。
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