第17話 ギフトFAX

 ラクロワが引きこもり、貴族連合も攻めないとなると戦況は膠着となる。小説ではただただ兵糧を消費する状態を嫌った大貴族の厭戦気分と、西部の戦闘に於いて中央軍のクリストファーの活躍が目覚ましく、そちらの鎮圧が終われば次はこちらになる可能性が高いから、今のうちに領地に帰って防衛の準備をしたいという雰囲気が蔓延し、東部貴族連合は瓦解してしまうとなっている。

 ここ数日のグダグダな状態を見るとここもそうなるだろうなと思えた。そして、その歴史を知っているから安心してブリギッタまで連れてきたのであったわけだが。

 陣地でやることが無いので兵士達と賽子を使った賭博をしていると、この状況に不満のあるユディットが俺に質問してくる。なお、賭博はカサンドラの大勝で、彼女の前に他人からまきあげた賭け金が積みあがっている。


「マクシミリアン様、攻め手はないのですか?」


「まずは、人数に任せて力押しっていうのがあるね。ただ、これをやるには指揮系統を一つにまとめないといけないというハードルがある。ばらばらでせめても効果は薄いだろうからね」


「それは絶望的ですね」


「そう、だからやれることとしたらトンネルを掘るか、山越えをするかだね」


「山越えは他の貴族が抜け駆けしてやったところを、要塞の守備隊に発見されて討ち取られてしまいましたね」


 実は数日前に手柄を立てようと抜け駆けして山を越えて要塞の裏に回り込もうとした貴族の軍があった。しかし、その動きを要塞の守備隊に察知され、攻撃されてあっけなくやられてしまったのだ。

 となると残るはトンネルか。一応トンネルを掘るための道具は持ってきている。が、要塞の前は開けた場所となっており、トンネルを掘っているのが簡単に発見されてしまう。それに、トンネルについてはかなり昔からある攻城方法なので、相手も当然ながら対策をしているはずだ。


「トンネルを掘るにしても、発見されずにとなるとかなり離れた場所から長い距離を掘る事になりますね。それこそ一年くらいはみないとでしょうか」


「そうだね。それでトンネルを発見されたら一年がぱあになるから、実行しようとする貴族もいないんだよね。我が軍の優秀な軍師殿も、妙案が浮かばずにこうして賭博に明け暮れているくらいだし、もうすぐ我々もここから帰る事になるだろうね」


「手柄を立てたのはジークフリート殿だけですか。これでは女でも戦争で活躍出来ると世に示すのはまだまだ先に」


 がっかりして肩を落とすユディットを見て、何か忘れている事はないかと考える。すると、俺がこのゲームを始めるにあたってもらったギフトを使っていないことを思い出した。


「そう言えばFAXのギフトがあったな。あれを使ってラクロワをおびき出すことは出来ないだろうか?」


 使い方はヘルプ機能があるからそれで確認するようにと言われたが、今まですっかり忘れていて確認をしてこなかった。相手にFAXを送って誘い出すかなにか出来れば、この状況を打破できるかもしれない。

 早速システムからヘルプ機能を確認してみる。


(ギフト:FAX 燃料気化爆弾の略称。広範囲の攻撃が可能。使用前に効果範囲を設定し、その範囲の内側では爆風によって敵兵を死亡させる。効果時間は約2分であり、それを経過すると殺傷能力は無くなる。爆発に使用する燃料による土地の汚染もない)


「???」


 俺はヘルプ機能による解説を読んで混乱した。

 広範囲の攻撃スキルだと?


「ゲームマスター!」


 俺が呼ぶとゲームマスターが登場する。


「何だい、やぶからぼうに?」


「俺の貰ったギフトはファックスじゃないのか?」


「どこの誰がファクシミリだと言ったのかね。最初からエフーエーエックスと書いてあっただろう。それに、ヘルプ機能のことだって説明したはずだよ。確認をしなかったのはそちらの落ち度じゃないかね」


 ゲームマスターと話していると詐欺師を相手にしているような気分になる。これをもっと早く知っていれば展開は変わっていたかもしれないと思うと怒りしか湧いてこない。


「おや、もっと早く知っていればという顔をしているね」


「俺の心を読んだのか?」


「まさか。年の功による推測が当たっただけだよ。老婆心ながら言わせてもらえば、10回しか使えないギフトの存在を早くから知っていたら、多分使いどころを間違って重要な局面で使い切ってしまっていて、後悔する事になっていただろうね。ここまでくるまでに、いくらでも使う機会があっただろう。それを使わずに済んだってことは、それだけうまくゲーム運びが出来ていたっていうことだよ」


 褒められて少し怒りが収まってきた。そうなると、もう一度この状況を俯瞰してみてみようという気持ちになった。


「範囲の指定ってどこまで出来るんだ?」


「戦闘フィールドが最大のサイズだね。ただし、それをすると自分も自軍も巻き込まれるよ」


「そなると、目の前のウーレアー要塞を全部範囲指定することも可能なんだね」


 目の前の巨大な要塞を指さす。


「ああ、もちろんだとも」


「効果時間が2分だとすれば、その後突入しても安全なんだよな?」


「安全だよ、敵なんてどこにもいなくなるからね」


「有毒物質とか、酸素欠乏とかありそうじゃない」


「そういうのはゲーム的な処理でないことになっているから安心しな」


「ふーむ」


 知力のせいでいまいち作戦がはっきり決められないが、ギフトを使ってウーレアー要塞が攻略できそうだという事はわかった。ゲームマスターとの会話を終了して、中断していたゲームを再開する。


「カサンドラ、兵士に攻撃準備の指示を出せ」


「え、攻撃ですか?」


 俺の指示にカサンドラは鳩が豆鉄砲を食らったようになる。数万の敵が守る鉄壁の要塞を、たかだか1000人の軍勢で攻めるなど自殺行為でしかない。


「安心しろ。無策で攻めるわけではない。勝利の風が吹いたら攻撃開始だから」


 勝利の風は爆風だけど。

 カサンドラは不承不承ながらも俺の指示に従い、軍を要塞の前に集める。近づき過ぎると矢で攻撃されるので、その射程圏内にはいらないギリギリのところで止まった。

 やる気の無い貴族連合の面々は、そんな俺たちを奇異な目でみているのがわかる。


「マクシミリアン様、本当に我らだけでこの要塞を攻めるのですか?」


 ユディットは青い顔で訊いてきた。甲冑を身に付けると凛々しいのだが、今は初陣の前の新兵のようにその凛々しさの欠片もない。


「天が味方をすれば、寡兵であっても勝利は十分に可能だよ」


「神が落雷によって敵を全滅させるような事でも無ければ不可能ではないでしょうか?」


「じゃあ、その奇跡が起きたら神が俺が天下を取るのを認めてくれたってことになるかな?」


 俺の言ったことを冗談だと思ったのか、ユディットはフフっと笑った。


「そのような奇跡があのであれば見てみたいものです」


「わかった。その時はユディットが一番にウーレアー要塞に乗り込んで、勝ち名乗りをあげるんだ」


「承知」


 よし、ユディットの度肝をぬいてやろうか。俺はギフトを使用することをシステムに告げる。

 するとシステムから応答があった。


―― ギフトを使用します。範囲を設定してください ――


 そう言われたので、範囲はウーレアー要塞の城壁内側までを設定した。


―― ギフトを使用します ――


 範囲の設定が終わると即ギフトが使用される。爆発音と共に城壁の向こう側にキノコ雲が現れた。そして、爆風によって鉄でできた丈夫な城門がこちらに吹っ飛んでくる。上空に吹き飛ばされたがれきもパラパラと落ちてくるのが見えた。あの爆風なら内部で生きている者はいないだろう。


―― 戦闘に勝利しました ――


 ギフト使用から2分後、システムが勝利を告げた。これでウーレアー要塞の中に敵がいなくなったのが確定した。俺は突撃の指示を出す。


「あの爆発は天が味方してくれた奇跡。突撃せよ!」


 あらかじめ指示の出ていたアーベライン子爵領軍は俺の指示で突撃を開始する。先頭にはユディットの姿があった。それ以外の貴族連合は状況を呑み込めず、ただ立ち尽くしているだけだ。なので、一番乗りを競うようなライバルはいない。

 ユディットが真っ先に城門を駆け抜けて中に辿り着く。遅れて俺も到着して中を確認すると、城壁はかろうじて残っていたが、他の建物は倒壊してがれきとなっていた。これではここを守備していた兵隊もひとたまりもなかっただろう。そこかしこに倒れている人を見かけるが、ちょっと怖いので詳しく見たくはない。俺のギフトで殺しておきながら何を言っているかと言われそうであり、また、これだけの人命を奪ったという事実が俺の胸を締め付けてくる。

 今までも戦闘で相手の兵士を殺すように命令を出してきたが、この規模の命を一瞬で奪ったとなると別格の重圧が襲ってきたのだ。このゲームを選択したことを物凄く後悔している。

 そんな俺を見て、ユディットが心配そうに声をかけてくれた。


「マクシミリアン様、お顔の色がすぐれませんが大丈夫ですか?」


 それを聞いて俺は胃から逆流してきそうな何かを唾を呑み込むことで押し戻した。開いた手を前に突き出し大丈夫だとアピールする。


「大丈夫だ。ちょっと神の御業ってやつが強力すぎて圧倒されただけだ。それよりも、勝ち名乗りを。歴史上はじめてウーレアー要塞を陥落させた戦いの、一番乗りをした事実をみんなに知らしめないと」


「そうでした。しかし、何もしていないので堂々と勝ち名乗りをあげるのも恥ずかしい」


「まあ、記念なんだし何か言いなよ」


 俺に勧められてユディットは少し考えると、ウーレアー要塞の城門のところに立ち貴族連合の方を向いた。


「我が名はユディット・キルンベルガー。我らアーベライン子爵領軍が敵要塞に一番乗りし、此度の戦いの勝利を確認した!我らのさきがけの功名を末代まで語り継ぐがよい!」


 自分の名前を名乗りつつも、手柄はあくまでもアーベライン子爵領軍という事にしてある。まあ、手柄といっても最初にウーレアー要塞に乗り込んだというだけで、敵と戦ってそれを打ち破った訳ではないので、功名を末代まで語り継ぐ価値があるのかは微妙なところだな。

 俺とユディットが城門に立っているほかは、要塞の中の生存者を確認させている。建物あとについては崩れると危ないので、近寄らないようにと厳命した。いもしない敵の生存者を探して、倒壊に巻き込まれて死んでしまっては馬鹿らしいからだ。

 ユディットの勝ち名乗りから数分して、やっと正気に戻った貴族連合に動きが出始める。隊列を組んで要塞へと向かってきたのだ。にこにこしながらやってくるのはキルンベルガー侯爵。寄り子の俺の軍勢、しかも実の娘のユディットが一番乗りともなれば、間違いなく今回の戦闘の功労者を抱えていることになる。それに対してバルツァー公爵の方はしかめっ面であった。有能な家臣を二人も失い、ウーレアー要塞への一番乗りも俺に取られてしまったからだ。

 1時間ほど捜索が行われたが、生存者を見つけられなかったため、そこで捜索は打ち切りとなった。そして今後の方針を巡って会議が開かれたが、そこでまたもや紛糾することとなった。

 バルツァー公爵が主張をする。


「ウーレアー要塞を落とした今こそ、勢いをかって帝都を目指すべきである」


 これは小説には無かった展開で、俺もどうなるかはわからない。ただわかるのは、バルツァー公爵は手柄が今のところないため、ここから更に攻め込んで何かしらの手柄が欲しいということだろう。

 それにキルンベルガー侯爵が反論する。


「ウーレアー要塞がこのように使い物にならなくなってしまったため、こちらの進軍の裏をかかれた場合、簡単に我らの領地への侵攻を許してしまう事になるのではないかな。まずはこの要塞を復旧させて、ここを橋頭堡にしてから攻め込むべきでは」


 こちらの方が理にかなっている気がする。しかし、それには多額の費用がかかるため、賛同する貴族と反対する貴族とで意見が二つに分かれた。こうなってしまうと、バルツァー公爵の主張は完全に実施の目が消えた。半数の貴族で攻め込んだとしても、兵力が足りずに中央軍に敗れてしまうし、戦闘によって自分達の軍は消耗するが、侵攻をしなかった貴族はその兵力を温存することになるので、貴族連合解体後を考えるとおいそれと侵攻するという選択肢は取れなくなったのだ。

 結果として、数日にわたり紛糾した会議で決まったことは、ウーレアー要塞跡地はキルンベルガー侯爵が管理することとし、改修費用もキルンベルガー侯爵が負担することになるが、通行料の徴収もキルンベルガー侯爵が権限を持つというものであった。

 ここにおいて東部貴族連合は解体となり、不戦協定についても解消となった。大きく兵力を失った貴族はいなかったが、有能な武将を失った貴族はいくつかあり、俺の東部平定の障害が少し減るだけの結果となった。

 ただし、評判という事に於いてはアーベライン子爵領軍はうなぎ登りであった。バシュラール将軍を討ち取ったジークフリートと、ウーレアー要塞に一番乗りしたユディットの名前は東部に於いて広く知れ渡ることとなった。俺としても鼻が高いが、それと比例して引き抜き工作の心配も増えた。アドルフみたいな魅力おばけなら裏切られたり見限られることもないのだが、俺の魅力では二人を繋ぎとめられるのか不安になる。

 夜に天幕から出て、夜空を見上げながらそんな心配をしていたら、ユディットがやって来た。


「どうした、ユディット。明日には領地に帰るがその準備は終わったのか?」


「はい。嫁入り道具を持参するような大荷物はありませんので、非常に簡単でした」


 いつの間にかそんな冗談を言えるようになったユディットには、以前と違って自分への自信というか心の余裕が見て取れた。


「嫁入りか。俺のところに来た本来の目的はどうするつもりだ?」


「それは、言わないでいただけるか。あの頃に戻れるのであれば、自信過剰であった自分を殴り飛ばしたい。本当にあの頃は世間知らずであったと思う。武力に於いてはジークフリート殿やヨーゼフ殿の足元にも及ばぬし、用兵ともなればカサンドラ殿にも及ばない。それに彼らをまとめ上げるマクシミリアン様にも遠く及ばぬことが判った。当時の自分がアーベライン子爵領軍を率いていたとしたら、アプト男爵に敗北していたやもしれぬ」


 あれだけじゃじゃ馬だと思ったユディットがこうもしおらしくなるとは思ってもみなかった。これなら、これからもずっと俺のそばにいてくれるだろうか?そんな疑問をぶつけてみる。


「ねえユディット、これからもずっと俺のところにいてくれるか?」


「そ、それは婚約者として、伴侶としてということか――」


 ユディットは俺の質問を勘違いしてしどろもどろとなった。しかし、その勘違いをどう訂正してよいものか俺も考えてしまい、直ぐに答えを言い出せなかった。

 少し気まずい空気が流れようとしていた時、カサンドラがやって来た。


「社長、二人きりでお話したいことがあります」


 俺はそれを助け船だと思って飛びついた。


【後書き】

サーモバリック爆弾について調べている時に、燃料気化爆弾の略称としてFAXっていうのがあると知って、ファクシミリと勘違いをするっていう話を考え付いたところから長かったなあ。

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