第16話 ウーレアー要塞の戦い

 帝国暦515年10月、帝国の中央に対して三方から反宰相連合軍と称する貴族連合が攻め込む形となった。西部にはクリストファー・カーニーが派遣されている。そして南部には作品中最強の武将ロベール・リュフィエ将軍が派遣された。そして俺たちがいる東部はバシュラール将軍が派遣されてきた。

 バシュラール将軍が東部に派遣されるのは小説のとおりだ。武力特化の武将で頭はあまりよくなかったはずである。それでも、ウーレアー要塞という難攻不落の要塞を与えられ、東部の貴族連合につけ入る隙をあたえないはずだったのだが、頭がよくない設定のせいで不幸な最期をむかえることになるのだ。

 そんな小説での歴史をなぞっているのを確認し、予定通り軍をウーレアー要塞へと進めた。行軍は邪魔する貴族がいないためすんなりと出来た。

 今は目の前に、ダムのように両脇の高い山と山を壁で繋いで道をふさいでいる要塞がそびえたっている。小説の挿し絵で見たことはあったが、実物を目の前にしてこうしてみると壮観だな。

 更に進み、ウーレアー要塞の手前にてキルンベルガー侯爵と合流する。俺は侯爵のところにユディットとアントンをつれて挨拶に出向いた。


「お久しぶりです、侯爵。益々ご健勝――」


 俺の挨拶を侯爵が遮った。


「堅苦しい挨拶はいい。それよりも何故ここにユディットがいるのかね?」


 侯爵にギロリと睨まれ、そうですよねえという気持ちになる。ウーレアー要塞での戦いに危険がないのは俺しか知らないし、知力の上昇したユディットが敵の挑発にのることもないのも侯爵は知らない。危なっかしい娘を戦場に連れてきた俺への怒りで押しつぶされそうだ。


「お父様、お久しぶりです」


「おお、ユディット。どうしてこんな危険なところに」


「それは我が責務を果たすため。アーベライン子爵領軍の一武将としてここにおります。お手紙でもそうお伝えいたしましたが」


「本気で来ると思うか!」


 ユディットの言葉に侯爵は怒鳴る。父親としては当然だろうな。やはり連れてこなければよかったと後悔した。一応ユディットにはそれとなく留守番を打診してみたのだが、本人がどうしても行きたいというので連れてきたのだが、侯爵のこうした反応は予想出来た。


「お言葉ですが、既に我が身はマクシミリアン様のもの。お父様とて口出し出来ることではありません」


 ユディットは侯爵に毅然とした態度で反論する。こうした性格だから侯爵も扱いに困ったのだろうな。ユディットに小言を言うのを諦めた侯爵は、その矛先をアントンに向けた。


「ホルツマン、何かいう事はあるか?」


 ホルツマンは侯爵とユディットに睨まれて、非常に困惑した顔で俺を見てくる。残念だが、俺もこの状況では助け船を出すことは出来ない。


「お嬢様は最近特に体調が良いようですので、きっと子爵領の空気があっているのでしょう。嫁いだ子供は諦めたらどうですかね?」


 困りはてたアントンは言うに事を欠いて、侯爵の逆鱗に触れるような事を言ってしまった。侯爵がアントンを切る捨てるような目で見た。そして本当に捨てた。


「ホルツマン、君のいう事はよくわかった。これから君の使えるべき相手は子爵だ。優秀だった君を失うのは本当に残念だよ」


「ええっ、それって……」


「家族も連れていくといい」


 こうしてアントンも完全に俺の部下となる事が決定した。とても雰囲気が悪くなったことで、侯爵の家臣たちからも早く帰れという視線が飛んでくる。俺はまだ侯爵と一戦構えそうなユディットを引きずって自分の軍がいるところに帰った。

 帰ると何も知らないジークフリートがユディットの地雷を踏む。


「どうでしたかな、久しぶりの親子の対面は?」


「最悪よ。私を女だと思って、戦場に来るなって言うんだから!」


 ユディットが怒ったことで、他のメンバーも大体の空気を察してくれた。それ以上ユディットの機嫌を悪くするようなことは言わなくなる。

 が、他の貴族の領軍はそうでもない。隣の陣地ではジークフリートやヨーゼフと並んでも遜色ない体躯の大男とその取り巻きたちがこちらに下卑た笑いをぶつけてくる。


「見ろよ、あそこは女連れだぜ。大女にまだ子供まで連れてきてよ。娼婦か愛人連れとはよお。鎧を着ているみたいだが、まさか戦わせるってわけじゃねえよな」


 褐色に焼けた丸太のように太い腕を組みながら大男が大声で笑う。


「領主もまだ子供じゃねえですか。遊びに出も来たんですかね」


 と取り巻きも同調する。

 なんだこいつらと思って鑑定してみたところ大男の名前がわかった。


ダニエル・ギレス

武力90/S

知力68/A

政治47/B

魅力85/S

健康99/S


 バルツァー公爵のところの将軍、ダニエル・ギレスだった。そうとわかると俺は憐憫の眼差しで奴をみる。ギレスはこのあとバシュラールに一騎討ちで敗れて死ぬからだ。しかし、それを知らないヨーゼフは怒りが収まらず俺に耳打ちしてくる。


「あの野郎をぶったぎってきましょうか?」


 俺はそれを手で制した。


「いやいい。どうせあいつはもうすぐ死ぬんだから」


「死ぬんですかい?」


「ああ。奴の顔には死相が出ている。間違いなく数日中に死ぬな。それよりも、ユディットにこれ以上あいつらの汚い声を聞かせたくないから行こうか」


 知力が高くなったとはいえ、いつ爆発するかわからないユディットは早目にここから移動させたい。本音で言うとギレスも配下に加えたいところだが、俺の魅力ではこの場での引き抜きは無理だろうな。

 そういうことで、俺たちはギレスから離れた場所に移動した。

 そこで俺はユディットを褒める。


「よく我慢したな」


「マクシミリアン様の許可があれば直ぐにでもたたききりましたが、あれはバルツァー公爵の軍旗を持っておりましたので、許可がないのであれば流石に自重します」


 ユディットの成長にちょっとグッときた。


「うちの領軍はユディットもいれば、カサンドラもブリギッタもいる。歴史の中では戦争で活躍した女性がいないから、女性と侮られる状況にあるが、その歴史を我々の手で作り替えようじゃないか」


「承知」


 俺のところは実力主義といえば聞こえはいいが、裏を返せば人材不足で男だけでは手が足りないというのが実情だ。

 俺たちが馬鹿にされているのはさておき、貴族連合に参加する軍勢が次々とウーレアー要塞の前に集結し、20万という大軍に膨れ上がった。


―― 戦闘フェーズに移行します ――


 システムが戦闘開始を告げるが、それでいよいよ戦闘になるかといえばそうではなかった。軍の指揮権をめぐって大貴族同士の対立が表面化し、戦闘を開始するどころではなくなったのだ。これも小説通り。俺も貴族として打ち合わせに参加しているが、バルツァー公爵とキルンベルガー侯爵で歩み寄る姿勢がまったく見えず、無駄な時間を過ごしている。

 そんな愚図愚図している貴族連合をなめてかかり、敵の総大将であるバシュラール将軍は要塞の門の外に出てきて一騎討ちを挑む者はいないのかと挑発してきた。そこに名乗りを上げたのが俺たちを馬鹿にしたギレスである。


「敵の総大将、バシュラールを討ち取ってごらんにいれましょう」


 バルツァー公爵にそう宣言するギレスを見て、思わず笑ってしまった。それを彼に見つかる。


「何がおかしい!」


「貴殿が討ちとられたらうちのジークフリートで仇をうつことになるかと思ったらついね」


 俺の答えにギレスは顔を真っ赤にする。


「この俺がバシュラールに負けるというのか!」


 バシュラールの武力を確認すると94であり、90のギレスでは勝ち目は薄い。さらに、小説ではギレスはバシュラールに討ち取られることになっている。負けるのは確定だ。


「そのとおり。なんだったら領地を賭けてもいい」


「その言葉忘れるなよ!」


 そこにバルツァー公爵の寄り子の貴族たちも加わってくる。


「これから一緒に戦うのに、あまりにも無礼な態度ではないか」


「本当に領地を差し出すという約束を守れよ」


「ならばこちらはギレス殿の勝利に領地を賭ける」


 俺が集中攻撃を食らうのをみて、後ろに控えていたカサンドラが不安になって耳打ちしてくる。


「本当に領地を賭けるおつもりですか?」


「もちろん。客観的に見てバシュラール将軍は帝国内でも五指に入る実力者。あちらの貴族殿も領地を賭けるというし、分の良い賭けだとおもうよ。ギレス殿には我が家臣を侮辱したことを詫びてもらいたいが、それも討たれては叶わぬだろうね。カサンドラはジークフリートに準備をするように伝えておくように」


 これは先日の意趣返し。俺がギレスを煽って賭け金を思いっきり上げさせてやった。これでギレスが討ち取られたときのバルツァー公爵の陣営の顔が見ものだな。

 などと思っていたら親玉のバルツァー公爵が出てきた。


「キルンベルガー侯爵は礼儀を知らない野良犬を飼っているとみえる。東部一の猛将であるギレスが一騎討ちで負ける事などありえん。戦争もせずに領地が増えるのはありがたいがな」


 俺を見下してくるが、そんな態度も笑い飛ばす。


「東部一かどうかはわかりませんが、バシュラール将軍の実力をわかっていないのでご忠告もうしあげたまで。彼れを知らず己を知らざれば、戦うごとに必らず殆うしですね」


「知らぬのは貴様であるともうじきわかる。発言の取り消しはできんぞ」


「もちろん」


 俺とバルツァー公爵のやりとりをみてギレスが公爵に進言する。


「必ずや勝利を公爵様に捧げ、この無礼者の領地をいただきます」


「うむ。期待しているぞ」


 公爵の期待を一身に受け、ギレスは馬に乗ってバシュラール将軍のところに向かった。二人はそれぞれ名乗りを上げ、一騎討ちが開始される。

 馬上の二人はお互いに大剣を手に持って構えて、馬を突進させる。この勝負は実に呆気ないものであった。ギレスはバシュラール将軍の初撃を受けるも、その威力で体勢を崩してしまう。そこに二撃目が襲い掛かり、あっさりと首を落とされた。

 自慢の部下があっという間に倒されて、言葉の出てこないバルツァー公爵に声をかける。


「折角御忠告申し上げましたが、お役に立てませんでしたね。あ、そちらのどなたかは領地を賭けていたかと思いますが、手続きはいかがいたしましょうか?」


「ぐっっ!!!エンゲルマン、エンゲルマンを呼べ!!」


 バルツァー公爵は顔を真っ赤にして、大声でそう指示を出した。

 エンゲルマンはギレスには劣るが、それなりに武力の高い武将だったはずだ。小説ではギレスが討ち取られた後に、バルツァー公爵によってバシュラール将軍との一騎討ちを命じられる。そして、あえなく死亡する。

 バルツァー公爵に呼ばれて出てきたエンゲルマンはギレスと比較すると体つきはひとまわり小さく見えた。彼を鑑定すると武力の値は88であった。有能な部類なのは間違いないが、ギレスと比べても低いし、ましてやバシュラール将軍との数値の差は広がってしまっているので、絶対に勝てないと断言できる。


「公爵様、お呼びでしょうか」


「貴様ならあのバシュラールに勝てるか?」


「ギレス殿を討ち取ったのでその実力は侮れませんが、奴はギレス殿との戦いで疲労しているはず。ならば、十分に勝機はあります」


 そのやり取りを見て内心ほくそ笑む。バルツァー公爵はこの後戦う相手なので、彼の優秀な部下がここで減っていくのはありがたい。どうせこちらに寝返るようなことは無いので、どんどん討ち取られてほしいのだ。

 そんな俺の考えを知らずに、バシュラール将軍のところに向かうエンゲルマンを見送り、勝ち誇ったような表情を俺に見せるバルツァー公爵が哀れでならない。

 再び名乗りあいが終わって一騎討ちが開始される。今度のエンゲルマンは一撃で倒されしまった。

 ここにおいてやっとバルツァー公爵は己の愚を悟る。流石に三番手を送るような事はしなかった。だが、他の貴族が自慢の部下を一騎討ちに出してしまい、その全てがバシュラール将軍の餌食となった。それもそのはず、一騎討ちをした中ではギレスが一番武力が高かったのだから。

 こうして貴族連合から一騎討ちをしようという者はいなくなった。バシュラール将軍はその状況を見てあざ笑う。


「どうした、東部には骨のあるやつはいないのか!」


 それを聞いて俺は後ろに控えていたジークフリートの方を見る。


「そろそろ頃合いか。ジークフリート頼むよ」


「待ちくたびれましたよ、子爵様」


 ジークフリートは不敵に笑うとバシュラール将軍の前に歩み出た。俺の軍ではジークフリートを乗せられるような名馬を持っていないため、今でもジークフリートは馬を持っていないのである。

 目の前にやって来たジークフリートを見て、バシュラール将軍は馬上から名前を問う。


「貴殿、名は?」


「ジークフリート・イェーガーと申す」


「今までの中では一番まともそうだな。まあ俺ほどではないが」


「貴殿も俺が相手をしてきた中では一番強そうだが、俺ほどではないのはわかる」


 お互いにそう言ってニヤリと笑う。戦闘狂どうしの心が通じ合った瞬間だったのかな?直ぐにお別れがやってくるのに。


―― 一騎討ちがはじまります ――


 システムが一騎討ち開始を告げる。お互いに雄叫びをあげながら距離を詰め、間合いに入ったところで武器を振るう。

 バシュラール将軍の大剣が届く前に、ジークフリートのハルバードのスパイクが将軍のからだを貫いた。将軍の体は宙に浮き、馬だけがジークフリートの横を走り抜けていく。


―― 一騎討ちに勝利しました ――


 システムがジークフリートの勝利を告げる。小説の流れそのままだが、俺は非常に満足だ。意気揚々と帰って来たジークフリートを出迎えた。


「よくやった。バルツァー公爵の寄り子が賭けた領地が余っているから褒美として与えよう」


「いやいや、飛び地を与えられても管理に困ります」


「それもそうか。じゃあ、もったいないけど賭け金を受け取るのはやめておこうか」


 俺の言葉に後ろの方でホッとした雰囲気が出る。俺に領地をよこせと言われたらと戦々恐々としていた貴族がいたみたいだ。実際にもらったところで運営するだけの能力がないので、貰っても困るだけだったからもらうつもりはなかった。

 俺の陣営でジークフリートを囲んでにぎやかに盛り上がっていると、そこにキルンベルガー侯爵がやって来た。


「よくやってくれた!我が軍の誇りだ」


 ユディットと挨拶に行った時とはうってかわり、とても上機嫌の侯爵。それもそのはずで、バルツァー公爵の鼻を明かしてやったというので気分が良いのだろう。


「何か褒美はいるか?」


 そう訊ねられたので俺はすかさず答える。


「ジークフリートを乗せて走っても潰れない名馬をいただきたいのですが」


「よし、戦争が終わったらとびっきりの名馬を用意させよう」


 それを聞いたヨーゼフが悔しがる。


「あの程度の相手、俺でも十分でしたぜ」


「ああ、そう言えばバシュラール将軍の乗っていた馬がいただろう。あれをいただこうじゃないか」


 小説でもジークフリートには馬が与えられ、それを羨ましがるヨーゼフにはバシュラール将軍の乗っていた馬を鹵獲して、それを与えるというシーンがある。なお、アドルフは普通の馬に乗っている。ステータスが低くて戦争では役に立たないので、名馬に乗る必要がないからという理由なのだが、なかなかに酷い。そして、アドルフよりもステータスの低い俺ともなれば、馬に乗るのも難しいときている。馬なんていらないのだ。

 そして、バシュラール将軍を討ち取って勢いにのるかと思われた貴族連合であるが、敵の副官ラクロワはバシュラール将軍とは違って、城門を固く閉ざして引きこもり、挑発にものってこないのと、各貴族軍の武将が一騎討ちで倒されて人材不足となったことで攻めあぐねることとなった。

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