第15話 反宰相同盟結成
アプト男爵の賠償金をたんまり貰って、負傷した兵士や死亡した兵士の家族への補償金を支払っても大幅なプラスとなった。このお陰でブリギッタが考案した教材を全て試作することが出来た。また、今回の戦争で死亡した兵士の子供について、こちらで無償で教育を行うこととした。これでまた優秀な人材が育てばよいし、駄目でも孤児となって社会の治安を乱すようなことは無くなるだろう。
そして帝国暦515年8月、予定通り56代皇帝イワン3世が崩御し、57代皇帝に幼いガブリイル2世が選出されることとなった。中央では宰相アンドレ・ルフェーブルによって異を唱えた者達の粛清があったと俺の領地にも伝わって来た。これに対して有力貴族の動きは早く、8月末には帝国内の有力貴族の間で反宰相同盟が結成され、キルンベルガー侯爵のところにもバルツァー公爵から貴族連合に参加するように要請が来た。キルンベルガー侯爵は寄り子にも参加を呼びかけ、俺もそれに加わることにした。
そして中央政府に対して、東部・西部・南部から一斉に攻め込むことが決まった。出征は10月なので、9月のひと月が準備期間となる。ただし、準備といっても徴兵と訓練くらいしかやることが無い。兵站については俺のところみたいな弱小貴族は免除され、大貴族が全て負担してくれることになっているからだ。
この間、貴族間での戦争は禁止され、違反した場合は全ての貴族を敵に回すことになるとされたため、つかの間の平和が訪れることとなった。
訓練風景を眺めていると俺のところにブリギッタがやってきた。彼女も15歳の成人となって、まだ少女の面影は残っているが、出会った頃より大分大人びてきた。
「教師育成機関の建屋建設許可、ありがとうございます。これで来年には育成機関を始動することが出来ます」
彼女は俺の出した建築許可の礼を述べに来たのだった。
「礼には及ばんよ。俺の出した命令だからね。それにしても、人の育成には時間がかかるからなあ。効果が出るのは5年後か、10年後か」
「私たちが社長に教育されて結果を出したのはわずか2か月でしたが」
「それはブリギッタとカサンドラだけだろう。他の子たちはもっと時間がかかった。それに俺は教え方を知っていたからね。どう教えたら理解しやすいかということをこれから学ぶ教師の卵たちが育つには時間が掛かるのも仕方がないよ」
教育方法については、大学時代に教員免許を取得するために学んだことが大きく役立った。あの経験が無ければ、単に知識を羅列するだけの教育で終わっていただろう。子どもたちの発達状況や興味、集中力にあわせた教育方法というものがあると知っていたのは良かったと思っている。その知識を他人に伝えるとなると、結構難しいのだが優秀なブリギッタはその辺を理解してくれている。あとは彼女がそれを教師の卵たちに伝えてくれればそれでよい。
「社長は訓練に参加されないんですか?」
ブリギッタは訓練場の方を見ながら質問をしてきた。俺は笑いながらこたえる。
「エルマーとカミルに俺は訓練しなくていいって言われてね。どうにも覚えが悪いので二人とも俺を鍛えるのは諦めたみたいだ」
「エルマーがいつも言ってますよ。社長の事は俺が守るから訓練してもらわなくていいって」
「いつもって、そんなに頻繁に会っているの?」
俺の質問に顔を赤らめるブリギッタ。なんか初心な感じでいいな。恋愛には鈍い俺でもブリギッタとエルマーが良い仲なのはわかる。いつ頃からといわれるとわからないが、俺が子爵領を継いだ時にはもうそうなっていたと思う。
そんなブリギッタは照れ隠しのためか、話題を変えてきた。
「それよりも、社長はもっとカサンドラに気をかけてあげてください」
「今でも十分気にかけてると思うけどな。毎日軍議で意見を聞いているし、内政のこともかなり頼っているぞ」
「仕事以外にもってことですよ。仕事をしていない時に、カサンドラが何をしているのか知ってますか?」
そう言われてはたと考える。
「そういえばカサンドラは毎日遅くまで仕事をしてくれていて、仕事以外のことを見たことないなあ」
「そういえばそうですね。社長は私たちが成人するまでは週に2日の休みを設定してくれましたけど、成人してからはその決まりはなくなりましたからね」
子供は働かせ過ぎないようにしてきたが、大人になれば他の大人と同じ条件で働かなければならないと思って、休みを必ずとらせるようなことはしていない。
そして、今は領地の立て直しで忙しい時期なので、カサンドラには仕事が集中して休みなど取れないほどになっている。これでは彼女が過労死してしまうな。
「わかったよ、カサンドラには休みを取らせる事にする。まあ、来月にはまた大きな戦争があるから、気が休まる暇がないかもしれないけどね」
ブリギッタにそう約束したので、その日のうちにカサンドラには休みを取るように命じた。
「お休みですか」
「そうだ」
「あの、私が何か失敗しましたでしょうか?」
俺が突然休めと命じたので、カサンドラは不安になったようだ。困惑の表情をするあたり、ワーカーホリックなのかもしれない。
「そうじゃない。大切な家臣に過労で倒れられては困るからだよ。来月の戦争には万全の体調でのぞんでもらわないと困るからな」
「しかし、また準備が終わっておりません」
「その事なら心配しなくていい。俺がやっておくから」
俺はそう言ったがやる事などない。小説では東部と中央の境に位置するウーレアー要塞でにらみ合いになるだけだからだ。この要塞は堅固であり攻め落とすことは出来ないまま、東部の貴族の間で主導権争いが発生して貴族連合は瓦解する。これはどんなに準備したところで俺たちがどうこう出来る問題ではない。今の実力からすれば、どの選択肢を選んだとしても大きな歴史の流れは変えられないはずなのだ。
俺の提案に対してカサンドラはなおも食い下がる。
「それでは社長が休む暇がないじゃないですか」
戦争の準備をするつもりが無いから休めるんだよとは言えず、仕方がないので妥協案を提示した。
「それでは休みの日は一緒に過ごすか」
その言葉を聞いてカサンドラの表情がぱぁっと明るくなったように見えた。
「わかりました。それでは一緒に出掛けましょうか」
「出掛ける場所の希望はあるか?」
「一緒に市場に行きたいです」
「市場か。いいけど、どうして市場なんだ?いつも行っていると思うが」
「一人では何度も行ってますが、社長と一緒に市場に行ったのは計算の勉強をしている時だけなんですよ。あれ以来一度も一緒に買い物に行ってないので、懐かしいから一緒に行きたいんです。駄目でしょうか?」
「いや、それでいいよ。では二日後を一日休みとしようか」
「はい」
そうして二日後、俺とカサンドラは二人だけで市場に出掛けた。お忍びでと行きたいところだが、俺もカサンドラもアーベンラインブルグでは有名人なので、忍ぶことも出来ずにみんなから挨拶をされる。
カサンドラと一緒に肉を売っている商店で足を止めて、陳列されている肉を見た時のこと。
「領主様、今日はどんなご用件で」
と店主がかしこまって訊いてきた。
「単なる休日だよ。気にしなくていい」
「はい……」
まだかしこまっている店主をみて、カサンドラがフォローする。
「領主様が来て気にしなくていいと言われても、それは無理な話でしょう。ねえ、店主?」
「そのとおりで」
店主はペコペコと頭を下げた。俺たちがいることで気を遣わせるのは申し訳ないので、その店を離れることにした。
カサンドラが笑いながら話しかけてくる。
「結局社長がいるとみんなが領主様として認識するから、休みになりませんね」
「そうだよなあ。カサンドラはこれで楽しめているのか?」
「はい。それに領地の発展状況も確認できますしね」
「それって結局仕事だろう」
俺は呆れてカサンドラを見たが、彼女は嬉しそうなままだ。
領地の発展状況と言われたので、久々に領地の状況を確認してみる。
アーベライン子爵領 515年9月
人口 15,638人
農業 183
工業 79
商業 218
民心 74
予算 634,368,615ゾン
兵糧 110
商業値の上昇はマヤ教徒の反乱鎮圧で物流が正常に戻ったことが影響しているのだろう。民心も反乱が無くなったお陰で上昇している。予算はツァーベル伯爵からの賠償金とアプト男爵の身代金が大きい。その金を使って兵糧を買い足してみた。農業と工業については内政改革に時間がかかるので、まだ目に見える結果は出ていない。
その後は暫く歩いてお腹が空いてきたので、昼食をとることにした。ここでも目立ってしまうので、諦めて逆に目立つのを利用しようと、入店したレストランは他の客も含めて俺のおごりとした。
「領主様、ありがとうございます!」
店内が歓声に包まれて、そこからは貸し切り状態となってしまった。無料で食えるとなれば退店する客はいない。その結果、新しい客が入れなくなってしまったのだ。
「やり過ぎかな?」
大騒ぎの店内を苦笑いしながら見て、カサンドラにそう訊ねた。だが、ここでも彼女はニコニコとほほ笑んで首を横に振った。
「よろしいかと思いますよ」
カサンドラは肯定してくれる。すぐに料理が運ばれてきて、さあ食べようかというときに、店内に闖入者が現れた。エルマーとカミルだ。カミルが俺に駆け寄ってくると泣きそうな顔で訊いてくる。
「社長、これは何事ですか」
「俺のおごりだって言ったらこうなったのだが」
「警護する身にもなってくださいよ。人が多すぎて、店内の様子が全然見えないんですから」
「ついて来ているなんてわからなかったからな。悪い、悪い」
俺は二人が尾行してきていたことに全く気付いていなかった。チラリとカサンドラを見ると彼女も知らなかったとゼスチャーで示す。てっきりカサンドラの指示だと思っていたが、そうではなかったのか。
「だいたい、アーベンラインブルグの治安を考えれば護衛なんて必要ないだろう」
俺の言葉を聞いて、エルマーが怒り口調になる。
「どこに敵の間者がいるかわからないんですよ。社長になにかあったらどうするんですか!」
それにカミルが茶々を入れる。
「そうですよ。そんな事になったら、こいつはブリギッタにどんだけ怒られると思っているんですか」
「ブリギッタ?」
突然ブリギッタの名前が出てきたので、俺は理解できずにカミルに訊ねた。
「こいつ、次の戦争が終わったらブリギッタにプロポーズするんですって。まあ、今でも尻に敷かれている感じですから、結婚生活も想像がつきますよね」
「次の戦争が終わったらというのは止めておけ」
事情は理解できたが、そんな死亡フラグみたいなのは止めるように注意した。が、エルマーにはその意図が伝わらなかったようで、物凄い剣幕で迫られた。
「プロポーズを止めた方がいいってどういう事ですか!」
「何も結婚するなと言っている訳ではない。ただ、戦争が終わったらプロポーズするとか言ったら、帰ってこられなくなる不運を呼び込む可能性だってあるだろう」
「出征前じゃ不安にさせるじゃないですか」
「どっちも一緒だよ。何だったら今回の出征は見送るか?」
エルマーには悪いが、今回必要なのはジークフリートであって、その他の武将は必要ない。だからエルマーがいなくても俺は困らないのだ。愛の巣でブリギッタといちゃいちゃしてもらって構わない。というのは本人には言えないが。
だが、俺の提案でもエルマーの勢いは止まらなかった。
「社長のお役に立てないとなったら、それこそブリギッタに愛想をつかされます。それだけは勘弁してください」
困っている俺を見て、カミルが笑いながらエルマーを引き離してくれた。武力はカミルの方が上なので、エルマーはカミルに抵抗できずに離れてくれる。
俺は息を整えると、3人を見て真面目な顔で話をする。
「今回の貴族連合では、俺たちの存在なんてちっぽけなものだ。今の我が軍では攻城兵器も準備出来ないしな。だから、今回の戦争は数合わせで出ていくだけだと思っている。だいたい、こちらの連合軍の総数が20万人にもなろうかっていうのだから、ウーレアー要塞を攻撃する順番がまわってくるのかも怪しいもんだ。観光旅行だと思って行けばいいさ。誰かが死ぬようなことにはならないはずだよ。だから、エルマーがブリギッタと新婚生活を送っていてもいいんだ」
だが、3人は全員が俺と一緒に参戦すると言い張った。
結局仕事の話になってしまったが、その後は気持ちを切り替えてレストランで食事をして、3人で町を歩くことになった。
「こうして歩いていると、本当に社長に拾われたころを思い出しますね」
カサンドラの言葉にエルマーとカミルが頷く。俺も当時を思い返して懐かしい気持ちになる。
「あのころとはみんなの立場も変わってしまったが、今が幸せか?」
俺からの問いにカサンドラがほほ笑んだ。その姿は初恋の小林さんそのものであり、ドキッとする。
「社長からは過分な恩寵をいただいております。どうやってもお返し出来ませんが、今こうやって少しでもお役に立てるのが嬉しいんです」
彼女の言葉を聞いて心が痛くなった。俺が施したのは恩寵等というものではなく、完全なる自己都合だったからだ。いつか本当のことを言ったならば、彼女達は俺を見限って出ていってしまうのだろうか?
俺が何も言わなくなると、誰もしゃべらなくなってそのまま帰ることとなった。
そして9月末、出征前に各武将のステータスを確認する。
マクシミリアン・アーベライン 15歳
武力23/C
知力33(+47)/C
政治32(+48)/C
魅力56/B
健康91/C
ユディット・キルンベルガー 20歳
武力79/S
知力70/S
政治69/S
魅力86/S
健康100/S
忠誠93
ジークフリート・イェーガー 25歳
武力99/S
知力74/A
政治71/A
魅力97/S
健康100/S
忠誠86
ヨーゼフ・シュプリンガー 21歳
武力98/S
知力54/B
政治42/C
魅力67/B
健康100/S
忠誠86
エルマー 17歳
武力81/A
知力58/B
政治41/B
魅力64/A
健康99/B
忠誠100
カミル 17歳
武力90/S
知力50/C
政治41/C
魅力79/A
健康100/A
忠誠100
カサンドラ 15歳
武力52/B
知力95/S
政治93/S
魅力94/S
健康100/A
忠誠100
ブリギッタ 15歳
武力20/C
知力91/S
政治98/S
魅力83/A
健康100/A
忠誠100
やはりユディットのステータスの伸びがよい。それと、今回はエルマーに気をつかって成人したブリギッタを参戦させることにした。完全に内政型のキャラクターのステータスなのだが、安全だからいいだろうという判断だ。
さあ、いよいよだな。
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