第14話 アプト男爵戦決着
「食糧と水が到着予定時刻を過ぎても到着しておりません」
アプト男爵部隊の兵士は指揮官であるアプト男爵にそう報告した。
アプト男爵は兵士からの報告を聞いて怒鳴った。
「食糧と水が届かないとはどういうことだ!集積地の部隊が横流しでもしていて足りないというのか?兵士たちは戦闘を行って腹を空かせているんだぞ。飯も食わずに再び戦闘ができるか!確認してこい!!」
兵士はそう指示されたので、街道を戻りながらやってくるはずの輸送部隊を探しに行くことになった。
アプト男爵の機嫌が悪い理由は副官であるヴェーデル準男爵が女に討ち取られたというのが大きかった。男尊女卑の激しいこの世界で、副官が一騎討ちで女に負けたとあっては、どんな実績で勝とうが名を汚してしまう。さらに、砦を攻略出来もしないとなれば、ツァーベル伯爵の元では二度と陽の目を見ることが出来なくなるからだ。
「くそう、ヴェーデルのやつめ。一騎討ちをこちらから仕掛けておきながら負けるとは。しかも女なんかに!」
アプト男爵は歯噛みをする。それを見ていた兵士の一人が進言した。
「ヴェーデル準男爵を討ち取った女はユディット・キルンベルガーと名乗ったそうです。キルンベルガー侯爵の三女と同じ名前ですが、本人なのではないでしょうか。ならば、何とかしてそいつを捕えればキルンベルガー侯爵と人質交換の交渉が出来るのでは?」
それを聞いたアプト男爵は一理あるなと考え、冷静さを取り戻した。そして、進言をした兵士に命じる。
「なんとしてもその女を捕えるのだ。なに、一騎討ちに応じるような自信過剰なのだから、挑発を繰り返せば砦の外に打って出てくるだろう」
部下は早速この命令を他の兵士たちに伝え、休憩を取っていた兵士たちは砦の近くまで移動し、ユディットへの挑発を大声で行った。
*
俺は砦の外から大声で挑発されているのを城壁の上から聞いていた。そして、うんざりした顔をしながら隣にいるカサンドラに訊く。
「あの挑発、明らかにユディットを対象にしているよね。大女だの、女の癖にって単語が多すぎるから。ここでユディットが外に出るとまずくないかな?」
「はい。数の上ではまだあちらが有利ですから、砦での防衛という有利な条件を失えば、戦況はどう転ぶかわかりません」
カサンドラもため息をつく。実は先程まで挑発を聞いて飛び出そうとしたユディットを二人でなだめていたのである。そして、今は挑発が聞こえにくい砦の奥で休ませている。ゲームのシステムでは一騎討ちだけでなく、城砦での防衛戦でも挑発により引きこもっている相手をおびきだすことが可能だ。特に知力の低い武将がおびき出されやすい。今のユディットだと挑発にのせられる可能性が極めて高いのだ。
ただ、挑発されるのが悪いことばかりではない。怒りによって武力の値が+10されるのだ。だから、挑発を使うのも良し悪しがある。
「ユディットが飛び出したとして、勝てる見込みはあるかな?」
「危険な賭けですからあえてそれはしたくないですが、そのような状況も想定してエルマーには指示を出しておきました」
「助かるよ」
俺がねぎらうとカサンドラは嬉しそうに微笑んだ。本当に彼女の存在には助けられている。知力の影響で状況が刻一刻と変化する戦場に於いて、俺では適切な指示を迅速に出すことができないのだ。
丁度その時、下の方から押し問答が聞こえてきた。片一方の声の主はユディットだ。
「もう我慢ならぬ、今すぐ開門せよ!」
「なりません」
「我が指示をきけぬと申すか」
「軍師様からはそのような指示が出ておりません」
「侯爵家の家名を馬鹿にされているとなれば、アーベライン子爵家だけの問題ではないのだ!どけ」
挑発にのってしまったユディットは武力値+10となっており、現在は80となっている。結局力で押し切って城門を開けて外へと出ていってしまった。一騎討ちではないので相手は大勢で彼女に攻撃をすることが出来る。
その状況を見てカサンドラが叫んだ。
「エルマー、指示通りにやりなさい」
待機していたエルマーはその指示を受け取って、部隊を引き連れてユディットの後を追う。俺はカサンドラと二人で城壁の上から彼らの動きを見守る。
「敵はユディットに集まっていくな。エルマーはユディットを追いかけていないが」
見ればユディットは真っ直ぐに敵に突進していき、その後ろを50人程度の兵士が追いかけていくが、エルマーは城門を出た後でユディットが通ったルートから少し左にずれた所を進んでいた。
それをカサンドラは満足そうに眺めている。
「ユディット様を囮につかうだなんて、侯爵様に処刑されてもおかしくない作戦ですが、今回の場合はユディット様が自ら敵陣に切り込んでいったので仕方ないですよね。おそらく敵もユディット様がキルンベルガー侯爵の令嬢であることには気づいているので、殺さずに生け捕りにしようとするはずです。そのため攻撃は手加減されるのでユディット様を捕えるにしても時間が掛かるはずです。その間に薄くなったアプト男爵の守りをエルマーに破らせて男爵を殺すか捕虜に出来ればこちらの勝ちです」
カサンドラはユディットを囮に使う方法を考えていた。そうなると、先程の門番との押し問答も言い訳づくりのためだった気がしてならない。敵がユディットがキルンベルガー侯爵の令嬢であると気づいたとわかった途端に、この局面で咄嗟にそのような作戦を思いつくとは随分と優秀に育ってくれたものだ。俺はそこまでは教えていないのになあと感心した。
そして戦況はカサンドラの思惑通りに進んでいく。ユディットに攻撃している兵士が忌々しそうに彼女を睨む。
「くそう、こいつ女の癖にめちゃくちゃ強い!」
「女と見くびったことをあの世で後悔しろ!!」
「ギャア」
ユディットの怒りの一撃で彼は絶命した。
「どうした、ツァーベル伯爵の軍はこんな腰抜けしかいないのか?先程我が侯爵家を侮辱したものたちは、命でつぐなってもらうぞ!」
「囲め、所詮相手は女だ!」
「この後に及んでまだ女と侮る愚をおかすとは!」
数では不利ながらも相手の訓練不足もあって、ハルバードを軽々と振り回すユディットに、敵軍は手を焼いていた。
相手の意識がユディットに集中しているところを、エルマーがアプト男爵の本体に横から襲い掛かったことで、薄くなっていた男爵の警護は崩壊した。
「撤退だ!侯爵令嬢は諦めろ!!」
慌ててアプト男爵が指示を出すが、ユディットに取りついた兵士達にはその指示が届かない。指示が届いた者だけが戦場から逃げ出していった。そして後ろががら空きとなったユディットを攻撃していた者達は、エルマーの部隊によって背後から攻撃されてあっという間に全滅した。
俺はそれを見ていて、追撃しない事を不思議に思う。
「追撃はしないのか?」
カサンドラに訊ねると彼女は微笑む。
「ジークフリートの部隊が潜んでおりますので、追撃は不要ですよ。それに、彼等が退却しようとしている村は、ヨーゼフとカミルによって占領されるはずですから、彼等には全滅以外の道はないです。それよりも、社長にはやっていただきたいことがあります」
二人だけだと社長と呼ぶのは変わりないなと、幼かった子供のころをみる感覚で彼女を見た。
「何かな?」
「ユディット様に罰を与えてください。挑発されたとはいえ、命令を無視して砦の外に出たわけですから。戦果があったとしても、規律を維持するためには処罰しないと」
「罰か」
カサンドラのいうことはわかる。いくら戦果をあげたとしても、命令違反は見逃せない。これを許せば手柄を立てたい連中がこちらの命令をきかなくなる。
さて、どのように罰するかと悩んで、こちらに戻ってくる部隊を確認すると数が半減していた。ユディットにはこの半減の責任を取らせようか。
アーベライン子爵軍
総指揮官 マクシミリアン・アーベライン
軍師 カサンドラ
副官 ユディット・キルンベルガー
副官 エルマー
兵士数 156人
歩兵 156人
訓練度 89
士気 96
敵を蹴散らし意気揚々と帰ってきたユディットとエルマーを城門で出迎える。
「敵を蹴散らして参りました」
そう胸を張るユディットに対して、俺は怒りの感情をわざと見せつける。
「勝てばよいというものではありません。何故命令を無視して飛び出したのですか」
そう問われてユディットは強く反論してきた。
「家名を貶められて黙っているわけにはゆかぬ」
俺は今度は呆れてみせ、さらにため息をついた。
「その結果が、砦の守備隊の半数を減らしたんですよ」
「そ、それは勝利には必要なことではないか」
「軍師殿の作戦どおりであれば死なずにすんだ者たちへ、貴女はどう説明をするのですか?それに、これで敗北でもしていようものなら、砦の外に出ているジークフリートたちも危険にさらされていましたし、アーベライン子爵領が敵に蹂躙されていたんですよ。そのような事が理解できないわけでもないでしょう」
「っ…………」
ユディットは反論できずに黙ってしまった。そこに追い打ちをかける。
「ユディット・キルンベルガー、今から十日間の謹慎をもうしつける。その間、何が悪かったのかを反省してください」
「十日もか」
「ええ。ただし、今は戦争中なので先に帰還させるわけにもいきません。この先戦闘があるかどうかはわかりませんが、砦の奥で反省していてください。武器を握るのには俺の許可が必要ですから」
うなだれて固まってしまったユディットを見て、ちょっとやり過ぎたかなと思い、ついフォローをしてしまう。
「貴女は俺の婚約者なのだから、あまり心配させないでください」
今度は優しくそう言うと、隣にいたカサンドラから殺気のようなものが伝わって来た。
「これでは反省してもらえないかな?」
慌ててカサンドラに確認すると、彼女の後ろに般若が見えたような気がして、背筋に冷たいものが走る。
「いいえ、子爵様がそうお考えならそれでよろしいかと」
全く感情のこもっていない声が返ってきた。俺は何を間違ったのだろうか?これ以上ユディットをここに置きとどめておくのは良くない気がして、彼女を下がらせた。そして、砦の外に出している部隊の状況を確認する。
ジークフリートは見事に敗走するアプト男爵の軍に奇襲を成功させ、アプト男爵を捕虜とすることに成功した。
―― 指揮官であるアプト男爵を捕虜にしました ――
そうシステムの音声が教えてくれる。
ヨーゼフとカミルは物資集積地となっている村の占領に成功し、ヨーゼフはそこからツァーベル伯爵領に侵攻して、村に向かっていた輸送部隊を叩いていた。そしてあっさりと勝利して村に帰還してくる。
そこでシステムの音声が聞こえる。
―― 戦闘に勝利しました ――
当初の作戦が完了したので、勝利の条件を満たしたということか。ここから更に逆侵攻するのであれば、今度はこちらから戦争を仕掛ける必要があるということだな。まあ、今回はここまででいいか。
そう考えていたら、カサンドラが俺の指示を確認してきた。
「各部隊の状況を確認するために、砦から兵士を派遣しようと思いますが」
「ん-、それならば帰ってこいとだけ伝令を出せばいいかな」
するとカサンドラは不思議そうに俺を見てくる。
「あの、敵の状況がわかりませんので、ある程度の人数を出した方がよろしいのではないでしょうか」
「あっ……」
結果を知っている俺は、ついカサンドラも知っていると思って言ってしまったが、彼女というか俺以外は戦況を俯瞰して見る事が出来ないので、未だにアプト男爵の部隊に警戒する必要があると思っているわけだ。
「そうだったね。つい、ジークフリートたちが上手くやっていると思い込んでしまったようだ。直ぐに派遣する兵士を編成して、状況を把握するように。この砦の兵士も減ってしまって不安だからね」
「承知しました」
そう返事をしたカサンドラの表情は、何か腑に落ちないといったようであった。
兵士を派遣してから数時間立つと、最初にジークフリートがもどってきた。彼はアプト男爵を捕虜として意気揚々と戻ってきたのでその成果をねぎらう。その翌日にはヨーゼフとカミルの部隊が帰還した。こちらはジークフリートが伝令を出してくれていたので、砦から派遣した兵士が到着するよりも早く村を出発していたのである。これが無ければもう1日待つことになっただろう。
「本当に占領した村を放棄するんですかい?」
ヨーゼフは自分が占領した村を直ぐ手放すことに不満を見せたが、ジークフリートに頭を小突かれた。
「最初からそういう計画だったろう。今の我らでは防衛するだけの実力がない。なに、お前の働きは誰もがわかっているから心配するな」
兄貴分であるジークフリートに言われてヨーゼフは大人しく引き下がった。
そしていつものステータス確認だ。
マクシミリアン・アーベライン 15歳
武力23/C
知力32(+48)/C
政治31(+49)/C
魅力56/B
健康89/C
ユディット・キルンベルガー 20歳
武力76/S
知力63/S
政治58/S
魅力86/S
健康98/S
忠誠92
ジークフリート・イェーガー 25歳
武力99/S
知力73/A
政治71/A
魅力97/S
健康98/S
忠誠84
ヨーゼフ・シュプリンガー 21歳
武力98/S
知力53/B
政治41/C
魅力67/B
健康98/S
忠誠84
エルマー 17歳
武力80/A
知力58/B
政治40/B
魅力64/A
健康95/B
忠誠100
カミル 17歳
武力89/S
知力50/C
政治41/C
魅力78/A
健康97/A
忠誠100
カサンドラ 15歳
武力51/B
知力95/S
政治92/S
魅力94/S
健康96/A
忠誠100
謹慎はさせることになったが、ユディットのステータスの伸びは著しいな。今回ユディットが討ち取られなくて本当によかった。これからはもう少し知力を伸ばして、敵の挑発に乗らないように育てていこう。
そしてアプト男爵を俺の前に引きずり出させる。配下の武将もその場に列席させて、そこにはユディットも呼んだ。
俺は縛られて跪いているアプト男爵を睥睨してからユディットの方を見た。
「我が婚約者の家を侮辱した責任をとってもらわねばな、男爵」
アプト男爵は忌々しそうにこちらを見上げた。
「金なら身代金を払う」
その提案を鼻で笑い飛ばした。
「それは捕虜になった分でしかないし、侮辱に対して金銭で赦したとあっては侯爵様に申し訳がたたない。ヨーゼフ、男爵の右手小指の骨を折れ」
「承知しやした」
俺の指示にヨーゼフは嬉々として男爵の右手を掴むと、一気にその指をあらぬ方向に曲げた。
「ギャアアアアア」
アプト男爵の悲鳴が室内に響き渡る。男爵はその後荒くなった息を整えると怒声を飛ばしてきた。
「こんなことをしてただで済むと思うなよ!」
それを俺はまたも鼻で笑い飛ばす。
「勘違いしてるようだが、俺は別にあんたが生きて虜囚の辱しめを受けるのをよしとせずに死を選ぼうが、武器を奪取して脱出を試みた結果命を落とそうがかまわないのだよ。別に身代金がなくても領地の経営は困らないのだからな。ヨーゼフ、男爵が自分の立場を理解できるまで、他の指も折れ」
「へっへっへ、わかりやした」
ヨーゼフはニコニコしながら男爵の指を次々と折っていった。床は男爵の小水で濡れ、遂には泣きながら詫びをいれてくる。
「申し訳ございません。侯爵様とご令嬢を侮辱したことをここで謝罪いたします」
「ということだが、ユディットはどうする?首を刎ねるというのであればそれでも良いが」
俺の質問にユディットは首を横に振った。
「男爵の不様な姿を見て、我が怒りは消え失せた。あとの処分は子爵様にお任せ致します」
「わかった。では男爵には自分の命に値段をつけてもらおうか。身代金の額は自分で決めよ。ただし、あまり安いならその金額を貴様の家族に払って、俺の手で殺してやるがな」
そう脅したら、1億ゾンの身代金を払ってもらう事が出来た。
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