2章
第12話 ユディット・キルンベルガー
話を聞いている間も終始カサンドラの機嫌が悪い。ホルツマンへの質問にも棘が有るのがわかる。
「それで、ユディット様はここでどうされるおつもりでしょうか?子爵様も他の相手のように平手打ちされるのであれば、その前に出ていっていただきたいのですが」
とつっけんどんな言い様である。ホルツマンは恐縮して
「お嬢様は寡兵で敵を討ち破ったアーベライン子爵の手腕を評価してはおりますが、自分ならもっと上手に出来たとおっしゃっており、多分、この領での軍事の指揮を執りたいのかと。私としてもお嬢様が戦場に立たれるような事があれば、侯爵様になんと言われるかわかりませんので、出来る事なら大人しく侯爵様のところへ戻っていただきたいのですが」
と答えた。上司から問題児を押し付けられたとみれば、可哀想な人である。それと、ユディットがどうして乗馬用のキュロットはいていたのかなんとなく理解できた。貴族のお嬢様としてではなく、有能な指揮官として認められたいという気持ちから、スカートという女性として着飾るための衣服を選択させなかったのではないだろうか。
「まあ、俺としてはホルツマンさんの境遇に同情するけど、お嬢様を説得するのは骨が折れそうだね。一度話はしてみるけどね」
そう言う俺にカサンドラが質問してくる。
「婚約をどうされるおつもりですか」
「侯爵の手前、無下にする訳にもいかないけど、本人にそのつもりがないなら婚約はしないよ」
「それならば、早速本人に婚約の意思を確認しましょう!」
「まだ湯浴みの最中だろう」
はやる気持ちのカサンドラに呆れるが、ブリギッタに
「社長はそういうところがダメなんですよ」
といわれてしまった。性欲が足りないのが悪いので、湯浴みを覗けということかな?そんな出歯亀みたいなこと出来るか。
「覗きは良くないと思うぞ」
「?」
ブリギッタは俺の返事に不思議そうな顔をしたあと、がっかりした様子を見せた。そんなに性欲があった方が良いのかな?
その後はユディットの扱いについて結論が出ない議論が続き、当の本人が風呂からあがってきたところで議論は終わった。
早速本人から本来の目的が伝えられる。
「婚約というのは表向きの理由。我が目的はこの領地の建て直し。寡兵での勝利は見事であったが、もっと上手くやればそもそもダミアン殿が討たれることもなかったのではないか?子爵は我が指導に従ってもらおう」
とんでもない要求を突き付けられた。もちろんそんな要求呑めない。
「いや、それは無理です。というか、とても横暴なやりかたじゃないですか。そんな事をすれば他の寄り子も、侯爵様が寄り子の領地を取り上げようとしていると考えますよ」
「だから婚約者という体裁を取っているのだ。なんなら結婚してもよいぞ。なに、夫婦となっても子供をつくるつもりはないから安心せい」
俺の貞操が保証されても嬉しくない。
「そもそもどうして私がユディット様の指導に従わなければならないのですか」
「それは私の方が能力が高いからだ」
と胸を張るユディット。どれ、そんなに能力が高いのかと鑑定をしてみた。
ユディット・キルンベルガー 20歳(515年)
武力66/S
知力48/S
政治37/S
魅力85/S
健康99/S
忠誠0
キルンベルガー侯爵の三女
小説の裏設定では侯爵家の権力闘争に巻き込まれ、修道院に送られた後に暗殺される
「はあ?」
鑑定結果を見て変な声が出てしまった。全適性がSとか主人公のクリストファーと同じじゃないか。現在のステータスは低いが、伸びしろがとてもあるということだ。そして、裏設定とかいう説明を見ると表に出る事無く消えていった不遇の人物であるということが判る。
是非とも部下に欲しい。問題はこのじゃじゃ馬を俺が手懐けることが出来るかということか。気を抜けば本当にこの領地を全部持って行かれる素質を秘めている。
「失礼ですが、ユディット様の実力とやらがこちらにはわかりません。それを見せていただきませんとなんの判断も出来ません」
「よかろう。ならば手ごろな戦争相手を見つけてこい」
「わかりました」
俺があっさりと承諾したのでユディットも含めて全員が驚いた。
「マクシミリアン様、戦争を仕掛けるにしても大義名分も無ければ、周囲の貴族が味方しないばかりか、敵に回ることもありますぞ」
オットーが慌てて俺を止めようとする。が、俺には相手の算段があった。
「我が叔父、アウグストは不正蓄財の疑いがある。父の弟であるのをよいことに、代官として赴任した土地で税を収奪しているはずだ。まずは遡れるだけの帳簿の確認と、現地での確認を行え」
俺の指示でオットーとカサンドラが動く。まあ、これは小説でアドルフが後継者の権利が有ると反乱を起こしたアウグストを討ち取った後、彼の行いを調べて発覚したことである。小説で書かれているのだから、当然彼はこの世界でやっているはずだ。
数日後、やはり税を収奪していた事実が発覚する。税の収奪は死罪と決まっているのでその旨をアウグストに通知すると、部下を伴って反乱を起こした。さて、これで舞台は整った。
「反乱の鎮圧に向かいます。ユディット様の指揮で我が領兵を動かしてみてください」
「見て驚くがよい」
そんな感じでアウグストが代官をつとめる町へと向かうことになった。こちらは100人に対して、アウグストは50人程度だと報告を受けている。これも小説どおりだ。マヤ教徒の反乱直後で正規兵が少ないので、50人集めればなんとかなるという考えなのだ。まあ、正しいと思う。計算違いはこちらにジークフリートとヨーゼフがいること。さらに小説との違いはエルマーとカミルもいることだ。兵力差が逆でも勝利が難しいのに、こちらの半分ともなれば勝利は絶望的だ。なので、俺は安心してユディットの手綱を緩める事が出来る。
こちらが出発した翌日にはアウグストの立て籠もる代官屋敷が見える場所に到着した。
俺はそのタイミングでジークフリートとヨーゼフを呼び寄せる。
「屋敷の手前の道に違和感を感じる。おそらくそこに落とし穴がある。ユディット様が突撃するようなら止めてくれ」
そう指示するとふたりは頷いた。何故そんな指示が出せたかというと、小説に書いてあったからである。クリストファーと対比するように、同じ成り上がりのアドルフの東部の支配者となる過程の描写もそれなりの量が有り、子爵領での反乱も描かれているのだ。
――戦闘フェーズに移行します――
システムが戦闘開始を告げる。
場所が町中であることもあって、周囲には住民の野次馬がいたが、彼等は戦闘フィールドに弾かれて近寄っては来られなくなった。まあ、本人たちは気が付かないだろうけど。
そうしていよいよ代官屋敷の目と鼻の先までくると、アウグストが屋敷の前に立った。
「私の罪をねつ造し、邪魔者を排除することで子爵家を専横せんとする態度は許せん!亡き兄に代わって成敗してくれる!かかってこい!!」
と声高らかに宣言した。ここで俺が頭にきて突進すれば落とし穴にはまることになるだろう。だが、アドルフが落とし穴を見破ったように、俺も落とし穴を見破っている。
ただ、ユディットはそうではないが。
「おのれ、悪徳代官の分際でなにを言うか。二度とその汚い口をきけないようにしてくれる!皆の者突撃!」
彼女はそう言うと先頭に立って走っていく。
それを後ろからジークフリートが掴まえた。
「何をする!?」
と怒りをあらわにするユディットに俺は
「落とし穴ですよ。道が不自然になってますから、おそらく落とし穴があるんだと思います」
と言ってやった。そして、エルマーに目で合図すると、エルマーはハルバードの先端で地面をつつきながら進んでいった。そしてある程度進んだろ頃で落とし穴が姿を現す。
「なっっっ……」
これにはユディットも言葉を失った。なにせジークフリートが止めていなければ今頃は穴の中で串刺しになっていたのだから。
「何故罠が有る可能性を考慮しないで、あんな単純な挑発にのってしまうのですか。おかげで有能な部下を失うところでしたよ」
俺にそう言われると、ユディットはキッと睨んできた。
「あんなもの私でも見抜いて回避していたわ!」
そう言われて俺は頭に血がのぼった。あのままだったらジークフリートやエルマーたちが死んでいたかもしれないとおもったら、理性が利かずに手が動いていた。
そのままユディットの頬を叩こうと思ったら、こちらの腕を掴まれて逆に平手打ちをくらう。
「何をするか!」
痛い。こういう時武力が低いというのは辛いな。数値の差は絶望的なまでにあるので、平手打ちは簡単に躱されて反撃を食らってしまう。
俺が平手打ちされるや否や、カサンドラがジークフリートたちに指示を出す。
「領主様を平手打ちした不敬な者を捕えなさい」
その指示で直ぐにジークフリートとカミルがユディットを取り押さえた。そしてカサンドラがユディットの頬を往復で平手打ちする。
パンパンという音がすると、呆気にとられた全員が固まってしまい、しばしの静寂が訪れる。アウグスト陣営も何事かとこちらを見て固まっていた。
そして、やっと我に返ったユディットが取り押さえられたまま、カサンドラを睨みつけた。
「無礼な!我が頬を叩いて良いのは家長である父のみ。不敬罪で貴様など死罪にしてくれる」
この世界の不敬罪は皇族だけではなく、貴族にも対象が広げられている。平民が貴族に手を出せばその貴族が量刑を決める事が出来る。死罪と言われればそうなる。成人しているユディットではあるが、親の庇護を受けており、扱いとしては貴族と同等となるので、不敬罪が適用されるというのは法律的には正しい。
そのような状況であっても、カサンドラはユディットを睥睨し、彼女の態度を鼻で笑う。
「残念ながら私はただの平民ではありません。アーベライン子爵領軍の軍師ですので、戦闘中は私の権限は領主と同等になります。なので、今は指揮官といえども私よりは立場が下になるのです」
それを聞いたユディットが事実を確認するためにこちらを見た。俺はそんな彼女に頷いて見せた。カサンドラを軍師に任命したということはないのだが、別に任命したとしても証拠を残すわけではないので、この嘘はばれるわけがない。
「そういうことです。この時刻をもってあなたの指揮権をはく奪します」
カサンドラにそう宣告されてユディットはうなだれた。そして、うなだれた顔の下の地面が雨の降り始めのようにぽつぽつと少し濡れたのが見えた。
「それでは軍師殿、どうやって敵を倒すのかお手本を見せていただけますか」
俺はおどけてそう言うと、カサンドラは自信満々に頷いた。そしてアウグストの方に大声で話しかける。
「叛乱軍のみなさん、今首魁であるアウグストを差し出せば罪は問いません。だけど、それを拒むのであれば屋敷を包囲して火を放ちます。逃げ場もなく焼かれるのと無罪になるのと、どちらが良いか5分以内に選びなさい」
その宣言をして1分は動きが無かったが、2分たつと屋敷からぞろぞろと人が出てきてアウグストを取り囲んだ。
「貴様らこんなことをしてどうなるかわかっているのか!」
アウグストとその取り巻き数名が騒ぎ立てるが、数の差はいかんともしがたく取り押さえられてしまった。そして俺たちの前に突き出される。既に何度も殴られており、顔だけではなくて見えるところが傷だらけだ。
――戦闘に勝利しました――
システムが俺たちの勝利を教えてくれる。
みじめな姿となったアウグストを一瞥してから、視線を周囲の野次馬に向ける。
「領民諸君、例え俺の血縁であろうとも不正を働けば死罪となることを見せてやろう」
そう宣言してヨーゼフに合図をする。ヨーゼフは俺の意図を理解して、持っていた大剣でアウグストの首を一撃ではねた。転がる首を見せつけられた野次馬は音一つ立てないでそれを見ていたが、暫くして誰かが叫んだ。
「領主様、万歳!不正をしない領主様、万歳!」
それが次第に周囲に伝わっていき、俺は大歓声に包まれることになった。
その後は約束通り叛乱軍は無罪放免とし解散させた。皆、この町や周囲の村で徴兵された兵士だったので、特に問題もないためだ。
そして、兵士達は不正蓄財の証拠を確認させるため、屋敷を捜索させることになる。
その間、俺とカサンドラに護衛のジークフリートとヨーゼフ、エルマー、カミルとユディットにアントンが外に残って話をすることとなった。
「しかしなあ、カサンドラは本当に屋敷に火を放つつもりだったのか?中にあるアウグストがため込んだ財宝も焼ける可能性だってあったのに」
と訊ねると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「こちらの兵士を失う事に比べたら、財宝が焼けることなど些細な事です。それに、金であれば焼けたとしても使えることもありますし、全てが駄目になるというわけでもありません。ただ、相手の雰囲気からアウグストのために命をかけるという気概を感じなかったので、立て籠もる事はないと考えていました」
「流石だな、我が領の軍師殿は」
そう言ってからユディットのほうに向きなおる。
「さて、ユディット様なにか言いたい事はありますか?」
そう訊ねると
「すまなかった」
とポツリと言った。素直に謝った事に驚いた。今までの様子からすると、もっと嚙みついてくるのかとおもったが、そんなことは無くて謝罪されるとこちらも面喰ってしまう。
「これからどうしますか?」
もう一度訊ねる。諦めて帰ってもらうのもいいのだけど、あの適性を見てしまうとなんとかして手元に置いて育てたいという気持ちが強い。
「大言を吐きながらこのような不様を晒して、私にも恥というものがある。本来であれば実家に帰るところだが、出来れば今後は一兵卒としての扱いでもよいので、ここで学ばせてほしい」
その言葉を聞いて俺は内心小躍りしたが、表には出さない。そして、反対にがっかりした表情を隠そうともしなかったのがアントンだ。彼の任務からすれば、ここでユディットが実家に戻る選択をしてくれるのがよかったのだろう。
「わかりました。しかし、一兵卒という扱いでは私が侯爵様しかられてしまうので、これからも婚約者ということにしましょう。戦術戦略はカサンドラに、訓練はジークフリートとヨーゼフに教えてもらってください。内政については私たちも初心者ですので、一緒に学んでいきましょう」
こうして俺はユディットというダイヤの原石を手に入れることが出来たのだが、カサンドラの機嫌が一気に悪くなった。
「婚約者のままなんですか」
「そうだけど。何か不都合でも?」
「いや、そういう訳ではないですけど――」
カサンドラはそう否定して見せたが、どうみても不満たらたらだ。ひょっとして指導するのに身分の差を気にしているのかな?
「生まれの差はあるが、この領地ではカサンドラの方が上になるから気にしなくていいんだけど」
「そういう事じゃありません!」
その後しばらくはカサンドラの機嫌が悪かった。
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