第11話 子爵継承と侯爵令嬢
俺は無事に子爵を継承できた。親兄弟がマヤ教徒に討たれてしまい、残ったのが俺だけしかないとキルンベルガー侯爵に申し出て、侯爵が俺を子爵家の正当な後継者であると認めてくれたからである。本来は貴族の爵位については皇帝に任命権限があるのだが、皇帝の威光が薄れてしまったこの時代では、各地の有力な貴族が自分の寄り子を皇帝に推薦するという形式をとれば、その推薦が自動的に承認されることとなっている。それだと爵位持ちであふれかえってしまうと思うだろうが、そこは、領地を所有するにはそれなりの実力が必要で、新規の土地が無い中では、爵位を与えられても領地は与えてもらえない名誉貴族ということになる。
実際、金に困った貴族が商人などに金で爵位を与えることもあった。金で買った爵位ではあるが、金に困った貴族から土地も購入する事が出来れば、そこは領地となるので本物の貴族となる。今の帝国にはそんな成り上がりの貴族も多い。
そんなわけで、やっと領地経営をすることが出来るようになった。先ずはマヤ教徒との戦いで減った領地軍の再編成だ。こちらはジークフリートを軍のトップに据えて、募兵して数を整えた軍隊の訓練を任せた。副官はヨーゼフだ。
「子爵殿の軍隊を帝国一の強さに鍛え上げてご覧にいれましょう」
とジークフリートは胸を叩いた。
「兄貴と俺が鍛えたら間違いなくそうなるぜ」
とヨーゼフも自信を見せるが、その言葉づかいをジークフリートに注意された。なお、彼はアドルフに対しても同じような態度の描写だったので、俺を見下しているという訳ではない。
次は内政だが、オットーにカサンドラをつけて政務に当たらせることにした。カサンドラは五年間派遣として役人の仕事を経験しており、十分に期待に応えてくれることだろう。老齢のオットーがいつ引退してもいいように、オットーには彼女に仕事の全てを教えさせる。
そして、ブリギッタは教育担当の役人に任命した。教育担当といっても子供たちを教育する担当ではない。教科書、教材、教員免許についてを取り扱う役人だ。
残念ながら我が領には公立の学校を作る余裕はない。なので教育は民間に任せる事になるのだが、その質と内容はこちらで管理するのが目的だ。ブリギッタには派遣会社の部長と役人の二足の草鞋を履いてもらう事になるが、彼女の能力ならそれも可能だろう。ちなみに、部長という役職は彼女が社長は俺だけの役職だというので、部長という肩書を名乗ってもらっている。実質的には経営を取り仕切っているのはブリギッタなのだが、まあ役職は大きな問題にならないのでそれを認めている。
ブリギッタを役人に任命するため、子爵家の執務室に呼んでいる。そこにはオットーとカサンドラもいる。エルマーとカミルはジークフリートとヨーゼフにしごかれている最中だ。
「ブリギッタ、君にやってもらいたいことは教育内容の策定とそれに沿った教科書の作成、それから教材づくり。さらには教員免許制度の策定だ」
「社長、指示の内容が大きすぎて私には」
ブリギッタがかしこまって俺を見た。たしかにこの指示だと丸投げもいいところだな。もう少し細かく指示を出そう。
「教育内容については読み書きと計算をどこまで教育するかだね。足し算引き算で十分ではないが、高等な学者がやるような計算までは教える必要はない。商人や役人として使う程度の計算がどの程度なのかを決めて、そこまでの教育カリキュラム、わかりやすく言えば授業内容を策定するんだ。それが決まれば教科書をつくるのは出来るよね。読み書きにしても難しい言葉は必要ないが、一般生活をするうえで使うような言葉は覚えさせたい。役人として採用したならば、難しい言葉も覚えてもらうけど、それを直ぐに覚えられるような下地をつくりたいんだ」
「かなり大きな話になりますね。教材も私がつくるのでしょうか?」
「案を出してくれたらそれを職人に発注してもいい。教科書だけだと子どもの興味をひくのは難しいからね。まあ、今やっているようなことでいいんだよ」
俺が今までやってきたのは、道に落ちている石や葉っぱを商品とお金に見立てて、それを使って買い物ごっこをさせたり、絵札に文字を書いたカードでカルタ取りのような勝負をさせたりしてきた。時にはフリップを使いクイズを出して授業の導入をしてみたりと、兎に角子供に興味を持たせる工夫をしてきたつもりだ。
ブリギッタにはそれらをあらかじめ用意させて、教師の負担を軽くするための仕事をしてもらいたいのだ。
そして、教師を免許制にするのも重要である。特にこれからは道徳教育も導入していきたいし、指導方針が変われば教師もそれに対応してもらわなければならない。君君たらずといえども臣臣たらざるべからずみたいな君主に忠誠を誓うことを教えるのも教師の役目として設定し、それに従わない教師は免許の更新をしないようにする。現代日本なら大問題になるだろうが、俺も命がかかっているので手は抜けない。その事もブリギッタに伝える。
「つまり、教育は領民が事業として行うけれども、それをこちらでコントロールするということですね」
ブリギッタは俺の意図を理解してくれた。
「そうだ。本当なら公立の教育機関を作りたいが、今はそんな余裕がない。だから、教える内容だけでもコントロールしようというわけだよ。実際には今ブリギッタがやっているようなことを画一的に出来るようにするだけさ。ただし、教師を育成するための機関は作らないとかなあ。何も無しで試験をして免許を取得しろってのは無理だから」
「教師を育成する機関もですか。改めて自分のやっていることを他人に伝えるとなると難しそうですね」
ブリギッタ困惑の表情をみせるが、彼女の頭の中はすでに俺の指示した仕事をどうこなすか考え始めていた。そんな彼女を見て俺は申し訳なく思うところがあった。
「経営権を渡してすぐにライバルを作るための仕事を任せてしまって申し訳ない」
そう謝ると、彼女は首を振った。
「いいえ、今いる子どもたちが育ったら、教師という新しい職業が出来るからそれはそれでよかったと思います。それに、私もこうして再び社長のお役に立てるのが嬉しくて。ライバルが増えたところでこちらが常に業界のトップを取り続ければいいことですし、教育水準の維持のためにはこうした競争も必要だと思います」
「そう言ってもらえると助かるよ。俺もオットーもカサンドラも相談に乗るから、なにもかも全部自分でやる必要はないからね」
「わかりました。その時はよろしくお願いします」
ブリギッタがそう言ったところでシステムの音声が入る。
――領地の発展状況を確認できます――
おお、戦略シミュレーションゲームっぽい。というか、そのものなんだけど。『英雄たちの野望』のゲームでは内政を強化して富国強兵をしながらゲームを進めていく。人口・農業・工業・商業に加えて民心という領民の忠誠心がある。人口は生産量と徴兵可能数に影響する。農業は食糧に影響するので、これが少ないと戦争が出来ないどころか、領民が逃げ出してしまう。工業は武器の製造と鉱物の採取、それから収入に影響する。商業は収入だ。それに加えて民心が低いと住民の逃亡と反乱に悩まされることになる。
どれ、早速領地の状況を確認してみようか。
アーベライン子爵領
人口 15,325人
農業 182
工業 79
商業 205
民心 67
予算 356,225,607ゾン
兵糧 63
農業はx100が賄える人口になる。余剰分が兵糧として備蓄可能なものだ。余剰分は備蓄するだけではなく、売ればお金になる。農業値を基本に豊作、不作、凶作などのイベントで収穫高が変わってくる。なお、各発展の値に上限はない。商業が突出しているのは街道に位置しており、商人達が収める税金が高いというのがある。民心の上限は100であり、これは武将の忠誠と同じだ。67という値は悪くはないが良くもない。60を下回ると反乱が起きる可能性が出てくる。予算は内政や戦争に使える金額であり、今はそれなりに余裕がある。借金をするとこれがマイナス表示になり、毎月税収から金利と返済する元本分が引かれる。兵糧はx100人が一か月戦争に動員できることになっている。
なお、マヤ教徒の反乱はボリバルの死亡とほぼ同時期にクリストファーによって教祖のベネディクトが討ち取られ、指導者を失ったことで急速に鎮火されてしまった。小説通りの展開であり、領地内でのマヤ教徒によるこれ以上の反乱の恐れは無くなったのである。
流石に予算は潤沢だなと思っていたところで、門番が部屋にやって来た。
「お客様がお見えです」
「今日は面会の予定はブリギッタしかなかったはずだが」
「それが、キルンベルガー侯爵の三女であり、子爵様の婚約者だということですが」
室内の全員の視線が俺に集まるのがわかった。
「初耳なんだけど……」
特にきつい目線のカサンドラに無実を訴えるような眼差しを向けた。俺が無実を訴える意味もわからないが、何故かそうしてしまった。こっちをみてニヤニヤしているブリギッタがムカつく。
「本物かな?」
そう報告に来た者に訊ねた。
「馬車にある紋章は間違いなくキルンベルガー侯爵のものです」
「そうなると会わないわけにはいかないよねえ。こういうのって普通先触れとか打診みたいなのがあるんじゃないかなあ?」
気は乗らないものの、相手が格上となれば会わざるを得ない。門まで迎えに行こうと思ったら、ドアの向こうから女性の声が聞こえてきた。
「まったく、どうして子爵は顔をださないの!」
「お待ちください。今子爵様にご報告しているところですから」
ドアを開けなくてもわかる。相手は待ちきれずにこちらに乗り込んで来たのだ。相手が侯爵令嬢ともなれば、こちらは格下なので言うことをきくしかない。居城に入ると言われれば従うしかないわけだ。止めようとして体に触ったら死罪を申し渡されても仕方ないくらいには。
声が聞こえてからすぐに部屋のドアが開く。ドアの向こうには栗毛の短い髪に切れ長の目、それがジークフリートと同じくらいの高さにあった。それを見上げていた俺の視線を下に向けると、大きな胸と括れた腰に大きなお尻が見える。お尻の形がわかったのは彼女が乗馬キュロットみたいなパンツを履いているからだ。美人なのだが近寄りたくないというのが第一印象。
そんな彼女が
「この中で子爵は誰か?」
と厳しい口調で訊いてきた。
「私ですが、どちら様で?」
とこちらも訊き返す。
すると、護衛の騎士と思われる男が
「こちらにおわすのはキルンベルガー侯爵家のお嬢様、ユディット様である。こちらに侯爵様から子爵様に宛てた書簡がありますので、ご確認いただきたい」
と答えた。
俺は書簡を受け取ると内容を確認する。そこには娘をよろしく頼む、これは子爵家継承の条件だと思ってくれと書いてあった。そして、騎士からの何かを訴える視線を感じ取ったので、簡単な挨拶だけして、ユディット様には長旅の埃を落とすための湯浴みをしてもらうという理由で退室していただいた。
そして、護衛騎士と俺たちの話し合いが始まる。彼はアントン・ホルツマンと名乗った。その彼が言う。
「突然で驚かれたと思いますが、侯爵様からは申し訳ないと伝えてくれと言付かっております」
「確かに突然すぎますよね。こういうのって打診とかあるだろうし、来訪にも先触れがあると思うんですけど」
俺がジト目でホルツマンを見ると、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。なにせ、マヤ教徒との戦いで父たちのかたき討ちをした報告をしに行った時には何も言ってなかったのだ。
なお余談ではあるが、俺の母親はアーベンラインブルグから逃げ出したのだが、逃げる途中で賊に襲われて命を落としたことが判った。なので、アーベライン子爵家としては俺だけしかいない。親戚はいるけどね。
「お嬢様は気性がやや荒く、またあの高身長のため中々婚約相手が決まらずに、侯爵様も悩んでおられます」
「政略結婚が普通の貴族でも、見栄えを気にすると夫より背の高い妻は断るってことか。気性が荒いってのも気になるけど」
「はい。お嬢様はかつて婚約の話があった相手を何人も平手打ちして破談になさってます。普通の貴族の妻としての役割を求められたのが気に入らないという理由で。ただ、お相手も女は家にいればよいという考えを押し付けてくるだけとはおっしゃってましたが」
それだけ聞くと、俺ならなんとかなりそうではあるな。身長差は気にしないし、うちの領ではカサンドラやブリギッタのように、女性を登用しているわけだから。軍隊や役人は男の仕事という固定観念が強い社会で、実力主義を掲げている珍しい領だ。まあ、まだその事は侯爵には伝わってないだろうけど。
娘の嫁ぎ先に困った侯爵が、家を継ぐのを認める見返りに、娘との婚約を押し付けてきたというのはわかった。あとはユディットがどう考えているか次第だが、男にも負けないというのを見せたいというのなら、存分にその実力を発揮してもらおうではないか。
しかし、こんな展開小説には無かったなあ。アドルフはキルンベルガー侯爵に認められて重用されるが、娘を嫁がせる話しはなかった。そもそも、ユディットは小説には登場しない。これがどう影響するのだろうか。
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