第8話 代官就任

 そして515年の4月。いよいよ運命の日が近づいてきた。

 俺は相変わらず派遣業を営んでいるが、懐は殆ど温まっていない。理由は子供たちが15歳の成人を迎えると独立する権利を得るから、その独立のための資金としてピンハネ率を大幅に引き下げていることだ。アーベラインブルグにとどまらず、領内から孤児を集めたのでそれなりの人数を抱えているが、食費とスタッフの給料分をピンハネするだけで、俺の取り分はない。

 尚、スタッフはマルコとエルマーにカミル、カサンドラにブリギッタである。マルコは俺の派遣会社に再就職している。エルマーとカミルは孤児を探してはここに来るように説得してもらうため、ベッカー商会の商隊と一緒に領内を行き来してもらっている。カサンドラとブリギッタは教師として孤児たちを教育してもらっている。

 ブリギッタはまだ未成年ではあるが、カサンドラがスタッフになるという話を聞いて、俺に自分もスタッフになりたいと頼み込んできたので、特例として認めたのだった。

 カサンドラとブリギッタが派遣社員を辞めてスタッフになると決めた時にはオットーがすがりついてきたのだったが、正式な役人として雇用するという条件を提示しても、二人の意志は固くて説得は出来なかった。

 そして今のステータスは


エルマー 17歳

武力77/A

知力58/B

政治40/B

魅力63/A

健康100/B

忠誠100


カミル 17歳

武力81/S

知力49/C

政治41/C

魅力78/A

健康100/A

忠誠100


カサンドラ 15歳

武力51/B

知力92/S

政治89/S

魅力92/S

健康100/A

忠誠100


ブリギッタ 14歳

武力19/C

知力87/S

政治88/S

魅力81/A

健康99/A

忠誠100


 カサンドラは魅力の適性がSに、ブリギッタは政治の適性がSに上昇している。そして全員の忠誠が100となった。他の初期メンバーも全員が忠誠が100となっている。それに合わせて俺の魅力も適性とステータスの数値が上がった。


マクシミリアン・アーベライン 15歳

武力23/C

知力32(+48)/C

政治31(+49)/C

魅力52/B

健康100/C


 ゲームマスターに確認したところ


「自分の行いで他人からの評価が上がったので、その分がステータスに反映された。ピンハネの少なさがあった分が特別ボーナスになったと理解しな」


 という回答をもらった。情けは人の為ならずってことかな。知力はボーナスを入れて80に到達したが、基礎値が低いままなので相変わらず考え事をするときにはハンデを背負っている。前世知識をすんなり使えるようになるにはかなり時間がかかるな。


 さて、そんな感じである程度は順調に人材育成が進んでいたが、そこに突然横やりが入った。

 俺はダミアンに呼ばれて執務室に入ると、そこには二人の兄もいた。


「マクシミリアンも15歳になったのだから、どこかの町の代官でもやってみないか」


 ダミアンがそう切り出してきた。


「ありがたい提案ですが、それでは孤児たちを保護して教育する事業が出来なくなります。この五年間で領内の治安回復に貢献できたとは思いますが、今後も孤児が出てくるとおもいますので、そちらを継続していきたいのですが」


 そう理由をつけて断ろうとしたが、バルトルトが自信たっぷりに、


「それは俺がやるから安心しろ」


 と胸を張った。


「バルトルト兄上がですか?」


「そうだ。これからは俺も孤児を集めて教育して売り払う事業を始めようと思う。お前の派遣会社とやらはたたんでくれ」


「ずいぶんと急なお話ですが」


 おれはチラリとダミアンを見た。ダミアンは俺の視線に気づいて補足説明をしてくれた。


「マクシミリアンの手腕はよくわかった。だから、代官としてその手腕を発揮してもらいたいのだ。次男であるバルトルトには、私とディルクがアーベラインブルグを離れる時に、代わりを勤めてもらうため、ここを離れるわけにはいかないからな」


 まあ、実際には親の目から見てもバルトルトに代官としての能力が無くて、さらには他家からの結婚の話もないので、俺が軌道にのせた事業をやらせようってことなのだろう。

 派遣会社の経営権を渡せと言われなかったのは幸いだった。俺が代官になる条件として、好きな町を選ばせてくれるという条件を呑んでもらったので、経営権を渡せと言われることも覚悟したが、バルトルトの小さなプライドが俺のお下がりというのを許さなかったみたいだ。本当に小さい奴だな。

 そして、代官になる町はエルミッシュを希望した。人口500人程度の小さな宿場町のここは物語で大きな役割を持っている。5月にはなんとかここを訪れたいと思っていたところだった。

 なので、俺はすぐに出発することにした。

 だが、派遣会社のスタッフたちがとても不安そうに俺を引き留めようとする。会社の入り口で俺、エルマー、カミル、マルコ、カサンドラ、ブリギッタで話し合いだ。

 尚、会社はブルーノに用意してもらったところを継続して使用している。


「社長、本当に会社を辞めちゃうんですか」


 ブリギッタが俺に迫ってくる。


「領主の命令だからね。経営権は5人に平等に渡すから、誰がトップになるかを相談して決めて欲しい」


 俺がそう言うが、納得してない顔だ。バルトルトには会社をたためと言われたが、俺がいなくても会社はまわるので、今いる子供たちを見捨てて廃業しなくてもよい。それに、カサンドラとブリギッタがいれば教育は出来るし、揉め事はマルコもいるし、ブルーノに相談すれば殆どの事は解決するだろう。


「私、秘書として社長に同行します」


 カサンドラは意を決してそう宣言してきた。


「秘書?」


「はい。オットー様にお願いすれば、秘書として一緒に赴任できると思います」


 彼女がそういうならそうなるのだろう。今のステータスならばオットーを説得するなんて簡単だろうから。それを聞いているうちに、エルマーとカミルがすぐあとにある戦いのため、徴兵されてしまう可能性を思い付いた。

 折角育て上げた二人を負け戦とわかっている戦いに出すわけにはいかない。となると、その二人も連れていくことになるが、そうなるとブリギッタが納得しないだろう。

 どう説得しようか悩んだが、俺が知っている未来を予想したと置き換えて話すことにした。


「これは俺の推測なんだけど、今から2か月後にこの領内で戦が起きる。その時に残念ながら父たちは討ち取られることになるだろう。だから、今からエルミッシュに行ってその時に備えなければならないんだ」


 俺の話しにカサンドラがうなずいた。


「それだけ急な戦というと、最近帝国内の各地で住民を煽動して反乱を起こしているマヤ教との戦でしょうか」


「そうだ」


 マヤ教とは帝国内で最近流行っている新興宗教だ。『英雄たちの野望』の序盤で、疫病が蔓延するが内政に興味のない皇帝はそれを放置する。そこに民間療法で病気を治したことで人心を掌握した教祖ベネディクトが、兄弟と共に勢力を拡大して叛乱を起こすというものだ。

 疫病は帝国西部を中心としていたため、アーベライン家の領地では関係無いが、内政の乱れによる不満は各地に火だねとして存在していた。その火だねを大火とするべく、ベネディクトの弟であるボリバルが東部に来ているのだ。

 そして、布教により集まった2000人が各地を荒らし回っており、もうすぐアーベラインブルグにも迫ってくるというわけである。このマヤ教徒によってダミアンたちは討たれて、アーベライン子爵家は滅亡するというのが物語の歴史である。


「この領地で緊急で徴兵できるのは精々が500人程度。それに対して帝国東部を荒らしまわっているマヤ教徒は2000人くらいだ。訓練度が同程度なら数で勝敗が決まる。だとすれば、負ける事は必須だよね」


 そう言ったら、エルマーが疑問をぶつけてきた。


「だけど、それなら社長がエルミッシュで準備しても結果は同じじゃないですか?」


「俺はそこで人材を発掘するつもりだよ。少数精鋭でマヤ教徒と戦えるようなね」


「それなら俺とカミルだって戦えます!」


 エルマーの言葉にカミルが頷く。


「駄目だ。反乱軍を指揮しているボリバルは帝国の将軍クラスの実力だと聞いている。それに君たちを教育したのは兵士として戦わせるためじゃない」


 ボリバルの実力を聞いたというのは嘘だ。小説でそう表現されていたから、そう言っただけである。それに、孤児たちを教育したのは俺の使える手駒となってもらうためである。ただ、5年も一緒にいると情も湧いてくる。戦争で死んでもらいたくないというのは本心でもあった。非常に矛盾しているが……


「社長のお話だと、なにか秘策があるようですけど。それには私たちの力が必要ではないのですか?」


 カサンドラにそう言われると、うなずくしかなかった。エルミッシュでの人材獲得は、俺だけだと実現しない可能性もある。そして、それを理由に彼らを一緒に連れていこうともしている。

 ただし、孤児の教育をやめるわけにはいかないので、ブリギッタとマルコには残ってもらうことにした。マルコは戦争が起こるかもしれないという話しに、息子のケビンも連れていってほしいとお願いしてきたが、ケビンは成人してからは個人で商会を立ち上げて、ベッカー商会から仕事を貰ったりしながら生計を立てている。俺が連れていくというのは難しいだろうな。

 マルコのお願いを聞いて、カサンドラが妙案を思いついた。


「エルミッシュでの代官就任と一緒に、ケビンを御用商人に指定すればよろしいかと。赴任時に一緒に連れていき、必要なものをその場で注文すると言えば体裁は整います」


「どうしてそういう名案を私の時にも思いついてくれないのよ」


 ブリギッタが不満を口にした。ただ、先ほどまでとは違って諦めが感じられる。この穴埋めはしてあげないとな。


「わかった、ブリギッタには特別になにかお願いを一つきいてあげよう。今すぐじゃなくていいからね」


「わかりました。今はそれで我慢します」


 こうして赴任地に向かうメンバーも決まり、いよいよ自分の運命を決める大きな岐路に立つことになった。

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