第7話 事業拡大
オットーの元にカサンドラとブリギッタを派遣して日銭を稼ぐことは出来るようになった。しかし、それは食費で消えてしまうため、家賃や衣服の方にお金を回せない。やはり20人を超えるとなると食費が馬鹿にならないのだ。
このままだと今月の家賃を支払う事が出来ずに、この計画が終わってしまう。なので、ここは恥を忍んでオットーに頭を下げる。
「家賃待ってもらえないかな?」
「そうですなあ、家賃を待つのは帳簿が合わなくなるので難しいですが――」
オットーは少し考える。
「マクシミリアン様から派遣されている二人は非常に優秀ですので、ここで失うには惜しいですな。そこでですが、調理するときに出た余り、切り落とした破片は捨てますので、捨てたものをどうされても構いませんよ。まあ、捨てるにしては少々綺麗かもしれませんがね」
と、食材の援助を申し出てくれた。今は父も兄たちも戦場に出てしまい、口うるさいのがいないのでそういった事が可能だ。ただ、戻ってきた際になにか言われないように、一度捨てたという事実を作るというわけだ。
「ありがとう。家賃の方は何とかするよ。どこかいい質屋はないかな?」
「ベッカー商会であればアーベライン子爵家の者を騙すような事はないでしょう」
「そうか」
とりあえず自分の持ち物を質に入れて、それを運転資金にするつもりだ。それに、元々孤児たちが計算が出来るようになったならば、商会に売り込もうと思っていたので面通しをしておきたい。
俺は自分の部屋で金になりそうなものを手に取ると、早速ベッカー商会に向かった。自分がアーベライン家の三男であると名乗ると、入り口にいた人が奥に行き、別の人を呼んで来た。
「アーベライン様、ようこそいらっしゃいました」
出迎えてくれたのは太った中年の男性、ここの会頭であるブルーノ・ベッカーだった。何故それがわかるかといえば、鑑定を使ったからである。
ブルーノ・ベッカー 49歳 ベッカー商会会頭
武力41/B
知力68/A
政治68/A
魅力77/A
健康69/B
「会頭自ら対応してもらえるとは、俺も下に置かれないっていうことでいいのかな?」
「よく私が会頭だとおわかりになりましたね」
うっかりまだ聞いていない情報を口にしてしまった。
「この商会の中で一番目つきが鋭かったからね」
と誤魔化す。ブルーノもそれ以上は聞いてこなかったので本題に入る。
「実は新規の事業を行っているのだけど、資金に困ってしまってこれを質草にしてお金を借りたいのだけど」
そういうと、ブルーノは俺の持ってきたものに目もくれず、こちらを輝いた眼で見てくる。
「その歳で新規事業ですか。どのような?」
「孤児を集めて教育して、彼等を派遣する事業だよ。既にアーベンラインブルグの役人として二人派遣している。ゆくゆくは商会や宿屋なんかにも派遣するつもりだけどね」
「すでに二人も。最近は街で孤児を見かけなくなったと聞いておりましたが、マクシミリアン様が保護されて教育されていたとは。孤児たちによる窃盗被害がなくなって喜んでおりましたが、そのような事情があったとは」
「保護というか雇用契約だね。彼らにはきちんと賃金を払うつもりだし、教育の成果が出ないようなら契約は打ち切りだから。ただ、そのために先行投資していたら資金に困ったわけだよ」
と腹を割って話す。既に二人が役人として働いているというので、ブルーノは投資話として食い気味に迫ってくる。
「もし育成が上手く言っているようであれば、当商会にも派遣していただけるのでしょうか」
「そうだね。子供たちとの契約でみんな日帰りの仕事になるけど、こちらはアーベンラインブルグで一番の商会だから、是非とも派遣していきたいと思っていますよ」
「料金はいかほどになりますか?」
「仕事内容でそれぞれですかね。役人の仕事であれば一日400ゾンですが、給仕に会計を足した仕事ならばそんなにお金は取れないでしょう。ただし、読み書きと計算が出来るので通常の子供よりも高くはなりますけどね」
俺の発言にブルーノが少し考え込んだ。
「ふむ、それならばおよそ大人の半額程度という考えでよろしいでしょうか?」
「そうだね、そうなるように設定していくつもりだ。休みも週に2日もらうことになるしね」
「2日もですか」
「子供の体力を考えたらそれが合理的だよ。使い潰すつもりはないからね」
この世界の休日というのは祝祭日のみである。建国記念日だったり、創世神話での世界の誕生日だったり、新年だったりと兎に角休みが少ない。子供たちの体力を考えると大人と同じ日数働かせるわけにはいかない。
「末長く付き合おうという考えは商人に似ておりますな。騙して一度だけ高い値段で売り付けるよりも、長く買ってもらう方が結果として利益になります」
俺の説明にブルーノは感心した様子でうなずく。そしてポンと手を売った。
「わかりました、住む場所はこちらで用意しましょう」
「いいのか?」
意外な提案に驚いた。
「その代わりですが、子供たちを優先的にまわしてもらえますでしょうか」
「それは願ってもない申し出ですけど、どうしてそこまで?」
「商売を拡大するのに人手不足でして。ただ、手を広げるとなるとそれなりのリスクが伴います。人を雇ってすぐに解雇したのでは、その者と家族友人がうちに恨みを持つことになりかねません。その点、契約が短期の派遣となれば、事業の縮小も楽ですからね。それに、使い物にならないとわったときも、今の雇用形態よりも切りやすいのもありますな」
おお、こういうドライな考え方はやり手の経営者っぽいな。労働者の権利なんて無いようなものだが、それでも解雇するとなると面倒なのだろう。そんな経営者に派遣という雇用形態はマッチする。
「それで、今こちらに派遣していただける子供はおりますかな?能力を見ておきたいのですが」
「では、まずひとり明日連れてきます。計算は1人で買い物をして、商人に騙されていないかを計算出来るところまで教えておりますが、読み書きは出来る単語の数は少ないですよ」
「それで構いません。単語は商売で使うものを覚えていってもらいますので」
そう約束して、翌日ローレンツをブルーノのところに連れていった。
ローレンツ 11歳
武力51/B
知力52/B
政治41/B
魅力47/B
健康99/B
忠誠49
ローレンツのステータスは知力が50を少し越えたところ。ブルーノに説明したように、1人で買い物をして購入金額の合計とお釣りを完璧に計算出来る。読み書き出来る単語の数がもう少し増えたら仕事をさせようと考えていたところだった。
ローレンツを値踏みするように見つめるブルーノの表情は険しい。
「ローレンツ君に試験問題を出すとしようか。99個のリンゴから32個売れたら残りはいくつかな?」
突然問題が出されると、ローレンツは困った顔をして俺を見てきた。
「答えなさい、ローレンツ」
俺の指示にローレンツがうなずく。
「わかりました、社長。67個です」
ローレンツが答えると、ブルーノは残念そうな表情で首を横にふった。
「答えは68だよ」
と言うブルーノに、ローレンツは毅然と言い返す。
「10の位は9-3で6になります。1の位は9-2だから7です。間違いありません」
その答えにブルーノは満足したようだった。
「試すような真似をしてすまなかったね。どこまで理解しているかを試させてもらったんだ。アーベライン様、これなら喜んで雇用しましょう。それと、住む場所の話も進めさせていただきます」
「よろしくね」
俺とブルーノの会話が理解できないので、ローレンツが質問してくる。
「社長、住む場所ってどういうことですか?」
「あー、ローレンツの能力が問題なければ、ブルーノに投資として新しい住み処を用意してもらうことになってたんだ。今のところの家賃を払うのがきつくてね」
「ええ。素晴らしい事業が潰れてしまうのが惜しくて、そういう提案をさせていただきました。アーベライン様は自分の持ち物を換金しようとこちらにおみえになりましたが、それで今月を乗りきっても、来月にはまわらなくなりそうでしたのでね」
俺とブルーノの会話にローレンツは目を丸くした。
「ええ、じゃあ僕が計算を間違ったり、ブルーノさんの言うことを信じて答えを訂正していたら?」
「まあ、そのときはアーベライン家の宝をしらばっくれて換金していたかな?」
俺の言葉にローレンツはヘナヘナとその場に座り込んだ。そして涙目でこちらを見てくる。
「社長、僕に期待しすぎてすよ」
「俺の教え子の中ではローレンツが三番目に頭がいいからなあ。大丈夫たと思っていたし、これでダメなら俺の指導が間違っていたってことだから諦めもつくさ。金策をしながらやり方を見つければいいだけだからね」
俺の答えにブルーノが豪快に笑った。
「アーベライン様は君に絶大な信頼を寄せていたというわけだよ。経営者としてなかなかできることじゃない。よい経営者に雇ってもらえたね」
彼はそうローレンツに話すと、その後こちらに向き直った。
「わずかひとつきと少しでこれほどまでに育て上げられるのであれば、もっと孤児を増やされてはどうですかな」
「今いる子たちが育ったら考えましょう。人数が増えるとそれだけ教育が行き届かない可能性が増えますからね」
と一旦は孤児を増やすのを固辞したが、その後最初のメンバーが無事に育ったので、ベッカー商会の協力を得て孤児の保護を開始した。そして領内の孤児が浮浪児となって犯罪を犯す行為は皆無となって、みんな俺が教育してからベッカー商会に派遣することになった。
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