第5話 孤児たちとの対面

 ダミアン達は直ぐに出征してしまった。ゲームでの戦争は一ヶ月の設定だ。小説でも短期間で終わるような描写は無かったし、帰還するまでには最低でも一ヶ月の時間があるはずだ。これで横やりを入れてくるような邪魔者はいなくなったので、オットーに考えていたことを伝える。


「借家と食糧代ですか。それに黒板とチョークもですね」


 オットーは俺の要求を聞いて怪訝な表情をした。


「孤児院は認めないと言われておりますが、一ヶ月程度でなにをするおつもりですか?」


「まだ詳しくは言えないけど、それくらいで軌道にのせる事業っていえばいいかな」


 失敗するかも知れないし、なにより手柄を誰かに横取りされるかもしれないので、オットーといえども詳細は伝えない。自分の開示した情報だけなら孤児院の運営と思われても当然だろう。


「わかりました。町の外れに子爵家で管理している空き倉庫がありますので、そちらをお使い下さい。翌月からは家賃をいただきますからね」


 オットーの了承を取り付けられたので、次の準備に取りかかる。

 マルコと一緒に町に出かける。目的は孤児たちとの接触。マルコがすでに彼らの寝所を特定している。場所は貧民地区で治安はやや悪いらしい。人数は正確にはわかっておらず、およそ20人程度であると思われる。


「アーベラインブルグの貧民地区は、余所と比べると治安はまだましなんですが、それでも誘拐なんかがあるかもしれないので、絶対に離れないで下さいね」


 マルコの注意に頷く。俺の武力じゃ悪人には逆立ちしても勝てない。一人で先走るようなことはしたくない。それに、これからやることにはマルコが必要で、俺だけではどうにもならないから、一人行動は出来ないのだ。

 貧民地区を歩いていて気が付いたのは、マルコと俺の姿を見て目を逸らすやつがそこそこいるという事だ。しかも、そういう行動に出るやつは皆人相が悪い。多分犯罪者であり、マルコの事を衛兵だと勘違いしているのだろう。

 まったく、ダミアンももう少し治安や内政に力を入れろよなと思う。街道がもたらす利益にあぐらをかいて、これといった努力もしていない。と考えたが、そもそも物語の冒頭で真っ先に滅ぶ運命の領地だったなと思い出す。

 そうして、少し歩くと目的の場所にたどり着いた。がらくたを積み上げただけの家と呼べないような何か。雨は多少しのげるかもしれないが、風はまったく防げない。そして立ち込める悪臭。そして、こちらを睨み付けるいくつもの目。


「誰だ?」


 と俺よりも少し年上に見える少年に誰何される。


「俺の名はマクシミリアン・アーベライン。この町の領主の息子だ」


 そう告げると少年はこちらに向かって木の棒を握って構えた。


「俺たちを捕まえに来たのか?」


 先ほどの誰何よりも言葉にとげがある。それも当然か。


「捕まえるつもりなら二人だけで来るわけないだろ」


「じゃあどうして?」


「取引をしに来た。君たちが露天などで盗みを働いているのは知っている。それをやめて俺のもとで働くか、それとも罪人として処罰されるかを選んで欲しい。まあ、逃げるってのもありだけどね。俺のもとで働くといっても重労働じゃなくて頭脳労働だ」


「頭脳労働?」


「頭を使った仕事ってことだよ。計算とかね」


「そんなの俺たちに出来るわけないだろう。計算なんて貴族や商人たちの子供が習うことだろう。それくらい、俺だって知っている。騙してどこかに売り飛ばすつもりだろ!」


 ここに来た目的を告げたが信じてもらえなかった。俺の目的は彼らを配下におくこと。大陸統一のための第一歩だ。だが、そこまでは説明しても理解できないと思っていたので説明しなかったのだが、その手前ですら理解してもらえなかった。


「お前の言うことなんて信じられるか!」


 さすが魅力20だ。まったく説得できる雰囲気がない。しかし、それも想定内。ここは魅力62のマルコとバトンタッチだ。


「すぐには信じられないかもしれないが、君たちには時間がない。今はいないメンバーもいるだろうから、明日また同じ時間に来る。マクシミリアン様の提案を断るのであれば、すぐにでも逃げて欲しい。でないと、私は君たちを斬ることになるから。まあ、逃げたところで今のような生活は変わらない。こちらは屋根と壁のある建物と食事は用意してある。今よりもはるかにましな生活が待ってるんだ」


 マルコの話を聞くと、相手の雰囲気が少し変わった。やはり、相手を説得するにも魅力の数値が影響するっていうことだな。


「わかった。明日までにみんなの意見をまとめる」


 そう返答があって今日のところは終わった。

 その帰り道、


「あいつらどうなりますかねぇ」


 と不安そうにマルコが聞いてくる。


「人間は人生で大きな転換点が3回あるっていうからねえ。彼らの目の前にまさしくそれがあると理解できるかどうかかな」


 俺にとっても最初の転換点であるはずだ。まともなやり方では自分の家臣を持つことが出来ない。なんとか彼らを自分の側に引き入れておかないと、5年後にバッドエンドを迎えるだろう。


「マクシミリアン様は時々年齢にあわないことをいいますね」


 それは中身が大人だからとは言えず、適当に笑ってごまかす。


「家を継ぐ可能性のない三男なんて、小さい頃から苦労の連続だからね」


「うちの子と歳も変わらないのに、言ってる内容は天と地ほども違いますよ。それで、相談なんですが」


 マルコが俺に相談か。いったいどんな事を言われるのだろうと身構える。特別報酬が欲しいと言われたら払う余力はない。


「どんな相談かな?」


「自分の息子も孤児たちと一緒に勉強させてもらえませんかね」


「かまわないけど、どうして?」


「親の俺がこうして片腕が使えなくなった時に、子供には同じ経験をしてもらいたくないと思ったからですよ。うちは農民じゃないから耕す土地はない。となると、商人か職人か軍人くらいしか選択肢がないでしょ。だけど、計算が出来なければ商人は無理だ。そうなると職人か軍人だけど、どちらも戦争になると出陣することになる。そうはなってもらいたくないんですよ」


「そういうことか」


 職人も戦場に連れていかれる。彼らには陣地の構築や武器の補修。それに攻城兵器の作成などの仕事があたえられるのだ。そして、当然敵の攻撃で死ぬこともあるし、場合によったら敵にとらえられて、奴隷として扱われることもある。軍人ならば捕虜交換もあるが、職人たちにはそんなものはない。

 親心として子供をそんな運命にあわせたくないというのはとてもよく理解できる。なので快諾した。


「別にそれは問題ないけど、扱いは他の子供たちと同じになるからね」


「わかっておりますとも」


 マルコとの会話もそこで終わった。

 そして翌日、同じ時間に再び孤児たちを訪ねると


「本当に俺たちを売り飛ばしたりしないんだよな?それなら全員言うとおりにする」


 と、こちらの庇護下に入る事を受け入れてきた。


「勿論だ。でも、どうして?もっと意見がまとまらないとか、行きたくないっていうのが出てくると思ったけど」


「昨日、エルマーが露店の食い物を盗もうとして失敗したんだ。まわりの大人たちによってたかって殴られて、今も動けないで寝ている。それで、どの道俺達はこのままだったら死ぬんじゃないかってなって、それでみんなあんたの話に乗ってみる事にしたんだ」


 なるほど、仲間が盗みがばれてこっぴどくやられたというわけか。なお、これは俺の仕込みではない。流石に、子供に手を出したがらないマルコにこんなことは命令出来ないし、俺自身が出向けば俺の仕業だとばれてしまう。そうでなくとも、そんなことをするなんて考え付きもしなかったが。


「わかった、では今から全員俺の部下だな」


「それで構わない。だけど、エルマーは動けないから無理はさせられない」


「大切な部下を無理に使って壊したりするような事はしないさ。ところで、名前を教えてくれないか。部下の名前くらいは覚えておきたい」


 そう指示すると、目の前の少年はカミルと名乗った。鑑定すれば名前はわかるのだが、俺の鑑定のスキルはどう影響するかわからないので、今は誰にも話すつもりはない。

 そして、カミルを鑑定してみた。


カミル 12歳

武力50/S

知力38/C

政治30/C

魅力60/A

健康87/A


 まさかの武力適性がS。今から鍛え上げればかなり使えるようになるはずだ。とりあえず、カミルはマルコに鍛えさせよう。知力と政治は期待出来ないのが残念だ。


「エルマーの容態を確認する」


 俺の言葉にカミルは訝しげにこちらを見た。


「医者なのか?」


 そう訊かれて答えに困った。鑑定して健康の数値を見れば、命の危険があるかないかわかると思ったから見てみようと思ったのだが、子供の俺が見たところでわかるわけないと思われるのも当然か。


「多少の心得はある。それに、手遅れになったらまずいだろ」


「わかった」


 手遅れという言葉でそれ以上は質問させないようにした。

 そして、エルマーのところに案内される。カミルと同じくらいの年齢の子供が地面に横たわっていた。

 彼を鑑定してみる。


エルマー 12歳

武力47/A

知力38/B

政治30/B

魅力63/A

健康19/B


 健康の数値は20を下回っており、かなり危険な状態だ。ただし、みるみる下がっているわけではなくて、今の数値で止まっているので、死ぬようなことはないだろう。

 それにしても、エルマーも武力と魅力の適性がAなので、将来が有望である。おそらく、この世界には磨かれない宝石の原石が沢山あるのだろう。適切な教育や指導があれば活躍出来るようになる人物はまだまだ埋もれていそうだ。

 他の孤児たちのステータスも気になるが、エルマーを地面に寝かせておくのもまずいので、マルコに背負わせて借りている倉庫に移動した。

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