第4話 内政の問題を解決せよ
帝国暦510年、既に求心力を失った帝国では各地の領主たちによる領地争いが頻発していた。我がアーベライン子爵家も、寄り親であるキルンベルガー侯爵家の領地争いに巻き込まれていた。
アーベライン子爵家の立ち位置を説明しておくと、ゾンネ帝国の東部に領地を持つキルンベルガー侯爵からアーベラインブルグという町を中心に、周囲の小さな町や村の管理を任されている。アーベラインブルグの人口は約五千人。領地全体でも一万人前後である。ただし、大きな街道が領地内を通っているため、領地内の人間の数は管理すべき住民の数よりも多くなっている。
アーベライン子爵が代々有能な当主を輩出していなくとも、裕福な生活がおくれているのは街道がもたらしてくれる富があるからだ。
なお、アーベラインブルグといっても町が城壁で覆われているわけではない。領主の城には堀と城壁があるが、町の外周は木の柵があるだけだ。外敵の侵入を防げるのかと言われたら、答えはノーだ。そして、アーベライン子爵家はキルンベルガー侯爵領とツァーベル伯爵領の境に位置しており、いつツァーベル伯爵側からの攻撃を受けても不思議ではないのだ。ただし、小説ではその描写が無いまま、新興宗教団体を中心とした住民の反乱によって滅亡しているので、帝国暦515年までは安泰なのだと思っている。
今は他の領地がツァーベル伯爵との戦争になっており、そちらに援軍として出陣するという話になっている。場所は父親の執務室。そこにいるのは父親と兄弟三人。
「ディルクとバルトルトは出陣してもらう」
と当主であるダミアン・アーベラインが口を開いた。ステータスは
ダミアン・アーベライン 主人公の父親 36歳
武力57/B
知力44/C
政治45/C
魅力42/C
健康89/B
となっており、まあ数合わせくらいにしか使えないステータスだ。健康の適正がBなので、キズや病気からの回復が少し早い。これは遺伝してもらいたかった。
父親から出陣と言われたバルトルトの顔は紅潮している。
「それでは父上、いよいよ俺の初陣ですか」
「そうだ」
バルトルトの言葉に父親は頷いた。
「ここで手柄を立てれば、俺もキルンベルガー様の目に留まって出世する可能性もあるな」
などとバルトルトは一人で盛り上がっているが、彼のステータスでは手柄を立てるよりも自分の墓標を立てるする方が可能性が高いと思う。そんな風に思って冷めた目でみていたら、ディルクも同様の眼差しを向けていた。この長兄はバルトルトにも期待をしていないのか。
「それで、ここにマクシミリアンがいるのはどういう訳でしょうか?初陣には早すぎると思いますが」
ディルクはダミアンに訊ねた。
「マクシミリアンにはアーベンラインブルグの問題を解決させようと思ってな」
と言ってダミアンはこちらを見た。
何が来るのかと身構えたが、そう大した問題ではなかった。
「こう戦争が続くと孤児も増えてな。アーベンラインブルグでも子供による盗みなどで治安が悪化している。マクシミリアンはこれを解決してもらいたい。うまくいけば将来代官としてどこかの町をまかせてもいいとは思っている」
「孤児ですか」
孤児による治安の悪化は住民や旅人が訴えてきているようだった。小説では飢饉や戦争によって親がいなくなったり捨てられた子供たちが帝国内には多いという表現があった。
アーベライン子爵家でも例に漏れず、孤児が社会問題化しているというわけだ。
「マルコをつけてやる。見事解決してみせよ」
「マルコとは?」
聞いたことがない名前だ。
「我が領軍の百人隊長だったが、この前の戦いで左腕に傷を受け、その傷がもとで左腕がダメになってしまってな。軍人としては使い物にならなくなってしまったのだ。たんなる兵士ならそこで終わりだが、百人隊長を見捨てたとあっては士気に関わる。なに、右腕は使えるから子供相手に剣を振るうには問題がないだろう」
ダミアンはそう説明してくれた。つまり軍人に対して怪我をしても見捨てる訳じゃないよっていうアピールとしての意味合いも持っているのか。この世界は職業軍人は極めて少ない。なぜならば、食糧生産が受分ではないからだ。
そんな職業軍人は優秀であることが多い。それを使い捨てるとなるともったいないのもあるし、彼らも怪我をするのは御免だと手を抜く可能性があるということか。ダミアンの本心はわからないが、表向きはそう考えているって事だな。
「まずはそのマルコという百人隊長を確認してみたいのですが」
「わかった」
ダミアンは俺の要求を聞いてくれて、ダミアンを呼ぶように指示を出してくれた。しばらく待っているとマルコがやって来た。がっしりとした体格に、顔や見えている肌のいたるところにキズがある。これは何度も戦場でつけられたものだろう。早速ステータスを鑑定してみる。
マルコ 元百人隊長 32歳
武力67/A
知力40/C
政治35/C
魅力62/B
健康49/B
武力の適性がAなのにここで使えなくなってしまうのは惜しいな。そして、孤児たちを捕まえるだけの仕事をさせるのはもったいない。なにかこう、もう少しで閃きそうなのだが、相変わらず思考にはもやがかかって考える事を邪魔する。
俺の考えがまとまらないので時間が欲しいと思ったら、マルコが口を開いてくれた。
「子供を斬るのは勘弁してもらえませんかね」
「なにも斬れとは言っておらん。まあ、捕まえてくれればやはり斬られるのには変わりないがな。戦場で敵を斬れるのに、犯罪者を斬れない理由も無いとはおもうがな」
マルコのお願いをダミアンは笑って受け流す。俺の気持ちではマルコの言うことの方に共感を持てる。そして、手駒のない俺にとってはチャンスだと思えるのだが。もう少し時間が欲しい。
「予算はどれほどいただけますでしょうか?」
時間稼ぎにそう質問をしてみた。
「ハン、孤児を斬るのに予算もなにもないだろうが」
バルトルトが鼻で笑うのをダミアンが手で制した。
「何を考えている?」
ダミアンから逆に質問をされた。
「まだはっきりとした計画にはなっておりませんが、孤児の問題を解決する方法です。最初の費用さえいただければ。駄目ならやはり捕まえて罪人として処罰しますが」
「これから戦争の準備で金がかかる。孤児院のようなものを運営するというのであれば無理だぞ」
孤児院はこの世界にもあるのだが、アーベライン子爵領にはない。セーフティネットが無い世界に設定されているので、ここだけが特別という訳ではない。そして、それが普通なためわざわざ予算を割いてまでやるつもりはないのだ。
「ならば、最初のひとつき分だけでも。細かい予算は後程報告しますので」
「オットーと相談しろ。話しはしておく。お前が予算の話を持ってくるよりも前に、戦場に向かわねばならないからな。それと、必ず結果を出せ。我が子なら出来るはずだ」
オットーは我が家につかえる家臣であり、老齢のため戦場には行かない。内政でダミアンを補佐するのが仕事であり、ダミアン不在の時は決裁権限を持たされている。俺が見たところでは、ダミアンからはディルクよりも信頼されていると思う。
話しはそこで終わりとなり、出征する三人が残って戦争についての議論をするというので、俺とマルコは退室した。
外にでるとマルコが話しかけてくる。
「マクシミリアン様、俺は子供を斬りたくもないし、捕まえて罪人として裁かれるのを見たくもない。あいつらだって好きで孤児になったわけじゃないんだ。生きるために盗むのが悪いっていうんなら、そんな状況を作った神様が一番の罪人じゃないんですかね」
「随分と哲学的な話だね。同意するけど」
マルコの憎む相手は神ではなく作者なんだが、まあそれは説明してもわからないだろうと思って黙っておく。作品を創ったという意味では創造神であっているわけだし。
「まずは孤児たちがどこにいるのかを調べてみてよ、悪いようにはしないからさ」
「はあ……」
なんとも気の抜けた返事が返ってきたが、まああとは実績で納得させるしかないか。
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