第3話 出来損ないの三男

「たてよ、マクシミリアン」


 と俺を睥睨する次兄のバルトルト。

 状況を説明すると、今俺は屋敷の庭で剣術の訓練をしている。そして、バルトルトとの打ち合いで弾き飛ばされて地面に転がったというわけだ。

 なお、バルトルトの鑑定結果は


バルトルト・アーベライン 14歳

武力45/C

知力31/C

政治29/C

魅力36/C

健康98/C


 とまあ使えないレベルでしかなかった。ゲームでは15歳の成人をむかえると使用できるようになるのだが、あと1年でこの数値が使えるようになるとは思えない。ステータス的には部隊指揮官の人数が足りない時に、仕方がないので使用するくらいのものだ。

 小説に登場しなかったくらいなので、その能力は推して知るべしといった感じで、主要登場人物の引き立て役としてアーベライン子爵家が滅亡した設定には逆らえないようなステータスだ。

 それでいくと、俺も設定には逆らえなさそうなんだけど。

 そんなバルトルトの訓練とは呼べないいじめを受けている。事前の説明でもあったが、実際に攻撃をくらうと痛い。早くも心が折れそうだ。なんなら出奔して寿命を迎えるのでも良いのではないかと思うくらいには辛い。

 ゲームには一騎打ちというシステムがあって、戦場で武将同士が一騎打ちをすることができる。時には武術大会のようなイベントもあって、武力が驚異的に伸びる事もあるのだが、勝敗を決めるのはステータスの武力だ。これが単純に数値で決まるといっても過言ではない。近い数値なら武力が低い方がごくまれに勝利することも出来るが、20と45くらい離れていると俺が勝利する可能性はまずない。

 つまりはやられ放題。


「それくらいにしておけ、バルトルト」


 と、バルトルトの暴虐を止めてくれたのは長兄のディルクだ。なお、ステータスは


ディルク・アーベライン 17歳

武力47/C

知力43/C

政治49/B

魅力38/C

健康100/C


 と、バルトルトよりはましだが、使えないというくくりでは一緒である。


「でもよ、兄貴。こいつを鍛えないとアーベライン子爵家の戦力不足は変えられないぜ」


 そうバルトルトが反論するが、ディルクは俺を憐憫の眼差しで見てきた。バルトルトとは違った方向で俺への扱いが酷い人だ。暴力のバルトルトに対して無視のディルクと説明できる。俺に何も期待しないで消えてくれと思っているに違いない。というか、逆の立場でも、こんな低いステータスのキャラクターはいらないと判断するだろうから、そこは仕方がないのかもしれないな。

 そんな考えが透けて見える言葉が出てくる。


「こんな無能を鍛えるだけ時間の無駄だ。それに、本気で鍛えようと思っていないだろう」


「そうだよ、こいつを叩いていると楽しいんだ」


 そんな最低の理由を言うバルトルトを今すぐ殴りたい。だが、実際に殴り掛かれば返り討ちにされるのはわかり切っている。臥薪嘗胆、ここは耐え忍ぶしかない。どうせこいつらはあと5年で死ぬわけだし、大目に見てやろう。

 そんなこんなで暫くは訓練に付き合わされて、キズを増やしたところで時間となって終了した。自分のステータスに変化が無いので、命にかかわるキズではないのだろうけど、その代わりといってはなんだが武力も上昇しない。ゲームでは軍事訓練実施で目に見えて能力が上昇したはずだが、あれは一日ではなくてひと月を1ターンとしていたからか。いや、適正がCだとそもそも上昇しないこともあったな。

 だいたい、こういうゲーム内に転生した話だとチートスキルがあったり、成長が他人の何倍もある設定が普通じゃないのか?ゲームをやっているという爽快感がかけらもない。


 訓練が終了すると、休息を挟んで今度は勉強が始まる。成人しているディルクは父について政治を学んでいるので同じ場所にはいないが、俺はバルトルトと一緒に家庭教師から算数を習うことになっている。

 知力31で適性Cのバルトルトは、ここでは俺と良い勝負になるくらいにはおつむの出来が悪い。今日一緒に勉強するのは掛け算についてだ。そう、14歳になっても掛け算が満足に出来ないのである。


「それでは前回のおさらいです。50人で編成された部隊が3個あったとき、兵士は全部で何人でしょうか」


 教師がそう問題を出すと、バルトルトは指を折って計算をはじめた。それを見て俺はふんと鼻で笑う。


「150人です」


「正解ですね」


 と家庭教師は俺を見てほほ笑んだ。

 バルトルトは俺に先を越されたのが悔しかったのか、椅子を蹴って勢いよく立ち上がる。


「さてはマクシミリアン、最初から答えを教えてもらっていたな!」


 完全な言いがかりである。


「バルトルト様、落ち着いて」


 慌てて家庭教師が止めに入った。


「お前もマクシミリアンの肩を持つならくびだからな」


 そんな家庭教師をバルトルトが怒鳴る。14歳にもなってこんな単純な掛け算が出来ない方が恥ずかしいと思うが、それは日本人としての感覚であって、ゲームの世界ではそもそも計算を出来る人が少ない。教育を受けられる貴族の子供であったり、商人の子供であれば計算は出来るのだが、それ以外では学ぶ機会がないので、計算が出来ないのだ。

 貴族でも、金の勘定は卑しい事と言って計算を出来るように学ぼうとしない者もいるので、貴族だから確実に計算が出来るというわけでもない。ディルクは跡継ぎとして厳しく教育されているので、この程度の計算は出来るのだろうけど、予備として用意されているバルトルトには質の高くない家庭教師があてがわれているので、計算は苦手で簡単な足し算くらいしか出来ないのだ。

 キャラクターの記憶だと俺は足し算すら怪しいくらいの能力しかなかったけど、前世?知識を使って計算能力はアップしている。知力31のバルトルトに負ける要素はない。ただ、計算をするときに少し頭にもやがかかったような感覚が有り、計算に集中するのがつらかった。これがステータスの影響か。

 授業の後で気になったのでステータスを再度確認してみた。


マクシミリアン・アーベライン 10歳

武力20/C

知力22(+50)/C

政治20(+50)/C

魅力20/C

健康100/C


 知力が上昇していたのと、知力と政治の後ろに()が追加されていた。多分前世知識分のボーナス値だろうか。それにしても、+50とは随分と大盤振る舞いだな。知力と政治が70もあれば、文官としては申し分ないぞ。

 これからは文官として生きていこうか。

 いやいや、目的は帝国領土の統一なのだから、文官の才能だけでは駄目だな。戦争で勝てるようなキャラクターに育たなくては。

 なお、バルトルトは俺に勉強で負けたのが悔しかったのか、その後も家庭教師に時間を延長して指導を受けていたが、後日俺がステータスを確認したところ知力は上昇していなかった。家庭教師の能力が低いのも影響しているんだろうな。そういえばゲームでは指導する武将によって、指導される側のステータスの伸びが変わっていたな。ステータスが高く、適性が上であるほど伸びがよい。そして、指導する武将のステータスまでしか上昇しない。

 あの家庭教師は知力が50で適性はBだった。だから、バルトルトのステータスは伸びにくいのだ。俺の方は基礎の値が上昇したが、これにはボーナス値を除外してくれているからだろうな。

 そうか、この考えがあっているかゲームマスターに聞いてみるか。


「あっているよ」


 俺の思考を読んだのか、即座に回答があった。


「ついでに言うと、ボーナス値はステータスがボーナス値を足して80になるまでは+50だけど、80に到達すると基礎値が上昇した分ボーナス値が減っていく。つまり、81になるためには+50のボーナス値分ステータスを上昇させないといけないってわけだ。お前なら81という数値がこの世界でどれだけ希少なのか理解できているだろう」


「そういうことか」


 その説明で俺は理解した。ステータスが最初から81を超えているのは主要登場人物たちだ。つまりは、その領域には簡単には到達出来ないという事。俺の場合は持っている知識がある程度は足りないステータスを補ってくれるが、主要登場人物たちに肩を並べるには努力をしろっていうことだな。


「そういえば、最初のステータスにはボーナス値なんてなかったよな?」


「それは教育を受ける事で前世知識を思い出すというイベントが発生したからだよ」


「武力と魅力にはそれがないんだけど……」


「前世知識をつかった武力なんてないだろう。なにかしらの格闘技をしていたわけでもあるまいし」


 疑問だった他のステータスのボーナス値については、確かに知識をつかってどうこうというのがないので、与えてもらえなかったようだ。こんなことなら近所の空手教室にでも通っておけば良かったな。せいぜいが体育の授業でやった柔剣道くらいだ。

 ただまあ、本当にボーナス値が貰えてよかった。思考するときのノイズは邪魔だけど、それさえ我慢すればそれなりに頭脳は使えるんだから。

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