第8話 新たな旅立ち
「シン、行ってしまうの?」
リサが寂しそうに俯くと、シンは困ったように微笑んだ。
「ごめんなさい、僕はもう行かないと」
「ここにずっといればいいじゃない」
シンの手を取り、放そうとしないリサ。
「こら、シンさんが困ってるだろう? リサ、放しなさい」
リサの父が嫌がるリサをシンから無理やり離す。リサは頬を膨らませて拗ねた様子を見せた。
シンはその様子を微笑ましく見守ったあと、リサの父に一礼した。
「本当に、いろいろありがとうございました」
「いいんだよ、こちらこそありがとう。いろいろ世話になったね、君と一緒にいれて楽しかったよ」
リサの父がシンに袋を差し出した。
「少しだけど、お腹空いたら食べてくれ」
袋の中身はリサの父自慢の手作りパン。
ふわふわの生地に、香ばしい香り、いろんな味のパンが種類豊富に入っていた。
シンが嬉しそうに笑うとリサとリサの父も嬉しそうに微笑んだ。
別れを嫌がるリサとそれを
シンの行く手には穏やかな日差しが降り注ぎ、爽やかな風が吹いている。
この町へ来たときのことを思い出してシンは大きく伸びをした。
「んー、いい天気だ」
しばらく歩いていくと、道の端の方で
服は汚く、何日も風呂に入っていないのか顔も体も汚れている。目も虚ろで、生気がなかった。
シンが近づくと、子どもはゆっくりとシンを見上げた。
「よかったら、どうぞ」
シンは何の迷いもなく、先ほどリサの父からもらった袋を差し出す。
子どもは目を見開くとシンから袋を奪い取る。
そして中身を取り出すとあっと言う間に平らげた。子どもはまだ物欲しそうな目でシンを見つめていた。
「お腹空いてたんだね。これしかないんだ、ごめん」
シンが申し訳なさそうに謝る。
子どもはシンのことをじっと見つめたあと、すぐ走り去っていった。
「あいつ、阿保だな」
その様子を遠くの小高い丘の上から眺めていたアースがつぶやいた。
「ま、そこがシンらしいんじゃない」
アースの隣でリンが微笑む。
「何でおまえがいるんだよ」
嫌そうな顔で睨むアースに対して、素知らぬ顔でリンが答えた。
「あんたの監視役よ。サキさんから言われたの」
「ちっ……」
二人が目を逸らしていた隙に、今度はシンが老人を背中に乗せ運んでいる姿が二人の目に飛び込んだ。
アースとリンはともに大きなため息をつくのだった。
その頃、暗く長い廊下を歩きながらサキも大きなため息をついていた。
呼び出され、主のもとへ向かう途中だった。
あの二人のことを聞かれるのかもしれないとサキは緊張する。
シンとアースの戦いのことは主には報告していない。
しかし、とうにバレている可能性もある。二人のことをどう誤魔化すか。
アース自身も主のことは恐れている、シンとのことはきっと隠すだろう。
ただ、アース自身、これからのシンへの対応がどうなるか。
彼自身迷っているようだった。
まさかとは思うが彼も、また……。
いやそんなことを考えるのはよそう。
思考を巡らせている間に到着していた。
異空間のような真っ暗な部屋の中でサキは主に
「お呼びでしょうか」
いつものように他の家臣たちは暗闇に潜み、サキを見つめていた。いつでもおまえを殺せるとばかりに。
「サキ……何か報告することはないか」
いきなりの確信的な質問にサキの心臓が跳ねた。
「シンのことでしょうか?」
「シンのことはもちろんだ……アースはどうだ?」
主は何か知っているのだろうか、どこまで話す? しくじれば殺されるかもしれない。
「……アースはシンと接触したようですが、やはりシンを倒すことはできず。今は新たに修行に励んでおります。必ずシンを倒すと」
主はしばらく黙り込んだ。サキも沈黙を守る。
「まあよい、はなからアースがシンに勝てると思っていない。シンは特別だからな」
主は
「シンは必ず、私のもとへ帰ってくる」
主は微笑む。
それは確信に満ちたものだった。
きっとシンの心は主が支配していると思っているに違いない。
主はわかっていない、人の心は変わっていく。
いくら闇に染め、踏みつけ、傷つけ、心を縛り、捉えようとしても。
そこから抜け出そうと足掻く者は出てくる。
シン……負けるな、闇に呑まれるな。
大丈夫、今はどんなに辛くても、明けない夜はないように、太陽はまた昇るから。
信じて、進め、振り向くな。
そして……いつかみんなで笑って会おう。
シンはふと振り返った。
風が強く吹いて、シンの体を押していく。
なんだかサキに呼ばれた気がした。
「気のせい……だよね」
シンは前を向き、また歩きだす。
川のせせらぎ、木々のざわめき、道に咲いている草花、照らす太陽。
すべてが愛しかった。
そして、すれ違う人々、その笑い声、笑顔、全てを守りたい。
自分の残りの人生を
シンは自分の手を見つめる。
この汚れた手でいったい何ができるのだろう。
人を守りたいなんておこがましいのではないか。自分一人が
「おにいちゃん」
子どもがシンの袖を引っ張った。
シンは子どもの視線に合わせてしゃがんだ。
「どうしたの?」
シンが微笑むと子供が何か差し出す。
それは財布だった。
いつの間にか落としてしまったらしい。
「ありがとう、助かったよ」
財布を受け取り、子どもの頭を撫でようとしたシンの手が止まる。
この汚れた手で触れていいのだろうか、そんな考えが頭をよぎる。
たくさんの人を
決して消えることのない罪を犯した、この手で……。
シンが自分の手をじっと見つめたまま固まってしまう。
子どもは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや……それじゃあ」
シンは出した手を引っ込め、去ろうとする。
「おにいちゃん、ばいばい」
子どもが満面の笑みでシンに手を振った。
「……ばいばい」
シンも笑顔で振り返す。
これからもこんな風に過去に囚われ、迷い、悩むのだろう。
闇に呑まれることもあるかもしれない。
でも、それでも、一歩ずつ前を向いて進みたい。
俯いて止まってしまったら、もう一度また歩きだせばいい。
大切なのは今とこれから。
シンは前を向いて再び歩き出した。
彼の本当の人生はここから始まる。
殺し屋は殺さずを貫きながら旅をする 桜 こころ🌸 @sakurakokoro
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