それって、僕のせいですか?
崔 梨遙(再)
1話完結:1500字
或る日、僕を可愛がってくれていた会社の先輩から、
「今日、俺の家に飯を食いに来えへんか?」
と誘われた。先輩の家にお邪魔するのは初めてではない。僕は、他人の家に行くのは苦手なのだが、普段から可愛がってくれる先輩からのお誘いなので、お伺いすることにした。コンビニに寄り、寮の駐車場に車を停め、先輩の車で先輩の家へ行った。
ピンポーン。
マンションのドアが開いた。先輩の奥さんが立っていた。
「いらっしゃい、崔君」
「お邪魔します」
先輩の奥さんは美人だ。スタイルもいい。スレンダーというのか、スラッとしてカッコイイ。胸はわからない。僕は女性の胸をチェックする癖があるのだが、奥さんのバストラインは照れてしまうのでチェック出来ない。そもそも、真正面から顔を見るだけで意識してしまい照れる。奥さんは、そのくらい僕の好みのタイプそのものなのだ。僕は、手土産のビールとケーキを奥さんに渡した。
「あらあら、そんなに気を遣わなくてもいいのに」
やはり、奥さんと話すと照れてしまう。先輩の奥さんは、僕の理想の“お嫁さん”だった。こんなに素晴らしい奥さんのいる先輩が羨ましかった。奥さんを僕の嫁にほしいと思っていた。勿論、僕が先輩の奥さんに憧れていることは誰にも話せない。僕が照れていることを悟られないようにするのに必死だった。
だが、先輩は女好きで有名だった。大阪出張で、或る女性社員と不倫をして奥さんにバレたことがあるのを知っていた。その、“或る女性社員”は、僕の憧れの女性だった。僕は、先輩と女性の好みが似ているのだろうか? 先輩の相手は、いつも僕が好きな女性だった。
奥さんの美味しい手料理をいただいた。僕は酒は飲めないので、酒は飲まなかった。そして、しばらく時間が経った頃、
「崔君、先週の日曜は、何をしていたの?」
と、先輩の奥さんが笑顔で聞いてきた。
「先週ですか? 何も予定が無かったので、たっぷり寝ました。それから、家でレンタルビデオを観ていました。洋画のラブコメ、おもしろかったですよ」
そう答えた瞬間、場の雰囲気が変わったのがわかった。場が凍てついた。
“何か悪いことを言ったかな?”僕は不安になった。
その時、先輩が言った。
「崔、寮まで送るわ」
「はい」
無言で車を走らせる先輩。助手席の僕も無言。とりあえず、先輩が僕を脱出させてくれて助かった。あの凍てついた場に座っているのは嫌過ぎる。寮の前に着いたとき、先輩がタバコに火をつけた。そして、一口吸ってから言った。
「俺が目で合図したの、気付かへんかったか?」
「全く、気が付きませんでした。いったい何があったんですか?」
「先週の日曜日、俺はデートしてたんや」
「もしかして、浜松さんと?」
「そうや」
浜松さんは会社の女性社員、先輩と噂になっている人だった。ちなみに、僕も浜松さんを気に入っていた。どこまでも、先輩とは女性の好みが同じようだった。
「それが僕に何の関係があるんですか?」
「嫁さんには、崔と遊びに行くって言ってたんや」
「え? そうだったんですか?」
「困ったな」
「すみません」
「いや、前もって言っておけば良かった。話していなかった俺が悪い」
「すみませんでした」
「じゃあ、また来週、会社でな」
「はい、失礼します」
僕は先輩の車を降りた。なんともいえない後味の悪さがあった。
しばらくして、先輩は離婚した。浜松さんと真剣に付き合うらしい。僕は、奥さんのファンだったので奥さんのことが心配だった。僕が心配しても、どうにもならないのだけれど。僕のせいで離婚になったのかもしれない、そう思うと長い間罪悪感がつきまとった。“それって、僕のせいですか?”
それって、僕のせいですか? 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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