第4話 パンツなら誰でもいい先輩

「お、おじゃまするねー……うわ、暗いっ!?」

 

 日陰さんが部室に入ってきた。日陰さんは、髪を三つ編みにして、胸にハードカバーの本を抱えた見るからに文学少女といった先輩だ。日野江先輩が陽でこちらは陰といった感じ。

 まあそれは今はどうでもよくて。

 問題は先輩がパンツ見せモードに突入していることである。

 

「ひ、ヒノエちゃん、どうしたのこの暗いの、何かしてたの?」

「うん。ちょっと草場くんにパン――」

「先輩!!??」

 

 慌てて口をふさぐ。

 なに初っ端から全ぶっぱしてるんだこのパンツ見せ先輩!

 

「あ、草場くんもいたんだ……え、こんな薄暗い中で……?」

 

 と、日陰さんはちょっと頬を染めて、ハードカバーで口を隠して。

 

「あの……ひょ、ひょっとして、まさかとは思うけどさ」

 

 じいっと僕と日野江先輩を見比べて。

 

「……二人でエッチなことしてたとか?」

「そうよ」

「ぴえっ!?」

「先輩いいぃぃいぃ!!??」

 

 この人隠すつもりが完全に皆無だ!!

 

「なに言ってんですか先輩! 冗談ですよね冗談! ちくしょう!!」

「あ……そそそ、そうだよね冗談だよね!?」

「…………」

 

 日野江先輩は僕をじろりと睨んだ。かなり不満そうだ。

 やばい。この人暴走してスカートを脱ぎかねないぞ――と思っていると、ストンと椅子に座った。そして隣の席をぽんぽんと叩いた。日陰さんを誘導しているようだった。

 日陰さんは素直にその椅子に。

 僕の対面に机を挟んで二人の先輩が座る形になった。

 

「ありがと。それでヒノエちゃん。ほんとは何してたの?」

「……実験よ」

「あー。いつものやつかあ」

 

 日陰さんは納得した様子だった。

 実験は日野江先輩の口癖みたいなものだからだ。実験と称して人に質問したりびっくり箱を見せたりして、反応を観察する。文芸部は人間を描くのだから人間で実験するのよ、という。らしいといえばらしい活動だ。

 

「うーん、大変だねぇ、草場くんも」

 

 ちなみにこの日陰さんは「実験」の僕に継ぐ犠牲者だ。

 わさび入りのロシアンルーレットケーキをやらされてたりする。

 

「まあ大変ですけどね(現在進行系で)後輩なので」

「そっかあ。後輩。後輩だもんねー。ふふふ」

「なんですかその笑いは」

「なんでもないよー?」

 

 ふふふっと笑う日陰さんであった。

 と、ぴろりん。

 俺のスマホにメッセージが届いた。

 

「っと、すみません」

 

 マナーモードにしておこうと画面を見る。

 するとメッセージは先輩からだった。

 

『みて』

 

「――え」

 

 俺は対面の先輩を見た。一見平静な表情をしている。しかし俺は見た。肩のあたりがブルブルと震え始めているのを。明らかにパンツの禁断症状だ(なんだよそれ)。

 ま、まさか先輩――。

 先輩は俺の視線に気付くと、ふふっと笑って。

 人指し指で日陰さんを示した。

 

「え?」

 

 直後、また先輩からメッセージが届く。

 今度は画像だった。

 しましまだった。

 

「!!!!」

 

 いわゆる水色の縞々パンツだった。

 ぷっくり、ふっくら、むちむち。そんな擬音が聞こえてきそうなほど、布地が小さくてお肉がはちきれそうだった。それは先輩のスタイル――昨日見た、完璧な太ももから鼠径部へのライン――とは違っていて。

 だらしない、ゆるゆるで、でもふにふになパンツ。

 これは。

 間違いなく日陰さんのパンツだ。

 

 盗撮である。

 

「(先輩いいいいいぃいいぃぃぃぃぃぃぃ!!)」

 

 ぶーぶー(マナーモードバイブ)。

 

『日陰ちゃんが入ってきた時から欲求が変わったの』

『パンツなら私じゃなくてもいいみたい』

 

 無差別テロ!!

 

『確かに見せるのが私のパンツという指定はなかった』

『草場くん、これはなかなかの発見よ』

 

 高速で送られてくる感想戦。

 いや先輩、これは盗撮ですよ盗撮、犯罪ですよ!?

 

『大丈夫。日陰ちゃんとは条約を結んでいるから』

 

 条約!?

 

『私は彼女に何をしてもいいことになっているの』

『むしろ、私がしたいことはすべてしなければいけないことになってるの』

『そういう条約だから、心配無用』

 

 なにその不平等奴隷条約は!?

 

「えーと、えーと、草場くん?」

 

 と、蚊帳の外になっていた日陰さんが声をかけてきた。

 

「どーしたの。スマホ見ていきなり真っ赤になっちゃって?」

「うっ」

「あーひょっとしてHな画像の公告とか流れてきた? あるあるだねえ」

 

 すみません流れてきたのは貴方のHな画像です。

 

「えへへ。ネットの画像で赤くなるとか純情だねえ、草場くんはー」

 

 などとふんわり笑う日陰さんである。そして手元にはこの人のパンツ。なんというか、とんでもない罪悪感と、でもこの人の恥ずかしいところを見てしまっているという感動が……あああああ!

 などと僕が苦悩していると。

 

「おっとっと。そうそう、本を探しに来たんだった」

 

 と言って日陰さんは立ち上がった。

 どこかなーどこかなーと本の山をあさりにかかる。かがみこんでおしりを後ろに突き出す。う。あのおしり……スカートの下をさっきまさに見てしまったんだ……という実感が湧く。

 と、ぶるる、ぶるる。

 またメッセージが届いた。

 

『これ、明らかにめくってくださいってコトよね?』

 

 違う!!

 ――が、フリーダム過ぎる先輩はその後四枚の盗撮画像を送ってきた。

 そして十分後。

 

「じゃあね草場くん。お話たのしかったー」

 

 ふんわり笑いながら部室を去っていく日陰さんだった。

 俺はがっくりとうなだれていた。

 

「ふう。満足したわ――!」

 

 対象的に先輩はなんかめちゃくちゃピカピカしてた。

 

「あなたはそうでしょうよ!? ああ、明日から日陰さんにどう接すれば……」

「普通でいいわ」

「無茶言わないでください。盗撮しちゃったんですよ」

「したのは私だし、私は条約があるから大丈夫よ」

「だから条約ってなんです」

「うん。ヒカゲヒノエ永久友好条約。私たちはお互いに絶対に遠慮はしないって決めてあるの。契約書も用意して『何があっても訴えません』と書いてあるの。期限は、死ぬまでね」

「…………」

 

 相互奴隷契約書かな?


「先輩たち、どんな関係なんですか……?」

「そうね。あえて一言で言うなら」

 

 先輩はにっこり笑ってウインクをした。

 

「恋人――以上の関係ね」

 

 ……。

 え、まさか。

 先輩が僕とは付き合えないってそういう理由だったの?

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