『アヘンシャークス』~裏町名画館2~
「変な映画館があるんだ」
ムサシが言った。北北西中学一の映画マニアで、映画クラブの部長であるムサシが変な映画と言うんだから、これはホンモノに違いない。
ふたりで自転車を走らせて、となり町のさびしい裏通りまで行くと、あった。
古くてさびれた映画館だ。
「『裏町名画館』……。よくこんなとこ知ってるな」
「お父さんとシネコン行った帰りに車から見えたんだよ」
ぼくははじめて見るけれど、前にもどこかで見たような、なつかしい思いがした。
窓口の横に、上映されてる映画とつぎの上映時間が書いてある。
「『アベンジャーズ 14時から』って、『アベンジャーズ』なら一〇〇回観たぞ」
「よく読んでよ」
そう言いながらムサシはぼくの手をつかみ、ぐいぐい映画館の中へ引っぱっていく。
ふたり分のチケットを買って、中に入ると客はぼくたちだけだった。
ぎしぎし音がする固いイスに座ると、場内が暗くなり映画がはじまった。
『アヘンシャークス』
へんてこな文字がドカンと出てぼくは驚いた。
『アベンジャーズ』じゃない! 『アヘンシャークス』ってなんだ!
スクリーンには陽気な若い男が映る。なんだかちゃらちゃらしていて金髪を光らせてる。男はクルーザー(ボートのすごいやつ)に乗ってエッチな格好をした女の人たちと海に出ていく。ここまではおもしろくない。
クルーザーでお酒を飲んだり麻薬をやったり女の人といちゃいちゃしたりしてる。中学生の僕たちが観ていい映画なんだろうか? でもチケット買うとき止められなかったぞ。
ようやく男たちは海で泳ごうっていう話になる。男は特別製の酸素ボンベを取り出す。どうやらボンベの中にアヘン(麻薬)が入っているらしい。
アヘンを水ながら海を泳ぐと楽しいらしい(本当?)。男はアヘンの酸素ボンベをつけて海に飛びこむ。そしたらサメがいた! 男はあっという間にサメに襲われ。ガブガブやられる。
「どうしたの? 海冷たい?」って言いながら足をつけた女の人はその瞬間足を食べられた。クルーザーの上は大騒ぎだ。
いっぽう海の中では、サメがただようボンベを見つけてカプッて噛みついた。するとアヘンと酸素がサメの口へごぼごぼ入っていく。
サメの目がとろんとしてきて、なんだか眠そうだ。ふにゃふにゃと泳いで去っていく。
それからいろんなところで人が襲われる。あんなことやこんなことが巻き起こり、あんな足やこんな首がサメのエサになっていった。
どうやらサメはアヘンが忘れられないらしく、人とボンベをみつけしだい噛んでいるんだ。
青い海より赤い海のシーンの方が多くて、怖さのあまりぼくは目を閉じたりして“肝心なところ“は観ないようにした。
ついにはサメが人の腸をスパゲッティーにして粉チーズをふりかけて食べるところで思わず顔を背けたら、横に座るムサシは目を輝かせスクリーンを見つめていた。
こんな映画観たことない。きっとそう思ってるに違いない。
ぼくは映画マニアの恐ろしさを観た気がした。
けっきょくアヘンサメは、麻薬の禁断症状でもっと麻薬がほしくなってどんどん人を襲う
(麻薬ダメ! ゼッタイ!)。人間側も知恵を絞って、酸素をパンパンにしたボンベをサメの口に入れ、ボンベを銃で撃って大爆発。サメは死ぬ。
「END」
スクリーンにそう出たときにぼくは思わず、
「パクリだよ」
言ってしまった。
だけどムサシはそれすら面白がっているようで、映画館を出たあともいろんな映画のオマージュがあったと喜んでいた。
「あそこなんか、『ケシの実くまちゃん』のパロディだよね!」
「そうなの?」
ぼくにはパクリとオマージュとパロディの違いはわからなかった。
「また来ようよ!」
自転車にまたがり帰ろうとすると、ムサシが言った。ホクホク顔でずいぶんこの映画館を気に入ったらしい。
「えー!? ほかになにやってるの?」
「あれ」
ムサシが指さす。
映画館の前にはポスターが張ってあって、さっき観た『アヘンシャークス』の横に、狂ったように窓掃除をしている男の絵があった、
『マッドワックス』
そう書いてある。
「地味だな!」
「でも狂ってるんだよ!」
ぼくたちは笑いながら自転車を走らせた。
だけど翌週来てみると、映画館はつぶれてそこにはもうなかった。
いまでもぼくは、窓掃除をする人を見るとあの映画のことを……思い出さないよ!
すこしふしぎ文学(短編集) 島崎町 @freebooks
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