『ゴジラ-2.0』~裏町名画館1~
「変な映画館なんだ」
メガネを光らせムサシが言った。
「どこが変なんだ?」
「知らない映画がやってるんだよ」
「なるほど、おもしろい」
ぼくとムサシは映画館へ向かった。
ムサシは北北西中学一の映画好きで、映画クラブの部長でもある。といっても部員はムサシとぼくだけなんだけど。
ムサシが知らない映画はない。はずなのに、その映画館ではムサシの知らない映画がやってるらしい。それは気になる。
自転車を走らせたどりついたのは、さびしい裏通りだった。
お母さんと子どもがふたり歩いてるだけで、あとは人がいない。
「有馬書店」という本屋を曲がると、あった。
「『裏町名画館』……。よくこんなとこ知ってるな」
「お父さんとシネコン行った帰りに車から見えたんだよ」
さすがムサシだ。いつもメガネを光らせてる。
なんの映画がやってるのだろう。表に何枚か張られてるポスターを見た。
えーとまずは――
「『ゴジラ-2.0』……。なんだこれ?」
「すごいよね、知らないよね」
「知らないよ。っていうかニセモノだろ?」
「ニセモノならなおすごいよ。『ゴジラ-1.0』のパクリを観られるなんて!」
ムサシはメガネを曇らせ興奮してる。
「ほかにはなんの映画がやって――」
「さあ行こうよ!」
ムサシがぼくの手をつかんで引っぱる。
「あせんなよ、ほかのポスターを……」
だけどムサシはぼくを引っぱり、受付でチケットを二枚買い、ぼくたちは映画館の中へ入った。
客はぼくたちしかいなかった。
イスは固くてギシギシいう。床にはタバコの吸い殻がいっぱい落ちてて、掃除しないんだろうか? っていうか映画館でタバコ吸っていいのか?
と思ったらいきなり映画がはじまった。
予告編も映画泥棒もなしだ。
『ゴジラ-2.0』いったいどんな映画なのか。
「東玉」
キラキラ輝く光の前にいきなりこんな文字が出て驚いた。
「東宝」じゃない!
ぼくは心の中で叫んだ。
横に座るムサシがぎゅっと体を固くしたのがわかった。
こいつもこの映画のただ者じゃなさを感じたらしい。
映画がはじまった。もういきなりゴジラが歩いてる。
東京のど真ん中、たぶん銀座あたりだろう、のっしのっしだ。
しかし様子がおかしい。ぶるぶると体を震わせた。
もしや第四形態から第五形態への変化か!
と思った瞬間、ゴジラの口がくわっ! と開いた。
火炎放射だ!
そう思ったとき、くしゅん! とゴジラはくしゃみをした。
そうしてゴジラはおでこに手を当て首を振り、ふらふらと倒れ込んでしまった。
どうしたゴジラ? なにがあったんだろう?
銀座の和光ビルが背もたれのようになってゴジラを支えている。
そこでニュース映像に変わる。いきなりお天気情報だ。
アナウンサーが読み上げる。
「本日の東京の気温はマイナス二度……」
またゴジラの姿が映し出される。
わらわらと、ゴジラのまわりに人が集まっている。
みんな厚着をしている。そうだ、寒いのだ。
ゴジラもぶるぶるしている。
寒さをこらえてるようだ。
群衆のなかにいた女の人が、自分のコートをゴジラにかけた。
といっても、ゴジラにとっては足にほこりがついた程度でしかない。
だけど、ひとりまたひとりと、上着をゴジラにかけていく。だんだん、足が布で覆われていく。
画面が変わった。
戦後の街のようす。瓦礫のなかを行列ができている。
みんな布きれやらボロ切れやらを持っている。
列の先頭には箱があって、みんなそこに持ってきたものを入れている。
つぎにどこかの工場だ。大勢の女の人が布を縫っている。
小さな切れ端がだんだん一枚の布になり、それがまたつなぎ合わされ、色も柄もバラバラだけど大きくなっていく。
ついにそれが完成したようだ。
ゴジラの巨体のまわりにハシゴがいくつもかけられ、何十人もの人たちが大きな布を引きずってくる。
具合悪そうな顔をしたゴジラがチラッと目を向ける。
どうやら察したらしい、体をゆっくり起こした。
「それ、いまだ!」
かけ声と共に布がゴジラの肩から被せられる。
ゴジラは布にあいたふたつの穴に腕を通す。
やった! プロジェクトは成功だ!
ゴジラはあたたかな服を着た。
「あれは『ちゃんちゃんこ』って言うんだ」
隣に座るムサシがぼそっと言った。
スクリーンにはいま、朝日が昇ろうとしている。
どうやらこの「ちゃんちゃんこ計画」は夜を徹して行われていたようだ。
そして朝日が昇ったとき、ゴジラがむくりと起きあがる。
人々のあいだから歓声が上がる。
朝日に輝くゴジラを見て、みんな、目を細める。
ゴジラも人間もうれしそうだ。
ゴジラは歩き出す、朝日の方へ。
海へ帰っていくのだ。
最後に一度だけ、ゴジラが振り返る。
人々を一瞥して、そっとちゃんちゃんこをさわる。
あたたかいよ、とでも言いたげに。
ゴジラは去っていく。
「終」
スクリーンにその文字が出たとき、ぼくはさわやかな感動を覚えたと同時に、どこかキツネにつままれたような感じもした。
「『ゴジラ-2.0』こういう映画だったのか……」
映画館を出るとぼくは言った。
「観てよかったよね!」
ムサシが言った。メガネが曇ってるから興奮はまだ冷めてないらしい。
ぼくは映画館の前に張られてるほかのポスターを見た。『ゴジラ-2.0』の横には――
「『スター・ウォーズ』……ふつうだな」
「いいや、よく見てよ」
ムサシが文字を指さして言った。
「スター」の「タ」と「ー」のあいだに小さく「ロ」と書いてある。それに、「ー」のあとに「ン」とある。
「スタローン・ウォーズ?」
ポスターには、宇宙でぷかぷか浮きながら殴り合うふたりの男が写ってる。
「これは観なくていいかな」
「なんで? つぎまた来ようよ!」
ぼくたちは自転車に乗って帰った。
だけど次の週にまた来たとき、「裏町名画館」はつぶれていた。
そりゃそうだろうという思いと、ちょっとさびしい気持ちと、両方だった。
「『スタローン・ウォーズ』観たかったのに」
ムサシが言った。
「そうかなあ」
『スタローン・ウォーズ』どんな映画だったんだろう。
いまとなっては永遠にわからない。
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