第270話 恐怖!? 魂喰らいの王クロウルス・マカブリス

 地響きを鳴らし、広間の中央にある甲虫像の台座を回り込んで現れた黒い影。その形は甲虫像そのものであり、甲虫像よりも遥かに禍々しいものでした。


 それは人間の大人の背丈ほどの大きさで、その頭部はアリに近いようにも見えます。漆黒の甲殻には謎めいた紋様が浮かんでいました。頭部の紋様は輝いており、それが目のようにも見えていました。二つの触角が何かを捜しているかのように、不気味にうごめいています。


 それはこの地下三階層におけるフロアボス。


 巨大な甲虫。


 古代の人々に恐怖をもって「墓守の甲虫」「魂喰らいの王」「漆黒のクロウルス」と呼ばれた深淵の妖異でした。


 その触角がキモヲタたちに向いたまま、しばらくその動きを止めました。その様子を見ていたキモヲタたちが、息を呑み込んだその瞬間――


 巨大甲虫は巨大な頭部を左右に振りながら、大きな前脚を振り上げて、キモヲタたちを威嚇しました。この怪物は、自分の眷属であった小さな甲虫が殲滅されてしまったことに怒り、キモヲタたちに死の宣告を下していたのでした。


 怪物の宣告には人間の精神を蝕む呪いが乗っていたのですが、キモヲタたちにはまったく効きませんでした。キモヲタのような転移者には、もともと妖異の精神攻撃に対する耐性が備わっており、さらにキモヲタが脳内パーティー登録したメンバーはその加護を受けることができるからです。


 なので、キモヲタたちには、妖異である怪物の呪いはまったく効いていませんでした。


 なので、キモヲタに脳内パーティー登録されていないドラゴンボーンズたちは、呪いを受けてさらに悲惨なことになってしまいました。


「「「「うぉおおお! ケツがくっそ痒いぃぃ! もう駄目だ痒いぃ! 俺たち呪われて死ぬしかないんだぁ! 痒いぃぃ! イアイア! マカブリス! 俺たちはもう駄目だぁぁ。 ケツがかゆかゆくっそ痒いぃぃ!」」」


 キモヲタたちが、ドラゴンボーンズたちと同じようになるのを期待していたのか、妖異はしばらくその場を動きませんでした。その触角が、ドラゴンボーンズとキモヲタたちに交互に向けられます。


 やがて触角はキモヲタたちに向けられたまま停止。しばらくして、怪物はピクッとその触角を跳ね上げると、一気にキモヲタたちに突進してきました。


 ズザザザザザザッ!

 

 巨大な甲虫が迫って来るのを見て、最初に絶叫を上げたのは、もちろんパーティーで一番ビビリのキモヲタです。


「どわっ! ひぃぃぃ! こっちに来るででござるぅ!」


 甲虫をキモヲタの視界に、突然【フワーデ図鑑】が表示されました。その画面には、目の前の怪物と同じ妖異の画像と、解説文とゆっくりフワーデが表示されています。


『やっほー! みんなのアイドル、フワーデちゃんだよ! 今からクロウルス・マカブリスについて解説するね! ゆっくりしていってね!


 あいつは古代遺跡や地下の巨大墓所に生息する甲虫型の妖異だよ。霊的なエネルギーが溜まりやすい場所に集まる傾向があるの! 昔の人はこの虫がそこで「魂の狩り」をしてるって考えてたみたい。こいつの周囲には、眷属である小っちゃな甲虫がたくさん集まって、人間をカジカジするから気をつけて!


 弱点は「太陽の光」なんだけど、この甲虫がいるのはたいてい地下だから意味ないね! 強い光でも動きが抑えられるから頑張って! あと甲殻はすっごく硬いよ! あっ、もちろん対戦車誘導弾なら一発でKOだよ!』

 

 キモヲタは【フワーデ図鑑】を見ることができない他のメンバーのために、そこに書かれている解説文を読んできかせました。


「ふーん、そうなんだ。さっきの虫はこいつの眷属だったんだね。ボク、ああいうの苦手だなぁ」


 キモヲタの腰にしがみついているキーラが、のんびりと感想を述べました。


 キモヲタの話を聞いていたユリアスが声をあげます。


「硬いというのは本当のようですね。クレイモアの一撃でも、ほとんど刃が通りません」


 突然、エルミアナが大声を上げました。


「ストームピアッシング!」


 彼女のレイピアが何度も鋭く突き出されて、その残像を残します。それは、かつてキモヲタが収監されていた檻を一瞬で打ち砕いた必殺の技でした。


「この技を使っても、少ししか砕けない!」


 唖然とするエルミアナに、風の精霊ウィンディアルが語り掛けます。


「いとし子エルミアナ、私が力を貸してあげる。そっちの騎士さんにもね。持っている武器を私に向けて捧げなさい。風の加護を授けたげる」


 ウィンディアルに向けてエルミアナとユリアスが武器を掲げると、精霊が二つに分かれて、それぞれの武器の中へ消えていきました。


「おぉ、私のクレイモアが光っている! これが精霊の力なのか!」


「確かに、これならヤツにも穴があけられそうですね」


「エルミアナ殿、まずは怪物の脚を切り落とすところからはじめませんか。こうジタバタされては、なかなか本体に攻撃を当てられないですから」


「そうですね。まずは一本ずつ潰しましょう」


 そんな相談をしている二人を尻目に、キモヲタとキーラとカガリビは、今日の夕ご飯の相談をしていました。


「今日もカレーなの!? さすがにずっとカレーじゃ飽きちゃうよ。何か他のにしてよ、ねぇ、キモヲタ~」

「ちょ、カレーに飽きるとか。キーラたん、どんだけ贅沢になってるでござるか!?」

「私は、今晩はアレをいただこうと思います……」


 そう言ってカガリビがチャットGピー子の指を伸ばしたその先には、


 ジタバタ! ジタバタ! ジタバタ! ジタバタ! ジタバタ! 


 と、巨大な甲虫クロウルス・マカブリスが地面を激しく転げ回っていました。


 この恐ろしい妖異は、何も言葉を発してはいませんでしたが、


 キモヲタはもちろん、キーラもユリアスもエルミアナもカガリビも、この妖異の言いたいだろうことは察していました。


 この怪物がキモヲタに突進したときに、キモヲタが思わず反射で発した【お尻痒くな~る】。その犠牲者が思うことは、いつであれ誰であれ同じです。


 つまり妖異はこう思っていたのでした。


「お尻痒いのぉぉぉぉぉ!」


 ジタバタ! ジタバタ! ジタバタ! ジタバタ! ジタバタ! 


 暴れる妖異の下に、大きなクレイモアをひっさげたユリアスと、精霊の加護が宿ったレイピアを構えたエルミアナが近づいていくのでした。




※参照資料

【フワーデ図鑑】クロウルス・マカブリス

https://kakuyomu.jp/works/16816927861519102524/episodes/16818093088383043905


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