第167話 アシハブア王国大使館

 セイジュー皇帝の死によって神聖帝国の脅威が去ったカザン王国。


 主戦場となって大打撃を受けた首都アズマークでは、多くの者が失われた悲しみを抱えつつも、日々刻々と進んでいく復興の気運に満ち、活気があふれるようになっていました。


 一方、光が強ければ影もまた濃くなるように、戦後の混乱に乗じて怪しげな動きをするものも少なくなかったのです。


 王国の力が弱まっている今この時とばかりに、怪しげな商売を始めるもの、権益の拡大を図ろうとする貴族や有力者たち、さらにはセイジュー皇帝亡き今もなお、神聖帝国による反攻を目論むものたちがいるのでした。


 そうしたものの中には人間でも亜人族でも魔族でもない、邪悪な妖異もいたのです。




~ アシハブア王国大使館 ~


 カザン王国の首都アズマークにあるアシハブア王国大使館は、他の諸国のそれと比較して敷地は広く、様々な面でカザン王国から優遇されていました。


 それはアシハブア王国が、人類軍の旗を振った筆頭国であり、人類軍諸国のなかで最も力のある国であるためです。

 

 しかしそれよりもっと大きな理由がありました。


 それはアシハブア王国が、異世界から来たと云われている魔法の船、帝国ミサイル護衛艦フワデラと同盟を結んでいるためです。


 この船は、アシハブア王国の領海から、遥か遠く離れた神聖帝国にいる皇帝セイジューと強力な側近たちを神の矢によって滅ぼしたと云われていました。


 この話を信じない国も少なくありませんでしたが、カザン王国は信じていました。


 それはアシハブア王国からの情報によって魔法の船の話を知ったカザン王国が、大使を派遣して実際にその目で船を確認していたからです。


 それは魔法の船が寄港している亜人族の村で行われた結婚式。

 

 アシハブア王国で最大の力を有し、親カザン王国派の筆頭であるドルネア公。


 その公爵が自身で祝いに駆けつけてようとしていることを知ったカザン王国は、何かとてつもないことが進行しているのだと考えました。


 そして急遽、大使を派遣してドルネア公に同行させてもらったのです。


 帰国した大使から受けた報告は衝撃的なものでした。


 それは多数の岩トロルと深淵の膿を、魔法の船が一瞬で壊滅させたという内容でした。


 どちらの敵も人類軍でも相手にするにはやっかいな相手です。災厄の魔物とも呼ばれる深淵の膿に至っては、火魔法や火計をつかって進路を変えることしかできません。


「魔法の船から放たれた巨大なファイアボールが岩トロルとたちに降り注いだ。いやそんなものではない、やあれはおとぎ話でしか語られることのない伝説の魔法メテオだった。気づいたときには、岩トロルどころか深淵の膿でさえ灰燼に帰していたのだ」


 大使はその他にも、亜人族の村で信じられないようなものを目にしていました。魔法の船によって亜人族の村は、大魔法師や大賢者たちが何十人集まっても成し得ないような驚異的な数々の魔法に溢れていたのです。


「本当なのだ! ドラゴンのような咆哮をあげる巨大な鳥が、その腹に人をのせて飛び回っていた。 馬が引かず荷台だけで走る魔法の箱も観たぞ。それに遠方の地にいる人々の姿が鏡に映し出されていた。違う違う! 幻術魔法ではない! 私とて一角の魔導師、それなら絶対に見破ってみせる!」


 当初、この報告を受けた王国は、大使が大袈裟に誇張しているのではないかと疑っていました。


 ところが大使が持ち帰った結婚式の引き出物とお土産の数々を見て、大使の話は信じられるようになったのでした。


 結婚式の引き出物……それは見知らぬ言語のラベルが張られたワイン一ダースでした。それがワインだとわかったのは、大使があまりの旨さに、式場でたらふく飲んでいたからです。


 そしてワインの入っている箱のなかには、フォトフレームなる魔法の石板が添えられており、これがカザン王国の人々を驚愕させたのでした。


「ここをこうするとですな……」


 国王さえ大使の話を信じられないと聞いて、彼は王に直接、魔法の石板を見せることにしました。


 ピコン!


 と音がしたその直後。石板の中に黒髪の男性と、同じく黒髪で白いウェディングドレス姿の美しい女性の姿が現れました。


「おぉ! 大使よ、これはいかなる幻術であるか?」


「王よ、これは幻術ではありません。これこそ彼の船がもたらした異界の技術なのです! これと同じようなものが、たかだか亜人の村に山のように溢れておりましたぞ」


 こうしてカザン王は魔法の船の存在を信じるようになりました。そして同時に、この船と同盟関係にあるというアシハブア王国に最大の配慮を行うようになったのです。


 王の視線を釘付けにしているフォトフレームは、たんたんと映像と音声を再生していました。


 男性の声が響きます。


『わ、わたくし南義春と……』


 男性がチラッと花嫁に視線を向けると、花嫁が続きました。


『わ、わたくし南春香は……』


 そして二人の声が重なります。


『この度めでたく夫婦となりました! 皆さんの暖かい祝福に心よりの感謝を申し上げます!』


 そして二人は視線を合わせて頷くと。


『皆さんにも幸せのおすそ分け! みんなハッピーになーれ! モエ! モエ! キュン! ウェディング!』


 と意味不明な呪文を唱えながら、両方の手を合わせて指のハートマークを作っているのでした。


 大使の報告以降、カザン王国の王侯貴族の間で、魔を払い幸せを呼ぶおまじないが広まっていったのでした。




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