第2話 依頼人は小さな職人さん

 主人は少年から手紙を受け取るとすぐに読み始めた。読んでいる間、昼食の続きをしていても良いと言われた。ただ、横から刺さる視線が気になって仕方がない。何か言いたげなのが痛いほど伝わってくる。



「よろしく、セネシオ・ニーセだよ。そのお皿、ぼくが作ったんだー」


「シャルルです」


「カッコイイ名前だね。あにきが付けたの?」


「……はい」



 兄貴=主人? どうやら私が少年にとって、好奇心を煽る存在らしい。熱烈なる視線に圧倒される。向かいへチラチラと視線を送るも、主人は手紙にお熱だ。



「あにきが子ども買ってきたって。みんなが話してたから気になってたんだー。シャルルくん人気者だよ」


「なんだその下世話な噂は。余計なことをこの子へ吹き込むのは辞めてくれ。あと、シャルルは女の子だ」


「わっ! いっけない。ごめんよ」


「い、いえ、あまり気にしないでください」



 少年の頭上の大きな耳は気が抜けた風船みたいだ。すっかり気を落としているのが分かる。それに対してピクリとも動かない私の帽子の中。感情そのものが歩いているかのように思える、鮮やかな少年が少し羨ましく思える。



「自己紹介はここらで終わりにして、本題へ入ろうか」



 手紙は少年が作った皿を買った、ある依頼主からだった。納品された皿に傷がついていたため、キャンセルしたいという旨が綴られていた。


少年は何としても傷を確認したいので返品を頼んでいるのだが、何通手紙を送っても返ってこず。仲介していた人間もどこかへ消えてしまいお手上げ状態なのだという。


返品も返金も拒否して品物だけを受け取るとは、なんて卑怯なやり方なのだろうか。



「どうすればいいのかな?」


「よし! 任せてくれと言いたい所だけど……今回ばかりは相手が悪すぎる。僕がどうにか出来るとは思えないかな。──で」


「へっ」



 視線がこちらへ集まる。思わず出た言葉を隠すように口元を手で覆うが、なかったことにはならない。どうして声を出してしまったのだろう。


美味しいパイのせいで気が抜けていたのかもしれないが、主に対して意見する奴隷がどこにいるというのだ。目頭はとても熱くなる。



 「セネシオ。先に僕の家に行っていてくれ。そうだなー、アガベがお腹を空かして待っているだろうから、そこの皿の料理を持ち帰って欲しい」


「うん!」



 少年は元気よく立ち上がり、お皿を持って席を離れた。すぐに、まだ重力が残る隣に大きな力が加わる。少し体が引っ張られて元に戻る。横を向いて確認したいのにできない。



「すまない、単純に驚いてしまってね。君が自分の意見を持ってくれたんだって。じゃなきゃ、あの場面で声なんか漏らさないでしょ」



 柔らかな声が耳を撫でる。私はそろりと主人の方に首を向ける。きっと酷い顔をしている。主人は私の顔を見て「もう君に酷いことする人なんか、近くにいないからさ」と笑った。頭上へ伸びてくる手は私の帽子を奪い去る。露出する毛深な大きい耳。暖房から送られてくる暖かさがこそばゆい。



「あいつ、耳がよく動くからさ。何考えているか、どんな気持ちなのか丸わかりだったでしょ」



 私は頷く。



「だよね。シャルルは賢いね」



 帽子を奪った手が今度は私の頭に伸びる。手紙の白さにも負けないくらい白く、しなやかな手が毛並みを整えるようにふんわりと往復する。視界に髪の毛が降りてくることがこんなにも嬉しいことだとは思わなかった。



「でも、シャルルも大概分かりやすいよ」



 自分の耳が今どんな動きをしたのかは見えない。



「難しいかもしれないけど、何か思ったことがあったら遠慮せずに教えて欲しいかな。ほら、一人よりも二人で考えた方がきっと良い考えが浮かぶでしょ」



 私は返事を口に出来なかった。自信がないからだ。だけど、この人に嘘だけは吐きたくなかった。



「うん、わかったよ。何も、言葉にすることだけが全てじゃないさ。その時自分が出来る表現をしてくれればいいよ」


「はい……」



 目元の熱さを留めたまま。恥ずかしくて主人の顔を見ることが出来ない。私は頭に感じる温かさだけをただただ、受け入れ続けた。












「こんなにお土産を持たせてもらって失礼な話だが、何を言われるやら……。扉を開けてくれるかい?」



 家を前に。主人の両手にはホカホカの紙袋。私はドアノブに手をかけて扉を開ける。



「お皿を買ったのは王都のお偉いさんってワケね」


「おいらも直接会ったことはないんだけど──」



 栗毛の女性と先程の少年が話をしていた。おそらく、主人に相談したことを同じように話したのだろう。


 一階はロビーになっていて主人が依頼人と話す時に使う。大きなソファーと長机。暖炉にカウンターがあり過ごしやすい。応接間でもあるし、寛げる共用スペースでもある。


 後から入ってきた主人は大きな溜息を吐いた。



「セネシオ。アガベに話したのか」


「ごめん。でも、ノコノコとおいらだけ手土産付きで訪ねたら不自然すぎるよ」


「なによ。聞かれて困るようなことかしら。あなたはこれから私を頼らなくちゃならないんじゃない?」


「…………」



 栗毛が自信満々に言い放った言葉に主人は何も返さないでいた。何かを必死で考えているようで、目を瞑ってじっとしている。パチパチと暖炉から弾ける音だけがする。自分の心臓の音がはっきりと聞こえるような気がする。



「──僕と、君が、一緒に、王都へ。……旅行客を装って潜入するって!?」



 主人は目を細めながら、渋々と自分の言葉すら疑うように声を出した。



「ちょっと! なんでそんな嫌そうなのよ! 私だって、だってね、あなたと……あーの……こにね。悪いのなん……」


「分かった! もうそれでいい。お願いするよ。アガベ、僕の仕事を手伝ってくれ」


「ええ、分かったわ。初めから素直に……」



 栗毛はゴニョゴニョと言いながら自分の部屋に消えていった。主人はその様子を見送るとソファーへ雪崩れ込むように倒れた。何のことだかさっぱりであるが、少年の依頼を受けることが決まったらしい。



「あにき! 返品要求を手伝ってくれるの?」


「ああ。今から君は僕の依頼人ということだ。シャルルもこっちおいで。詳しく説明するから」


「は、はい」



 私はコートを脱ぎ、急いでソファーに向かった。


 目的地はここから少し離れた所にある王都。諸事情により検問が激しい門をくぐり、直接皿を買った人物に会いに行き交渉を試みる。作戦でも何でもないごく普通の行動に思える。


買った商品に傷がついていたのなら、その証拠を提示するべきだし、お互いが納得のいく案を模索するべきだ。


一方的に文句を付けた挙句に商品をくすねて姿を消すなんてどうかしている。



「相手の居所だったり、諸事情は僕に任せてほしい。そもそもセネシオに取引を勧めたのは僕だし、皿の販売の機会や場所を作ったのも僕だから、なんとかなると思う。シャルルにも手伝ってもらうよ」


「はい」


「うん。シャルルは僕とアガベの子どもという設定で王都へ向かうよ。馬鹿らしく思うかもしれないが、これは重要なことなんだ」



 こうして私は王都へ向かうことになった。

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